第一章 二十二話 ウルス
俺たちは王都へ続く山道を警戒しつつも、和やかムードで歩いていた。
王都が近いからか、魔獣にまったく出会わない。
ユーリによると今日中には王都へつけるだろうとのことだ。
「やっと、目的の王都まできたんだな」
「うん、あと少しだね」
「そうだ、ユーリ。お前は王都について何か知ってるか? 俺たちが住んでた街は王都から結構距離があって、あんまり王都と関わりがなかったんだ。だからさっぱり何も知らないんだが……」
「そうだぜ。やれるもんなら俺たちを引っ張ってくれていいぜ?」
「何度も言っていますが、私も王都には入ったことないんですよ。"俺たちより知ってて当然だ〜"とか次言ったら、流石にライアンは殴りますよ。とはいえ五大明騎士ぐらいは、知ってますけどね」
うん?
確かその言葉、スートラにいたときも聞いた覚えがある。
「俺は知らねーや、それ。でどんなやつらなんだ?」
「噂によればですが、カシミール王国内最強の五人がつく役職で、それぞれが凄まじい力があるとか」
「カシミール王国ってなんだ?」
ライアンが訊ねる。
確かに俺もその言葉は知らない。
「ライアンはなんにも知らないんですね。私たちが所属している国ですよ」
ユーリが呆れたように言う。
いや、この件で俺たちは悪くはない。
ジジイがこの国のことに関してなんにも教えてくれなかったのが悪いと思う。
「ふーん。それじゃあ、その人たちは私たちの街の騎士団よりも強いってことなの?」
「だから、ジジィは、そいつらに救援要請をするってことか」
今更ながら俺たちの目的がはっきりしてくる。
「そうなわけねーだろ。フィリー、お前もリムさんの実力知ってるだろ? それを上回るなんてありえねー」
「まあ、実際あって確かめてみればいいんじゃないの?」
そうそれ。百聞は一見になんとか。
「でも、一応言っときますけど……。私は五人とも王都にいるとは限らないと思いますよ」
「!!?。なにっ」
「だって、数日前にカラグプルの街に誰かはわかりませんが、五大明騎士の一人が来ているのを、私はこの目で見ましたから」
「うわー。いいなー」
「それって、やっぱりイケメン?」
おい、ルカ…………。
「はい、断言できるほどです。彼がいる空間が輝いて見えましたから。街をうろつく盗賊たちだって見惚れて彼に手を出せなかったんじゃないかってくらい」
丘のような、しかし小山である頂上に俺たちはたどり着いた。
眼下遠方に王都プレシオラが姿を現した。
王都はプレシオラであって、この国全体はカシミール王国と言うらしい。
王都の全貌は見えないが、どの街よりも圧倒的に大きいのは明らかだ。
目の前にはここからやや下り坂になって続く森が見えるが、それも王都手前で突如途切れ、崖が現れる。
森を縫って流れている川も、崖から先は見えない谷底へと盛大に水が吸い込まれている。
王都はそんな、崖の先というか谷底の上にぽっかりと島のように浮かぶ街。
周囲の三方の崖からその独自の島のような街まで距離があり、とてもそこの見えない暗い穴の上を自然的な力でそれは浮いているようには見えない。
周井と関わりを断っている空間。
それは、まるで別世界のように見えた。
その底の見えない谷底に浮いた王都へは、周囲を囲う崖から王都へ、吊橋のような細く、とてつもなく長いような土を路面に露わにした道が続いている。
俺たちはすでに見え始めた王都へ向かって下っていく。
王都手前は深い森だが、そこを過ぎれば目的地だ。
すでにカノンさんの地図をしまい、道に迷うはずもなく進む。
と、突如目の前から突風が吹き抜けた。
前方から五六十羽の鳥が一斉に飛び立つ。
臭い。
獣臭が漂い始めた。
顔をしかめたくなるような狂気じみた刺激臭だった。
しかし、横を見ると三人ともなんともなさげな様子。
「なんか雰囲気かわってないか…」
俺が言い終わらぬうちに、前方からコートに見を包んだ何者かがこちらへ歩いてきているのに気がついた。
その瞬間王都を目の前にして、初めて俺の中の本能が警鐘を鳴らし始める。
「おいっ、前見ろ」
俺はいち早く皆に声をかけた。
