第二章 二十六話 スチュアーノの本心
俺は痛む体を無理やり動かして、夜の賑わいを見せたミオの店でウェイターをする。
ミオは疲れを感じさせないほどの働きをしている。
まあ、俺はミオより寝れた時間が短かったからな。
今日から俺が仮面をつけてきていないということで、あいつは誰なんだ? という視線を周囲から感じる。
というか絶対この店にミオ目当てで来てる客いるだろ。
俺への視線が怖すぎる…………。
以前愚痴を言いに来ていた、例のジョッキを投げつけた二人組は店に来なくなったのだが、今日はこの店の客に多い若者たちに紛れて、別の少し老けた大人の二人組が何やら隅のテーブルで話をしている。
「今回の"投票"の投票状況見てて思ったが、スチュアーノ陣営の人気、落ちたな」
「まあ、しかたねーだろ。ギルバートさんの方が、勝機があるんだし……」
「でも、見た限り今回もセロ陣営に賭けている人が少なからずいたな」
「そりゃ、あのセロだぞ」
俺がこの店に来て、初めてその個人の話ではなく国に関わるセロたちの話を聞いたことになるので、少し興味が湧いて耳だけ彼らの話に傾ける。
「どういうことだ?」
「おまえさんも分かってるだろ。あの容貌の可愛らしさ。周りはみんな大人びているのに、一人だけ放つ可憐さ。これは俺たち大人であっても応援したくなる気はわかる」
「そんなこと言ったら、今回はまさかの無所属に票が入っていることはどう説明するんだよ? スチュアーノ陣営よりも多かったぞ」
一方の男が黙り込んだ。
「…………。なんか不憫だよな。あの人生粋の王都育ちだろ。それにあの人も一応は五大明騎士なんだから、一般人とは違って『強さ』っているものを持ってるんだろうけどさ。前回波紋を呼んだ無所属票に負けるなんてね。でもスチュアーノも成果を挙げられないんじゃあ、俺たちは賭けれねーよ」
「今回みたく無所属という票も蔑ろにはできなくなったご時世だしな」
彼らが飲んでいるのはコーヒーだ。
冷静に物言いには昂ぶった感情のそれはなく、その場限りのイキオイだけの言い分ではないことを物語っている。
「仮面君、何立ち止まってんの? さっさと働くーー」
ミオは俺の前に来ると、料理を俺の盆に、ぼんっと載せた。
もう俺、仮面つけてないだけど……。
「もしかしたら、あのシスの移籍も王の意向があったかもしれないと最近俺は疑ってるんだ。シス、セロのところからスチュアーノのところに移っただろ。俺たちから見たシスは結構国民的だし、何しろ下から上を支えるのがうまいだろ。セロを支えたときみたく」
「そうだよな。セロもシスをすごく信頼してたし、何よりよく笑ってたからな」
「だろ。だから今回もスチュアーノを支えるため、王の意向でシスを送った可能性が高いんだよな」
夜時にもかかわらず、彼らが頼んだのはコーヒーだけだった。
多分このことを喋り合い、議論するためにミオの店に来たのだろう。
若者の興味の薄い内容だから、他人の目を気にすることもないこともあるだろう。
「でもそれって、スチュアーノの立場からしたらどうだろうか。シスを配下にしたとはいえ」
「それだよな。最近こんな噂があるの知ってるか? シスが移る前にスチュアーノは王の暗殺を計画していた、って」
その言葉を聞いた男は一瞬相手から顔を反らして、周りをぐるりと見渡す。
「おい。いきなり暗殺とか言うなや。しかも、それ俺は初耳だぞ」
「この街って俺ら含めて皆武器の類が使えないだろ。でも唯一の例外は、王と五大明騎士たち。彼らは強大な力を持っているわけだが、今この街にギルバードさんたちはいない。国境周辺の緊急事態に駆けつけているから。だからこの王都にいるのはスチュアーノとセロ、という五大明騎士の五人のうちの二人だけ。ーーそんな状況の中、スチュアーノが反乱を起こしたとしても周りはどうすることができる? スチュアーノの成功する確率は十分確実に高い」
「でもそもそもなんで、王を暗殺する必要があるんだ?」
まだその男はいまいち納得できていない様子だった。
「それはこの国の王はさ、何かが起こってからじゃないと制裁を下したりしないからだ。スチュアーノは以前、王に何か申し立てをしたらしいが、王が聞いてくれなかったらしい。今の時分、セロの方が皆から何かと人気があるし、スチュアーノはセロたちにいいように使われているように見える。これは噂なのだが…………スチュアーノは規律と年月を重んじる人なのだが、セロの存在がスチュアーノの理想とは真逆だった。だからスチュアーノを求める理想を覆すんだとよ。これに関しちゃあ、王がセロのことを認めてるから、スチュアーノはどうすることもできないけどな」
