第二章 三十三話 巻き込まれ体質
久しぶりになってしまいました。
少しリアルの方が忙しいもので…………。
「フィリー、明日付き合ってほしい」
ユーリの言葉が俺の脳の深いところまで浸透していかない。
最近俺は老化でも始まっているのだろうか。
一度で理解できないことが多すぎる。
「よく分からんけど、無理!!」
「えっ…………!!! 人のお願いの理由も聞かずに断るやつってのは……たいてい……多分暇なんでしょ? さあ、フィルセ。白状しなさい!!!」
息を荒げていた俺の部屋に突然現れたユーリが、最後に一呼吸おくとそう言い放った。
しょうがないので俺はユーリを俺の部屋に入れさせ、詳しく話を聞くことにした。
「で、本当は俺に何をしてほしいんだ?」
「ただ、明日私に付いてきてくれればいいよ」
やっと呼吸を落ち着いたユーリは、安心したかのようにほっと息をつく。
ドン
その瞬間、扉の外で何やら音がしたような気がした。
「じゃあ明日、俺たちは何をするんだ?」
実際明日は暇だったが、のんびりしたくもあったのだが。
「行きたい店が見…………、じゃなくて、私の兄貴探しに全然進捗がないから助っ人だよ。助っ人」
今、行きたい店があるとかなんとか言わなかったか。
「一人じゃ無理なのか?」
「うん。すんごいコワモテの人がいるから、ちょっと…………。ってあっ!!…………そう……やっぱりそれ」
ユーリの考えこんだり、そうじゃなかったりと顔色を変えていくのが見ていて面白い。
「今のところ、ユーリは兄貴について何がわかってるんだ?」
「あーんまり。でもそのコワモテのお兄さんならもしかしたら、何か知っているの……かも、しれないって思ったから」
見切り発車のように語彙の強弱がはっきりしていることから、自信の有無が伺える。
「なんでさっきまで息を荒らげるほど急いでたんだ?」
「だって、最近フィリーどっか行っちゃうし」
最近ミオのところに通いつめていたからな。
「しょうがねーな。いいよ」
ドン
また、俺の部屋のすぐ外で何やら音がした気がする。
「じゃあ、また明日呼びに来るね」
「あんまり、早く来過ぎんなよ」
果たしてせっかくもらって休みなのに疲れは取れるのか。
むしろ、明日はもっと疲れが溜まりそうな予感が今この瞬間からしていた。
翌日、俺は案の定、いつも以上に早く起こされた。
ベットで寝ていた俺の肩を誰かが勢い良く揺らす。
「ふっ、ふぁ〜〜。っておい、何でお前がここにいるんだよ」
そこは俺の部屋で、しかも鍵をかけていたはずだった。
外はまだほんのり薄暗い。
「何寝ぼけてんの。フィリーは私との約束を何だと思ってんの? さあ、早く早く」
まだ、ゆったりをしている脳みそがだんだんと働き始める。
「どうやって入ったんだ?」
「そりゃあ、私の才能で」
ユーリは指に引っ掛けた、鍵開けに使ったであろう針金をクルクルと回りしていた。
「私が直々に起こしに来て嬉しかった?」
「全然。もっと寝かせろや」
「もうー。フィルセも素直になりなよ。こうやって鍵を開けてまで会いに来るのなんて、私ぐらいしかいないんだよ。もっと照れてくれてたほうが私としても来た甲斐があるじゃん」
昨夜前もって約束をしたからいいものの、もし、仮にもし約束なしに俺の部屋に侵入してきたなら、今が寝起きじゃなかったとしても、俺は引っ叩いてでもユーリを部屋の外に追い出したに違いなかった。
しかし、今日のユーリは服装もいつも以上にきれいで可愛らしいし、髪だってきちんと整えられていて、かつ目を惹くものがある。
「お前、来るの早すぎ」
それはそれだけは言うと、仕方なく俺は準備を始める。
一旦ユーリを部屋の外に押し出すと、着替えた。
「そもそも、なんでこんな朝早くから行くんだよ?」
俺の横を歩くユーリだったが、いかにも俺のペースが遅いとばかりに体をウズウズしているようだった。
「カタグプルの街にいたとき、早起きは何かといいことあったんだよね。一番乗りみたいに、誰も見つけてないものが見つかったりするんだよ」
「例えば?」
「……。まあまあ、普段見ないような自然ーーー。例えば、虹とか朝焼けとか、キラキラと輝く朝霧とか。朝露だって綺麗だよ。例えばそれとか」
そう言って、ユーリは行く手に生えた葉の上にいっぱいの露を溜めている花を指差す。
その瞬間、花の影からぴょんととんで、カエルが飛び出してくる。
それはまるで朝露の入ったタライをひっくり返して、体に露を被って爽やかな朝を迎えるかのように。
わずか数秒の出来事だったが、ユーリはそのカエルを少し驚くと、ユーリもぴょんと、軽々カエルを飛び越えた。
「ほらね。こんなふうに一日のやる気を起こさしてくれる」
