第一章 二話 不穏な影は未だ遠く
煙が晴れると、自分たちがいる場所の周囲は荒れ地へと化していた。
焦げた匂いが鼻孔を燻る。
周りは岩石が剥き出しの地形へと変わり、草木があった名残すらない。
その災厄の元凶、張本人であるライアンを見てみると、その杖は俺たちの方に向けている。
そして彼のもう一方の手はピースをつくり、目元に持っていく。
ライアン一人、今日の勝負の決着を喜んでいる。
「我、勝ったなり。(キリッ)
我、勝利なり。(キリッ)
皆灰燼に帰し、我こそ真なる炎なり。(キリッ)」
それぞれのポーズを角度を変えて何度も決めながら、そう言う。
ーーこの場には俺たち三人しかいないっていうのに、ホントっ誰に向かって言ってるんだよ。
その頬の緩みきった態度を見ていると、勝敗のついた今からでも無性に反撃したくなる。
ルカの防御壁はライアンの魔法で消滅し、生ぬるい風が俺たちを通り過ぎる。
防御壁は耐久性を超えたのだろう。
「あーあ。今日はフィリーを倒して、私が勝つ予定だったのになあ〜」
「あーあ。そんな予定をぶっ壊す予定だったのになあ」
「そんな予定を、……なんで、……何の駆け引きも、…………面白みもなくなんで一発で決めちゃうのかな〜」
「魔法、許すまじ!!」
と、俺は率直なライアンへの思いを言ったまでだが、実際にはルカの魔法によって助けてもらっていたのは数えないで。
そして俺たち二人でライアンを見た。
……………。
少し間が空く。
「我が全てをぶっ壊したなり!!」
少しは申し訳なく思ったような態度をするのかと思った。
うるせーよ。
何キャラだよ。
まだ続くのかよ。
ダメだ、今のライアンは壊れている。
そう思って投げ捨てた剣を拾おうと投げた場所を見たが、見当たらない。
「おい、また俺の剣が跡形もなく消滅してんじゃん。まあ、普通の剣だし……愛着なかったから………………、イイけどね」
魔法の使えない俺は、なぜか魔法からの感受性というか受けるダメージが人よりも多い。
それに炎や電気のような実態を持たないものでも、俺に対しては実態を持つ。
普段ライアンの炎弾を剣で斬って防いではいるが、その分剣もすぐ壊される。
普通なら剣の強度を上げるために剣に魔法をまとわせるらしいのだが、俺はその手が使えない。
頻繁に剣を壊されている最近の俺は新しい剣を買ったところで、それに愛着が湧かなくなってきている。
それが今回は、ライアンの魔法一撃で俺の剣が破壊された。
やっぱり安物はいけないのかな。
今日の一勝負はすぐに終わってしまったが、昼までにはまだ時間がたくさんありそうだった。
今日は何をしようかなと思いながら、俺は街の方へ向かって歩き出す。
と、突然襟首を掴まれた。
「ぐえっ」
不覚にも声が出ていた。
振り返るとルカが俺の襟首を掴んでいた。
なんですか? と俺が視線を向ける前にルカは、
「じゃあ早速、貸しを返してもらおうかな」
ええっーー。
早くないですか、ルカさん。
ライアンも道連れにしようかとライアンの方を見ると、
「さっきの華麗な炎弾で魔力を使いすぎたから、昼寝する」
とか言って、そのままどっか行ってしまったし……。
絶対、炎弾を使ったことよりもさっきの謎キャラの方に体力を消費してません?
