第一章 十八話 盗賊襲撃
俺たちは、中心街から程遠い、貧民街を歩いていた。
寂れた田園風景に遠くもない。
しかし、もうどこから街で、どこから街の外だか分からない。
盗賊のやつらは、中心街で活動しているらしいのだが、ギルドの衛兵が少ない貧民街をアジトにしているようだった。
「この街には、事情のありありの人が多いんです。だから、セレブしか入れない王都なんかより、ずっと美しくないですか?」
ユーリの持論を聞くが、そう言われもさっぱり、俺にはわからん。
「じゃあ、お前は王都へ行く気はないのか?」
王都への通行料を稼ぐために、この街の人は頑張っていると聞いたのだが…………。
「ええ、ありません。以前はあったのですけど、今はそれほど。ここの生活もそこまで不自由はないし、昔苦い思い出があるんで……」
今この、金を取られたという状況よりも、もっと苦い思い出があるのかよ。
ちょっと、俺は協力しておいて、損をした気がした。
「ふーん。頑張れよ」
俺の質素な応答が癪に障ったのか、ユーリは
「えっ? 苦い思い出を突っ込んでこないんですか?」
やけに煽ってくる。
「やることが終わったらな」
ユーリは、少し恨めしげにこっちを睨んだあと、すぐに行く先を見据えた。
ユーリは、短剣が得意らしい。
別に魔法を使おうと思えば簡単なやつなら使えるらしいが、実態のある武器で戦いたいそうだ。
ライアンたちよりかは、戦闘状態になったら、信用できそうだと思った。
だって俺の苦労とか、この状況なら、同行動するか分かってくれそうだから。
俺たちは、目的の建物にたどり着く。
そこまでオンボロというわけではなく、しっかりとした木造の小さな家だ。
先にユーリが潜入して、後から俺たちが駆け付けることにした。
すなわち駆けつけ援護。
俺たちは少し離れた建物の物陰に隠れ、ユーリを観察する。
ユーリは、窓に張り付き、中の様子を見ている。
そしてこっち向かって三本の指を向けた。
どうやら中にいるのは三人らしい。
まだメンバーが戻ってきていないのか、それとも少人数なのか……。
そして、ユーリが中へ入ると、数秒後には男たちの悲鳴が聞こえてきた。
流石に奇襲には備えていなかったのか、それとも、ユーリの戦闘術が凄いのか。
モノの数分でユーリは外へ出てきた。
えっと、何なに……。
ユーリは手をこまねいて、こっちへ来いと指示している。
俺たちは周囲を警戒して、指示されるがままユーリの元へ行った。
「こいつらが言うには、こことは別の所に、この盗賊団の棟梁が居座っているらしいですよ。場所分かったから行きましょうか」
見ると部屋の奥で失神している男たちがいる。
この小柄な体に反して、並の男たちより戦闘術があり、身軽に動けるようだった。
ほんと、どうやってこの男たちを投げ飛ばしたんだろう、と失神している男たちを見ていると、不思議になってくる。
「柄で殴ったんで、大丈夫ですよ? 反動はありましたがこの通り、私はピンピンです」
ーー、俺は君よりあの下っ端くんたちを心配したんだけど……。
「聞いたところ、奪ったものは棟梁が管理してるらしいです。それに換金は、まだだと、吐いてくれました。さあ、気合を入れて行きましょうよ」
ユーリが、一人ルンルン歩く。
もう、まさに口笛を吹き出しそうな雰囲気。
貧民街を俺たち四人は歩く。
そこそこ、住人たちを見かけるが、盗賊沙汰には慣れているようだった。
「ユーリがさっき倒した奴らは何なんだ?」
俺は気になって訊いた。
「したっぱでしょう。まだ随分若かったので成りたてだったのではないかと思います」
「そんなに皆金がないの?」
「多分副業なんですよ。盗賊業なんて、金が毎回あるとは限らないだろうし、彼らが街工場で働いているのを、私は見た事があるので」
「じゃあ、ボスは街のおえらいおっさんだったりするかもだな。アハハハ…………」
「ーーー。ふざけないで!! この街のこともよく知らないくせに……」
ーー?!!!
ライアンは、勝手に、ユーリの何か触れてはいけない地雷に触れた。
ライアンが、困惑して俺の方を見てくる。
ーーーー、おい、そんなにこっちを見ても、俺も知らんぞ。
俺とルカも何だか申し訳の気持ちになった。
「あの……、悪かったな」
「ーーーー。ーーーー。急に大声出しちゃってごめんね。普段一人でいるし、年の近い人と喋るのが久しぶりだからかな……。ホントにごめん」
「まあほら……、一緒に同盟組んで同じ敵を倒そうとしてるんだから、明るく楽しく行こうよ〜」
ーールカさん、別に敵を倒そうとはしてませんよ?
目的は取られたものを取り返すことなんですけど。
そうこうしているうちに、下っ端らしき男が白状した、大きな倉庫にたどり着いた。
やはり、これも全然ボロくない。
むしろ、頑丈そう。
「建物が大きいから、俺も一緒に行くよ」
「うん、じゃあ。おねがい」
俺とユーリがまず二人で中へ侵入する。
中から窓は閉ざされ、暗く静かだ。
人気はないが、俺たちは警戒しながら、ゆっくりと奥へ進んでいく。
と、ふと俺は魔法が使われる前の何か、空気中の微粒子の振動を感じ取った。
それが段々と大きくなっていく。
「ユーリ、建物から出ろ!!!!!!」
俺は、無意識にユーリの腕をつかむ。
「えっ?!」
ユーリは、一瞬戸惑ったような顔をしたが、俺が外へ走り出したのを見て、すぐに駆け出した。
案外、というかユーリは結構足が早かった。
バゥーーーン!!!!!!!
