第二章 十六話 王の居場所
目覚めてから翌日、俺は特にすることがなく王の屋敷でのんびりしていた。
セロやスチュアーノさんは忙しいらしく、今日は屋敷にはいない。
屋敷は広いため、まだ俺たちはほんの一部分しか訪れた場所はない。
暇つぶしも兼ねてせっかくなので、俺は色々と屋敷の中を見て回ることにした。
ライアンやルカたちも各々好きなように時間を過ごしている。
だから今は自分一人。
大広間に、食堂、訓練場と回っていく。
長く直線の廊下。
異様にでかい扉の数々。
長い絨毯に暖色のランプの光が薄くそして軽くのっている。
料理人や騎士の方々、いろんな訪問者が屋敷の中にいて、意外と騒がしい。
俺は大体の入ってよさそうな部屋を回り終わり、気づくと再び俺の部屋の真下あたりの場所に戻ってきていた。
大体屋敷の中をなんとなく理解できたような気がして、俺は自分の部屋に戻ろうかと廊下の奥の階段を目指すことにした。
少しすると、お目当ての階段が見えてきたがふとまだ行っていない廊下があることに気づいた。
どうやら屋敷の裏につながっているらしかった。
裏扉を使っている者はほとんどいないらしく、この廊下を誰も通っていない。
ふと俺は別の階段を見つけた。
それは地下へ続く階段だった。
普通にこの廊下を歩いていたら、さらに分かれ道の先の袋小路の突き当たりのあるわかりにくい場所に階段はあった。
まさかこの屋敷に地下があるとは思っても見なかった。
俺はおそるおそる降りてみるが、階段は松明が灯されて薄暗い感じだった。
降りた先の深いところに一つ空間があった。
階段とは打って変わって部屋は光があふれるかのように輝いている。
と、なにやら、石碑がおいてあるのを見つけた。
『此処ニ訪令シ者未序之ヲゐ謂ン。永世遠ノ睡ノ皆目醒波乗船ノ音ノ善キ太平ノ眠覚上喜撰唯ヱ五杯空不可睡…………』
俺は石碑の最初の部分を見てみる。
所々読めたりしなくもないが、読めない部分も多く内容が全くわからん。
地下にあるのはこれだけの空間だった。
石碑がおいてある先には広い一つの部屋。
だが中に入ってみても、何もない。沈黙だけが続く。
少しすると何やらコツン、コツンと沈黙を静かな音が響き渡って破り始める。
どうやら俺が今さっき降りてきた階段の方から聞こえてくるらしい。
「やあ、少年。驚いたかな」
音の主は王であるシェレンベルクさんであった。
どうやら足音だったらしい。
この何もない空間に王が顔を出す。
「こんにちは。驚きましたよ。屋敷にこんな場所もあるんですね」
俺にはこの部屋が何のためにあるのか分からなかったが。
こんな部屋があればだれでも驚くでしょ。
「そうか、先程たまたま少年を見かけたからついて来てみた」
眼帯をつけた右目は相変わらずで、唯一の左目は赤く瞳を光らせている。
「ここの石碑ってなんて書いてあるんですか?」
文字は読めないものの、このような隠された空間に佇む石碑には何か意味があることぐらいは分かっている。
ここの屋敷の主である、シェレンベルクさんならこの石碑にどんな意味があるのか知っているのだろう。
「読めん」
実に端的な言葉だった。
きっぱり過ぎて、一瞬自分の耳を疑ったくらいだ。
「え?」
「シャハハハ、読めんな」
束ねた白髪を少し揺らせながら、王は笑っていた。
「この屋敷は昔からずっと変わらずここにあるようでな。屋敷内で色々と解読できていないものが多数存在する」
というと、
「じゃあ、ここに地下室を作ったのも……、」
「昔のやつが考えたことだからな」
案外ノリよく会話をしてくれる。
「この屋敷に昔の人とつながりがある人とか、こういう文字が読める人がいないんですか?」
"王家の加護"とか言う者の存在がいかにも昔の人とのつながりがあるはずじゃないのか、と思うのは俺だけではないだろう……。
「そうだな。少なくともこの街にこの文字を読めるやつはいないし、昔のことを知ってるやつもおらん。おっとそう言えば、五大明騎士の一人であるギルバードから先程戦況報告があった。『戦乱はスートラの街まで及んでいない。スートラの騎士団のおかげで我輩らは随分と優勢となった』だそうだ」
「よかったーー」
俺はその言葉に安堵した。
本当はすぐにでも王都を出て、スートラの街に戻ったほうが良いのでは、と心の何処かではもやもやと思っていたが、その報告に幾分心が晴れた気がする。
「少年、気が済むまでここにおって良いぞ」
シェレンベルクさんは笑って言った。
改めて思わなくても、この部屋には石碑以外何もない。
「この部屋って何もないんですね」
「昔から多分何も変わっていないぞ。一応私の魔法でこの屋敷自体に傷一つつけることもできないようにしてあるからな」
この人は常に発動させておく魔法ばっかり使ってるんだな。
まあ、俺はその辺よく分かんないけど……。