それはフードを目深にかぶり、黒のコートで全身を包んだ格好。
俺よりもほんの少し背の低い少年だけが俺たちの前に立ちはだかる。
そもそも俺には、何もない道で少年が立ち止まってこちらを向いている意味が分からない。
王都へ続く道も半ば、見上げる空は灰色の雲が足早に俺たちの頭上を通り過ぎ、視界の中に否応なく木々はざわざわと揺れ始める。
俺たちにとっては向かい風、少年にとっては追い風が平等に強く吹きつける。
フードの少年の右腕には白の包帯が巻かれ、全てを腕に巻くには長すぎる有り余ったそれの端は、ゆらゆらと俺たちに向かって靡く。
「ここで英気を養ってから、実行するとしようか」
少年の口元が動くのが見えたが、なんて言ったのか風の音で俺たちには全く聞こえなかった。
俺たちが初めて村を出て四日間、幾度となく魔獣に遭遇した。
しかし、そのときとは比べ物にならないほどの威圧と殺気、そして得体のしれない何かを感じる。
王都目前の街、カラグプルの街で戦ったときの暴牛士のものとは…………、気配が似ていなくもないが、勝負にはなるまい。
そんな気配からなのか本能からなのかは分からないが、俺はそうするべきだと感じて、鞘から青白く光る剣を自然な流れで抜き、少年に構えた。
不思議なことに今や、この金色の鞘にも青白い剣にも愛着が湧いている。
俺の後ろには、ライアンたちがさきほどまでの和やかな空気のままでいたが、俺につられて瞬時に様子を切り替え、ライアンとルカは杖を構える。
攻撃要因と防御回復要因であった。
残る一人、ユーリはというと、何かがあったらフルスピードで逃げ出すような雰囲気を急にバンバン醸し出し始めた。
ーー多分彼女に考えがあるのだろう。俺にはそう見える。
これを越えて王都に着くことができれば、もう悩む必要もない。
そう心の中で呟いて、俺は目の前に立ちふさがるものへと意識を切り替えて、やる気を起こす。
「おい、少年。顔を見せろ。何者だ?」
できる限りの低音で、威嚇したつもりだった。
しかし、何事もなかったかのように少年は俺たちに向かう歩みを止めない。
「戦闘態勢!!」
俺が指示を出すと同時に皆が神経を尖らせ、それぞれの武器を構える。
少年は何も言葉を発さない。
そもそも、俺たちから少年の口元は隠れ、見えない。
しかしじわじわと魔法か何かがこの場に満ち始めているのを俺は感じた。
目の前の少年が王都へと続く道を立ち阻もうとしていることは目に見えている。
この空気、沈黙に呑まれまいと、俺は剣をひしと構え一歩踏み出そうとした。
その瞬間、ふいにフードの少年が左手で銃を打つ動作をした。
パリンっーーーーー!!!!!
静けさの中、ある意味透き通り、軽やかでキレイな音が響いた。
その瞬間、俺は右手が軽くなるのを感じた。
こんなことが……あり得ない!!
少年を除く皆が、驚愕の眼差しで俺の割れて飛んだ剣先を見ていた。
王都には強い騎士や魔法使いで溢れているため王都周辺は、定期的に魔獣は駆除され、安全に王都入りできるよう極端にモンスターが少なくなっていると。
王都に張られている結界のため、普通のモンスターなら近づこうとしない。だから、地方に比べて王都周辺は安全だと。
さらに、王都周辺に張られて強力な結界のため、普通の魔獣なら自ら近づこうとしないと。
だから、地方に比べて王都周辺は安全なのだと。
スートラの領主からも、これまで寄ってきたメター、ハイデの住人たちからも口を揃えて言われてきた。
少年は魔獣ではない。
しかし、誰もこんな展開予測していなかったぞ。
あと数百メートルで『王都に領主からの近況報告と援助願いという名目である親書を渡す』という今回の旅の目的が達成されるだろうという矢先、ありえないことが起こった。
俺の持っていた剣が綺麗に真っ二つに割れていた。
先端から柄までだ。
俺は手に軽い痛みを感じた。
頭では理解できていなかった。
それでも体はとっさに、剣が完全に割れる寸前、柄から手を離していてくれていたようだった。
それでも手のひらが切れて血が滲む。
痛い。そして熱い。
何かがあったら、速攻で逃げるだろうと思われていたユーリでさえ一歩も動けなかった。
