第一章 十九話 頭を打たずんば先にゆかん
「ーー、俺がユーリを傷つけた? お前はあいつに対して思い入れがあるのか? そもそもこいつの何を知っているのか」
盗賊の長は俺に、忠告するかのように、ゆっくりと静かにそういった。
「いいや、知らない。でも、同盟を組んだ」
「ーーーー、それはそんなに固く揺るがないものなのか? あいつは昔、俺と同じことをやっていた」
話の聞く限り、そんなことだろうとさっき思ったさ。
流石の俺もその時は驚いたのだが。
「でも、今は違う」
「ーーーー、俺も昔とは違う。でも、そんな昔がなかったことに出来るほど、人は変わらない」
「じゃあ、ユーリは悪いやつなのか?」
俺には、こいつが見てきたユーリを知らない。
だから、俺はユーリを悪いやつだとは思わない。
「それよりも、彼女の兄貴、レライのほうが変わったやつなんだよねえ〜」
この、ピリピリと張り詰めた空気に耐えられなくなったのか、ウズウズしながら、カッターシャツの青年も会話に加わってきた。
途端に会話に、弾みが出る。
カッターシャツの青年は、棟梁に視線を向けた。
棟梁は深くため息をついた。
そして、再びカッターシャツの青年が口を開く。
「昔、彼ら兄妹もこの世界で生活をしていた。二人ともこれが、優秀な腕だったんだよね。俺たちとも一時期、争うような。彼らの貯蓄も次第に増え、俺たちが羨むほど、安定した生活を送っていた頃だ。ユーリの兄貴、レライは、兄妹で稼いだ金の殆どを持ち去って、そのまま一人で、王都に行きやがったんだ。しかも、そこのユーリには、置き手紙を残して……」
ここで、カッターシャツの青年は、こらえきれなかったように少し笑いをこぼす。
「俺たちも、レライには結構邪魔されたんだよね。俺達が狙った獲物を、兄弟二人でことごとく先回りして。だから、俺達はこの兄妹には借りがある」
カッターシャツの少年は、後ろの物静かな青年に視線を向けると、彼は一度だけ、こくんと、首を縦に振った。
「 『ユーリ、俺は広い世界を見に行ってくる。お前は俺がいつでも帰ってこられるよう、俺たちの住処を守っていてくれ。そして、いつか俺がもっと強くなってお金を貯めたら、一緒に外へ連れてってやる。それまで、待っていてくれ。お前は一人でも生きていける。レライ』 だってよ。自己中すぎだろ。この街には盗賊業をやっているやつに、恨みがあるやつなんてザラにいるのにな。一人残していくんだぜ。しかも、いつ帰るのかも教えずに……」
「ーー。俺たちはこの兄妹に借りはあるものの、そこまで鬼じゃないんだ。その話を聞いたときに、俺たちはユーリをこの盗賊団に誘った。でも、ユーリは盗賊を辞めると言った」
「だから、彼女は俺たちの標的になってもおかしくないわけ。これ笑える深イイ話」
そう言って、カッターシャツの青年は、ククク、と笑う。
盗賊の性というものなのかもしれない。
ーーーーーーーー。
「これからユーリをどうするんだ?」
俺は警戒を保ったまま、言葉を飛ばす。
「どうもしない。でも、まずお前が向かってくるなら、跳ね返すだけだ」
威厳に満ちた声。
風格があるり
「どうするかの前に、俺は確認したいことがある』
「なんだ?」
「俺たち……………、じゃなくて俺が持ってた紙切れが入った小包持ってるよな?」
「ーー。ああ、それか。あの装飾が豪華なやつはまだ売り飛ばしていない」
「なら良かった」
そして俺は、空に向かって右手を突き上げた。
半ば運頼みではあったが………………。
「この時を待ってたぜーー!!!!」
瓦礫の中からライアンの声とともに、炎のレーザービームが飛んでくる。
