シス④
一体どれだけの魔獣と対峙しただろうか。
俺の服には魔獣たちの返り血が所々こべり付いている。
しかし、それらが俺の治癒能力を高めてくれていることが、魔獣にやられた患部がそこまで痛まないことでわかる。
一人で随分と深くまで来てしまったように見える。
いったいどれほどの時間がたったのだろう。
非日常なこの場所ではいつも当たり前だった時間感覚を狂わせる。
俺が一人冒険したことをスタンに土産話として持って帰ろうかと思ったが、その前にさっき起きたことを正直に皆に話すべきなのだろう。
そして俺の能力のことも……。
ダンジョンとは、またの名を「幽閉の居城」と呼ばれている。
奥深く進むに連れて、見るからに高価なドロップアイテムも手に入れたが、闇雲に進んできた分、地上に出るのに苦労がありそうだった。
それまでにはなんとしても、皆と合流しなければならない。
普段こんなに動き回ったりしていないので、体の中から力が湧いてくると感じつつも、明らかに疲れがたまり始めていた。
空中に浮いている貴重品を見ても、すでにヒビが入っていて、そう長くはもたないことを物語っている。
幸い、ドロップアイテムの中に同じようなものがあったものの、もしなかったら、すぐにでも体力も気力も持たなくなる気がする。
階層によっては松明や光源体など明るいフロアもあれば先程のような真っ暗なフロアもある。
地下深くへと進むに連れて、段々と道幅も狭くなっている気がする。
鉄騎士龍に出くわしたとき、俺の短剣の刃が折れた。
人間という種族に久しぶり……または初めて出くわしたのか、鉄騎士龍は、目をギラギラとさせて、目に見えるくらい俺に興味をしてみていることが分かる。
俺の能力で、攻撃する威力が上がっている分、剣にかかる反動も大きかったのだろう。
それとやつの鋼鉄の甲冑により振り下ろした腕にとてつもなく重い衝撃を残して短剣が砕け散った。
その瞬間、宙に浮いている貴重品も数個四散した。
やつにそれほどのダメージを与えられた様子もなく、逆に逃さず、すぐさま爪で切り裂くように攻撃してくる。
俺は逃れられず、胸に食らった。
やつの振りかぶった威力で吹き飛ばされる。
「ぐはっ」
そのまま通路の側面に背中をぶつける。
やつは持っていた剣を俺にまっすぐ構える。
俺はすぐさま弓矢を手に取り、座ったままの状態でやつに照準を合わせる。
しかし矢はまるでやつに効かない。
しかたなく、俺はやつに向かっていくのを辞め、やつと距離を取ることに専念した。
まだ、風の加護である貴重品は保ちそうだ。
スピードを出す分、体にかかる負担も大きくなる。
大丈夫だろう。
俺は、自身にどれほど力が残っているのかも分からないが、それでも魔獣から逃げることができなければ、皆に再び会うことなく終わってしまうと言い聞かせる。
俺が手に入れたドロップアイテムも俺の意志に従うかのように自然と光って宙に浮き始める。
俺はやつと視線を交錯させながら、後退りを始めた。
やつはじっと俺の様子をうかがうかのように固まっている。
俺はリューゲルから、何かあったときに使うよう渡されていた煙幕弾をやつに向かって投げつけた。
そして振り返ることなく、やつとは逆の方向に走り始める。
再びひたすら走る。
途中まではやつも煙のかき分けるかのように追いかけてきていたが、いつの間にか見えなくなっていた。
俺はほっと一安心して、体を労るかのようにゆったりと歩みを続ける。
気づくと周りは地面から黄色のクリスタルが生えているような通路を歩いていた。
クリスタルは自ら光を発しているようで、暗いフロアを乱反射するように幾本も光の線を発しながら、先々を照らす。
俺はそのまま歩き続けると、大きな空間に出た。
そこには、中央に天井から今まで見たものとは比べ物にならないほど大きい鮮黄色に輝くクリスタルがあった。
その近くには湧き水が出ていて、クリスタルの光を反射して、空間全体を黄色に染めている。
魔獣がここにいないのとに心の中で喜びながらも、その空間をあとにしようと先へ進む。
しかし、その空間には下へと続く階段が存在していない。
不思議に思って部屋をぐるりと見回してみると、俺は部屋の中央に黄色の杖があることに気づいた。
杖には何やら文字が書かれているがどうにも読めそうもない。
この荘厳な場に佇む杖は、何十年もの間、ここで何かを待っていたような雰囲気を漂わせている。
もしかしたら、過去にどこかの戦いで大きな活躍をしていたのかもしれない。
俺はふと、自分が手にしている短剣に目を向けた。
それはもう駄目であるかのように、弱々しく光を反射して光っている。
俺は短剣を湧き水が作った水溜りに投げ捨てると、地面に突き刺さっている杖を左手で掴んだ。
地面にささっているからと力を込めようとする前に、それは自然に地面から抜けた気がした。
実感が湧かなかったのだ。
そのくらい、俺はこの杖が軽く感じた。
その瞬間、俺を中心にして何やら振動波が起こったが、すぐに何処かへ行ってしまい、俺の気に留めることのものではなかった。
俺にはこの空間がなにやら神聖な場のように感じた。
魔法を使えないものが、凄そうな杖を持ったところで何も変わったところはない。
見かけ上の凄腕魔法使い。
猫に小判といったところだ。
俺はここで皆が来るのを待つことにした。
ここには、魔獣が来そうな気配はなかったし、何よりここのような神聖そうな場所から出て、下へと続く階段を探す気力が俺には残っていなかった。