「そんな物騒な話、ここでしていいのか?」
もう一方の男がもう一度あたりをキョロキョロの見渡す。
「まあこの店は中心街から離れてるし、何より若者ばっかだ。この手の話を知らないだろうし、興味もないだろうよ」
「それなら、いいか」
俺は他の客へ注文された品を運びながらも、一心(耳)不乱に耳を彼らの方へ向けていた。
「それにしても、最近何かと物騒だよな。今日もシスが結界付近を走り回っているのを俺は見かけたぞ」
「そうそう。前の"投票"を終わらせたという敵もスチュアーノと手を組んでいるかもしれない、っていう噂すらも上がっていたくらいだ。だからシスが街の結界付近を必死に調べてるんだとよ」
「それは流石に考え過ぎなんじゃないのかな。あのスチュアーノは生粋の王都っ子で俺たち庶民とも時々会えるような優しい人なのに、敵と手を組むなんて」
「だが五大明騎士は単独でこの街を出る機会も多いし、疑われてもしょうがないぞ。こんな結界で守られている街を敵が襲ってこようとするなんて、実は誰かが引き寄せたのかもしれんし」
「だったら、新しい人がこの街に来てくれてよかったよね。しかもまだ若いなんて将来期待できるし。まあしばらくは、無所属って形だろうけど……」
良かった。
この人たちは俺たちに対して好感的だった。
「スチュアーノは普段優しい感じなのは認めるが、もしかしたら内に溜め込んでるだけかもしれない」
「まあでも、俺はスチュアーノもしっかりこの街を守ってくれている人だと思うよ。何年も五大明騎士をやってるわけだし」
その男はコーヒーを口に含みながら言った。
「でも、俺は違うかな。シスとスチュアーノの立場交代もこれから実際あり得ると思うぞ。シスが強いのか詳しくは知らないが、この街への貢献度で言ったらな」
俺は彼らの会話の内容を聞いて衝撃を受けた。
というか、俺の目にはシスさんやスチュアーノさんがそんなふうに見えていなかったからだろう。
何やら不穏な空気を感じる。
スチュアーノさんの人気が落ちている?
"投票"の票数を人気度として、話しているだけではないのだろうか。
セロと王に対して、スチュアーノさんは仲が悪い?
確かに円滑な仲には見えなかったけど……。
何よりも驚いたのが、俺たちが王都目前で倒したウルス・ラグナはスチュアーノさんが呼び寄せたものだった?
確かにやつは王都に目的があるような感じではあったが……。
シスさんが毎回、仕事仕事言っている理由が分かった気がする。
久しぶりに明日、ライアンたちとスチュアーノさんの屋敷を訪れてみようかな。
俺は噂を鵜呑みにするようなことをしない主義だからな。
ミオとの遠出のこともあり、今日は普通の飲食店よりも早めに店を閉め始め、片付け始める。
「なあ、ミオ。セロのことどう思ってる?」
「ど……、どう思ってるって。…………セロ? あの五大明騎士のうちの一人の子?」
「うん、そうだが」
ミオが必死に考えを巡らす。
「私たちとは別次元で生きてるような感じがするからよく分かんない。けど……………可愛い?」
「俺に聞くなよ。じゃあ、スチュアーノさんはどう?」
「かっこいい」
「そうか。適当だな」
その瞬間お盆を持ったミオに叩かれる。
「はい? 知らないからしょうがないじゃん」
「でも、ここの客の会話から彼らの名前を聞いたんだけど」
「珍しいけど、あんまり私たちとは関係ないことだね」
別にミオは気にしていない様子だった。
そんなことよりもミオにとって大切なことはもっと身近にたくさんあるからだろう。
「すまんミオ。ちょっと明日から急用ができたから、俺に有給休暇くれっ」
ミオは手を顔に当てて考え込む。
「えっ…………。………………また、ここに戻ってくるって誓うのなら許す」
「昨日、今日と一緒に過ごした仲はそんなに簡単には解けないじゃんか。少し休むだけだから」
「嘘だったら承知しないから。あっ。じゃあ、次来たときはいつもの倍は仕事してね」
それだと、本当に来なくなりますよ。
「って、冗談、冗談。いいよ」
「……。理由は聞かないのか?」