やっぱりルカが、防御・回復持ちだから、心配はいらなかったようだ。
「ーーーー」
「うーわっ」
「ーー??!!?」
盗賊三人は間一髪、横っ飛びをして避けた。
華麗な登場を終え、ライアンとルカが俺の隣まで来る。
ユーリも縄で縛られて入るものの、静かに戦いの動向を見守っている。
「そこのツンツン野郎。これで三対三だぜ。勝手に三人で、びびっとけ!!!」
ーー?? 今の最後の一言意味わかんなかったな、うん。
しかし、やる気は十分伝わってくる。
「ーーーー。また、人数が増えたか……………。面倒くさい。リグ、頼んだ」
「了解」
今まで一言も喋ってこなかった、マントの青年が頷いた。
そして目を瞑って杖に手をかける。
「かしこみかしこみ申す。我が神前なる行いに幸を持って聞き届け給え。我の全周を蹂躙せし者をこの眼に記せ。…………、ジュノー。この近くに三メートル級の暴牛士がいますが、そいつでいいですか?」
「ーーーー。構わん」
「己が身の助けと成れ。あわよくば、我の魔力を与え給わん。爾の行いに我の正義を重ね給う。いでよ、暴牛士!!」
そう言うと、突如、目の前の地面に魔法陣が現れた。
段々と、その魔法陣の細部まで描かれていく。
そして、完成したかと思うと、一瞬光を放ち、そしてそれがガラスのようにキラキラと砕け散ると、魔法陣のあった場所に暴牛士が現れた。
「あれって、世に珍しいって言われている、召喚士ってやつなんじゃない?」
ルカがそう言うなら、多分そうだ。
それよりも、盗賊たちは俺たちと戦おうとはせず、この場を暴牛士にまかせて、自分たちは高みの見物を決め込んだようだった。
尺な奴らだ。
暴牛士は、接近戦を得意とするらしく、俺たちをその目に捉えると、突進してくる。
ライアンとルカを後ろに下がらせて、俺は向かい打つ体勢をとる。
俺は、暴牛士の斧による一太刀は、受け止めるのが、その威力が高く、踏ん張っていられない。
後ろの方まで引きずられる。
体力が多く、打たれ強い。
その一撃は重いが、次へのモーションは鈍い。
そして決めた標的には、何が何でも突進してくる執着心。
それが暴牛士の特徴だと聞いたことがある。
そのぐらい、暴牛士は、特に、戦い慣れしていない者だとなかなかの強敵であり、熟練者でも、気に引き締めなければならないと言われている、魔獣だった。
ドグォーーン!!
素早い蹄の一撃。
聞いていたことの少し違う。
いきなり召喚されたためが少し怒っているのか、興奮気味である。
それでも、やつの攻撃には緩急があってなかなかの高レベル。
「『越炎』!!」
ライアンの炎弾が直撃する。
多少はダメージを与えているようだが、びくともしない。
「『氷岩』!!」
ライアンからの、ルカの氷攻め。
しかし、皮膚が厚いのか、暴牛士は温度差攻撃にも耐久している。
傍から見ると、さっき、ユーリが、盗賊の長と戦っていたのと同じように、俺たちも、暴牛士から逃げ回って、スキができては、攻撃している。
「『高速強化』!!
『氷艇』!!!」
ルカの、魔法発動速度上昇効果と、氷岩の一段階上の氷魔法。
支援魔法は魔力を結構使うらしいが、そうも言ってはいられない。
ライアンもルカも時折、盗賊たちにスキあらば、攻撃しているが、スルリとかわされている。
はやいとこ、この暴牛士とは決着をつけなければ……。
俺はそう思い、一気に距離を縮める。
やつの股の下を滑るようにくぐり抜け、背後に回って、その無防備な背中に剣を下ろそうとした瞬間だった。
グワアアアアアアンーーーーーー!!!!!!