「見る人によってはこの部屋に意味があるかもしれない。なにせ地下室を作るのは屋敷の中で部屋を一つ増やす必要があったとしても、普通の部屋より多大な労力を使うであろうからな」
ということは誰か何か目的があったということなのだろうか。
『解除』
俺は心の中でそう唱えた。
その部屋に隠されたものを知るために……。
しかし、予想に反して何も起こらなかった。
「少年、まだ書斎を見ていないのか?」
シェレンベルクさんは俺の思惑に気づく余地もない。
俺は少し何も起こらなかったこの事態に唖然としていたが、すぐに我に返ると、
「はい、まだ行ってないですね」
何事もなかったかのように返答した。
ありがたいことに書斎までシェレンベルクさんが道案内をしてくれることになった。
王とともに階段を登って、もとの廊下に出た。
俺は振り返ってみてみると、やはりその階段は廊下の角にあるからか、遠くから見ると隠れて分かりにくい。
「セロがこの国一番の魔法使いとは驚きました」
歩いている途中、俺はそう問いかけるとシェレンベルクさんは、ムリもない、と言った。
「あの若さで力を宿すとはある意味、神の悪意を余は感じる」
神とはどういうことだろう。
そもそも神なんて人が作り出したものに過ぎない、というのが俺の考えだ。
「実は彼女、昔ーーとはいっても私にとってはそうでもないがーー、南の方の国の貧しい町の出でな。幼い子が大人でも扱いきれない魔力を有し、魔法に関するあらゆることが常人を遥かに超えていた。村中から疎まれる存在として生きていた。親にも見放され、孤児同然の路地生活。余が彼女と会いに行ったときは悲しいことに彼女は誰も信用していない様子だった」
「会いに行ったとは?」
シェレンベルクさんは少し考えた後、
「先程の古文書で読んだように『邪翼族』が現れて、例の古文書の事件が収まったあと、この世はまたもや人間同士の争いで乱れていた。そんな時に余は彼女の噂を耳にしてな。会いに行った」
この人は見た目以上に長く生きているような気迫がある。
「その時の五大明騎士はどんな感じだったんですか?」
セロがいないということは、別の人がやっていたことになる。
「まだ少年らの今見ている体制には全くなっておらなだったな。これから新しく探そうとしている時期だった」
こんな話を聞くと世の中は常に移りゆくものだなと、つくづく感じさせられる。
「彼女は自分のために生きていた。信じられるものが自分しかなかったのであろう。彼女に手を差し伸べた余たちでさえ攻撃されたからな」
苦々しい思い出だったようだ。
シェレンベルクさんの声に感慨深さを感じる。
「しかしまあ、いろいろなことがあって今の彼女になったわけだ」
思った以上にだいぶ端折られた。
「そのときって、シスさんもいましたか?」
おおっ、とシェレンベルクさんが声を上げる。
「少年。やっぱり君は鋭いな。正解だ。セロの心を開き、セロの人生に決定的な一撃を与えたのが彼だ。そして最近彼はセロに二撃目を与えた」
シェレンベルクさんは少し面白そうに言った。
いや、王様が国民のことで笑ったら駄目でしょ。
「シェレンベルクさんは止めたりしなかったんですか?」
「いや、私は皆を尊重する。その行動が常識の範疇を超えていたら、流石に手を出すがな」
そういって、王は後ろに長く伸びた白髪を手で払った。
「そろそろ書斎だ。少年、某と話をできてよかった。やはり、思っていた通り考え方が鋭いな。まだ少年の存在の在り方について余は完全に理解したわけではないが、少なくともつまらない者ではなさそうだ」
「それは、光栄です」
俺は王の言葉に対してなんて答えればいいのか分からなかった。
しかし、俺の言葉には照れが混じっていたことであろう。
「この書斎には魔法に関することや武器の扱い方、薬学などいろいろな本が揃っておるぞ。では、ごゆっくり」
そういって、クルッと身を翻した。
カッ、カッと足音が去ってゆく。
いや、俺は魔法使えないから。
ーーって言いたかったが、秘密にしてあるんだったな。
書斎に入ると、自分の身長を優に超える本のぎっしりと詰まっていた本棚が無数に並んでいる。
スートラの街にこんな空間はなかった。
まあ俺は本を読む方ではない。
むしろルカの方が読書家だから、連れてきたら喜びそうだ。
今度、連れてこようかな。
今彼らが何をやっているかはわからないが、多分俺と同じようにのんびりしていることだろう。
俺は適当に俺の注意を引く本を手にとっては、軽く読み流すことにした。
この作品に限らず他の作家さん方も時間をかけて作品を作っていると思うので、フィルセみたいにたとえ流し読みして数時間で読んでいたとしても、それを口に出して言わんといてくださいww
次回予告 「デイリーミッション」