ちょっと、まだ全然朝なんですけど……。
「じゃあ、行こうか」
ルカが俺の前に立って、歩き出す。
ルカは普段何をやっているかというと、街の大衆酒場の看板娘だ。
こう見えても、酒場の華なのだ。
今から向かうのは、サバイバルマッチの禁止区域に勝手に指定している、食材が豊富な森の一部とルカの畑である。
俺はルカに助けてもらったわけだし、ルカの後について文句なく歩く。
ルカの食材選びは誰にも劣らない、と長年見てきた俺は思う。
見るところが違うのかもしれない。
それで俺は荷物持ち担当らしい。
高度な魔法使いにでも頼めば、浮遊移動で無駄な労力なく済むだろうに……。
目的地につくと俺たちは隣に並ぶ。
ルカが朝一の艷やかな表面を持つ野菜たちを手に取り、収穫し始める。
「今日の昼はうちに来る?」
「あー。多分行くよ」
「じゃあ何の料理がいい?」
そう言いながら、どこからか持ってきたカゴをひとまず地面に置くと、食材をその中に次々と入れる。
「最近は、何の料理を追究してるだっけ?」
ルカは俺とライアンの料理だけ「ルカの料理人修行」と称して手料理を振る舞ってもらっている。
勿論、どの料理も非常に美味しい。
「じゃあ、今日はそれにしようかな。だから、何の料理かは、ヒ・ミ・ツ?!」
「あー、それでイイよ。」
「なんか、反応薄いなあ〜。まあ、昼飯でギャフンと言わせてやるから」
昼になる前にカゴに入っている食材の量でギャフン寸前なんですけど……。
カゴの中にを見るとトーマトに、ネギ玉、リニゴに、ニンミンなどなど……。
何を作るのかわからないけどどれも重量がある。
「普通のお客さんにも、最近は、手料理を出してるんだ?」
「OKもらったやつだけかなー。カーリーにピッタ、シトゥーとか」
「戦う料理人とかスゲー!!」
「ああ、そう? ありがとー。でも、今日のライアンの隠し玉の方がスゴかったよね。あんなに炎を操れるようになったんだなあ〜って。私なんか、全然燃焼系の魔法なんて使えないし……。ホントっ自分が防御魔法持ちで良かった!!」
そもそも俺は燃焼系の魔法がどんなものか知らない。
「ホントにありがとうございます!! でも、魔力の消耗が激しいらしいな。本当かわからんけど」
……あいつは、ここでルカの手伝いをさせられたくなかったから、魔力を言い訳に逃げたのだろう、と俺は思っているが。
それに正直魔力の消費とか、俺には理解できない。
魔法も無限に使い続けれるものじゃなくてよかったとだけは思う。
もしそうじゃなかったら、ホントに魔法セコすぎ。
「『清水』」
栽培している植物に水を上げるルカ。
日を浴びて、その長めの黒髪が反射する。
小さい頃から見てきたけど、この光景はいつ見ても心惹かれる、
俺専用と言うと聞こえが悪いが、隠れた絶景のようなものだった。
ただライアンにとっては、この光景なんてどうでもいいらしい。
使いっぱしりにされること、それにこの清々しい光景を見ていると無性に魔法をぶっ放ちたくなる衝動に駆られるらしい。
だから、あいつは普段からここに近づこうとしない。
ルカがカゴいっぱいに食材を詰め、その重量で少したわんだ竹のカゴを俺に渡す。
ズシンと体に重さが伝わる。
「丁寧に運んでよね。今日店で使うやつだから」
本当にこの仕事は俺に適しているのだろうか。
そう考えながら街へ戻る道を歩く。
ルカが回復魔法で体力を回復してくれはしたが、それでも全然、帰り道はきつかった。
絶景を見たとは言っても、それ相応の仕事が後にはつきまとうと勝手に思い込んでおくことにしている。
やや眠気の隠せない衛兵たちが今日も開閉門で任務につく。
俺たちは彼らに特に気にされる様子もなく、白レンガづくりの開閉門をくぐった。
街の城壁には魔獣対策の結界が張られ、入り口には通行人を衛兵が審査をしている。
