第二章 三十九話 巣立ちの決意
「俺もそろそろ魔法をぶっ放したいところだったんだよな」
「私は別にどちらでもいいけど。フィルセがいくのなら、ついていく」
やはり、王都への滞在がほんの二週間と半分くらいだったからだろうか。
そこまで、ここに思い入れの強い人はいなかった。
……、一人を覗いては。
「クーレナ、お前はどうするんだ?」
「うーん、私は少し考えておきますね。まだ、この王都から出るという実感があまりないので……」
そう、クーレナはここで出会った人だ。
ユーリのときみたいに街の外に出て、どこかへ行きたいという意思がなければ、ここから無理に出ていく必要はない。
「まあ、三日は考える時間があるから、あんまり俺たちのことは気にせずに決めてくれ」
他人を思って自分の人生を変えるのは馬鹿げているからね。
話に一通り区切りがつくと、俺は屋敷を出た。
そう、今日はミオの店を手伝う予定だった。
それを、久しぶりに会ってすぐさますっぽかすのは、少々罪悪感がある。
通りは陽光に照らされて、路の所々に影を蔓延りながらも、つかつかと人通りが絶えない。
お昼時はとうに過ぎ、それぞれが自由に自分の気の向くまま、あるいは目的に従順に路を歩く。
止まって、空を見上げる人。
露天に並ぶ品を変え、夜への備えをする露天商。
今いけばミオところに戻っても若干忙しいお昼時は過ぎてしまったものの、夜には十分戦力となるだろう。
それにあと三日ほどで、ここを発つことも行っておかなければならない。
昼下がり特有の陽気が俺を急がせない。
こののんびり感が何より平和であるということなのだろう。
しかし、このようなのんびりした時間の外では、忙しくしているスートラのみんながいるだろう。
王都で生まれ育っていたなら、こんな気持ちにはならなかっただろうが、あいにくそうではない。
純粋な気持ちにここにいられるのは、一旦スートラに帰ってからだ。
それからまた、ここに来ればいい。
のんびりと人声の飛び交う大通りを歩いていた。
「今見えているものはこの世界のほんの一部分でしかない。それは確かに真実だが、それが全てではない。世界全体がそうとは限らないんだぞ。そう悲観するな、って。世界はお前が思っているほど単純じゃない」
いつしか、オレが魔法が使えないことで駄々をこねていた頃に、ジジィに言われた言葉がふと脳裏をよぎった。
人の記憶機構の仕組みはよく分からんな。
俺は最初になんて言おうかと、考えながら歩いていたらいつの間にかミオの店についていた。
まあ、会ってからの相手の様子で言うことを考えればいいか、なんて考えながらドアノブに手を掛けた。
ドン
扉が開かない。
見てみると、店内の電気も消えていた。
不思議に思って、一歩下がってみると何やら扉にビラが貼ってある。
【本日は、まことに申し訳ありませんが、臨時休業させていただきます。私はだいじょうぶですので、また明日からよろしくお願いします】
字面からミオが書いたということは分かるが、少し心配になるものだ。
それに、朝会ったときは営業するつもりで俺と一緒に市場に行ったのではなかったのだろうか?
