第二章 七話 在りし日の記憶
「エルフってなんぞ?」
ライアンは俺と同じく初めて聞いたその単語について訊ねた。
「実は僕たちも実際に見たことがないけど。伝記によると…………身体能力が高く、知識に富み、長く尖った耳を持っているらしい。ちょっと、セロ。分かりやすいようにイラスト描いてください」
「なっ、突然な!!」
突然の振り返しに、笑顔でにこやかにスチュアーノさんの話を聞いていたセロが一瞬にしてその笑顔を焦りに変えた。
これはスチュアーノさんの話をぼーっと聞いていたら、俺もやばかっただろうな。
まあ、スチュアーノさんが俺たちへ無茶振りなんてしないだろうけど………………、常識的に。
「まさか、分かんないんですか?」
沈黙を許さない追い打ち。
この二人はこういう仲なのだろうか。
「ムムっ。なんでセロが? すちゅあーのが自分で書けばいいじゃん☆」
「言い訳は見苦しいということが分からないお年頃でしたか。まあ、せいぜいそこで遠吠えでもしていてください」
「はっ?」
セロの冷たく鋭い声。
お願いだからそんな声出さないでほしい。
俺の中のその童顔イメージが壊れてしまうんですけど……。
「どうぞ」
スチュアーノさんが立ってペンと画用紙帳を手に取り、座っているセロに優しくーーーーーーしかし、どこか少し挑発的に手渡す。
「………………まあ、こんな感じのやつなんじゃないかな☆」
セロはさっきまでの冷たい態度が一変して、再び可愛らしくなったーーーーー気がした。
なんの迷いもなく、滑るように紙にペンを動かしている。
彼女には道筋が見えてるのか、っていうくらい。
言っておくが、俺はペンで何かの道筋を見えたことはない。
「はい、すちゅあーの。簡単だよ☆」
書き上げたものを見てみると、幼女という外見に見合った個性的としか言いようのない絵だった。
全体的に筋肉質。
耳、ーー特に耳たぶが長い。
髪はシェレンベルクさんぐらい長く、いかつい胴も長い。
が、逆に顔のパーツは繊細でバランスがよく、妙に体と違和感を覚える。
ーーまあ、俺たちも実際のものを知らないから、なんともないけど……。
「こんなやつだそうですよ。まあ、僕にとってはこんなおぞましい見かけの種族がこの世に存在するはずはないと思いますけどね。フィルセ君たちは童女の虚想だと思ってくれていいですよ」
「おい、スチュアーノ……」
手厳しい評価。
セロは今しがた描いた絵をスチュアーノに投げつけた。
それをスチュアーノはヒョイっキャッチした。
お怒りモードのセロはスチュアーノへ詰め寄っていく。
「古文書の続き読みますので、こっち来ないでください」
しかし、皆でセロをなだめるのに数分はかかった。
ーーーーーーーーーーーーー。
多族軍は漆黒のドラゴンと直接戦うのを程々に、漆黒のドラゴンと手を組んでいる『黑羽族』を集中狙いし始めた。
さすがの『黑羽族』もスキをつかれたように攻撃を受け、なかなか体勢を立て直すのがままならないらしい。
彼らの二十パーセントほど死傷したのは確かだ。
しかし仲間を想い、かばうものは強い。
漆黒のドラゴンがさらに猛威を振るい始めた。
そのドラゴンと『黑羽族』には深い絆があるのかもしれない。
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両陣営の均衡が崩れ始めた。
漆黒のドラゴンをかろうじて止めていた深紅のドラゴンが深い傷を負ったのだ。
これまで、ドラゴン同士で傷を与え合うようなことはなかったのだが……。
そこまで凶暴化してきたのか。
しかし我は思ったのだが、このまま二体で潰し合ってくれれば楽なことこのうえないのに。
その先どう書こうが、漆黒のドラゴン陣営が有利なのは変わりないだろう。
ーーーーーーーーーーー。
どうやら、二陣営が正面から衝突する日も近くはなさそうだ。
深紅のドラゴンは体全体に傷を負い、今なら我々人間でも、仕留められるかもしれない。
ついに本日、王都で対ドラゴンの騎士団が結成された。
我は参謀本部に属することとなった。王のお考えも賜った。
今まで記してきた情報も役に立つかもしれない。
この世は理不尽だ。
だから、今更おいしいところを最後にかっさらうのも悪いことではない。
聞かされたのは、そう思いたい作戦内容だった。
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ついに作戦は決行された。
それは二陣営が正面から激しく衝突して二週間ほど立った日のことだった。
我々は予め予想していた戦場に例の兵器を仕掛けておいた。
この世にたった二つしかない代物だ。
状況は深紅のドラゴン率いる多族軍がかろうじて耐えているだけで、もう押しても引いても他族軍は倒れそうだった。
我々は日和見主義ではない。
むしろ漆黒陣が勝機を見出して、つかの間の余裕が出てきたことにつけ込むことにしたのだ。
『黑羽族』と多族軍はぶつかり合い、深紅と漆黒はせめぎ合った。
それぞれの炎が土地を焼き、生命を焼き、それぞれの爪が土地に深い傷痕を残した。
そして、ドラゴン同士の決着は誰もが予期していたとおりになろうとしていた。
両陣営が見守る中、漆黒のドラゴンが深紅のドラゴンへ最後の攻撃をするモーションに入った。
『黑羽族』には歓喜の色が、多種族には諦めの色が、あらわれ始めたときだった。
