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オン・ワンズ・ワァンダー・トリップ!!  作者: 羽田 智鷹
二章 交錯・倒錯する王都
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第二章 二十三話 経験の差


 俺は今日も仕方なくミオの店に向かう。


 昨日屋敷に帰ると、真っ先にライアンに話しかえられた。


 「俺今日お前の好きそうな店見っけたから、今度案内するわ」


 俺は曖昧な返事をしておいたが、俺も実際その場にいたからね。

 


 そんなライアンに紹介されるはずの店に今俺は向かっている。


 ミオの店は中心街を通り過ぎた先にある。

 

 早朝だからか、店の準備をしたり品を店に運んだりと通りは人や竜車で多い。


 中心街では露店が朝の儲けを出そうと店主は呼び込みのため声を出し、人々は商品を見比べ値踏みしながら転々と回って見てしている。



 ミオの店への途中にある"投票ロット"場に俺は行ってみると、人々がクリスタルを見ながら何やら言っている。


 俺はつられてクリスタルを見ると、『赤』と『白』のクリスタルが光り輝いている。 


 イルさんいわく、この輝きがそれぞれの五大明騎士の命と戦いを象徴しているとか言っていた気がする。


 となると今、赤色と白色の大名団クランが優勢だということなのだろうか。


 見ると人々の中には考え込んでいる人もいるが、ほとんどの人は赤色か白色のクリスタルに賭けて金を投げ入れている。



 中央スクリーンでは俺が見た中では一番数字の上がり方が大きい。


 今はちょうど七億ほど。


 しかしみるみるうちに七億一千万になろうとしている。

 俺はその額や上がり具合に気後れしたので、今は投票ロットしないことにした。

 


 そのまま進むと、ミオの店に行く前にある食料屋の前で目的の人物を偶然見つけた。


 ミオさんだ。


 俺は若干の逡巡の後、仮面をつけることに決めた。


 俺はまだ彼女に自分の素顔を晒していない。

 彼女があれほど外さないでほしいと言っていたので、外したら気分を悪くするかもしれないからだ。

 


 「おはよう、ミオさん」


 「へっ。……誰かと思えば仮面君じゃん。じゃあおばちゃん、これとこれと……、あと、そこのそれ。ちょうだい」


 食材を仕入れている最中のようだ。

 選んでいるものを見ると、良質なものを見極めていた。


 「ほー、ちゃんと選んでるんだ〜」


 「当たり前じゃん。なめないでよね」


 彼女はさらにいいものを、と探している。

 

 俺の目にふと留まったものがあった。


 試しにそのニンミンを手にとって見る。


 全体的に色濃く鮮やかで艶がある。

 程よい反発感。


 ルカいわく、ニンミンは固かったり頭部の色が黒っぽかったり緑っぽいと鮮度が落ちてるらしい。


 「これなんかどうだ?」


 「…………、へえー、仮面君。野菜のこと知ってるんだ〜」


 「若干な」


 俺も少しは選びつつも、大体をミオが手際よくパパッと選んでいく。

 

 「毎度ありーー」


 そう言うと、その店の店主おばさんはすぐさま別の客の相手をしに行った。

 



 「いやー、良かった。君がいてくれて。じゃあ荷物持ちよろしくね」


 結構な量買ってくなあ。大丈夫なのか? と思っていたがそういうことだったか。


 「はいよ」


 俺は自然な動作でミオから食材を受け取る。

 しかし、ミオの方は固まってしまっていた。


 「えっ、……すんなり?」


 「ああ、俺。こういうの慣れているから」


 しかし、ミオは驚きを消さない。


 「こういうのって……。まさか他にも女の子が……」



 

 「えっ?! 今なんて言ったんだ?」 


 ミオが呟いたことは残念ながら俺の耳にはデシベル的に聞こえない。

 


 「うーうん。何でもない」


 「もう、ミオの店に向かえばいいんだよな」


 「そうだね、よろしく」

 


 俺を先頭にミオが後ろからついてくる。


 「仮面君は、夜どこに帰ってたの?」


 「秘密で」


 むぅー、と膨れるミオ。


 「まあ、いいや。今日も客の選別頼むよ」


 「店長、その言い方はどうかと思います」


 軽く突っ込むとミオは


 「あっははは。そうじゃん」


 と笑った。

 つられて俺も笑う。


 どうせ今日もこれがなかったら予定はないわけだし、暇じゃなくなって良かったといえば、良かったことだ。


 雲ひとつない青空のもと、俺たちの足取りは軽く、迷いのないものだった。


 

 ミオの店は中心街にない割には、人通りの多い通りの一角にある。


 まあ向かいの店の方が見栄えはいいが、ミオの店も十分快適な空間だった。


 俺は暇だったので試しに、店の前に看板を作ってみた。



 『マスターミオのカフェっぽい料理店

 若者向けの快適な空間に、マスター直々の料理。

 食材は今朝仕入れた新鮮さ。


 隠れたマスターの志向を凝らした空間をご堪能ください。


 ※この看板の作者より くれぐれも店内にあるものを壊さないように。店主の態度が豹変します』




 店内で働いているミオにとってこれは知る由もないだろう。


 看板にはミオのイラストも書いておいて、完成。


 我ながら、なかなかの出来だと思う。



 ここにおいておくと人目につきにくいし、何よりミオに見られてしまうので、ここの通りを少し行ってここより大きい通りの道に置いておくことにしよう。

 


 そのせいだろうか。

 今日のお昼の時間は若者客でやや混み合い、俺も大忙しだった。

 


