第一章 一話 サバイバルマッチ
あーーあ。ほんとっ。俺が魔法をバンバンぶっ放して、英雄になれるような異世界ないかな〜。
朝日が登る頃、スートラの街の外れにある森の中で最近は特に夢見がちな俺こと、フィルセ・アーカイムが唸る。
いつものことと言えば、普段通りで全くもっていつものことだった。
そんな俺の背後で誰かが、朝露をのせ瑞々しく、まばゆく反射する新芽を何の配慮もなく踏みつけ、俺の方へ近づいてくる足音が聞こえてきた。
ゴオオ
足音とは別の音も聞こえてきた。
お陰で足音の主がどこにいるのか特定が難しい。
俺はふと振り返ると………いや見上げると、直径二、三メートルほどの砲弾ような炎の塊がめらめらと、俺めがけて降り注いでいるのが分かった。
そうこの世界に魔法が存在しないわけではない。
むしろ、魔法なんて使えて当たり前。
庶民でも下級魔法は使える。
ある程度の魔法は生活する上で便利なものとなるため、教育の段階で魔法は教わるのだ。
火や風、水などに関係する魔法は日々の生活の一部となっているほど、身近なものだった。
「魔法なんて慣れれば簡単だぜ!!」
と誰もが口々にそう言うのが、俺にとっては腹立たしい。
どこからともなく、炎をだし、風を生み、氷を生成すること。
そしてそれを思いのままに操れることに腹が立つ。
いや、なにも別に魔法に対して恨み節を言っているわけではない。
ただ何でみんな使えるものが自分は一切使えないんだ、と問えるものなら問いたい。
一概に魔法と言っても、色々と種類があり、物理攻撃、心理攻撃、防御、回復、空間変化、性能効果向上などなど……。
しかし不幸なことに俺は生まれたときから魔法が使えなかった。
理由はなんなのか誰にも分からない。
そんな俺の唯一の攻撃方法は剣のみ。
別に剣だって立派な戦闘兵器だ。
しかし人間、自分が扱えないものに何かしらの羨望を浮かべてしまうものだ。
言っておくが、強い人は剣と魔法を融合する事だってできる。
例えば燃える剣とか敵の攻撃を跳ね返す剣とか……。
だが俺のものは魔法のたぐいを一切、その剣身にまとわせていない正真正銘の'普通'の『剣』。
「いきなり炎とか、森を燃やす気かよ」
俺に向かって飛んできた炎弾は若干狙いが外れており、炎に回避のスキができていた。
俺は炎の合間を見極めてぬうようにしてかわし、遠くを見る。
案の定炎を打った張本人がいるため、一応睨んでおく。
そんな視線をかわし、俺の友人で今この模擬戦闘の相手、ライアンはすでに次の魔法の呪文を唱え始めていた。
お前が炎が使えないように俺は木々の間に隠れていたのに…………。
全く容赦ないな、と俺は思う。
居場所がバレていたようなので、急いで場所を変える。
対人戦では相手よりも先に敵のスキを見つけることが肝心なのだ。
そんなこんなでこの森を一番ではないかと思うほど、俺は走り回っている。
だから誰よりも土地勘はあると自分では思う。
それに足の速さだってここで鍛えられている。
例えるなら、毎回狩人に追われるイノシシのような気分で、だ。
次に向かう場所を走りながら考える。
毎日のように戦っていると流石に相手の行動が読めようになる。
だからか、自分の行動も読まれていたようだった。
「ライアンにルカさんよ〜。俺が剣だけでも戦えるってこと、証明するから、ちょっと付き合ってくれない?」
そう言って始めたこのサバイバルマッチは、もうとうに五十回を超えていた。
現ルールとしては相手に一攻撃与えられたら勝ち、という簡単なもの。
俺の生まれ育ったこの街、スートラは王都から離れ、王国からの騎士たちも滅多に訪れない。
そのため独自に騎士団を結成して、自らを自治防衛していた。
ここの子どもたちは幼い頃から大人たちから教育を受け、近くの魔獣で経験値を積む。
自然と強くなれる環境であった。
丁度一年ほど前、街の中に迷い込んだ魔獣を俺はライアンやルカと見つけた。
案の定、戦闘になったのだが、剣しか使えない自分だけが攻撃、ダメージを魔獣に与えられなかった。
流石に悔しかった。
その頃の俺たちの戦いは大人たちからしたら戦いごっこだったかもしれない。