彼は多分なんとなくで、俺たちを見上げていた。
俺はそのカエルを一瞬直視してから、ユーリの隣へ急いだ。
ユーリが適当に裏道を通って歩く。
まだ建物の陰で日の光は当たらないが、冷ややかな空気もどこか心地よい。
「朝は何も考えなくてもいいことってあるんだよね。私の経験上」
それが言い終わるか終わらないかくらいに今度は、その細い路地の真ん中にふわりと揺れる、黒い鳥の羽のようなものを見つけた。
たった四五本の羽だったが、何分一つの大きさがでかい。
「ほら、なんか発見!!」
ユーリがそう言うと俺たちはそれに近づいてみることにした。
俺の感覚上、それは別に魔法と関係するものではないようだった。
少し怪しいものだが、試しに触ってみる。
羽は軽く滑らかで、しかしとても丈夫そうだった。
羽の漆黒の色が少ない路地の光を反射して輝く。
「あれ、なんかあっちにもなんかありそう」
道の先をよく見てみると、同じような漆黒の羽が所々道の先に落ちている。
「これって、ラッキーなのか?」
「さあ、でも一応拾っておいたほうがいいかもね。もしかしたら質屋で売れるかもしれないし」
「別に今の俺たち、金に困ってないから」
多分、その思考はユーリの昔の盗賊業によるものだろうと思った。
俺たちはその羽を拾いながら、落ちている羽を目印に羽がどこまで続いてるのか探索することにした。
それはことごとく、狭い路地を続く。
家が密集している中心街地帯を抜ける頃には、それはポツンと、消息が途絶えていた。
総量にして、大きな翼が三四枚は作れそうだった。
漆黒に輝く羽に、何か引っかかる。
「これって、もしかして、王さんたちの言っていた『邪なんとか族さん』とかなんじゃない?」
そう、それだ。
ウルス・ラグナが俺たちとの戦いで変形し、翼を広げた姿に変わったとき、確かに同じような感じで色合いの羽を持っていた。
スチュアーノさん曰く、ウルス・ラグナがその頭目を務めていたっとは言ってたけど、その他の奴らも尋常なく強いって言っていた。
だとしたら、これはラッキーとは真逆だ。
この倒錯した状況を否定すべく、気になる点を述べてみる。
「でもこの街って、結界のお陰で魔獣とか、その他の魔法やら武器が使える種族は入ることができないんじゃなかったか」
現にこの前、この街に入れなかった商人を見た。
結界門は拒絶する者には頑丈な壁のように行く手を阻んで、一歩たりともこの王都に足を踏み入れることができていなかった。
「だから自分の翼を抜いて、人間になりすましているとか」
ユーリが意外と的を得ていそうな感じのことを言う。
確かに思い返してみれば、俺たちが戦ったウルス・ラグナも翼を顕現するまで、俺たち人間と変わらない容貌だった。
「そしてもしかしたら、すぐ羽とか回復できるんじゃない? だってこの黒い羽が彼らのトレードマーク的なものでしょ?」
ものでしょ? って言われても、俺はそうかもな、としか答えられない。
だって、俺も知らないから。
しかしユーリの想像力の高さに少し俺はびっくりした。
だとしたら、この羽の持ち主は今どこにいるのだろう、と俺は背後を振り向いてみると、突然何やら俺たちから少し遠くの方で黒いような物陰が、ササッと動いて視界から消えたのが見えた気がした。
「おい、ユーリ。あそこに誰かいるかな」
俺は羽を持ったままのユーリの手をその上から包み込んようにして握り、その方角に向けた。
「どこに?」
「多分あのへんだ」
二人してその場に駆け込んだ。
そこは大通りと小さな路地がいくつも交差するような場所だった。
周囲には背の高い住宅もそびえる。
もうすでに朝の忙しい時間たちを迎え、大通りは人でごった返している。
「ちっ、見失ったか」
俺たちはキョロキョロとあたりを見渡すが、もうその黒い人影はどこにも見当たらなかった。
もしかしたら、誰かがその『邪翼族』と呼ばれる者たちをこの王都に呼び込んでいるものがいるかもしれないとふと俺は思った。
俺の中にはまだ、スチュアーノさんへの疑いがある。
彼ならもしかしたら、結界をどうにかして『邪翼族』を呼び込めるかもしれない。
まだ俺にはスチュアーノさんの力も、五大明騎士が持つ力の上限も把握できていない。
「あっ、おじさん。なんてもん売ってんの? おじさん、正気なの?」
少し離れた人混みの大通りから、俺のよく知る声が聞こえた。
まさか…………、とは思うが。
俺とユーリが声の発信源に来てみると、案の定ルカと、ルカに連れてこさせられたのであろう若干嫌そうな顔をしているライアンが、野菜やら薬やらを売っている露店にいた。
「ルカ、どうしたんだ?」
「だから私はなんでこんなものを売ろうとしてるの、って聞いてるの。はい?…………、フィリーか。………って、えっ。フィ、フィリー?」
