第二章 四十八話 事件の正体
「痛いなあ」
仮面の人物が力が抜けていた首をゆっくりともたげ、元あった位置に戻す。
それから、コキッと、左右に振る。
長槍を持った人物は背後を確認するかのようにちらっと後ろを振り返った。
かすかに結界門が見える位置まで来ていた。
「今回こそは逃しません。さて、あなた方の目的を吐いてもらわないとですよ」
スチュアーノさんが拳を輝かせて直にパンチを入れようと突進する。
「ゼノ、どうする?」
「少し、時間を稼いでくれ」
「あいよ」
そう返事をすると、槍使いは右手を地面についた。
「【拒絶】」
彼らからは、魔法の類を一切感じないが、なにやら引き金となる言霊を唱えた。
その瞬間、俺は自分の脚の感覚に違和感を覚えた。
地面にしっかりとついているという感覚が薄れ、押されでも引かれでもしたら、滑ってしまいそうな感覚だった。
俺は試しに近くに咲いていた花に手を伸ばす。
するとその花は触れた瞬間なんの抵抗も見せず、等速で前へ動き始める。
どうやら地面からの摩擦がものすごく小さくなってるらしかった。
見るとスチュアーノさんは奴らに拳を入れようと加速していた自身のスピードをコントロールできず、バランスを崩しつつもどうにか体制を立て直そうとしていた。
やつらはそんな闘牛のように一直線に滑ってくるスチュアーノさんを軽々とかわす。
「フィルセ君、君は十分強い。援護を頼みますよ」
そう言うと、スチュアーノさんは切り替えしながら、今までの真っ直ぐな突きではなく、腕を曲げ様々な角度から腕をしなるように振るう。
それに合わせて、打つ衝撃波もカーブしながら目標に向かって飛んでいく。
「えっ、そんなのありなの?」
槍使いは手袋を脱ぎ捨て、衝撃波が体を触れる直前に素手で触った。
衝撃波は軌道変えてやつの後ろへ逸れていくが、やつもそれで手一杯の状態だった。
俺はやつらがやっていたように、前に飛ぶように地面を蹴ってスピードをつけた。
そしてある程度ついたら片足になる。
地面を滑るという感覚もなかなか新鮮でエキサイティングなものだった。
浮いた片足を使って時々方向転換をする。
そして俺を見る余裕もない、槍使いに向かっていく。
そしてやつが気づいたときには、上から縦に真っ直ぐな斬り下ろしていた。
やつの滑るような体が剣を加速させた。
鮮血が飛び散り、やつの意識が一瞬掠れらしかった。
そしてその瞬間、防ぎ損ねたスチュアーノさんの衝撃波がやつの体に打ちつける。
「ゼノ、まだか?」
そう言って槍使いは口から血を吐き出す。
どうやらやつはその特殊能力以外の戦闘能力は、超人ではないらしい。
気づくといつの間にか地面が元の摩擦のある状態に戻っていた。
「お前は今さっき、何をしたのです?」
スチュアーノさんがトドメを背後に隠しながら、やつを威圧的に直視して訊ねる。
「これが俺っちの体質だーよ」
半ば自嘲的に、弱々しく答える。
「もう、俺っちと戦う機会が少ないだろうし、いいよ。教えたげる。俺っちは、摩擦というものをなくせるだ。ただし俺っちが触れたものだけっしからね」
やつが両手を開いて上に上げる。
降参のような格好。
「いやいや、そんな羨望するほどのものじゃあ、ないんだねこれがーー。俺っち、体質的なものだからさ。意思に関係なく発動しちゃうことがあるんだね。君たちに摩擦がないってどういうことだか、分からないっしょ? 物が掴めない、歩けない。まさに自由を生まれつき取られたって感じ」
そういうと、右手を下に素早く下ろした。
その瞬間、数個の石がスチュアーノさんに飛んでいく。
凄まじく速いものだった。
光の残像が残っている。
これが摩擦がないということなのだろう。
普通なら空気抵抗で減速するはずが、無限に等速で突き進む。