しかし俺の目にはライアンとルカがカッコ良く映った。
幼少期の原動力なんて少しでも心を揺さぶられたら、すぐそのことに染まり突き動かされてしまう。
その為、俺はライアンたちに隠れてしばらくの間、一人で街の周囲の森で魔獣たちと戦って修行をしたものだったのだ。
……が、いつの間にかライアンたちにそのことがバレていた。
当然他人のやっていることには興味が湧く。
だからそれ以降、三人で修行することが増え、そのうちにこの森周囲の魔獣を全て倒してしまっていたらしい。
まあ街の周りには結界が張られているからか、それ程強い魔獣は近寄ってこないらしいのだが。
手持ち無沙汰になったため、ふと自分が強くなったことを証明したくなった。
だから少し大きくなった俺はライアン達に勝負を申し入れたのだが、それが過ちだったのかもしれない。
初回でライアンやルカを圧倒して勝利出来た。
今までの修行の成果だった。
もう、この嬉しいのなんのって。
今では一人が攻撃を受けたらそこで試合終了にしているが、初回は自分の力を証明しようとしたために、特別に最後の一人になるまでやった。
そこから『サバイバルマッチ』と呼んでいる。
でも勝ち残るまでやるとすると、三人の中で同盟が組めてしまうので、誰かが負けた時点で決着がつくことに今はしている。
すると第二回からライアンやルカ達のほうがのる気になっていた。
「初回王者が欠場なんて、私が許さないから」
笑いながら、ルカから永久強制出場を言い渡させ、今日まで続く。
ふぉーえばーサバイバルマッチ。
自分は遠距離攻撃ができないため常に走り回って、剣が当たる距離まで詰め、攻撃する。
圧倒的に効率の悪いスタイル。
あ~あ、俺が魔法を使える世界ないかな。
なんなら、そんな世界を創造する力なんかほしいなあ〜。
と毎度のことながら思っていると、俺は目の前にルカさんを見つけた。
ニヤリ。
ライアンの野郎と戦うよりはまだマシだ。
相手はこちらに気づいていない様子だった。
森の中の開けた場所で、一人の少女が佇む。
そよ風に任せるかのように黒髪を靡かせ、目の前に杖を立てて呪文を唱えている。
今がチャンスだ。
とこれまで幾度と無く思ったが、俺はあいつらと違って遠距離攻撃はできない。
その可憐さを漂わせている少女、ルカが周りに障害物のない場所を選んでいるのは、俺への対策だろうか。
その実、全く可憐でも何でもないと幼馴染である俺は思う。
この無防備感がただのハッタリだと、前回の対戦で思い知らされた。
今回も彼女は防御系、回復系を特化させて、相手がこの空間に足を踏み入れるのを待っていることがみてとれる。
ルカの唱えている魔法は多分、彼女に見えない結界ができ、なかなか攻撃がヒットしない。
という俺から見てなかなかすごい防御魔法だろう。
「相変わらず、その姿通りの可弱く、健気のまんまだったら、なあ〜。こっちが守ってあげたくなるような感じなのになあ〜。ほんとっもったいないと思うなあ〜。うん、ほんとそう!!」
挨拶代わりに今の感想を率直に述べる。
ルカは目を開け、ふふふっと微笑んできた。
「フィリーってホントっ、見た目も中身も変わんないよね。でも、フィリーのやり方は姑息……じゃなくて奇抜すぎて、こっちもいろいろ対策しとかないとだからね。それに、口が達者なのはいつも通りだし……念のため心のガードもガッチガチに固めとこう」
「あっ、後ろから。ライアンの炎弾!!」
「えっ、うそ?!!」
そう、ルカの魔法は全方位から攻撃を防げるほど、便利なものじゃないのだ。
もちろん、ライアンはそこにはいないのだが……。
「奇抜というのは、こういう剣の使い方のことかな」
ルカに近づき、そのがら空きの背中めがけて、俺は剣を振り下ろす。
大丈夫。
この戦いの前にルカに刃先を鈍くしてもらったので、何に気兼ねすることなく振り下ろせる。
先手必勝。
ガードの薄そうな後ろ脇腹を狙ったが、瞬時にルカが俺の嘘に気づいて俺に振り返る。
俺の木刀は見えない壁によって弾かれ、剣先が届かない。
弾かれた反動で一回転して、俺は加速し横なりに断つ。
「ライアンどこにいるのよ?」
