第二章 二十二話 主従関係
「店員さん、どうしたんだ?」
ライアンがミオの態度に疑問を覚えたのか、問いかける。
しかしミオはライアンの問いかけに反応せず、数歩の距離である俺の前までどんどん歩いてくる。
その瞳には激しく揺れる炎を宿して……。
「仮面くん。なんでその皿を持ってるのかな?」
「いや、これはその……、成り行きで」
俺はミオの勢いに圧倒される。
「なんで私の宝物を盾なんかにしてるのかな?」
宝物?? どれが???
「頑丈そうだったし、何より近くにあったから。あのとき自然と手に取っただけだ」
しかし、ミオは表情を緩めない。
「だったら、水ぐらいで私の宝物が真っ二つになるなんてことないよね?」
今頃になって、王の水になる魔法を忌々しく思い始める。
「えっ…………。しかしこれが皿である以上、いつかはこうなっていたかもしれないよ。それがたまたま今日だっただけであって……」
「それって、私の宝物が水ぐらいで壊れるほどヤワなものだったって言いたいの?」
「その可能性は十分にありえ……」
「ありえないよ」
はっきりと否定されてしまった。
というか俺は感謝されてもいいはずなのに、なぜこんな状況になってしまったのだろう。
「色々とお騒がせしてすみませんでした。ここの紅茶美味しかったです。さあ、ライアンさん。いきましょ」
「あ、俺たち迷惑かけたかもな。ごめん。ここいい雰囲気だな」
すると俺の目の前にいたミオはすぐさまその瞳の炎を消して、
「お客様は何も迷惑になっていませんよ。むしろ、相手が悪かったんですよ。ーー。ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
そう言って、ミオはライアンたちにお辞儀をした。
「仮面君も頭下げて」
突然、ミオに小声で俺に命令した。
それも俺にしか聞こえないように。
はい?
半ば、しゃくだなあと思いながらしょうがなく指示通りにした。
「あ、ありがとうございました。」
「俺の仲間にもここ、紹介しとくわ」
カランカラン。
ライアンたちが楽しそうに店から出ていく。
「次どこ行きましょうか?」
ライアンもクーレナさんも楽しそうだった。
「で、仮面君。この状況、どう説明する気ですか?」
ミオの瞳に再び炎が宿る。
「これって、俺が悪いんですか?」
原初に戻る。
そもそも俺が加害者であるわけがない。
ミオは俺から離れてどこかへ歩いていく。
それは店内唯一の客用のドア。
ミオは店のドアの前に立ちはだかった。
どうやら、俺を逃さないようにするためらしい。
「君がその皿を持ち出して、そんな馬鹿げた行動をしなければ、こんなふうにはならなかったのに」
俺が持っている皿を指差しながら、半眼で俺を見る。
「あれを馬鹿げたっていうんですか?」
俺は俺の正義を曲げるつもりはない。
「勝手にこの店の物を破壊することを馬鹿以外に、ではなんというんですか? ジョッキも皿も」
俺はミオが強情だなあと内心思う。
しかし俺の観察眼を侮ってもらっては困る。
「でも、あの時ジョッキはミオさんに向かってた。そこで俺はミオさんの「えっ」っていうすっごーく小さな声が聞こえましたけど? あの時のミオさん、怖くなったから固まって動けなかったんじゃないんですか?」
俺の自信有りげな名推理。
その瞬間、ミオの顔が急に紅潮しだした。
彼女はその場面を思い出したかのようで、目を伏せたかと思う今度はいきなり俺に対してまくし立て始めた。
「うるさい、うるさい。あの時仮面君が私の宝物でジョッキを防ごうとしなくても、ジョッキは水に変わるんだから、私は大丈夫だったんだ。なのに、人に断りも入れず勝手に……」
「そんなにこの皿に思い入れがあったのか?」
「君は知らなくていい。………………もう勝手にして」
瞳にはかすかに涙を浮かべ、ミオはすねたような態度になった。
しかし、そう言われて何を勝手にすればいいのだろう。
何よりミオの大事なものだったらしい皿を俺は盾として使い、しかも俺が握力でその皿を壊してしまった。
他の客はテーブルに代金を置いていそいそと帰り始める。
この状況のミオが来客に対応できるとも思えないし、俺も勝手に帰ってはいけない気がしてきた。
何よりミオを今一人にしてはいけない。
「本当にごめん。壊したものは弁償するし、何か俺にできることがあったらやるよ」
俺は折れてそう言うと、俺はつけていた仮面を外そうと思った。
「それは外さないで。君は今のままでいい。そして君にできることは何もない」
少し機嫌を直してくれたかと思ったのだが、最後の言葉に俺はがくっとくる。
ミオは未だすねた態度を直さない。
しかし俺も、いつまでも穏和でいられるわけではない。
「ミオさん。俺はやることがないなら、この店から出ますよ。ミオさんの様子を見ている限り、ここを一人で切り盛りできるようだし、俺はここでお客さんの愚痴なんか聞きたくないんで」
俺はそんな店に好き好んでずっといるつもりはない。
「私だって……。ここは私のイメージしていた店と違うんだから。…………ぐすん。だったら君はここを手伝ってよ。すきで一人でいるわけじゃないんだから。…………もちろん、タダ働きでね」
ミオは頬を赤らめ、涙を浮かべて鼻をぐずつかせながらそう言った。
今はこの店に残っているのは俺とミオの二人だけだった。
ミオの気持ちの制御がゆるくなった気がした。
しかしタダ働きとは今のご時世どうかと思う。
使用人と労働者間の関係。
賠償分と思えば、まあいいか。
「ああ、いいよ」
彼女の機嫌が治るまで、俺がここにいるのも悪くないか。
「俺はまず、何をすればいいんだ?」
「客引き。愚痴ばっかり言う客なんてはここに入れないで」
いきなり難題を突きつけてくる。
「仮面は?」
「もちろんつけたままで」
どうやったら客を見分けることができるのだろうか。
これじゃあ逆効果な気がするが……。
「私、店内をきれいにしたいから…………。君はさっさと仕事して」
本当は早く外に出ろ、って俺に言いたいんですよね。
「ここってカフェでいいのか?」
「違うし。飲食店なんですけど」
まあ、彼女からはどこかほうっておけない雰囲気を感じる。
ここは中心街と違って、過剰な客引きはしていない。
いきなりこの場所に初めて来た俺はどうすればいいのか分からなかった。
俺は店の前の階段に座って空を見上げる。
青空には白い雲がゆったりと流れている。
店内ではミオが涙をこらえるようにして、どこか気を紛らわせようと一心にテーブル磨きをしている。
今は一人になりたいようだった。
俺はミオの気持ちが収まるのを待って、ミオに言われたことを実行することにした。
俺はなるべくライアンたちみたいな穏やかで爽やかな若者を狙って声をかけることにした。
やはり狙って声をかけているからだろうか。
お客さんの方も直接俺に意識されて声をかけられていると感じて、なかなか断りづらいのだろうか。
段々とお客さんが増えてくる。
俺の狙い通り若い人が多い。
俺が仮面をかぶっているからか、声をかけただけで逃げられたことが多々あり、少しばかり俺の心が傷ついた。
「仮面君。外にいないで店内を手伝ってよ」
本当にどっちなんだよ?
