第二章 三十六話 見かけ上の普遍な滑り出し
お久しぶりです
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「…………、とまあこんな感じだ」
俺は一日だけ休暇をもらったはずなのに、久しぶりに会ったような気がするミオに、会ってそうそう俺が昨日何をやってたかと聞かれ、俺は大雑把に答えたところである。
「それって、君一人で……?」
「いや、俺の仲間たちとだ」
「えっ……。ふーんそうなんだ……」
ミオが軽く驚いたような反応を見せる。
「それで店長は……。毒草がこの街にあったことについて、どう思うんだよ?」
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俺は昨日の、あれから夜もテンションを減速させないままのライアンたちと一緒になって盛り上がっていた疲れからか、屋敷に戻るとすぐさま部屋へ行き、そのまますぐにぐっすりと寝てしまった。
目を開けると既に窓から光が差し込んでいる。
なんだか幸せな気分だった。
昨日、ユーリに無理やり起こされたときより一時間以上は寝ていたからだろう。
寝返りをうって、再び瞼を閉じようとする。
しかしふと、俺は時計を見るなり頭が一瞬で覚めた。
……やばい。
今から急いでも間に合うか間に合わないかくらい。
ミオは意外と時間には厳しいのだ。
両親たちに昨日会いに行ったということで、もしかしたら温和になっているかもしれないが、俺は昨日一日休みをもらった以上大目に見てくれる可能性は低い。
どうするか、と逡巡することなく俺はベットから飛び起きると、急いで着替える。
扉の外はシーンとしている。
あのユーリでさえ、今日はまだ眠っているようだった。
俺は屋敷を飛び出すと全走力でミオの店まで直行した。
結果、朝食を食べなかったおかげで、ほんの数分の遅れで済んだのだが……。
「ちょっと……、店員君。遅刻だよ?」
店先でミオに会うと、案の定想定内の言葉を聞かされたわけだが、声からして怒ってはいないようだった。
「ごめん。でも、昨日も休もうにも休めなかったから……」
いつもの仕事着……、というかいつもの可愛いウェイトレス服ではなく、私服ーーも可愛いわけだがーー姿のミオは店先の花壇に水やりにしているところだった。
ミオは俺を見つけると、じょーろを片手に俺と向かい合う。
「じゃあいったい、何やってたの?」
ミオの明るい声が朝の爽やかさを象徴しているかのごとく。
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「今まで王都で毒物の関係する事件なんて聞いたことがないよ。…………っていうか、もしそんな毒草をこの店で間違えて客に出してしまったら……。せっかくここまで築き上げてきた私の店が全部おじゃん、じゃん」
おじゃんじゃん??
「まあ、ベラドンナっていう干し草が原因だったし、この店では干し草なんて扱ってないだろ」
あんな高級店でしか扱わないそうな感じの草なので、俺は別にそこまで心配はしていないのだが。
「店員、甘いね」
ミオが、ノンノン、人差し指を振りながらと言った。
「今回はその草で事件になったのかもしれないけど、同じ要領で別の食材にも知らず知らずのうちに毒が混ざっていたらどうするのよ」
「犯人は一応捕まってるし………。それに五大明騎士の人がまだ必死に事件を後処理をしようと街中を駆け回っていたから。多分大丈夫だろ」
こんな異常事態が明るみになった以上、王は徹底的に対策をするのだろう。
それに昨日の、そして今日からもであろうセロの必死な行動を俺は知っているから。
「もし……。もし私が捕まるような状態になったら、君が助けにきてよね」
俺は気づくといつの間にか、しかもいかにも自然な感じでミオは涙目になっており、そのまま上目遣いでこちらに訴えるかけるように言ってくる。
俺はその顔を見て、不覚にも急いでそっぽを向く。
ミオの顔には何か惹かれるものがあった。
多分ミオには、ユーリのときのようなあざとさがないから、ユーリが普段やるようなものとは違うように感じた。
「…………。じゃないと、君が犯人で私を脅したって証言するから」
ミオの言葉が俺を現実に引き戻した。