そんな彼らも俺たちを見慣れているためか、審査を受けずに通してくれる。
この街にいれば一生安全に暮らせるのかもしれない。
でも、外の世界を知りたい。
だから……この街から出たい。
そう思い始めたのはもうだいぶ前だった。
石畳の通りを歩き、大衆酒場に着いた。
「この食材は、いつもの場所でいい?」
店の地下には、巨大な貯蔵庫があるのだ。
ここを訪れる衛兵や旅人は多いにも関わらず倉庫などは路上にバンと建てるわけにはいかなく、地下に貯蔵庫が作ってあるところもときたまある。
やっとのことで貸しを返し、街の賑やかな通りに戻る。
「じゃあ、私は仕込みとかあるから。…………と、その前におっふろーっ、おっふろ〜」
とルカが働いている厨房の方にスキップしながら消えた。
朝の特訓の汗でも流しに、行くようだった。
確かに俺はライアンの言う通り、使いっぱしり感がある。
多分昼にはライアンも来ると思う。
しかしまだ少し時間がある。
ということで、俺は何本目になるのか分からない剣を買いに行くことにした。
この街はどこも白レンガで作られ、領主こと、俺のジジイの屋敷は中央の高い場所に立地している。
この街は比較的高低差があり、ジジイの屋敷は街のどこからでも目につく。
屋敷に戻れば、勉学と訓練の日々。
俺の兄はこの街の衛兵たちの隊長をしているが、俺はこの街に縛られるのが嫌だと言う理由で日中はほとんど屋敷に戻らない。
金は屋敷から勝手に持ち出しているので、不自由不足はないがまたどうせ買っても壊されるのだから、とそこまで値が張る剣は買わないつもりだ。
そう思って目的の武器屋に来てみると、綺麗で透き通った蒼の長髪、ルカよりも長めの髪の女の子が片手を腰に当て、その腰を少し曲げながら考え込むように店頭に並べてある武器を眺めているのが見えた。
歳は、同じか少し俺より上くらいかな。
「あれ、君……リ厶……じゃなくて、……その弟君?」
「はい、そうですけど」
俺はこの人のことは知らないが、この人はそうでもないらしい。
「やっぱりだね。リムと結構そっくりで、かーわいい〜!!」
俺の顔を認識するなり、いきなり話しかけられた。
初対面のはずなのに、テンションが高い。
リムというのは、俺の兄貴の名前で、本名は、リムレイン・アーカイム。通称リム。
ということは、この人は兄貴の知り合いで、俺より年上ということなのだろうか。
「あの~。兄貴とはどのような関係で…?」
「おお〜!! 君、察しがいいね。そうなのだ……、私はリ厶の恋人なのである!!」
腰にやっていた手を胸に当てて、宣言するように言う。
いやっ、俺はそう思ったのではなくて、騎士団の中でリムレインとの繋がりを知りたかったわけで……、ってええーーーー!!!。
「その……じゃあ、あなたも騎士談の……どこかの班の隊長なんですか?」
この街の騎士団は四つの隊にわけられていて、それぞれ隊長がいる。
兄がそのうちの一人だから、この人ももしかしたら、と思ったのだが。
「そうそう、リムは一番隊で私は二番隊隊長。おっ、君、剣を買いに来たんだね。お姉さんが剣選びのアドバイスをあげよう」
長髪の蒼髪を揺らして、身を近づけてきた。
細身で、しかも俺よりも少し身長の高い彼女がほんの少し体を前傾して縮める。
すると、少し風に流れて前に掛かる清らかな蒼髪から、甘い香りが漂った。
「えーと、攻撃力重視ならこれっと…………。俊敏さ重視ならこれかな〜。でも、君の体格を考えるとこれも捨てがたい……」
「あの~、なんで俺が剣を買いに来たって分かったんですか?」
「ふふっ。だって、リムから弟君は剣が得意だって聞いてたんだけど、……今の君剣持ってないから」
そう言って彼女は選んだ剣を俺に渡してくる。
見ると性能は申し分ないのだが、俺が一人なら絶対買わないような、高値の剣。