カフェでお客さんのゆっくりと過ごす時間が終わり、客が一段落ついた頃、ミオが外に出てきた。
見たところ、俺が招いた客を全て一人でさばいたらしい。
「ここって、何時までやってるんだ?」
「夜はそんなに長くはやってないよ。私がやっている店だから、タバコとかも禁止なんだよ」
それは俺にもうれしい。
酒場といえば、年配の方が絶対フカシテイル。
なぜ店内の新鮮な空気に害を混ぜたがるのだろうか。
俺にとってタバコの臭いから違和感しか感じないのだが……。
「俺は何をやればいいんだ?」
「ウェイターさん」
!!?
「ミオさんがウェイターやったほうが……」
「夜の方が年配の人は来るかもしれないのに、私にやらせるの?」
じゃあ、今までどうしていたんだ??
それにお客さんは店長に接待してもらったほうが嬉しいと思う。
しかし彼女はやりたくないようだ。
昼間の大人の暴動で少しミオの心に恐怖と言うものがあるかもしれない。
「わかったよ。ここは当たり前に店長である俺がやるわ」
「はい? 店長は私だから」
ミオが力強く言った。
どうやらそこは譲れないようだった。
「昼は私一人でやってるけど、夜は他にも手伝いが来るから。君が一番下っ端っていうこと忘れないでね」
あの、俺やっぱり辞めていいですか……。
「じゃあ私は夜に備えて仕込みしてるから」
そう言って奥に消えていった。
ていうか、俺は店内のこと何も教えてもらってないし、一体何をすればいいんだよ?
それなのに何にもやってじゃんって怒ることとかすごくありそう。
どこのブラックバイトだよ。
まあ結局することがなかったので、掃除でもしていることにした。
その街ではシェレンベルクさんの魔法により、モノを落下させると水に変わってしまうことが分かった。
ものを落としてはいけないと思うと結構プレッシャーになる。
取り扱いには注意だな。
夜はルカが働いていた大衆酒場に比べると圧倒的にお客さんは少なかったが、その分ゆったりと食事ができる場所だった。
店員さんも四人増え、店も順調に回せていた。
「はい、今日の給料分」
ほとぼりが覚めた頃、ミオは俺に夕食を出す。
「どお? どお? 美味しい? 女の子からの手作りとしてしっかり味わいなさいよ」
リゾット風の料理だった。
「ありがとな」
俺の仮面はちょうど口元は隠れていないため、外さずに食べれる。
「俺の知り合いと張り合えるくらいは美味しいぞ」
「は?! 何それ。ふーんだ」
普通の料理屋とは違い、ミオの店は締める時間が早い。
「今日は色々とゴメンな。でも、楽しかった。ありがとう」
「へえー、そう。じゃあ明日もよろしくね」
…………………。
ええーー!!
感傷的な雰囲気で、最後だと思っていたので清々しい気分で終わろうと思っていたのだが。
「ミオはもっと人雇ったほうがいいんじゃないのか?」
「うーうん。もともと私は小さくてもリラックスできるような店にしたかったの。こんな店内だから人数はそこまで必要ないと思うんだよね。むしろ個々の行動力」
俺はえっ、と驚いた顔をした。
「と、冗談冗談。君って仮面つけてるのに、私から顔の表情が読めるっていうか……。面白いね」
初めて会ったときに俺の目をじっと見てきたこととか、仮面外さなくていいということは、こういうことだったからであろうか。
「今日は本当にありがとね。私も楽しかった」
そして、ミオは少し恥ずかしげに笑顔を見せた。
俺に向けられているという意識がどこか気恥ずかしい。
しかしまだ心の底から笑っていないように俺には思える。
でもまあ、俺の今日の労働に見合ったものだと思っておくことにした。
女の子の笑顔のために働くとか、やっぱり俺の人間的価値安くね?
「明日もよろしく。君の力でどんどん私の店を良くしてってよ」
うん、俺。凄くやる気が出たよ。
男子は女子に命令されると弱いんです。
次回予告 「経験の差」




