第一章 二十四話 ラグナ
「さあ、役者は揃った」
少年は、とても楽しそうに言った。
何かが俺の中に入り込んでくる。
『ウルス・ラグナについていけば難題だって解決できる。だってあの方はすべてを導く英雄なのだから』
激痛とともに、どこからか女性の声が俺にささやき始める。
それとともに体の制御、というか体に命令を下す俺の意識の及ばない心の深いところが少年に従うべきだと、誰にも強制されていないのに主張し始める。
俺が俺ではないような感覚。
俺は必死に無意識を貫き通す。
「僕はもう、見ているだけで良さそうだな。あとは君たちでなんとかしてくれる」
「どう……い、…う……こと…だ」
俺はどうにかして口を動かし言葉を紡ぐ。
「あの君たち自身が作った火の弾で君たちを終わらせてもいいんだけど、………………一瞬で痛みを感じないほどに終わるのはいけないよね。痛みこそ生きている証。ゆっくりと生を実感しながら、終わるといいよ。命への冒涜を僕は許さない」
「ならば、俺はどうすれば?」
ライアンが俺たちのことを無視して、その少年に話しかける。
その目が血走っていて、完全に精神を乗っ取られているようだった。
「そうだな。君じゃなくて、そっちのお前が行ってきなよ。お前が」
そう言って少年はその指で俺を指差す。
その瞬間、俺に抗い難い力が押し付けられる。
俺は体の制御を不可視な力に移行させられる。
抗い難い力を前にして、人は無意識に行動してしまうものだった。
多分このまま思考を止めることもできただろうが、あいにくそういう訳にはいかない。
俺の意識に関係なく、俺の脳は体中に伝令を送ったようだった。
俺ならぬ俺が、ルカめがけて走り出す。
日々鍛えられた両足は、筋骨隆々であり心地よいスピードまでに加速する。
しかし俺はこんなことをするために努力してきたわけではなかった。
「『攻岩』!!」
ルカは俺とライアンに置かれた状況を悟ったのか、手を抜かずに全力で俺に攻撃をしてくる。
それでも、止まることなく俺は突き進まされる。
いくつか避けたところで無様に俺に地面から突き出た岩石に命中した。
そのまま弾き飛ばされる。
案の定、傷ついた太ももからは血が出てくる。
「この生への執着感。実にいいね。最高にいい。どちらが尽きるまで終わることのない死闘。最後の一太刀が見知らぬ僕よりかは、こうして旅をともにしてきた仲間のから。そっちのほうが嬉しいだろ〜〜?」
ライアンはあれから動こうとしない。
多分まだ何にも命令されていないからだ。
少年にこんな技があったなんて……。
ユーリがいたころはまだ遊んでいたということか。
「『岩窟』!!」
ルカの魔法が俺を岩のドームの中に入れて覆う。
俺は周りの岩が段々俺を囲うように盛り上がっていくのを感じた後、すぐに光が遮断され外の様子が分からない。
「チッ、小賢しい。『矯正送還』」
だが、ルカは今の俺を止めるなんてこと出来なかった。
俺の中から、不思議と力が溢れてくる。
少年が、俺ならぬ俺に力を貸しているのだろう。
ただその力をルカに向かって使わなければならないことが凄く残念だ。
俺ならぬ俺は、何度も同じところを"くない"で叩くように刃を当てる。
段々とヒビが入り、ついにはルカの作ったドームが砕け散った。
俺の正面から見えるルカの顔には焦りが浮かんでいた。
流石に魔力を使いすぎたのだろう。
この戦いの雰囲気はどこかあの"サバイバルマッチ"に似ていなくもない。
一対一で相手のスキを狙って、相手だけを見て攻撃する。
しかし、サバイバルマッチの時は俺のほうがルカよりも勝率が高かった。
そのことを今ルカも思い出しているのだろうか。
焦りは確実に過ちを生む。
このままではルカが危ういことは、どうもしなくても俺には分かる。
俺はだいたい、俺ならぬ俺の行動パターンが読めてきた。
俺ならぬ俺はその場の視覚情報からルカへ近づく道を選んでいる。
向かってくる魔法の障害物をその場その場で状況で判断して避けていくようだ。
行動の仕方にそれほど凝ったものはなく、ただただ標的へと執拗に向かっていく。
俺ならもっとうまく、もっと華麗にやれるのになあ。
こんな訳の分からないやつの言いなりとは違う。
俺がこの身体と過ごした時間は伊達ではない。
俺もそろそろ我慢も限界に近づきつつあった。
俺にかかっているのは、未知の魔法だった。
されど魔法。
俺は魔法を使えないが、その分耐性も強い。