その分威力も格段に増大する。
スチュアーノさんは瞬時に力を込めた手の甲でそれらを払った。
「はいはい、俺っちが明かせるのは、ここまでーー。ゴホッゴホッ。まあ、俺っちお先に戦線離脱するよっ」
そう言うやいなや、爆発系の貴重品を懐から取り出した。
「そんな貴重品頼みの脅しなんて通用しませんよ」
スチュアーノさんが気にせず衝撃波を打つ態勢に入った。
しかしそれが終わる前に、やつはニヤッと笑うと自分の足元に叩きつけた。
その瞬間、そこを中心に爆風が生まれた。
気づいたときには、地面を滑っていって、遠くに行ってしまっている。
「クーレナさん、追いましょう」
俺はそう言って、竜車に乗り込もうとしたところだった。
「去るもの追うべからず」
仮面の人物がそこに立っていた。
「あなたは逃げたりしないですか?」
スチュアーノさんが一人を逃したことで憎々しげに言う。
「ふっ…………」
仮面で表情が読めない。
「そんな仮面すぐに外して上げますから」
スチュアーノさんが一気に距離を縮めにいく。
やつは懐なら数十の貴重品を取り出して天に放り投げる。
「【上限解放】」
やつもまた、魔法ではない何かを唱えた。
すると投げた貴重品がきらきらと輝き始めた。
よく見ると、その貴重品は俺が知っているものばかりだった。
攻撃力増大の加護、防御力特化の加護、移動速度向上の加護に、目利きや自動回復の守護などなど。
しかもそれらは普通の市場が買える庶民に馴染みのあるものばかりだった。
値はそこまでしないものの、効果が微少である代わりに持続力が長いと言う代物。
いくら、数を増やそうと気休め程度の効果しか得られないものだ。
そんなものでスチュアーノさんに対抗しようとしているのだろうか。
やつは羽織ったマントの下から、長剣を構える。
刀身は剣先から赤く染まり、手前に行くに連れて紫色に変わっている。
鍔は、ギザギザと折れ曲がり独特な雰囲気を醸し出している。
「それは、僕の戦利的象徴物ではありませんか?」
そう言われてみて、スチュアーノさんの屋敷で俺も見たことがある気がした。
やつの握る剣とスチュアーノさんの拳が衝突する。
その瞬間、空気に乱れが走り、竜車が横転しかけた。
その後はやつが目にも止まらぬ速さでスチュアーノさんの要所要所をついていく。
スチュアーノさんは防戦一方だった。
一撃一撃が重いらしく、ジリジリと後方へ押されていた。
「お兄さん、スチュアーノがこのままだと危険だぜ」
セロが呟く。
「貴方、尊敬に値するほどの剣の使いですね。そして、なぜそのように動いていて全く息切れしていないのですか? あり得ないのです」
息を切らしつつあるスチュアーノさんがやつと一旦距離を取って尋ねた。
「世間で言う、不正強化というものと似ている」
不敵に笑っている。
俺も参戦してやる。
そう思った瞬間、剣からアツイモノを感じた。
アツイ意思と言ってもいいのかもしれない。
俺は仮面をつけた人物に向かっていく。
やつも俺に気づいてすぐに標的を変える。
俺が今まで使っていたどの剣よりも、思った通りに素早く的確に振るえれた。
どんどん手が熱くなっていく。
飛び出せ。そして下から切り上げろ。
そう聞こえた気がするやいなや、俺はやつの間合いに飛び込んでいた。
そして右脇腹を軽く切って再び距離を取っていた。
しかし、やつの服はなんらかの守護がかかっているらしく、完全に切れてはいない。
「流石は明王の剣と言うことか」
やつはさらに貴重品を取り出して宙に投げる。
俺は普段貴重品を使わないから、どんな効果のものかよく分からない。
しかし、俺が剣を振るうに連れて、防戦一方だったやつがだんだんと慣れ始めてきていた。
「君は剣に操られているだけだ。扱いきれていない」