暴牛士の遠心力をフルに使った、回転横薙の一撃が、俺の腹をクリティカルヒットした。
ドォゥーーーーーン
俺はされるままにふっとばされる。
凄まじいスピードで俺は空き家の壁にあたって、体全体を打った。
その衝撃で壁が砕け散る。
一瞬、意識が飛びかけた。
俺は暴牛士から、目を離してはいけないと思い、顔を上げる。
攻め急ぎすぎたのかもしれない。
俺の片目が充血しだす。
痛い。それもすごく。
目の前が霞む。
ルカたちは一瞬俺のの方を見たが、すぐに自分たちの戦いに集中している。
今、ルカたちが必死に攻撃してくれているため、暴牛士の俺への追撃はまだない。
まだ、あの盗賊たちとも戦っていないのに……。
あーあ、なんで俺はやつの懐に潜り込もうだなんて考えたんだろうか。
動かない体の代わりに、頭が俺の意識を超えて、働き始める。
………………。
ああ、魔法が使えないからだ。
今までも、ライアンたちよりもずっと危険な目にあってきた。
そんなきわどい戦い方をしていたのだろうか?
それなら、こうなることは目に見えていたのではないのか?
いつかは終わる時が来る。
やっぱりこんな厄介事には手を出さず、さっさと王都へ向かえばよかったのかな?
ここで無駄足を食ったことが、俺の未来を、変化をさせ、流されるように良い方向へと変わっていくのだろうか?
いや、それは期待しすぎた。
そこまで俺の未来は輝かないだろう……。
ならば、どうすれば俺の未来は輝ける?
決まっているじゃないか。
魔法を手に入れ、安全な戦い方を突き詰める。
今となっては、もうどうにもならないことだった。
やり遂げた先の結果が変わらないのなら、なんでこんな厄介事には手を伸ばしたんだろう。
…………………。
損得だけでは考えてはいけない。
確かカノンさんの口癖だった。
ーーーーー損得だけなら、人生に臨場感なんてないから。
しかし、それがこのザマだ。
俺はユーリを助けられなかっ……。
『己はこれっぽっちの人間だったのか? やっぱり王都へ行かせるなんて役任せられるほどの器じゃなかったんだな。スートラの人々の命がかかっているかもしれないのに……』
『ふーん。君は自分の選択が間違っているって思ってるんだ? 君が私の班に入ってくる日を楽しみにしてたのになあ〜。私の過大評価だったのかな? やっぱり私には合いそうもない』
そんなことはない。
俺は魔法が使えないなりに剣の道を進もうと決めた。
『なんか失望した』
俺の日々の努力をあしらうような反応はやめてくれ!!!
『フィリーって、たったの一撃でダウンしちゃうんだ〜。今まで私の命を預けるような場面はいくらでもあったけど、あれも運が良かっただけなのかな。なんか見損なったかな』
『やっぱりお前はそんな男だったんだよ。前々から俺は知ってたが、お前は俺とは違う。才能も技術も』
ルカとライアンが俺を見下す。
やめろ!!!
それ以上は言うな。
俺はただ、この戦闘を早く終わらせたかっただけなのに……。
…………………………………。
『フィーちゃん。あせっちゃだめだよ。あきらめてもだめ。みんな、だれかに……ううんうん、じぶんでも、おもいもよらないひとにだって、きたいされているんだから〜ーー。ファイトだよ!!! わたしはおうえんしてる!!!!』
ああ、この人はいつもそうだ。
いつも俺を変える力を持っている。
俺が小さいときだって、スートラでも、近くの森での冒険のときだって、………………、今みたいに、彼女がここにいなくても…………。
その瞬間、俺は急に目が冴えた。
俺が進むべきと教えられているような気がした。
目を開けると、段々と視界が鮮明に変わっていく。
その中で、俺の目を惹き付ける何かを見た気がした。
みると、それら剣の太刀筋のように、真っ直ぐ俺の手元から、暴牛士まで伸びている。
自分でも不思議な気分だ。
俺は、それにそって剣を両手で握ると、滑るようになぞらせる。
暴牛士が近づいてきた俺に向かって、斧を振り下ろす。
俺はそれをかわし、腕に向かって、剣を真垂直に斬り下ろす。
スパーンッッ!!!!!!