露天商に何やら詰め寄っていたルカがこちらに気づいて、急に驚いたような声を出す。
ライアンはほっとしたような顔をしている。
「ねえ、おっちゃん。これ何円で買い取れそう?」
ユーリが持っていた黒い羽を広げて、露天商に見せる。
「おい、ユーリ。それ、売っちゃ駄目なやつだって」
俺は慌てて、ユーリの腕を下げさせる。
「おい、坊主たち。おれあ、なんでも屋じゃねーし、そんなもん買い取らねえ。俺は見ての通り、野菜とか薬を売ってるんでな。もっと物好きなやつにでもお願いするんだな」
「はい? 野菜とか薬を売ってる人がなんで"ベラドンナ"を露店に並べてるわけ? おじさんって全く薬草の知識ないんでしょ」
ルカは俺を見たあと、すぐさま露天商へ続いてたであろう問答に戻る。
そのため、ユーリが嫌そうにルカを睨んでいたことをルカが知る由もない。
「ああ、ないぞ。だがな。俺はちゃんと薬の知識がある薬剤師さんから商人を通して直接その薬草を仕入れたんだ。しかも、嬢ちゃん。この街の仕組みを知ってんだろ。危険物はこの街の中には持ち込めねえんだ。そんなもん、持ち込んだところで結界門によって、ここに来る前に消滅するからよ」
「でも、その"ベラドンナ"っていうのは毒草だから」
その店主はルカの発言に疑い深そうな顔をする。
「何、筋の通らねえこと言ってんだよ。だからこの王都にはそんなもん存在するはずがねえんだよ。分かったなら、嬢ちゃんたちどっか行ってくれよ。俺が嬢ちゃんたちを相手しているせいで、今日はぜんぜん客が来やしねえ」
「それはおじさんが怒鳴り声出してるからでしょ。普通に考えて、皆こんな店来たくないよ」
少し言いすぎでないかと、俺は思ったがとてもルカを止められそうにない。
ルカが一向に食い下がる気配もなく、露天商と言い争っていた。
しかしルカがここまで言うのなら多分、その植物はルカの言うとおり毒があるのだろう。
露天商の言っていることももっともなのだが、何せ先程俺たちも、あるはずのない『邪翼族』の羽 (たぶん)を見つけたところだから。
俺はルカが正しいと思う。
「おじさん、一旦その植物を預からせてもらえませんか。こちらでちゃんと薬草に詳しい人に聞いてみます」
俺がルカの救済に入る。
確か、前にナルさんがセロちゃんは薬草について詳しいとか、博学なんだとか、言っていた気がする。
「さては坊主ら、俺からその薬草を盗もうって腹だな。しっかりと金を払ってからならいいぞ。「死にかけの母親がいて、僕たちにはお金がないんです。どうか、その薬草を恵んでください。そうすれば母親を助けられるんです」とか、言っても無駄だからな。この王都にいる以上、お金を持ってない、なんてことありえないんだからな」
ますます、露天商は俺たちを疑い深そうな目で見る。
俺が出した妥協案を小馬鹿にされたようで、俺は少しムッとした。
ますますこの場は膠着状態であり、このままでは埒が明かないな、と俺は思い始めていた。
この揉め事に、俺たちに直接的な利益もなければ損害もない。
しかしルカの語調からしてその薬草は毒草で間違いなく、これは人の命に関わる。
しかも、こんな死とはかけ離れた場所で……。
ここの人々は疑うことを知らない。
ここにいれば安全である、という固定観念がすでにここでは構築されているのだ。
それが王シェレンベルクの狙いなのかもしれない。
そんな場所で人が死ねば、住民はパニックを起こして大混乱が起こるだろう。
ただでさえこの王都は何かおかしいと感じているのに、そんなものが起こったらますます敵にとっては有利な状況なのだろう。
俺は一瞬、懐にしまってある"くない"を使おうかと思ったが、それもそれでパニックを引き起こさないとも限らない。
本末転倒であると思い、すぐさまその案を却下する。
さてはどうしたものか。
このおじさん曰く、商人から運ばれたものだと言っていた。
ということは、他の同じような店にもこの"ベラドンナ"は置かれているのかもしれない。
多分、そこの露天商もそれが毒草だとは知らないのだろう。
だとしたら、一刻も早くこの現状を打破しなければならない。
俺が別の行動を起こそうとしていた、その時だった。
「なんか、この店騒がしいね☆ 私、この店によってみようかな☆ ごめーん、くださーいっ!!」
その声に露天商は俺たちから顔を逸し、新たにこの場に現れた、こちらを向かってきている通りの客に笑顔を向けた。
さて二章も起承転結の『転』の部分に差し掛かりました。
少し忙しいので不定期になるかもしれませんが、ちょくちょく更新します。
次回予告 「有る非ぬは蚊帳の外」