そして、突然やつの刀身が輝き始めた、
「『防御』」
フィルセくん避けろ、とスチュアーノさんが防御の構えで俺の前に飛び出す。
しかしやつの斜めに下ろした剣は、スチュアーノさんの防御魔法を貫き、スチュアーノさんにクリティカルヒットした。
俺の目の前で、スチュアーノさんが血を流しながら倒れる。
パリン
やつの周りに浮いていた貴重品が粉々に壊れた。
持続性が売りの貴重品としては珍しいことは光景だった。
みると、やつの口からも血が滴っていた。
俺の目の前で、俺を庇ってやられたスチュアーノさんに報いなければ、と思うと自然に力が湧いてきた。
再び距離を縮めて攻撃を繰り返す。
しかし、今回は目に見えて攻撃が当たっていた。
「ちっ、スピードを上げたか」
やつは俺から距離をおいて、再び貴重品を取り出そうとした。
すると、やつに向かってレーザービームがセロから放たれた。
やつはすべての行動を諦めて、避ける。
俺は再び攻撃を続けた。
「お兄さん、大技を打つ魔力がまだ残っていそうだから、どうにか頑張ってね」
そう言い残すとセロは呪文詠唱を始めた。
「その呪文、『新生』ですか」
急にやつの行動に乱れが生じ始めた。
そのぐらいやばい魔法なのだろう。
やつは防御系の貴重品たくさん増やした。
次々と懐から取り出し、投げ上げる。
するとやつの周りに壁ができて目に見えるほど防御力が高いことが分かる。
しかし俺は気にせず、やつに攻撃のすきを与えないように、連撃を繰り返す。
すると徐々にその防御壁が壊れるとともに、やつの貴重品も胡散し始める。
「この忌々しい呪いめ。防御壁を侵食し始めている」
落ち着いた声でありながらも、焦りが感じられた。
やつは身に貴重品による防御をまとわせたまま、スチュアーノさんを斬った剣で応戦し始める。
「『逃れられない宿命に従い、我が力はその審判を下す。我は再び創生をも望む者なり。豈悲しからずや。この玉の緒尽くとも、新生を到来させ…………』」
セロの詠唱が続く。
「やはり、ものからの素質の違いを日々どんなに痛感させられたことか。俺の信念に狂いはないのだ」
その呪文を辞めろ、と言わんばかりの殺気を放っている。
やつは焦りからか、俺との対決を終わらせようと俺の間合いに踏み急いだ。
焦りというものは知らず知らずに自分のタイミングを狂わせる。
それが目的に向かって一直線に突き進んだことであっても、目的に向かう過程で色々とボロが出る。
俺はそれを逃さなかった。
戦いにおいて、自ら仕掛けるよりも、相手の攻撃したタイミングに合わせてカウンターを打つほうが、ずっと合理的で決まりやすく、的確なのだ。
俺は剣に力を込める。
剣は黒い靄を発し始めた。
何かもわからないそれが俺の周りに充満する。
そしてやつが近づいた瞬間、狙いを定めず、ただ感じたままに剣を振るった。
靄に隠れて振るった剣がやつの虚をつく。
その剣は、やつの防御壁を打ち砕き、やつの仮面に一筋の線を入れた。
そしてやつの仮面の半分以上のところが吹っ飛んだ。
スローモーションのように宙に浮きながら……。
顔には軽い切り傷ができて、血が滴る。
やつの素顔をまじまじと俺は見た。
その瞬間から俺は自分の体を動かせなかった。
セロの呪文詠唱が聞こえなくなった。
多分同じことが起こっているのだろう。
「まさか、手始めの事をやるだけでもここまで覚悟を求められるとはな」
やつはその瞬間を見逃さなかった。
動じる様子もなく、ただ滑らかに動く。
そして俺の体を真紅の剣が躊躇なく貫く。
そのときのやつの顔は、後悔なんてサラサラないような強い顔であり、迷いの吹っ切れたような清々しさがあった。
なぜならやつの目の奥に揺れるものはなかったからだ。




