第二章 六話 昔々の物語
「これがその魔法だよ☆ だから城自体を傷つけることはできない☆」
ーーということはライアンの魔法をここで使っても、この城はびくともいないということなのか?
ライアンにとって絶好の練習場所じゃん。
「この城を訓練場にしたりしてますか?」
数秒の沈黙の後、王が一人こらえきれないように大胆に笑う。
「少年よ、面白いことを言うなあ。そんなこと一秒たりとも思ったことなかったが。自分の城を障害物にするなんて正気の沙汰とは思えん。………………が、面白い」
「ああ、なるのほどほど」
ライアン、お前が真っ先に思いつきそうなことなのに王様と一緒に手をついて納得してるんじゃねえよ。
「もういいや。それで『邪翼』について教えてください」
「笑ってスマンカッタな」
俺のやや、やさぐれた態度に王は笑みを体の中に押し込む。
そして王シェレンベルクはスチュアーノを見る。
セロもスチュアーノを見る。
つられて、俺たちもスチュアーノを見る。
「なんなんですか。結局僕がですか? 集団いじめはひどいですよ。こうなったら安全保障条約に基づいて……」
そこでユーリが一つ咳払いをする。
「スチュアーノさん、見苦しいですよ。私はあなたを本当にいじめているんでしょうか?」
ユーリは少し頬を染め、軽く涙目になりながら上目遣いでスチュアーノさんを見る。
ーーーーセロへの対抗心からなのだろうか?
「えっ?!!! ちょっ…………」
スチュアーノさんがそんな間抜けな声を出したときだった。
セロがスチュアーノに飛び蹴りを食らわす。
背丈的にちょうど、スチュアーノさんのスネにヒットしたようだった。
スチュアーノさんは片膝をついて、蹴られたところを必死に押さえる。
「おいセロ…………何……するの…………ですか?」
「ーーーー」
無言でセロは片膝をついたスチュアーノに蹴りを入れる。
傍から見ると、童女が若々しいお兄さんと遊んでいるようにすら見える。
そういうプレイなのかな。
「分かったから……。僕が今から喋るから。そこ……どいて……くれないかい?」
「次同じ手に引っかかったら、これだけじゃ済まさないから☆」
「何がいけなかったのですか?」
セロの言葉をスチュアーノさんは理解できていないのは俺と同様。
「いたたたた。えっと、フィルセ君たちはこの国のこと知らないんだよね?」
「はい、知りません」
「風習とかも?」
「まったく」
「はあー。じゃあまず古文書の話をするね。まあ古文書とはいっても、昔この王都で生きていた誰かの記録書みたいなものだけど」
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まだ、この大陸に他種族が共存していた頃の話である。
エルフにドワーフ。バンパイヤにキャッツガール。翼を持つ者。優れた腕力を持つ者に、凄まじき脚力を持つ者。鱗を持つ者。それに人間。
それぞれ姿は異なるが、コミュニケーションに使う言語は同じだ。互いに意思疎通がとれ、共生していた平和な世界。
ある日のことだった。
王都からみて西の方角にそびえ立つ山脈の向こうから、二体のドラゴンがやって来た。
一体は深紅の肌を持っていた。
もう一体は漆黒の肌を持っていた。
ドラゴンは、この血に住むどの種族とも体の仕組みが違っていた。
ドラゴンに寿命はないのだ。誰かに心臓を潰されない限り、生き続ける。
時には眠り、時には快楽のために狩りをしていた。
彼らは忘れるという行為をしない。
彼らの記憶機構は繊細に刻み込まれ、脳裏にはありとあらゆる記憶を再生できた。
それゆえ、憎悪から狙った獲物を逃がすことはなかった。
記憶は永遠に続き、快楽も苦渋も消えることはない。
これが我々大陸に住む者とは明らかに違う点だ。
我々は死ねば記憶を新たに生まれ変わる。
そのようなある一種のループの中にいる。
ドラゴンはこの土地にやって来て、何かをしようというつもりはないらしかった。
しかし、この土地を脅かす力を持っているから注意しなければならないのだろう。
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この地の者との接触は、必然だったのであろうか。