皆に会ったら、誰かにでもこの杖を渡そうと思う。
リューゲルだったら、凄い技でも見せてくれるかもしれない。
「オレが行かない分、すげーアイテム持ってこいよ」
「はっ、まじかよ。ここまで期待してなかったし。お前、本当にいいのか? 自分で見つけておいて、愛着とか本当にないのか? ……まじ、ありがとな」
……、……、多分スタンが一番、これを渡したときに喜んでくれるだろう。
彼の魔法はまだ発展途上で色々と試行錯誤している状態ではあったが、毎朝彼の特訓を、ーースタンは知らないだろうが……、陰ながら見ている俺としては、この杖はスタンがきっちりと使いこなしてくれそうな予感がした。
それまで傷がつかないように、俺がしっかりと家まで持って帰らないとな、と心から強く思う。
こうしている間にも、貴重品は、着々とヒビの入り込みが進んでいる。
「『着火』」
早く皆と合流しなければな、と思って入るが、こちらからは特にすることもなく、単なる気まぐれと若干の期待を込めて初級魔法を唱えてみる。
この杖ならもしかして……。
しかし、現実は何も変わらない。
「ハハハ」
疲れとともに半ば、このことは分かっていたというように慰めの笑いが口から溢れる。
ここにあるクリスタルでも持って帰ろうかと思ったが、こちらはしっかりと地面とくっついていて、抜けそうな気配すらない。
それからどのくらいだっただろう。
うとうとし始めたら、あとは早かった。
どこからか人の声がだんだんと聞こえ始め、この場が騒がしくなり始める。
「ねえっ、ちょっとシス。シスって」
誰かに体を揺らされているような感じがする。
まったく、人騒がせである。
「ちょっ、まじか。凄いよ、シス。今日俺は見直したよ。こんなところで居眠りできるなんて」
ヴェイルの驚いたような声が聞こえる。
「多分シスには、あの子達の面倒よりもこっちの方がよっぽど疲れが来るんじゃないのか」
普段、戦いの前線によく立っているビュートが感心したように言う。
「あたしたちがここまでやっと来れたのに、見向きもせず寝てるとはいい度胸だな」
マギサの声が聞こえ、体の揺れが激しくなる。
俺が目を開けると、マギサの顔がすぐ目の前にあった。
「もういいって、マギサ」
それでも揺らすのをやめない。
「マギっちゃん。もうシスっち起きてるよ」
両手剣使いでおさげがよく似合うミレアがマギサの肩を触れる。
そこまでしてやっとマギサは、俺を揺らすのを辞めた。
「良かった。あたしはてっきり魔法か何かであんたがここで眠らされているのかと」
「ファンタジーの読み過ぎじゃない?」
起きたばかりであったのに、いきなり近距離から一発殴られた。
見ると皆所々怪我をしているものの、誰一人欠けることなくここまでたどり着けたようだった。
皆、ここを俺と同じように休憩場にするらしい。
「はいっ。もうあたしたちは食べたから、あとはあんただけ」
そういって、マギサは葉巻に包まれているオニギリを手渡してくる。
「これは誰が?」
「だれでもよくない?」
ふーん。
まあ、確かに思えば空腹を感じつつあったし、食べることにした。
絶妙な塩加減に、中の具にはなんと甘い味噌ダレを詰めて、その中央にはカズラの卵が隠れていた。
オニギリの変わった組み合わせに、改めて味わってみると白米も醤油風味が感じられる。
「これ誰が作ったんだ?」
初めて食べたオニギリの組み合わせにびっくりして、聞いてみる。
飯のローテーションしている中の誰かがこのようなものを作った所を一度も見ていなかった。
「それよりも、味はどうだ?」
「マギサ、それよりってなんだよ?」
「ふふっーー」
マギサと同じように俺の食事を見ていたミレアが変わった声を出す。
食事していない人から見られるのはやや不愉快ではあったが。
「それ、マギっちゃんが作ったんだよー。私もさっきびっくりしちゃった」
「まじか……」
俺はマギサの方を見る。
「別にそんなのどうでもいいでしょ。味さえ良ければ」
マギサは視線をそらせながらも、やや赤面して味の感想を求めてくる。
「うん、旨い。甘党の俺にとっては、このオニギリは好物だよ。よく考えついたな、この組み合わせを」
「別に普通だし。あとはあんたのだけだから」
なるほど、すべてのオニギリが同じ味ではないようだった。
「なんでマギサ、料理できるって言わなかったんだよ」
「そんなもん。あのローテーションに入りたくなかったし」
「えっ?」
「だってチビたち、味のことなんか気にしてなさそうだし、何より面倒くさいし」
やはり、マギサは子供がお嫌いなようだった。
「シスが持ってるその杖はなんだ? 始めてみたぞ」
ヴェイルが食事中の俺を気にすることなく聞いてくる。
「そこで拾った」
食事中であるためなるべく簡潔な言葉と指を指して示す。
「あれほど、魔法は苦手っていって魔法を使っているのをほとんど見たことがないシスがついに杖を持つとは……」
こんな言われようだが、俺はこいつらに魔法が全く使えないということは隠している。
「皆、注目。少し話し合いたいことがある」
この空間の中央で、皆を率いてきたリューゲル及び、ラルトス、副隊長のエルモートが皆に呼びかけを始めた。
ちょうど俺が食べ終わったときだった。
「マギサ、ありがとよ。美味しかった」
「別に皆のために作ったんだから」
しかし、その視線は俺を捉えていない。
「では行こうか」
皆が隊長の近くへ集まっていった。