やっぱり、ミオだった。
俺のドギマギは一瞬で消え、背筋に震えが走る。
ちょっと理不尽すぎないですか。
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俺は今朝、ミオの店に向かう途中にセロと会った。
セロ曰く、ナルさんとーー主にナルさんが昨日あれから犯人の商人を、拘置所できつく取締をしていたそうだ。
多分、セロが行うよりもナルさんが行った方が、取り締まる方も受ける方も何かと都合がいいのだろう。
外見上の問題で……。
しかしそのナルさんによると、犯人は一日ずっと無実だと言い張っていたらしい。
「一応、セロもあれからも街中の不自然な点とか、ベラドンナとかいろいろと魔法で調べてたんだけどね☆ やっぱり、異常はなかった☆ あの竜車が元凶だったみたいなの☆」
「五大明騎士様もお疲れさまだな」
セロの疲れ切った様子に、俺はねぎらいの言葉が口から意識なく出る。
「ほんとそうだよ☆ もっと大人さんがしっかりしてほしいよ☆」
セロを見ると、ほんとそうだな、と言いたくはなるが、普通の大人よりもこの童女の方が圧倒的にどの面も能力に関しても優れているはずだろう。
「それにね、なんであのベラドンナには王の結界魔法が効かないのかなって思ってね☆ さっきセロがベラドンナを一旦王都の外に持ち出して、それから再び王都内に持ち込もうとしてみたの☆」
「へえーー。よくそんな考えが思いついたな」
その言葉でセロにきつく睨まれた。
俺はただセロが一日中、事件について捜索しているだけはあるなと感心しただけなのだか。
「だって、しぇれんべるくに報告しても、俺の結界魔法に例外なんてないはず、の一点張りだったし。そんなことはありえないって、自信満々に言われたし」
シェレンベルクさんの自信満々という様子が俺には想像できない。
「それで、セロが実際に試してみたわけ☆ そしたらどうなったと、お兄さんは思う☆?」
「まさか、結界門が障壁になって中に入れなかったとかか?」
俺の見た経験から推測する。
「ぶっぶーー☆」
セロが顔の前で腕を軽く交差させて言う。
「でも、お兄さん惜しかったよ☆ 正解は…………、灰になって消えた、でした☆」
シェレンベルクさんの、は分からなくても、セロの自信満々な態度なら分かる。
まさに今この様子だ。
「それって、どう違うんだ?」
「えっ…………。えっと、結界魔法の対象のなるものが、灰にするには多すぎたり、そもそも特殊な物質とかだったら、灰にはならずに結界は障壁として働くんだったかな☆」
「それって、結局……」
「そう☆ 普通にしぇんべるくさんの魔法は効いた☆ なのにあの時、ベラドンナは確かに王都の中に存在していた」
やはり分からん。
この王都で起こっていた状況が俺には把握できない。
「だからセロたちはもしかしたら、別に犯人がいるかもって考えてる☆ だってあの商人がそんな力があるようにはみえないもん。だから、今日も捜索は続けることにしたんだ☆ お兄さんも何かわかったことがあったらセロに伝えてね☆」
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「で、そっちの方は昨日どうだったんだ?」
毒草の話題から逸れるべく俺はミオに訊ねる。
すると、今度はミオが俺から顔をそむける番だった。
少し下を向いて顔を赤らめる。
「今度、店員くんも私の実家に顔を出してみない?」
「いやだ」
俺は即答した。
ジジイの放任主義が俺を大人という存在との相性を悪くしたに違いない。
端的に言って苦手なのだ。
年齢の違う奴らとの接し方が分からない。
「はあ」
ミオが一つ、小さな声でため息をついた。
「どうしたんだ?」
俺が問う。
「そう言うと思った」
気づけばミオがいつもの明るげな顔に戻っていた。
「もちろん、いつも通りだったよ。帰省すると私が毎回手料理を作るんだけど、今回はいつも以上においしいって言われた」
なんだか和やかな団欒が目に浮かぶ。
「店員くんがすぐには私の実家に来ないだろうことは分かってたから。だから私の親が仕事が忙しくなくなったときに、この店に来てもらうことになってるんだ。…………、そのときは店員くんはいつも通り、しっかり私の親を接客してよ」