 客が一旦落ち着くと、俺はミオの厨房を見学しようと決めた。


 厨房なら、ルカのところに何度かお邪魔したことがある。


 「ミオ、どこにいるんだ? 入るぞ」


 そう言って俺は店内のまだ入ったことのない場所へ足を踏み入れる。

 しかし、すぐさま返答が来た。


 「ちょっと、勝手に入らないでよ。いや、試作品の最中だから」


 なにそれ、面白そう。


 「見学するだけだから、いいか?」


 「しょうがないな。仮面君が来ても面白くないと思うよ」


 そう言って彼女は厨房からぴょこっと顔を出した。

 


 実際に入ってみると、なかなか広い。


 個人の空間って感じだ。


 「置いてあるものには触らないでね。前みたいなことのないように」


 「分かってるって」


 ミオはどうやら、トーマトスパゲッティーのソースを作っているようだ。


 机の上にトーマトの缶が幾つか重ねてある。


 「じゃあ、ちょっと食べてみてよ」


 彼女は店を出しているから、こういう試食時の「これ、人の食べ物じゃないだろ」的な緊張感はない。


 「ああ、いいよ。はうっ」


 一口食べてみる。

 長年、ルカの審査員として鍛えてきたこの舌によると……、


 「ちょっと、コクがないかな」


 「……、おお、意外とまともな意見。実は私もそれ思ったんだよね」


 意外とはなんだよ。

 こういうときは確か……


 「もう少し、そのオリーヴァオイルの量を増やすとか」


 そう言って俺は別のボウルにオリーヴァオイルを注ぐ。


 「ねえ、勝手に入れてるけど本当に合ってるの? それは流石に多いと思うんだけど……」


 「まあ、いいからいいから。もう一回初めから作ってみない?」


 「はあ」


 ミオは一つため息をつくとで玉ねぎを切り出す。

 俺は若干ミオから遠ざかった。


 「で、これを鍋に入れてー、となんでそんなに距離あるの?」


 「いや、何でもないですよ」


 仮面は目を隠していないから、玉ねぎは効果抜群なんだよね。

 

 「ここで、油だよね」


 「そう」


 「じゃあ、こんだけっと」


 俺はミオが驚いていた量で鍋に注ぐ。


 バチパチと音を立て始め、次第に玉ねぎがカラメル色に変わる。



 ここからはミオがテキパキと進めていく。


 トマトの缶を開けて入れた。


 「ここで若干跳ぶんだよね。まあフタはしめちゃだめだから」


 と、ちょうど俺の目が捉えたものを手に取る。


 「これ使えばいいじゃん」


 そう言って俺は手ザルを鍋にかぶせる。


 「あ、その手があったか」


 若干半眼でこっちを見てくるのはなぜだろう。


 

 と油と聞いて俺の中でひっかかっていたことが、突如解けた。


 俺はバチをミオに渡すと


 「これで、トマトの種を潰してくれ」


 「なんでそんなことを?」


 「いいから、いいから」


 言われるがままにミオはバチで鍋の中を潰す。


 だいたい潰し終わると、


 「もういいよ。最後はミオの味付けで」


 「わかったよ」


 ミオは塩、コショウを目分量で入れていく。


 

 「完成だけど、これでコクが出たの?」


 「さあ、俺は料理なんてしないから」


 「君ねえーーーー」


 「まあまあ、食べてみてから」


 そう言って、俺はスプーンで一口すくって試食する。


 「おおーー、だいぶ変わった!!」


 ミオはそれを聞いて、目つきが変わった。


 「ちょっと、貸して」


 そう言って俺の肩を揺する。


 そしてぶん殴るようにして俺からスプーンを取ると、すくって試食した。


 俺が使ったスプーン使うのかよ。


 しかし、まったく気にしている素振りは全くない。


 それよりも……………


 「えっ………、なんで。コクがある」


 ミオは尊敬の眼差しでこちらを見てきた。


 確か、カノンさんいわく。

 『確か、種の周りによくある成分が油を乳化させてるんだよ。乳化っていうのは油を水と溶けるようにすることね。あと確か、種付近には旨味成分も多く含まれていたような……』


 なんとなくそれっぽいことを俺は説明した。


 「へえーー。なんかすごい。ありがとね」


 「どういたしまして。では夜も頑張ろうぜ」


 なんだか照れくさい。


 「私が店長なんだけど……。何この雰囲気ーー。まあいいけど」


 まあもや、ミオの声はデシベル的に俺の耳には入らなかった。

 


 一日の仕事が一段落した頃、ミオが話の切り出しを迷っていたようだが、意を決したのか俺に向かってこう言い出した。


 「明日、店が休みなの」


 ということは、これのバイトも終わりということかな……。


 「………………で、出来れば私と一緒に付き合ってほしいところがあるの」


 たかが二日間一緒にいただけの間柄なのだが、俺と行きたいところでもあるのだろうか。


 もしや、一人では運びきれないモノを買いに行くとか……。

 うん、十分ありえる。


 「……、どこに?」


 「…………。最近皿やらジョッキやらを壊されて、そろそろ調達に行ったほうがいいかなって」


 あながち間違ってなかった。


 「調達って?」 


 「あ、仮面君は知らないのね。王都の近くに原料の鉱石があるから取りに行こうって言うことだよ」


 そうなのか、知らなかった。

 


 店長からの指示ということは拒否権はないのだろう。

 まあ、どうせ明日は暇だしな。


 「いいよ」


 「よかったー。じゃあここ集合で」


 そう言って、ミオは店内の片付けを始めた。

 鼻歌なんか歌っている。

 なんだか、やけに陽気だなと思う。


 

 こういうところを見ると、普段はミオは無理に気を張っていたのでは、と思ってしまう。


 たまには彼女にも息抜きしてほしいな、と俺は心の何処かでふと思った。



ミオっちの話が終わったら、邪翼うんぬんの謎に少しずつ迫ります。


次回予告 「ピクニックエンチャント」

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