我々の王は例の兵器を発動させた。
兵器はまっすぐ漆黒のドラゴンへ向かっていく。
異変に気づいた彼はすぐさまブレスで対抗しようとする。
しかし、威力の差は目に見えていた。
それはドラゴンのブレスをも巻き込み進路を変えず突き進む。
人間と漆黒のドラゴンを除く誰もが、体を石像のように固め身動きをしなかった。
そして固まった空気そのままに、それはドラゴンの喉元を一瞬にして貫いた。
一瞬にして漆黒のドラゴンは多大なダメージを受け、後ろによろけた。
多量の血が吹き出る。
首元の鱗も数十枚燃え尽きていた。
続いて我らが第二のシステムが作動し、今度は重症のドラゴンの心臓部に向かって、それは動き始めた。
殺傷性にのみ、王国の技術を注ぎ込み開発したものだ。
漆黒のドラゴンが尽きるのも時間のうちだろうと我々は考えていた。
しかし、案外そうはいかなかったのだ。
石像のように固まっていた真紅のドラゴンが突然翼を広げ、飛び上がった。
真紅のドラゴンも重症のはずだった。
それにも関わらず高消費の魔法を、我々のそれに向かって放ち続ける。
我々人間族はこの戦いに直接肩入れしていないはずだった。
だからなぜ真紅のドラゴンが人間族の兵器を攻撃するのか分からなかった。
その場にいた我には、なぜか漆黒のドラゴンをかばっているように見えた。
他の土地から移り来た者の力を思い知らされた。
異界の地からこのまだ未熟な大陸に。
個体値というものだ。
その時初めて我はドラゴンの戦い方を間近に見たが、やはり別次元だった。
第二のシステムは完全に、真紅のドラゴンに妨害され抵抗され機能不可能の状態まで及んでいた。
我々はしょうがなく第三フェイズに移行した。
ーーーーーーーーーーーーー。
やはり、我々の騎士団長はすごい方だった。
しかしそういう者に限って、あるとき突然儚く散ってゆく。
今第三のシステムを発動させているのだが、どこにあれほどの力が残っているのかまるで分からない真紅のドラゴンに完全に妨害されている。
しかし、我らが団長はその時にはすでに別の行動に移っていた。
所詮、真紅のドラゴンでも、我々の知能の結晶に対してカバーしきれないところがあった。
団長はスキをぬうように漆黒のドラゴンの元へ駆けた。
そして、彼は得意の電気を帯びた両手剣で、漆黒のドラゴンの弱っていた尻尾を一瞬にして斬った。
そもそもドラゴンと人間族に交わりはなかった。
だから両者互いのことをよく知らなかった。
だからなのか、二匹のドラゴンの意識は完全に我らが兵器に向けられ、団長は奴らの意識の水面下を這うようにして行動できたのだ。
漆黒のドラゴンのが尻尾に浮く。
本当は団長は首でも狙いたかったのだろうけれど、人間の数十倍もある体格のドラゴンの首に剣を当てるなんて、今すぐにできることではなかった。
真紅のドラゴンは我々の兵器から目を離し、漆黒のドラゴンへ飛びたった瞬間だった。
遅れては我が兵器から、一つの槍が真っ直ぐ伸びる。
それは漆黒のドラゴンの心臓部を突いた。
そこで設計通り大爆発する。
誰が見ても、永久の存在である漆黒のドラゴンが死んだことは明らかだった。
死んだ個体からは希少価値があるであろう血が未だ轟々と吹き出る。
参謀本部としては是非とも回収しておきたい代物だったが……。
その時、真紅のドラゴンは飛び上がったままの状態で大気を震わすような咆哮をあげた。
その場にいたすべての者の身に振動が伝わり、動き出すことができなかった。
我々に例の兵器はあと一つあるのだが、この状況では発動どころか、設置することさえままならない。
我々は撤収しようか、それともこのまま真紅のドラゴンをも仕留めようかと迷っていると、真紅のドラゴンは咆哮を終え、待機する我々人間に向かって広範囲の魔法を放った。
凄まじい魔力移動が空気中で起きる。
我々は必死に防御魔法を展開した。
煙が晴れた頃、我々が最初に見たのは初めてやってきた山脈を一体のドラゴン、越えてゆく姿だった。
思いがけず目的を果たした我々だったが、こちらにも多大な被害が出ていた。
我々は撤収しようと思った。
近くでバタンと今しがた誰かの倒れる音がした。
立ち上がっている者の中に団長がいなかった。
我々は急いで漆黒のドラゴンを倒した団長のもとへ行ってみると、彼はドラゴンの胴近くで倒れて震えていた。
ドラゴンの周りは赤黒い血溜まりができていた。
「その……血……、に…さわ、る……な」
彼はどうやら返り血をもろに浴びたようだった。
我々は未知のものに即座に対抗することはできなかった。
漆黒のドラゴンの血は我々にとって毒性とでも言うべき、悠久の存在ならではのものだった。
不変の存在ではないものは、それに触れてはならなかったのだ。
ついには団長は死んだ。
しかし、どの種族も我々人間に対して攻撃を仕掛けてこなかった。
こうしてこの土地から異種の存在は消え、一時の平和は訪れた。
閉ざしていた国でさえも、我がカシミールに恐れ慄き、崇め奉るようにして再び国交を道を開き始めた。
魔獣=コミニュケーション能力が同種族間でさえ非常に乏しい
他族軍所属種族=コミニュケーションが別種族でできる
まだ人間と魔獣しか出てきてませんが、いつか他の種族が出てくる日が…………
次回予告 「ドラゴン無き大陸の転換」