若干の不安は残るが、何よりも俺たちはそこまで長くこの王都にいない。
いずれは戻ってくるかもしれないが、それでもここを発つことをなるべく早く知らせておきたい。
何より、今朝は急にルカたちの方へ行ってしまったことに対して謝っておいてほうがいい気がする。
ここから店内を見る限り、どうやらミオはここにいないようだった。
仕方なく、王都の中心街へ向かってみることにした。
王都の中で人が密集しているし、何かショッピングでもしているのかもしれない。
ここまで歩いてきたときは何気なく、ミオに会って今まで通りの仲で楽しく彼女の店を手伝うものだと思っていたが、いざこうしてこちらから彼女を探そうとしてみると、俺がミオに会っていない間に、彼女が変わってしまったのではないかと不安に思うとともに若干と抵抗がある。
しかし、そうとも行ってはいられないので中心街へ向かう。
久しぶりに街を隅々と見ながら歩く。
根菜を専門で売っている露店。
その露天商に値引きを必死にせがる力持ちそうな主婦。
地竜の赤ちゃんをベットとして、散歩している物好きそうなお兄さん。
もしミオがヘアスタイルや服装をまるっきり変えていたら、見つけられる自信がまったくないのだが、彼女に限ってそんなことはないだろうと思う。
というか、思いたい。
なぜ、彼女が急に臨時休業にしたのか、理由が分からない。
俺は上り坂へと変わり始めた通りの石畳を一段、また一段と前を見る気力もなく下の石の形を気まぐれに心の中で感想を述べて気を紛らわせながら、なんとか足を前に進めていたときだった。
急に向かい風という名目のもと、突風が石畳の先から吹きつける。
ふと周りを見回すがここには、人はたくさんいる。
しかし、風は俺にしか吹き付けていないように感じる。
というのも、周りの人はそんな突然の変化にも動じず、平然と今までどおりの行動を続けている。
俺は瞬時に石畳の頂上を見る。
どこから…………。
なぜ…………。
その時、俺の本能がいつかに似た感覚で警鐘を鳴らし始めた。
そう、忘れるはずもない。
あのウルス・ラグナに会ったときの感覚だ。
ここ王都ではあり得ないはずなのに、すごい量の魔力を感じる。
ウルス・ラグナ以外とは比べられないものだった。
俺は気を集中させて、その主を探す。
だがこの強大なものは、ウルス・ラグナのときとは違う点があるように感じた。
以前のような威圧的なトゲトゲしさがない。
しかし、手を伸ばせばこちらを焼き殺すかのような感じ。
俺は誰がその雰囲気を出しているかが分かった。
幾重にも重なる人々の足音のから一つだけ、俺に響くように感じる。
それは俺の数歩前、俺が見上げる先にいる俺と同じ年ぐらいの少女だった。
服装なこの街に溶け込むように、周りの人々とほとんど変わらないもの。
装飾品や柄も少なく、見た目と動きやすさの両方に考慮したようなもの。
しかし、髪の毛は特徴的な色をしているようだった。
フード付きのパーカーで髪の毛を隠しているようだったが、やけに俺の目にはその髪が止まる。
透明感のある、白銀色。
どこかはわからないが、確かに何処かで見たことがある気がした。
髪の長さまではよく分からないが、たしかにこの少女から強い気を感じる。
その瞬間、俺に対して音が消えた。
俺は手の前の光景がスローモーションのように感じる。
しかし、彼女は俺を見向きもせず前をつかつかと歩く。
俺は手を伸ばしたい。
手を伸ばせば……。
彼女を引き止めなければ……。
この不思議な感覚をうまく消化するには彼女の招待を知る他にないと本能が言う。
彼女が何者かも分からないが、彼女の持つ力は俺に対して変化を引き起こすような気がした…………。
しかし、無音の中の重圧が俺が腕を上げることすら許さない。
彼女に話しかけたい……。
やっとのことで、腕を上げるも、宙を掴むばかりで再び腕は力なくうち下がる。
「ねえ、君」
どうにか口から声が出る。
しかし受け手側が自分のことを呼ばれているとは、到底分かるはずのない声が空気に溶ける。
無論、振り返るものはいない。
「そこの…………、ぎんぱつの……」
その瞬間、彼女は一瞬振り返り、俺の目を射抜いた気がした。
透き通ったような黒く澄んだ瞳。
しかし、次の瞬間彼女は再び前を向き遠ざかっていく。
人混みに紛れ、俺の視線から消えていく。
俺は何もできないのだろうか……。