心地よいほどのきれいな切り口から、鮮血がほとばしる。
グウォーーーーーーン!!!!!!!!
片手を切られたことで、暴牛士はさらに声を荒らげる。
俺はそのままに、もう片方の腕も素早く回り込んで切り落とす。
再び咆哮が周囲の空気を振動させる。
暴牛士は息を荒げ、その目は、血で狂いながらも俺に向け、ロックオンする。
腕を失ったにも関わらず、闘争本能の赴くままに、俺を攻撃しようとしているようだ。
攻撃する手段が限られている暴牛士がふらつきながらも、突進の姿勢に入った。
体を傾けて力を脚に溜めている。
やつのスピードが鋭利な角に力を載せたら、それだけでも、凄まじい破壊力だ。
もう、やつの攻撃をまともに食らってはいけない。
やつが地面を目一杯蹴るのと同時に、俺は、やつに向かって高々とジャンプした。
そして、蹴った力そのもののスピードで、暴牛士は、体をほぼ地面と水平向けに、無駄なエネルギーロスなく突進してきたのを、俺は、空中でかわした。
そして俺は、やつの上を通り過ぎる瞬間に、この眼に見たとおりの軌道を沿って、やつの心臓部に思い切り剣を挿し込んだ。
初めは嫌だった感触だが、今はそれほど嫌にはならない。
暴牛士がの口から血が出る。
ドサッッッッッ!!!!!!
暴牛士が倒れてやっと、俺を含めて、その場にいた全員が、戦いに決着がついたことがわかった。
「フィリーすごい…………」
「あんな戦い方初めて見た……」
「お兄さん。ホントはすごく、強かったんだあーー」
「ーーーーーー。あいつ意外とやるな」
俺は、高みの見物をしている盗賊たちに向かって、真っ直ぐ剣を突きつける。
「逃げるなよ」
俺は盗賊を睨みつける。
しかし、自分自身にもう戦う力も、体力も、気力さえも残っていないことが分かっていた。
自分でも今の出来事にびっくりしている。
太刀筋があの瞬間に見え、それに従って剣を振ったらこうなったことにも……………。
「ーーーーーー。ああ、いいぞ」
棟梁を筆頭に三人は、倒れて光に変わりつつある暴牛士を踏み越えて俺たちに近づいてくる。
「再び汝と相まみえるときは、亜人にてあらんことを。この縁は、解けることなく絡みつき、やがてどこかで巡り合わさん。己のその強さは、真なり」
召喚士が、召喚した暴牛士に手をおいて静かに言った。
決め言葉か、願いか、何かなのだろうか。
そして、暴牛士は光に溶けて消えていった。
最後に残ったのは、利用可能な部位だけ。
「ーーーーーー。お前たちに暴牛士の処理は任せる」
意外な発言にこちら一同は皆沈黙した。
利用できる戦利品を、俺たちに渡すということなのだろうか。
しかし、まだ事件が解決したワケではない。
まったく何も……。
盗賊たちとも決着をつけなければならない。
そのためにここに来た。
と、そんなときに、「盗賊相手なのだから、戦わない方法があるのでは…………」、とふと思った。
別に盗賊たちは、焦ってはいなかった。
あんな怪物を召喚しただけで、まだ奴らに疲れなどない。
しかし、俺は、もうほとんど戦う力がないだろう。
なにより、傷が痛む。
そんな二対三の状況での俺たちの勝機が多分少ない。
奴らはまだ売っていないと言っていた。
ということは、これからどこかに売るつもりなのだろう。
ならば、まだ何とかなると、俺は強く思った。
対人戦を書こうと思ったのに、結局VS魔獣になってしまった…………。さて、これから、フィリーたちと盗賊たちとの間に、どんなことが起きるのか。
次回予告 「決断×結団」