「俺は大人は苦手だからな」
前もって言っておく、
「ホントにそうなの? 怪しいなあ……。まあ、当分先のことだけど」
ミオのジョーロの先から流れる水が小さな虹を映し出している。
なんだかミオの両親とは案外上手くやっていけるかもしれないと思った。
俺はひとまず店の前を一通り掃くことにする。
だいたいやることを終えて俺は時計を見た。
まだ、店を開けるまでは時間があった。
今から何をしようかな、と考えていると、
「買い出し行こ?」
ミオはそう思っていたのか、ちょうどいいタイミングで俺に言った。
もちろん異論はない。
普段通りの中心街への通りをミオと並んで歩く。
人々は自分のやるべき目的を持って、行動している。
中にはただぼうっとしている人もいるが、皆通り過ぎるたびに手を止めて挨拶をしてくれる。
多分、昨日の事件のことはあまり話題になっていない……、というかそもそも知らされていないようだった。
「男性従業員も雇ったらどうだ?」
普段ミオと、時々ミオの知り合いが手助けに来る程度で、基本と俺とミオが店仕切っているようなもんだった。
俺は正直に言えば、何隔てなく喋れるような同じ男子がほしいのだ。
「じゃあ、どうやって募集すればいいの?」
「そう言われると俺も分かんねえな」
「別に今のままでいいのっ!!」
ミオがきっぱりとそう宣言する。
ふと俺の立場は何だろう、と思った。
俺は別に偉くもなければ、ミオたちとも変わらないただの国民なのだろうか。
スートラを出て、自由であるはずの俺が今はこの場所に執着している。
しかもそれがいつまで続くかわからない。
だからこれは俺のために、俺が後味悪くなく立ち去れるようにするための言った提案だったのかもしれない。
俺が今ミオのもとにいるうちに、新しい店員を見つけるべきだと思った。
大通りに入ってみると、今日は何やら人が多く、通りがごった返している。
離れないようにという理由で、ミオが率先して俺の手を握ってくる。
ここで何か反応して、しかもこんな人が多いところでミオと軽く言い合って、買い物を中断してもしょうがないので、俺もされるがままになる。
「今日は何を買うんだ?」
「そうだなあ…………」
ミオがいつもの店に俺を引っ張る。
「おう、お二人さん。今日も頑張ってるね。いつも通り少しはまけといてやるよ」
食材を二人の目利きで選別していく。
ベラドンナの事件があったので、使ったことのない食材は選ばなかった。
ミオが他の食材にも毒が紛れることもあるかもしれないと言っていたが、いつもの野菜に特別変わった点は何もない。
やはり、もう心配するべきことではないのだろう。
「お二人さん、今後もどうかご贔屓に。やっぱり若いってイイね」
ある程度必要な食材を揃え終え、俺たちは人混みを避けるべく、しかしどうすることもできずただ人の流れに流されていく。
ミオの手と俺の手の両方同時に力がかかったのが伝わってくる。
ふと俺の目にはいつも以上に混雑している場所が目に入った。
"ロット"場だ。
「ミオ、ちょっとあそこに行ってもいいか?」
「別にいいけど?」
俺は手を握ったまま、ミオを連れ、人混みをかき分けて足早に"ロット"場へ赴く。
その途中、何人かの男たちの会話が耳に入った。
「昨日、何者かが王に毒を盛ろうとしたって」
やはり、中心街ではもうベラドンナの話は噂で広がっているのだろうか。
しかし、あの王に毒を盛ろうとは随分尾ひれがついたことになっているようだった。
「ああ聞いた。贈られたワインの中に毒が入ってたって」
ワイン???
ベラドンナがワインとして、噂されてるのか??
ベラドンナがいくら馴染み深くないとはいえ、それは誤報の域に達するだろう。
「やっぱり王都に、王を暗殺しようとしているやつがいるな」
「でもあれだな。普通の国民というよりは、もっとお金持ちとか、王と応接する機会がある大商人とか。王の側近なんていう立場の人間も怪しい。だって、そうじゃないと贈り物を王に渡すことなんてできねーから」
"ロット"会場に来てみると、その話題で持ちきりだった。
多分、爆発的な速度で噂が広がっていったのだろう。
さまざまな憶測が飛び交っているのに俺は気づいた。
早く戦闘シーン?! が書きたい
次回予告 「それは波紋のように」