しかし、出口にたどり着く前に、予め仕掛けてあっただろう魔法によって建物が爆発した。
俺とユーリは、宙を浮きながら、二人一緒になって、外へヘッドスライディングをした。
砂煙が巻き起こる。
幸い俺たちに怪我はなかった。
見ると隣の倉庫から、いかにも盗賊の親分という感じの人物がこちらに向かって歩いてきている。
黒の衣装で首元には白い綿房のような装飾。
口元はスカーフで隠れているが、口元はニヤリと緩んでいて、両手には革グローブ。
高身長の上に前が少しはだけた、着崩した感じ。
トゲトゲしたオールバックの髪型からは、清潔感をも感じさせる青年だった。
後ろには、同じように着崩しつつも、マントを羽織り、少し暗めの表情の者と、普通に真っ白のカッターシャツにネクタイを締めた少しイケた顔の好青年らしき人物が、彼の後に続く。
俺は起き上がりつつ、彼らには分からないように、「まだ出てくるな」、とルカたちに伝えた。
俺の隣で、ユーリも起き上がると、開口一番に
「あんたたちが私の部屋にあった、生活費を盗んだよね。必要だから返してくれない?」
ユーリが、探していた人物たちは、彼らで間違いないようだ。
「ーーー。俺たちのアジトまで乗り込んできたことには褒めてやる。だが、好き勝手はさせない。ーーーーーーーー。よく見ると、お前、アイツの妹分か」
意外に、思わず聞き入ってしまうような響く低音の声。
「ホントだわ。よく見ると、前にレライと一緒に盗賊やってたユーリじゃん」
カッターシャツの青年も知っているようだ。
「ーーー。お前も以前は盗賊をやっていた身。ならば、人にしたことを人にされても言える口じゃない」
今、なんて言った??
その低音ボイスに聴き惚れていた俺は、その喋った内容までは、意識が言ってなかった。
「アンタも知ってるでしょ? あのクソ兄にが私に何をしたか? アンタたちと一緒に活動したこともある、……………なら、私の味方してくれてもいいんじゃないの? あなたたちもクソ兄にに、恨みはあるでしょ?」
俺は話についていけていないが、いつ終わるか分からない会話劇に備えて、とりあえずいつでも戦えるように準備はしておく。
「ーーー。お前の兄貴は優秀だった。一緒にバカやったこともあるし、人助けさえしたことはある」
「なら私に味方し……」
「だが、アイツが変わったように俺も変わった。俺たちは生きるために盗る」
そう言うや否や、やはりその盗賊団の親分であろう、低音の彼が、ユーリに襲いかかった。
洗練された短剣の使い手。
その高身長から目一杯繰り出される拳。
しかし、その他の二人はただ傍観しているだけだった。
それでも、ユーリが圧倒的に押されていた。
身長差以前に実力差というものだった。
防戦一方。
得意の俊敏性でなんとか耐えている感じだ。
俺は、彼にスキができたらすぐさま攻撃できるように、剣の柄に力を込めて握るが、ユーリの、攻撃から逃げるようなテンポの早い戦いには、ついていけてなかった。
「カバリ、あの建物を狙ってみてくれないかな?」
その戦いの後ろで、カッターシャツの青年が、マントの青年に耳打ちをする。
マントの青年は、無言で首を縦に振る。
ーー、まさかその場所って……。
悟った瞬間、俺はマントの青年に向かっていったが、カッターシャツが二刀を構えて、俺の前に立ちふさがった。
その瞬間、マントの青年の杖から、ライアンたちが隠れているところへ、魔法の光線が放たれた。
ドゴゴゥゥーーーーン!!!!
その建物の中心を、見事に光線が貫き、一斉に潰れるかのようにして、壊れ始める。
土煙が俺のいるところまで、建物の倒れるときの風で飛んでくる。
流石はこの街の盗賊の、ボス級の強さだった。
三人であるがゆえに、彼らは統率が取れている。
ーー、ライアンたちは大丈夫か少し心配になる。
この状況を把握できているのだろうか。
ならば、もう登場のタイミングが来てもおかしくないと思うのだが………………。
こんなことでライアンたちは、やられないと信じたい。
土煙が晴れたころ、ユーリの戦いに決着がついていた。
ユーリは、持っていた武器をすべて弾き飛ばされ、拘束魔法を食らって、身動きが取れていない状態だった。
現状は、実質三対一。
こちらで動けるのは、俺のみ。
圧倒的に不利な状況だ。
ユーリの相手をしていた、青年が今度はこちらに向かって歩いてくる。
俺は、カッターシャツの青年と数太刀交えたあと、彼ら三人と距離を取る。
「ーーお前は、俺に何のようだ?」
もう、その低音ボイスには、騙されないぞ。
多分、その青年に騙すつもりはないのだろうけど…………。
「俺もあんたらに大切なものをスられた…………。だか、それよりも、今は同盟仲間を傷つけた敵を退治することだ!!!!」
奴ら三人と、ある程度の距離まで下がって、俺は言った。
どっちみち、俺も戦うしかないのだろう?
全くその気なんて全然ないのに………………。
「そんなに粋がるな。まだ、俺たちはお前と戦う気はない」
盗賊のリーダーはそう言った。
フィルセが意外とコミュ力高いなあ、と今頃になって気づきました…………。
低音ボイスって、カッコイイですよね。男声のさらに一オクターブ下で歌える人とか。
…………、僕は無理ですよ。上ならいけますけど。
次回予告 「頭を打たずんば先にゆかん」