少し意外だった。
うまい言い訳を考えていたのだが……。
「別に私は君の保護者じゃないんだし。君のことはほんの一部しか知らない。だけど私は君のことは信頼してるから、君の決めたことに口を挟んだりはしないよ」
「ありがとな」
「///っ!!!! ふっ、普通のことだから。そんなもうお別れみたいな感じで言わないの」
そう言ってバシバシと俺の背中を叩いてきた。
「じゃあ、しばらくな」
「はいっ」
俺は歩き出そうとミオから背を向けると、突然ミオの口から予期せぬ言葉を聞いた。
不思議に思って振り返ってみると、何やら封筒を持った手をこちらに差し出している。
「これ、受け取って」
ミオの頬を朱色に染まっているのは気のせいだろうか。
視線も俺とは交わらず、少し下を向いている。
「ほら、早く」
俺は言われるがままに受け取る。
中身を見てみると、そこにはお金が入っていた。
「何これ?」
俺は純粋に聞いた途端、すぐさまミオが半眼になった。
「バイト代」
言われてみれば、そうか。
「それならもっと、すっと渡してくれていいのに」
すると見るからにミオの頬が赤くなっていった。
「なっ。私が自分で、君はタダ働きだって言っておいて、サラッとバイト代出せるわけないじゃない。君とは昨日今日と付き合ってもらったわけだし、君の働きっぷりも良かったから…………。バイト代を払うべきなんじゃないかと思ったけど、やっぱり私にもプライドがあるってわけだから////。私は渡し方を真剣に悩んでたのにぃ」
まくしたてるように言った。
もうプライドはどうでもいいのだろうか。
「店長、意外と乙女ですね」
「怒るよ?」
「いいえ、ありがとうございます。またすぐ戻ってくるからな」
「その言葉、忘れるつもりはないから」
最後に俺たちは笑いあった。
店の片付けを終えると、俺は一日ぶりに屋敷へ戻った。
ライアンたちはすでに夕食を食べ終えたあとだったようだ。
「おい、フィリー。昨日はどこ行ってたんだよ?」
皆の揃った大広間に入ると真っ先にライアンが近づいてきた。
「そうだよ、フィリー。昨日帰ってこなかったから心配したわよ。ライアンなんて、さらわれたんじゃないかって探しに行こうとしてたんだから」
俺は別にさらわれていたわけではないが、確かに昨日は意図してなかったことだったな。
「ちげーーよ。俺はまたフィリーが一人で敵と戦ってるんじゃないかって思っただけだぜ。今度は戦果を独り占めなんてさせねーから」
「それよりフィリーさんは、一人でどこ行ってたんですか?」
ユーリが疑うように訊いてきた。
勝手に一人って決めつけるなよ。
俺そこまで一人が好きってわけじゃねーよ。
「ちょっと、人助けしてたんだ。それよりも俺から話したいことがある。用が済んだらちょっと、俺の部屋に来てくれ」
ここ大広間は衛兵の人や諸事情などで王へ訪問に来ている人などがいる。
とてもじゃないが、俺がしようとしている話ができそうにない。
一応は俺たちは今、それぞれに個室をもらってるし話し合う場所はいくらでもある。
「何しようとしてんだ? ここでいいじゃん」
分かってねーな、こいつは。
「会議だよ、会議。ここじゃあしにくいんだよ」
「その会議って、質問可?」
「ああ」
「よし、行こー。ライアンにルカ。私、フィリーが昨日から何やってたか質問攻めするから」
ユーリが目をキラキラさせながら、席を立った。
やる気を起こしてくれたことはありがたいが、目的がズレている。
まあ、善は急げだ。
どうせ明日もライアンたちは暇だろうし、俺はそのために明日は休みをもらってきた。
と今ポケットに触れて思い出したのだが、やっぱりバイト代があると何かやった感がある。
ミオも見かけによらず優しい子だった。
そんなミオとのリラックスした俺の日々は、これから少し遠のくかもしれない。
なぜって今から俺たちがやろうとしていることは、この王都に裏切り者がいるかもしれないってことが、本当かどうかを調べるために行動するのだから。
それに俺たちの方が行動しやすいだろう。
まだ顔や名前をそこまで知られてないし、いろいろと人に聞くにしても好都合な気だけはする。
今までフィルセとミオだけで話が進んでましたが、再びライアンやルカなどと少し人数多めの会話、行動になります。
やっぱり後者のほうが疲れる………。
次回予告 「お宅訪問」