「俺、そこまで高いやつは買うつもり無いんです。最近、剣を壊し慣れているので…………。本当に申し訳ないです!!」
俺は素直に断っておく。
そんな高い剣を壊した日には、絶望しそうだ。
それが可愛い隊長が選んだものだったとしたら、なおさら……。
どれだけ値が高くても、壊れない剣なんてないのだ。
あらかじめ武器それぞれに耐久能力が決められており、それを越えるダメージがかかると必然的に壊れる。
「まあまあ、私は普段リムに結構面倒見てもらっているから。そのお返しだと思ってね。私が買ってあげる。あっ、やっぱりこっちの方がいいよ。ぜったい」
俺の主張を聞き入れず、彼女は俺の手から先程手渡した剣を取り上げる。
そして新たに見つけたその剣を手渡された。
剣は更に性能が良さそうだったが、先程の倍以上の値がしている。
彼女が俺に何か意味有りげな視線を送ってくる中、断るに断れず俺は試しに振ってみる。
いくらか重量があって頑丈そうであり、かつ小回りが効く比重になっていた。
鞘は黄色の模様が入り、少し男子心をくすぐる。
値段相応なのか、いつも買っている普通の剣よりははるかに高いため、これがどんなように優れているかは分からなかった。
しかし切れ味や振りやすさ、持った感覚などは前のもととは桁違いだった……。
「お返しとかは俺にじゃなくて直接兄貴にした方が喜ぶと思いますけどね……」
「遠慮しないの」
そう言って、彼女は頬をふくらませる。
「じゃあ、お言葉に甘えて…………」
そのふくれっ面を見ると、どうしても断れなかった。
「案外素直に言う事聞いてくれてかっわいい〜!!」
ライアンたちはそうではない気がするが、俺は彼らと違って人との接し方には注意を払う方だ。
しかし、なんだか俺はこの人のペースに載せられている気がする。
「君も騎士団に入ったら私が鍛えてあげるから期待しててよ〜」
そう言えるからには相当実力があるのだろう。
「今のところは騎士団に入るつもりないんで……、あと、……剣選んでくれてありがとうございます!!」
家出の多い俺が人の多く、規律の厳しい集団に入るなんてことを考えると、急に足がすくむ。
「弟君の方が素直でかわいいなっ。あっ名前教えてよ〜」
「フィルセ・アーカイムです」
「わかった。覚えとくよ。私はレイノンね」
そう言って背を向けた。
その瞬間、艷やかな蒼髪がふわりと宙に浮いた。
周囲の空間にきらめきを与え、華を与える。
スラッとした長身には抜群のスタイルを殺さず、むしろ活かしたような服をコーディネートし、見事に着こなしている。
いや必然的にだろう。
目が惹きつけられるようだった。
ふと、俺の目に腰には紅色の鞘に入った長剣が目に入った。
この人はどんな戦い方をするのだろう。
騎士団に入ってこの人と戦ってみたいなあ、と少しは思う。
しかし今日もサバイバルマッチもあったからか、午前中なのにホント疲れた感じがする。
レイノンさんのペースに乗せられていたようだったけど、相性は合いそうな感じがした。
兄貴は疲れずにあの人と仲良くやっているのだろうか?
……ほんの、ほんの少しだけ羨ましい。
ぐぐーーー。
昼間の少し賑わいつつある石畳の通りに溶け込むような空腹の音。
いまだにレイノンさんのことを考えていたが、疲れが、強制的に考えるのを中断させる。
疲れの正体は空腹なのかもしれないなと思い、さきほど通って来た道、ルカのいる酒場へ向かう道を再び歩き始めた。
なんだかんだで、言われたことを引き受けてしまう主人公。
断るって、意志が入りますよね。
それと、実際トマトは植物学者的には果物の分類に入るそうです。実のなりかたが果物の定義だとか…………。
ちなみにいちごは、野菜だそうです。
(これまじ)
次回予告 「変わり始めつつある日常」