俺に音が戻ったとき、突然の出来事に戸惑いを感じて、しばらくの間、その場から動くことができなかった。
俺は行く宛もなく、人探しとして王都中を赴くままに歩き回った。
しかしその日、俺はミオを見つけることができなかった。
俺たちが発つ日を遅らせれば済む話だと、この日は本気で思っていた。
しかし、時間は皆に平等だ。
考慮していなかった事案がこの日には既に起こり始めていた。
ーーーーー。
「遅れて申し訳ありません。進捗はどうですか?」
「先程からあまり変わっておらんよ。しかしまあ……」
とある七人は王都の一室で秘密の会議をしていた。
「で、どうするよ。明日ぐらいにも前々から計画していたこれを実行に移すべきじゃね」
「そうですね。僕たちは十分彼らを観察して、知ることができましたから」
「そうかな。私のとこの方が情報量は多いと思うな」
「そこで競い合うな。この機会を大切にしろ」
「そうですね。でもあの子たちがここから出るというのに、あれを渡していいんですの?」
「ああ、持ってるだけで十分だ。遠征と思えば、可笑しくない」
「ねえ、ちょっと皆さん。それはこの計画で彼らが信頼に足ると判断できればのはなしでしょう」
「あれお前。もしかして、これだけ彼らを見てきているのにまだ疑っているのか?」
「いいえ、実力のことですよ。最後はやはり実力です。それがあるかどうか」
「ーーさんよりも、あの人の方が功績があると思うな☆ ーーさんも言うほどなのに? ーーさんがいっていいの?」
「……。子供だと思っていれば、挑発的な……。○○、貴方がその喋りを教えたんじゃないのですか?」
「それはねーよ。俺はもっときれいな言い回ししか言わないから。○○ちゃんのは、独自に得た闇が深そうな遠回しのディスり方だって」
それも悪くないと隣で肩を震わせているのが二名。
「絶対、○○のが移ったのですよ」
「となると、私が○○の言い回しを引き継いだということになるのかな。なら、○○はもう存在価値がないね。私が……」
「ちょ、俺はそんな価値が薄い男ではないぞ。いろいろと出来る。むしろ、同じような言い回しの出来る友達を見つけて、ぼかあ嬉しいよ」
「お前となんて友達ではないし、嬉しくなんてない」
「もう、つんつんモードもかーわいい」
「……、あの私はいつも通りの行動でいいんですか?」
「むしろ、そっちの方がいいのですよ。気づかれることが一番いけないことですからね」
「そう。一番近くにいる○○○○さんが一番のご意見番だから。発言力がいちばんだよ」
「僕たちも観察しながら行いますね」
「とかいいつつ、手加減はいらないと思いますの。修復とか後先のこととか。○○様はもとより、真剣にやってこそだわ。だって彼ら、あの○○○を倒したんですよ」
「だな、そこは忘れちゃいけねー」
「事態の最中は、我は安全なところにいる。結果はお前らの判断に任せる」
「それと、託すことになる剣『降三世」にもよるよ。武器も人を選ぶのだから」
「そうだな」
「あの裏切り者が空けた穴がこんなに早く埋まりそうとはな。まあ、フィルセのやつなら前のクズ野郎は超えれるだろ」
「ホントですね。フリードバークさんは一旦何を考えていたのやら」
「そんなもん、本人にしか分からんだろ」
「どこに向かったのかも分からないのですよね。でも目的がなかったらやめるはずはありませんし」
「まあ、全ては明日にわかるはずだぜ。まあ、気楽に行こうぜ」
「僕はもとよりそのつもりだったのですが……。僕たちが気楽じゃなかったら彼らは一体どうなるのです?」
「そういうやつが真っ先に戦場で死ぬよ」
「おい、○○ちゃん。ファンタジーの読み過ぎなんじゃない? 俺はそんなものを勧めた覚えは……」
「私ですのよ。○○様の想像力が深まるようにと。空想では、あんなことでもこんなことでも出来るということを知るために」
「おい、辞めろよ。現実を、真実を見るがモットーの俺にとっては背教だぞ」
「そういう○○は、私たちからしたら、文字通りの背徳者なんだけど」
「おっ、そうなのか」
「……。そういうあなたたちも気が緩みきってるではありませんか。僕は死にませんからね」
「これって、フラグっていうの?」
「そうですわね」
「おい、やめろーー」
「それ、僕のセリフなのではありませんか」
秘密の会議とは銘打ったものの、隠密感が全くなく、普段通りだった。
しかし温めてきた計画自体は、そんな気の緩んだ生暖かいものではなかった。