俺は今までのどんな状況でもただ『耐性』を強めようで、自身にかかった魔法は跡形もなく消え去っていっていた。
しかしそんなもの普段まったく役立つ機会がなかった。
だから、この力を俺は軽視していたのは言うまでもない。
魔法が使えないことと天秤にかけても、マイナスもマイナス。
何を足しても足しても、掛けてもマイナスは覆らなかった。
そんな特異的な体質を今、このときにやっと使い道が来たのかもしれない。
俺は顔に出ないように努める。
あとはもう、自分の意志で行動に移すだけだ。
「『耐性」」
俺は静かに心の中でそう思った。
予想通り、少年の魔法を解除されていた。
ただ解除できるのは俺にかけられた魔法だけだ。
ライアンは相変わらず変化はない。
しかし先刻見たとおりの、俺ならぬ俺通りの行動を俺は続けけておく。
「『攻岩』!!」
同じように避ける。
多分ルカさえ俺の状態を知らない。
ただ気を抜いていると、ルカの攻撃にやられてしまう。
人は死地に立たされたときほど、格段に強くなることを覚えさせられる。
そしてついに俺が狙っていたシチュエーションが来た。
ーーーこの場所で、ーーーこの角度、ーーーこのスピードでルカの攻撃に上手く急所を避けて当たれば、少年めがけて、俺は軽々ふっとばされるだろう。
長年ルカを見てきたからこそ、彼女の攻撃が読める。
次、岩が現れる場所。 タイミング。
ただしっかり自分の急所は外して置かなければならない。
そして俺は、少年には悟られないように自ら攻撃に当たりにいった。
手には隠すように"くない"を握りしめて……。
ドンンンン!!!!!
俺はふっとばされた。
さすがの衝撃。
半ば俺の戻りたての意識もとびかける。
俺の飛んでいく先は狙い通り、あの少年。
しかし、少年は俺を避けようともせず余裕の表情。
多分少年の魔法にかかっている俺は、少年にぶつかることも、ましてや攻撃することもないと思っているのだろうか。
俺は吹き飛ばされながらくるりと半回転した。
そしてその勢いのまま、少年の懐にくないをーーーー二本……、狙い通り深々と突き刺した。
少年は避けようとしなかった。
少年の顔に驚愕の表情が広がり始める。
寸分違わずくないが突き刺さった少年のコートに、血がにじみ始めた。
その瞬間、ライアンの目つきも戻った。
俺は少年から距離を取った。
ーーーーーー。
「イっっっテーーな、オイ!!!」
少年が突如フードを取り、コートを翻した。
少年の顔が露わになる。
その目は俺たちを射抜くように見つめ、威圧は激しい。
少年の周囲で、魔法因子が荒れ狂っているのが俺には見える。
「ハハ、ハハハハハ。終わらせよう」
声変わりしていない声が、遠くまで響き渡る。
少年の黒いコートが、顔を隠していたフードが、変化し始めた。
黒を保ったまま実態をなくし、背中に二本、胸に二本の合計四本の突き刺さったくないを呑み込み、混ざりながら少年の衣服は躍動する。
「浪費だってイイんだよ!!! もう!!」
そして、それは繭のように少年をすっぽりと包み込んでいく。
ライアンはまだ完璧に自分の体を動かせるようではないらしかった。
足に痺れがあるそうだ。
俺はライアンの肩を組んで、ルカのもとまで行く。
俺の歩いたあとには、俺の血の跡が残る。
俺もルカとの戦闘で随分消耗していた。
ついには、少年を包み込んだ繭の正面から裂け目が入り、段々と奥の方まで広がっていく。
そして切れ目から繭は開いていくと、それは四枚の大きくて立派な黒翼へと変化していた。
バサッ、 と大気をかき分けて、少年は黒翼を前方から定位置の背後まで持っていく。
その瞬間、今日一番の風が吹き起こされる。
少年は態勢を保ったまま、空へ飛んだ………………いや浮かびあがった、のほうが適切であろう。
腰にはあの黄金の剣が提げられ、右腕は黒く輝く。
肩や体には黒を貴重とした光るものや戦利品、装飾品の施された装備。
ゆったりとしたローブを羽織り、少年の顔がさらけ出された。
醜さなんて文字はどこにも見当たらない。
絶妙なる配置。
目や口など、部分的に取ってみただけでもそれは、変わらない。
偽りや誤魔化しのない正真正銘の美形。
生まれ持ったステータスとばかりに感じさせられる。
優しさをにじませつつも、堅い決意の満ちた表情。
背中と腹にあったであろうくないの傷は、綺麗さっぱり消え去っていた。
「まさか、ここまで僕の翼を傷つけられると……」
