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オン・ワンズ・ワァンダー・トリップ!!  作者: 羽田 智鷹
二章 交錯・倒錯する王都
76/86

ーーーーシス

久しぶりですみません

 垂直に落下を続ける俺に向かって風が容赦なく打ちつける。

 どんどん光を失っていくにつれて、俺は今どこにいて、何をしているのだろうと心の何処かに現実を逃避しようとする心があるのが分かる。

 

 隣を見ると、ウヌラルドは一切心配した様子もなく長槍を片手にあぐらをかいた格好だった。

 

 確かにミストさんは信頼における男であるし、行きだって上手く行った。

 少し構ってちゃんなところはあるが……。

 

 落下中は体感がゆっくりになるのは本当だったららしい。

 

 

 ーーーーーーー。

 俺は王都から少し離れたごく普通の規模の街のごく普通の家で生まれた。

 父は一端の商人であり、そこそこ顔が広いがそれでもって若干気の弱い父である。母は逆に完璧主義であり、魔法訓練所の先生をやっていた。

 母の教え方は短期間で基本をきっちり教えてくれると評判だった。

 その頃、初歩的な魔法は庶民に浸透してから随分と時は経っていたらしい。

 

 二人は性格そこ似てはいないものの、子供はおろか重度な可愛い物好きであり、犬愛好家でもあった。

 

 子供は俺を入れて六人。

 男四の女ニ。俺は彼らの四番目の子供だった。

 そして、犬は四匹。

 

 大家族と言って十分なものだった。

 

 俺が普通の子供ではないと発覚したのは七歳の頃だった。

 一番最初にそれに気づいたのは俺自身ではなく、母だった。

 

 何人も教育してきた母は俺の異変に程なくして気づいた。

 母がどんなに教えても、俺は魔法が使えなかったのだ。

 魔力の魔の字も、感じなかった。

 

 母は教育者として、他のことで皆よりも上手になればいいと、俺に言った。

 何も魔法が全てではない。

 別のやり方はたくさんあると。

 

 しかし二年後俺のことをほかって置くことができない事件が起きた。

 

 冬の暖を取るための『炭石』の消費量が年々増えてきていることは家族で薄っすらと気づいていた。

 それによって家計を徐々に圧迫していることも。

 

 そんなこともあり父は商人の間柄で『炭石』を安売りしてもらい、大量にそれを買ってきた。

 炭石は保存が難しくないものの、置いておくだけで少量の熱を放出し続ける。

 普通だったら、必要な分だけ買うのだが、父は安売りの代わりとして、備蓄しなければならない量を買ってきた。

 

 父はそれを家の倉庫を置いた。

 

 そしてある日、それが原因で家が半壊するほどの家事が起きた。

 誰もが想定外だった。

 『炭石』程度の熱ならば、普通は火災にまで発展することはないのだ。

 しかし火災源はそれしかなかった。

 近所でそれが噂され、父は軽い笑われ者にされていた。

 

 父は炭石売りに文句を言いに行ったが、結局一銭も手に入らなかった。

 その日を境に家は急に貧しい生活へと変わっていった。

 

 商人として働く父の信用も落ちたらしい。

 母は、父以上に必死に働き始めていた。

 それはどうにかして俺たち子供に教育を施すためだと。

 彼らは常に気を配っていた。

 

 しかし、その頃の俺は自分の能力についてまるで知らなかったし、制御することもできなかった。

 

 皆が買ってきた貴重品アイテムは勝手に暴走するし、消耗も早い。

 大家族を養うための食材は目に見えるほど他の家と違って、腐るのが早かった。

 

 母は真っ先に俺を疑った。

 母は以前のようには穏やかではなくなっていた。

 お金は人の人生を狂わせる。


 母は俺をある合宿に参加させた。

 俺はなんの疑いもなく、言われたとおりのことをこなした。

 国の歴史や数学、魔術学など俺はサボることはなかった。

 

 そして俺はその合宿から帰ると、母は俺に今までに起きたことはすべて俺が犯人だと言い渡した。

 俺が家からいなくなった途端、全ての貴重品アイテムは、設計されたとおりの効果を発したし、食材や有機物が簡単に腐ることもなくなったそうだった。


 兄弟から向けられる視線が急に冷たいものになっていたのは、家に入った瞬間に分かった。

 目に見えて俺を避け、俺がさもいないかのように兄弟五人で会話をする。

 妹すら俺に軽蔑した眼差しを向けた。



 俺は孤児院に入らされた。

 母は俺は兄弟たちと一緒にしてはいけないと言った。

 それが俺にとっても、彼らにとってもためになると。


 教育の場を守らなければいけないと、母は自分に言い聞かせていた。

 だから彼らは俺と血のつながりを切ると言ったのだ。

 とは言っても戸籍上でだが。

 