深紅のドラゴンは『輝翼族』と、漆黒のドラゴンは『黑羽族』と接触を果たした。
お互いにしていた部分があったからであろう。
それからは互いを仲間のように慕い、絆を深めていった。
その頃の我々人間はと言うと、そんなことへ興味を持たず、国を作り、着々と国土を広げていた。
我は王に忠告をし続けてきているが、なかなか聞き入れてくれない。
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ある日のこと、ドラゴンたちの動向を見張っていた同胞から連絡が入った。
漆黒のドラゴンは人間の行いを見て、ふと思ったらしい。
初めはただ頭をよぎっただけの軽い発言だった。
「『黑羽族』とともにこの地に君臨し、頂点に立とう」
そんな野望に、『黑羽族』は喜んで賛同した。
大陸の調和ーーーー、平和はたちまちに壊され、戦争が起こった。
ーーーーーー。
大陸に住むあらゆる種族が武器を手に取り、漆黒のドラゴンと戦った。
しかし、異国の生物であるドラゴンとちっぽけなこの土地の者との差は歴然だった。
ある種族は深い痛手を負い、全滅した。
ある種族は隠匿を選んだ。
それでも我が人間の統べる王は介入しないと結論を出した。
このままではこの大陸が支配されてしまうのではないだろうか。
我は我々の王に何か考えがあることを強く願っている。
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深紅のドラゴンは、そんな漆黒のドラゴンの横暴を止めようとした。
ドラゴンにもいろいろと事情があるらしい。
漆黒のドラゴンと戦っていた種族は、皆揃って深紅のドラゴンに肩を入れ始めた。
戦局はだんだん、その二陣営通しの戦いへと変わっていった。
その頃、人間はというとまだ実質的な被害を受けていない。
つまりはどちらの陣営にも属していなかった。
相変わらず領地を広げ続けている真っ最中。
我にとってはそれは人間が勝手に線引いた土地の奪い合い。
そう思いながらも我には実質的な力も無く、ただ記録のようにこれを綴っているだけだ。
戦争は過酷を極めた。
山があった場所は何もなかったかのように消え、森も何箇所か消滅した。
エルフはこの土地との接触を絶ち、姿を消していった。
両陣営とも多大な被害を被っていた。
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やはり、我らの王は聡明であった。
計画はしっかり立てていたが、時期を待っていたらしい。
人間は、彼らと比べて基礎身体能力の差が歴然なほどに乏しいかった。
人間は武器を持たなければ戦うことはできない。
唯一の長所は手先の器用さである。
戦乱が段々と人間世界へ訪れていくにつれて、ある国は要塞を作り、完璧に国交を断絶した。
そんな我々カシミール王国では秘密裏にあるプロジェクトが実行されていた。
それは対ドラゴン兵器の構築。
現人類、カシミール王国のすべての技術を投入して、ドラゴンを一撃で仕留められるような兵器を二つ、相当な労力と資金を使って作っている。
この土地に現れた二体のドラゴンを駆除するために……。
我の書いているこれはもう時期輝かしい王国繁栄への目次録となるかもしれない。
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ついに完成だ。
しかし、無力な我々にはその兵器もある状況下でしか発動させることができない。
そのため、どちらの陣営にも属さないまま、来たるべき日を再び待ち続けていることになった。
しかし、我々人間は以前とは違う。
怖がることはない。
ドラゴンの動向を伺っていた同胞たちはいともたやすく戦いに巻き込まれて死んでしまったが、やっとそれにも報いることができる。
だがのんびりその日を待っているだけではいられない。
我々はやつらと違って悠久の時を生き長らえないから。
我は推測する。
近々、ことが動き出すはずだと。
風邪が案外長引いてる。
本気で治しにかかったほうがいい気がしてきた
次回予告 「在りし日の記憶」