そこで少年の言葉が途切れた。
その翼は、黒い光を放つ。
今まで少年の体はその翼に守られていたということなのだろうか。
と……………………
なんの前置きもなく、少年からの何の説明も決め言葉をガン無視して、空に放置してあった巨大かつ超破壊力の炎弾が、ちょうど少年を中心に捉えるように位置をずらしながら落下した。
重力による落下でさらに炎は、青みを帯びながら威力を増したように轟音を立てる。
少年を即座に炎の円に包み込む。
そして少年の体が円体の中心に来たであろうところで、それは大爆発した。
俺たち三人も、爆心地から離れているもののダメージを被かる。
それでもライアンは歯を出して笑い、グッジョブと言わんばかりに親指を立てて、自分の秘密兵器の行く末を見守っていた。
何かが吹っ切れたように翼を生やし、ライアンの炎弾が浮かんでいることを気にも留めなかったあの少年の運の尽きだ。
ライアンの炎弾が完全に発揮され、大気が段々と元の温度へ戻り始めた頃…………………、黒煙のなかから、少年が半ば意識を失いながら墜落してきた。
俺たちは落下ポイントへ急ぐ。
四枚の翼はボロボロに折れ、破れ、身にまとっている鎧はしっかりしているものの、装飾品は灰燼に帰していた。
その勢いを殺せず、少年は地面に叩きつけられる。
俺たちが少年の落下時にトドメを狙うことは不可能だった。
もし俺たちが落下地点で待ち構えていたなら、今頃は余裕で潰されていただろう。
再び爆心地から衝撃波が伝わってくる。
衝撃波の周囲の木々にぶつかる音が遠くへとこだましていった頃、少年は天へと腕を突き上げた。
「僕の計画に、時期尚早という言葉は存在しない。あれを取り戻すために……。もう、一瞬で終わらせてやる。痛みーーーー生きているとすら感じさせないほどのスピードで……」
そう言ったかと思っていたら、地面に叩きつけられていた少年が突如姿を消した。
俺たちは正直、もう戦いは終わったと思っていた。
突如 ボロボロの少年はルカの前に現れる。
そしてその右手をルカの胸の前に突き出し、虚空を掴む。
モワーンーー。
ユーリの時と同じように少年の周囲が一瞬霞んだ。
そして少年がその手を開いたときには、ルカは音もなく崩れ落ちていた。
「あと………二人」
今の少年からは狂気以外の何も感じられない。
少年は、音速のスピードで再び姿をくらました。
俺とライアンは身構える。
いつ現れても攻撃できるようにと……。
そして今度はライアンの背後に現れた。
しかしライアンが後ろを振り向こうとする前に、少年は全く同じ動作を繰り返す。
ストンーーーー。
状況を飲み込む前に、ライアンは地に吸い寄せられた。
「君が最後だね。久しぶりに僕をこんなにしてくれてよ。僕はすごくびっくりしたんだ」
どこか落ち着いた声だった。
全ては終わったのだと悟ったように……。
そして少年はそのまま、俺の方に歩みをすすめる。
俺にはもう、瞬間移動は必要ないってことか……。
「お前は俺たちの息の根を止めていないようだが、何がしたい?」
「僕は最初から言っているでしょ。君たちの英気をもらうって。要するに君たちは、僕の血肉になってもらうっていうことだよ」
「お前は人間なのか?」
「違うに決まってるじゃないか。そんな醜いものと一緒にするなんて、本当愚かだな」
「お前はそんな俺たちを血肉にするなんて、考え方が可笑しくないか?」
今まで言葉巧みに事態を乗り越えてきたこともあった。
だから今回だって諦めない。
「そうだよ。でもそんなことは所詮どうだっていい。もしお前が恨むなら僕じゃないよ。僕を不自由な体にした人間の王ってやつさ。人間は醜い」
「お前は違うのか?」
「当たり前だ………、その言葉頭にきた!!!」
「俺もお前の姿に虫唾が走る!!」
どうやら言葉じゃだめだったようだ。
少年は俺に開いた手を前に突き出した。
その瞬間俺は後方へとふっとばされる。
視界が高速に動いて、変化していく。
木々は皆一斉に俺の視界を後ろから前へと過ぎ去っていく。
俺は数秒立って自分がどのくらい飛ばされたのか気づく。
やべーーな。
肋骨が折れている気がする。
口からはさっきからずっと血の味がする。
何か金属を食べている気分だ。
気持ち悪い。
再び少年は歩み寄ってくる。
「力も意思もないものに、人間に守れるものなんてない」
そういって俺の前に右手を伸ばし、ゆっくりと指たたんでいく………、
パチン!!!!