 その頃の俺には色々と起こりすぎていて、母に怒ることも反対することも驚くこともできなかった。

 

 孤児院に入っても、何も変わらなかった。

 俺が入ったことで、そこをより貧しくさせただけだった。

 

 俺はすぐに集団というものが嫌いになった。

 まだ、その頃はその平凡な街のある一面しか俺の知っている世界はなかった。

 

 俺はある日孤児院を抜け出した。

 それは風が吹き、大きな雨粒が地面を叩きつけるような最悪の天気の日だった。

 しかし、それ以上に俺のことを気にかけている人なんて誰もいなかったのだろう。

 追手はおろか、呼び止める人すらいなかった。

 孤児院の門を抜けても俺は振り返らなかった。

 

 俺は悠々と、雨音だけがこだまする通りを歩いた。

 

 それから数日は、孤児院から借りてきたお金で困ることなく過ごせた。

 

 その頃俺はなんの変化も自ら見せないものが好きだった。

 例えば服、俺の能力に関係なく、破れるときは破れるし、縮れるときは縮れた。

 全ては手入れの問題だった。

 

 お金だって、それが持つ価値は変わらない。

 百は百だ。

 

 内になんの力も秘め隠さず、ありのままのものが俺は好きだった。

 

 多分俺はタイミングを読むのが苦手だったのだろう。


 俺は一人になりたかった。

 自分が犯したことが全て自分にかえってくる簡単な世界が。

 

 なぜなら、彼らに出会ってしまったから。

 彼らは俺と同じくらいの年齢で、社会不適合の少年たちであった。

 小さな路地を目的もなく歩いていたのが悪かったのだろう。

 

 彼らは興味心旺盛で口当たりが良かった。

 彼らは俺になんの躊躇もなく話しかけてきた。

 

 しかしその日は猛暑であり、俺は空腹で彼らから逃げることも、口いや心の底から何も発することなく彼らの眼前で倒れた。

 

 目を覚ますと錆びついていて、今にも音を立てて壊れそうな天井があった。

 傍らには一人の少年がいた。

 「やっと起きたか。今はこんなものしかないけど食っとけ」

 そう言って手渡してきたのはソフトクリームだった。

 その日はしっかり儲けよう、と粋がっていたおっさんの店からかっさらったものらしい。

 自信満々に手渡してくる。

 「若干溶けているのは勘弁な」

 その少年は、もう自分は食べ終わったとばかりに口元に、クリームをつけている。

 

 最悪だった。

 なぜよりにもよってこんな場所に自分がいるのだろうか。

 もう負にしか動きようもない状況。

 それに俺はソフトクリームは嫌いだった。

 理由は言うまでもない。

 

 ソフトクリームを急いで食べながら、なぜ自分を助けたのか少年に訊ねた。

 彼曰く、俺から自分たちと同じ雰囲気がするらしい。

 

 どうやら彼らは皆、社会から追いやられたものだった。

 悪い大人に騙されて、借金を背負わされたり、身内が死んでしまったり、俺と同じように親から見捨てられたりと。

 少年たち以外にも少女だっていた。

 

 社会適合者は、言い方を変えればただ社会に適するように自分を偽っている者、ただ社会の言いなりになっているだけだ。

 

 それに比べて、ここにいる少年たちは自らで考えて行動していた。

 ならば俺はすぐにここを去ろうと考えた。

 俺がいることは迷惑にしかならない。

 「そうはさせない」

 ソフトクリームをくれた少年が断言した。

 なぜか、と問う。

 「お前が俺たちを警備兵に売るかもしれない」

 そんなことはしない、俺がそう言っても聞く耳を持たない。

 「まだソフトクリームごときの関係の口約束なんて信じれるわけない」

 そのとおりだが、別に非合法的に彼らが生活していたとしても俺は対して気にならなかった。

 「それにな、俺たちはお前も誰か共有できる仲間を求めてると思ったんだ。それに、俺たちが波を作って引き込まないと、お前は巻き込まれてくれないだろ?」

 彼は力強く熱弁した。

 俺がいると、お前たちも不幸になる。

 俺は確かにそう言ったはずだった。


 「それってどっちにしてもお前は不幸じゃん」

 俺は今、そんな話はしていない。

 「お前さん実にあめーな。ここじゃあ、まず第一に自分のことを考えないといけないぜ」

 俺は、それが良いとは教わっていなかった。

 むしろ、それはいけないことだと言われてきた。

 人への思いやりの心が世界を豊かにしていると。


 俺は彼の言った意味がわからなかった。

 「そんなもん。自分が幸せになれない口実にしかならない。しかもここにいる誰も、誰かに仕組まれた、犠牲心の上の幸福なんて望んでねーよ」

 では、なぜ俺にソフトクリームをくれたんだ?