「俺の見間違いだったわ。それより俺たちって今、何のために戦ってるんだろう?」
彼女が魔法詠唱できないように、話題を振る。
「そんなもん。二人に勝つため。そんでもって、自分が生きたいように生きるためでしょ。だって、外は危険が多いからって、領主さまがこの街から出してくれないんだよ。っ、よっと。フィリーの親父さんと兄ちゃんって、よっぽどの実力者なんでしょ? それを超えることが、…えいっ。今の私達の目標なんじゃないの?」
しかしルカはそんなことを言いつつ、地味に見えない壁の内側から、余裕で中級魔法で攻撃してくる。
「『氷結』」 「『投石』」
俺の体は魔法が使えない分、魔法に対する耐性が強いらしい。
そんな特異な性質も、物理的な魔法に対しては効果がない。
俺に飛んでくる物を剣で斬りつけ何とかコースを変えながら応戦する。
持久戦に持ち込んでルカの壁と自分の体力勝負をしてもいいのだが、朝から一日の体力を消費するのはどうかと思う。
早めに蹴りをつけようと一箇所に集中的にツキを入れる。
彼女も必死に剣の場所をずらそうと試みる。
彼女の結界も壊せないわけではないのだ。
ゴワワワワワワワワ!!!!!
突如、空が暗くなった。
いや、自分たちのところが影に入ったようだ。
直射日光がなくなり温度が下がるはずなのに、なぜか逆に暑い。
空を…………いや、空が見えなかった。
自分たちの真上に、巨大な火の玉が浮いていた。
まだ魔法が安定していないのか、ゆらゆらと揺れて、今にも落ちてきそうな感じがしている。
今日はなぜかあまりライアンと戦闘にならず、彼が俺とは比較的距離を取って呪文を唱えていることが多かった訳が分かった気がした。
しかし、今までこんな魔法を使ったのは見たことがない。
今から走っても、その炎球の射程落下距離内から逃げれないと分かった。
相変わらずあいつは派手にやってくれるな。
俺は……とても心苦しかったが…………降参することに致しました。
しょうがなく武器を投げ捨て、二人に戦う意思がないことを表明する。
「あの……ルカさん。どうか俺……………、いや僕をその防御壁の中に入れてくださいませんか?」
こう見えても、俺らは、同い年だ。
もちろんライアンの野郎も……。
「しょうがないなあ〜。これで貸し一つだよ。」
ちょっとルカさん、鬼畜じゃないですか。
物理攻撃はバンバン効く僕が防護壁の中に入らないと、死んでしまうではないですか。
ライアンは俺と違って武器に安全対策の工夫を一切していないし、その魔法に俺への配慮すらない」
ルカが防御壁に俺が入れるようにしてくれる。
防護壁に入って、ライアンの魔法にまだ少し時間があると分かると俺は、
「おい、ライアン。こんな派手な魔法使うなよ。下手したら俺が死ぬぞ!! 騒音とか土地の変形とかその他諸々、ジジィにとやかく言われるのも、俺なんですけど……!?」
「フィルセ。か弱い少女の後ろに隠れて、何言ってるんだよ。何たるその格好ってんだ!! 勝負に小言は要らないぞ。お前、それでも本当に男なのか? ふふっ、じゃあな」
「てめえ、笑ってんじゃ…」
グララララララ
真上から巨大な火弾が落下する。
落下速度が加わり、さらに威力が増すようだ。
魔法ってホントにセコい。
つくづくそう心の中で思う。
爆発の瞬間。
凄まじい爆風が吹き荒れた。
思わずルカの肩を両手で触れてしまった。
俺とルカはそこまで身長差がないため、程よい距離で安心感がある。
そんなことにルカは気にならないか、それとも慣れているのかは分からなかったが、後ろを振り返らなかった。
どうやら、本日のサバイバルマッチの決着がついたようだ。
こうして、日々少年少女たちは自らを強く進化させていく。
しかしこれから訪れる激動の日々なんて俺たちに予測することはできなかった。
そしてなにより、俺が飽きを感じ始めていた『サバイバルマッチ』が『再び』行われることはなかったことにこの時は、誰も気づきはしなかった。
彼らの戦いを想像してもらえたならば嬉しい限りです。
これから先も戦闘シーンはあるのでどうぞお楽しみに
次回予告 第二話「不穏な影は未だ遠く」