俺がありえないと思ったのは、剣が折れたこと以上に少年が魔法を使っていないということだった。
魔法だったり呪文だったりしたら、体や空気中からエネルギーを発する。
直前に何らかの前触れがあるのだ。
それを瞬時に読み取り、判断して回避するだけの運動神経を持ち合わせているつもりだった。
前のヒュドラ戦や暴牛士戦では危うい場面もあったが…………。
しかし、少年は手を動かしただけで呪文詠唱も、体や大気に漂っているエネルギをも使わなかった。
何も伝わってこない。
しかも無音の攻撃だった。
ノーモーションからの見えない一撃。
少年は魔法の類の技を、なんて使っていない。
少年を取り巻く空気がそう語っている。
この事実を誰が否定できるであろうか、と。
だとしたら、どうやってやったのだろうか。
皆目検討がつかない。
俺は割れた剣の柄を捨て、"くない"を両手で握りしめる。
「やるぞ!!!!」
少年が敵であることははっきりした。
「あいよ、『炎旗』!!」
「『高速強化』 『詠唱加速』 『多段階攻撃効果』!!」
ライアン、ルカともに魔力消費の激しい上級魔法を使っている。
ルカも魔法発動速度上昇効果に、高速詠唱、威力向上効果とーー効果を持続するだけで多大な魔力の消費するものだ。
しかしこの戦いが終わればもう戦うことはないと、彼らは見越してのことだった。
ライアンは少年の居場所を炎で囲みながらジリジリと覆い、見動きできる幅を狭め、逃げ場をなくそうとしていた。
「『攻岩』!!」
そこへルカの岩石が突き刺さる。
「『越炎』!!」
さらに流星のごとくライアンの炎弾がケリをつけるかのごとく、少年に降り注ぐ。
砂煙が立ち上った。
砂煙が消えるまでの数十秒間、俺は剣を構えたまま攻撃のすきを伺っていた。
周りを炎に囲われ、地面からは岩石が突き上げる。
終いには再びライアンの炎。
こんな状況、俺だったら助かる方法がないなと思う。
突風とは別に、ライアンとルカの攻撃で生じた風も相まって、戦場は吹き乱れる。
と、当然少年はライアンたちとは離れて構えていた俺の目の前に現れた。
生身はおろか、コートに何一つ傷がついていない。
どうやってあの攻撃から逃れたのか分からない。
くないを剣のように持って、ひたすら少年との間合いに入って攻撃を繰り返す。
相手の攻撃がまだ把握できていなかったから不用意に接近したくなかったが、武器が武器なのでしょうがない。
しかし少年は俺に一切触れることなく、俺の攻撃を全て避けきる。
それでも俺は、攻撃を続ける。
少年が不敵に笑った。
そしてバック転して後方に下がった。
そのとき、俺には背中に黄金の剣を下げられているのが見えた。
俺の剣とは、別種の輝き。
優劣など測れない。
ただただ別種。
やっと、俺と戦っていた少年の居場所に気づいたライアンたちが再び猛攻を開始する。
再び俺は様子をうかがうだけに留まる。
土地が原型をとどめていない。
しかし、ここではそんなことで怒る人はいない。
…………多分。
俺の場所からでは少年の顔も髪の毛も、ましてや口元さえもフードに隠れていてよく見えない。
しかしやっぱり笑っているようにだけは感じる。
「君たちのことはもうわかった。だからそろそろ終わりにしようかな」
初めて少年の声がはっきりと四人の耳に届いた。
とても少年らしい声だった。
遅れて狂気も……。
一対一ではとても敵わないし、なにより狂気に押しつぶされそうだった。
俺たちはジリジリと対面する。
「まずは君だな。見てるだけっていうのはいけないと思うんだよね。それをやるならそれ相応の実力がなきゃ。うんうん。中立的な立場を取ってるやつが一番憎い。まるであの頃のように…………。潔く儚く、華麗に散るべきだったのだよ」
最後の言葉はユーリに向かっていったかどうかは定かではない。
しかし、いっそう深い憎悪を感じる。
少年は今まで一度も攻撃をしてこなかった。
しかし、今から反撃を始めるということなのだろうか。
非力に見えるあの腕で……? あの足で……?
あの黄金の剣を使って………?
しかし俺たちには考え事をする余裕など残っていなかった。
次回予告 「・」