 「盗もうと思えばそんなもん、いつでも盗めるし、食べ飽きた。それよりもお前に渡したほうが後々俺達にとって有益に感じたから」

 彼は笑いながら、本心で語る。

 若干、感動が薄れたな。

 「そんなもん、お前が勝手な妄想をしてたのが悪いんだよ。俺は俺のためにソフトクリームを渡しただけだ」

 

 なぜかここにいると、俺は今までの勝手に選択肢を決められてきた場所から解放された気がした。


 なんかお前を見ていると、今まで知らなかった自分に出会えそうだ。

 「ふふっ、そうかい。でも俺以外にもここにはたくさん仲間はいるぜ。お前はどうする?」

 俺の目を一直線に見つめてくる。


 ああ、わかったよ。

 

 俺はそういうと彼は満面の笑みを浮かべた。

 「俺はスタンだ」

 スタンは、手を差し伸べてきた。

 俺はその手を握り返す。

 「俺はシスだ。そうだ、鉄の板と、トンカチとかないかな?」

 そういった瞬間、スタンの顔から笑みは消え、俺と握っていた手を即時に引っ込めて、俺と距離を取った。

 見よう見まねのような体術を構えて言う。

 「そんなもの何が何でも貸せないぞ。お前がそんなことをしても俺は…………」

 語弊があったかもな。

 「違うよ。そこの天井。壊れそうだから直そうかなって」

 そういうと、鉄の板だけ出してきた。

 「そういうことなら…………。でも、トンカチは俺がやる」

 

 その日は猛暑であり、裸足であった彼に、高温の屋根は地獄だった。

 俺は自分の靴を貸してあげた。

 

 俺がこの少年少女の独自の共同空間に来てからは、俺の能力が勝手に発動することはなかった。

 一応彼らの中で、意見をまとめる仕切り役の少年はいたが、集団の方針は皆で話し合っていた。

 

 俺はその集団では年上の部類に入る。

 後からになって、改めて知ったが、このオンボロな家と彼らの畑のある土地は自らが所有しているものらしい。

 毎日寝る前には、年長者で会議をしていた。

 

 時にはその日あった面白い出来事や驚いたことを報告するだけの会であったり、農作物や食料の備蓄状況について話し合ったり、はたまた狩りや採取などにいく計画を立てたりしていた。

 

 街の外には小さなダンジョンがあり、優し目の魔獣が多く棲みついていた。

 というよりも、彼らがそこそこの実力があったといったほうが良いだろう。

 

 ある日、俺は彼らについてダンジョンに行った。

 地下に続くものの、天井が所々ひび割れて日光が中まで入ってくる。

 

 俺は初めてスタンの勧めのもと、武器を握った。

 剣を握ってみたものの、全く形になっていないらしい。

 剣に振らされているようだ、とスタンに言われた。

 

 剣は俺にとって、相手を外すと切り返しが難しく、器用に扱いこなせなかった。

 

 かろうじて、その日でも戦力となったのは弓だった。

 多分矢が、俺の能力の範囲内から早く出たいと思って、加速してくれているのだろう。

 

 俺は魔法が使えない分、他の武器は上手に扱えるだろう、と思っていたからショックは大きかった。

 「シスは頭の回転とキレがいいよ」

 スタンはそう言ってくれた。

 

 男女平等社会がそこにはあった。

 その中で俺は幼い女の子の面倒を見るのが上手だと言われた。

 

 俺たちが行動する中で、困っている子を見つけたらここに連れてくることが決まりになっていた。

 その中で、俺はそのような女の子を見つけてくることが何故か多かった。

 

 怪しい疑問をかけないようにと、気をつけていても、いざその場に出くわすと知らないふりはできなかった。

 

 その家でその子たちに慕われている俺を見ても、他の少年たちは別に嫉妬はしなかった。

 する意味なんてなかったからだろう。


 逆に羨望の眼差しを向けられた。

 「小さい子ってどうすれば機嫌が良くなるか分かんないよな。それが女であったときは、最悪だよな」

 彼らが俺に秘密で、俺のように小さい子から好かれるためにどうすればいいのか作成会議をしてらしいのだが、結局結論はそこに行き着いた。と、後から、スタンが教えてくれたときは流石に笑った。

 

 でもよくよく考えてみると俺自身気をつけていることはない。

 

 そうこうして、六年ほど時がたった。



 この王が敵地へ遠征の途中でこの街に滞在されるという情報が流れ、街中で騒がれた。

 街は大いに盛り上がり、それに向けて早速準備が始まっていた。

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