「イッデェーーーーーーー」
少年の拳の中で火花が散った。
突然俺のペンダントが光りだした。
それは旅立ちの時にカノンさんから貰ったもの。
それは昨日なくしたはずだった。
手のひらで包んでみると、ほのかに温かい。
カノンさんの思いが伝わってくるような気がした。
「なんてもんを持ってんだよ」
少年が左手で、焼けただれた右手をかばいながら言う。
しかし俺がペンダントを包んだ手を開いた瞬間、それは綺麗に砕け散った。
その光の残骸が移動を始め、一点に降り注ぐ。
俺はいつの何か近くまで来ていた、少年と会ってそうそう柄以外を壊され、原型の残っていない愛用の武器。
レイノンさんが選んでくれた武器。
それに光が注ぎ込まれ、本来以上の青白い輝きが柄から漏れ出していた。
不思議に思うことなく、半ば無意識に俺はそれを手に取った。
「君はだれに期待されている?」
少年はそれでも不敵に笑っていた。
この場にいるライアン、ルカ、ユーリを守りたい。
預けられた命、ここで終わらせたりなんてしない。
「期待なんかじゃない。俺は皆の力を借りないと生きていけない。ただ、それだけだ」
「そうかい」
俺は柄をがっしりと、握りしめた。
すると前に見たジジィの剣のように、実態の確かではないある意味炎に似ているような、不確かで………………それでも透き通ったような、真っ白い刃が先のなかった柄から体現した。
その瞬間、少年の笑みが引きつったものへと変わっていった。
「まさかここまで追い詰められるとは……」
そう言って少年も左手に黄金の剣を体現した。
俺は少年に向かって走り始めた。
少年も俺に向かう。
二、三度剣を交えたとき、突然あの軌跡が見えた気がした。
俺は次の少年の太刀を払い、上段へフェイントをかける。
そして瞬時に切り返し、不意を突かれた少年の無防備な脇腹に、鎧を貫通して一思いに俺は突き刺した。
剣が吸い込まれたような綺麗な軌道。
無駄のない動きだった。
「ーーーー。ハハハハ。ここで終わるとはな………。まあいいさ、最低限のことはやったから。あとは自然と何とかなる。……………あの時の力をもう味わうことはないんだよな……。まあもういいけど」
少年はそれでも笑みを消さない。
それからふと嘆息をこぼした。
「最後のあがきだ」
少年はよろめき、狙いを外したものの、近距離で絡まり合っていた俺の左肩に剣を突き刺した。
それを追うかのように、もうボロボロで使い物にならなくなっていた四本の翼が一斉に俺の身体に突き刺さる。
俺の口からは、どっと血が溢れ出る。
少年の目から光が消え、体は灰へと変わっていく。
ポロポロ、ほろほろとこぼれて落ちていく。
先程までの力が嘘のように脆いものだった。
そして消えた。
俺の剣も先程のような光る剣先は消え、柄は粉々に砕け散って俺の手からこぼれ落ちた。
少年の翼を消えたものの、俺の身体にはそれが突き刺さっていた証明であったかのように、四つの跡が俺の身体を貫通している。
五つ目の貫通した傷である少年に剣でやられた場所に手を当てる。
どっぷりと手に生ぬるい血がつくのがわかる。
俺は痛みを覚悟でその剣を肩から引き抜く。
その瞬間血が吹き出て、激痛が体中を走る。
先刻まで柄を握りしめていた手をゆっくり広げる。
俺は痛みをこらえながら立ち上がり、ライアンたちのもとへ向かおうとした。
視界が霞む。
………………………………
めまいがした。
………………………
意識の段々と薄れていく。
………………
目の前が色を失い始める。
……
「誰かいますか〜☆? 大丈夫でーすかーー☆? ここで何かあったような音がしたんだけどなあ☆」
やや棒読み口調の声が俺の耳に届き、段々と大きくなってくる。
女性の特有の可愛らしく、キャピキャピとした声だった。
なんだかとても若そうな、艶のある声。
大丈夫。
そんなに慌てることなんてない。
だってもう全て終わったんだから……。
意識は常闇へと消え、俺は力なく前のめりに倒れ込んだ。
これにて第一章終了です。
少しばかり回収出来なかった伏線もございますが、僕個人的には第一章より二章の方がプロットを練っているし、書きたいものがより詰まっているので引き続き二章もお読みいただけたら幸いです。
第二章においては、章内で出した伏線の九割弱は二章内で回収する予定です。
これから世界観をもう少しはっきりさせていく所存です。
感想、意見、ブックマーク、レビューなどしてもらえると凄く嬉しいです。
次回予告→第二章




