第一章 十六話 不適合の街
その日もひたすら人気のない山奥や川岸、豊かな自然の中を歩き続けた。
そして四日目の朝、久しぶりに人の気配を感じた。
ついに王都の手前、最後の街にたどり着いたのだ。
そこは、スートラの街までとかいかなくても、そこそこ大きな街だった。
大きな門はあるにはあるが、おおっぴらに開かれ、元から門番はいない雰囲気。
ーー門番がいない。うん、俺の街危険センサーが反応しなくもないな。
後ろを振り返ると、越えてきた山々が遠くに見える。
「本来はあの山とかを迂回するんだけど、カノンさんのお陰でだいぶ短縮だな」
「前から思ったけど、フィリーって、カノンさんを持ち上げてるよね?」
「そうだぜ、俺、騎士団の中ではあの人が一番とっつきにくいと思うぞ」
まあ、こいつらと仲良くなる前はカノンによく面倒見てもらったからね。
しかしこいつらは、あんまりカノンさんと接点がないもんなあー。
「この街を越えたら、もう王都だ。気合入れていくぞ」
「しゃあー」 「はいはい」
入ってみると、意外と口を布のようなマスクのようなもので隠している人が多い。
そしてやたらと武器所持率も高い。
と、その中で、珍しく素顔を曝し、健気さを漂わせた少女たちが今しがたこの街に来たばかりの俺たちの向かってくる。
はて、俺たちに知り合いなんていないはずだが…………。
しかし、確かに俺たちの方に視線を向けて、歩いてきている。
俺たち三人で顔を見合わせていると、
「そこの今来たお兄さんたち。少しお金を恵んでくれませんか?」
まだ、年端もいかない子供。
「お嬢さん、一体どうしたの?」
ルカが優しく訊ねる。
「私、お腹が減って倒れそうなの。だから、少しでもいいからお金ちょうだい」
こんな小さい子が朝から空腹だなんて……。
少し可哀想だ。
しょうがないなあ、やれやれといった感じで、俺たちはほんの少しだけ、お金を渡した。
別に今俺たちは、お金に困ってないからね。
「ありがとーござーいますー。お兄さんたちもお金を持っているなら、他の人に取られないように気をつけてねえー」
そう言って、笑顔で駆けていった。
子供の笑顔は、罪だなあーーと思った。
まだ見ぬ可能性を秘めた顔的な感じで。
『キャーーーーー』
今度は、どこからか悲鳴が聞こえる。
またもや、女の子の声。
「フィリー行ってみる?」
「はあーー。そうするか」
基本厄介事に巻き込まれたくはないが、まだこの街のことを知らない俺たちが、何か困っている人を助けておくのも悪くはない。
別に俺たちが損するとも限らない。
何か貸しにでもなるかもしれないからね。
でもやはり、俺の街警戒センサーは間違っていなかったようだ。
人混みをぬって、悲鳴が聞こえたところへ行ってみる。
そこは、宿屋であり、かつ、一回部分は酒場であった。
みると、俺らと同じくらいの少女が涙目で受付の人に訴えている。
「部屋に置いてあったお金を盗まれたんですよー!! それも、私はきっちりと、窓の鍵も扉の鍵も、閉めておいたんですよ!! 私に欠点なんてありましたか? 加えて、私の部屋五階なんですよ? そんな部屋を普通狙いますか? しかも、ピンポイントに私の部屋を。……………、絶対あなたたちが仕組んでません? なんだったら、今から私が貴方たちを論破しますよ?」
酒場に彼女の抗議が虚しく響き渡る。
朝っぱらから、酒を飲みに来ている人は、敢えて彼女を見ないよう、聞かないようにしているようだった。
「たとえ、私がこれから盗みを働いたとしても、貴方に脅されたって言いますからね」
痛々しい子だった。
その中で唯一、その光景を見ていた俺たちに、受付のお姉さんは、助けを求めるように目を合わせてきた。
ーーいやいや、そんな目で見られてもどうすることもできないんですけど……。
それに気づいた少女に視界に俺を捉えた。
一応、彼女が腰に短剣を下げているのが俺には見えた。
すると、その子は、俺に視線を向けると、一切揺るぎなく俺を見つめ始める、そして、徐々に近づいてきて………………、
「お兄さん。この私を見て、可哀想だって思いますよね? あのお金には、これから私の生活費も含まれていたんですよ? せっかく今まで稼いできた私の努力の結晶が…………。お兄さんからみても、この女怪しくないですか? このぎりぎり二十代が」
その言葉に受付のお姉さんを取り囲む空気が変わった気がした、
やっぱり、二十九と三十の境目には、何か大きなものがあるのだろうか。
…………、いや、解かんないけど。
受付のお姉さんは、多分俺の横にいる、この少女に向かって睨んでいるのだろうが、それが俺にも向けられるような気がして、やや背筋に寒気が走る。
なぜ、俺は何もしていないのに、立場が危ういんだ?
俺は訴えるように、隣にいる彼女に目で訴えかける。
しかし、彼女はそんな俺の気持ちを、気にも留めず、ただ一方的に俺を見上げて、上目遣いしている。
いや、俺にしがみついてこられても……。
その隣にいるルカは、なぜかこちらをジト目でこっちを見てきているような気がする。
ほんと、いきなりのこの状況、どうにかしてほしい。
「一体何があったんですか?」
俺は、隣の少女の仲間ではない、と言った雰囲気を装いながら、受付のお姉さんに訊ねることに決めた。
どっちにつくかは、状況を見極めてからじゃないと……。
「この子が、この宿屋にケチつけてきてくるんです」
お姉さんは眼光を弱めると、俺にそう言った。
「そんな、年の離れたやつの言うことなんて信用できないよ。どっちかと言ったらお兄さんは、私の方が年が近いと思うのですよ」
そう言って、彼女は、俺を受付のお姉さんから引き剥がそうと腕を引っ張ってくる。
俺はそれを無視して、続ける。
「でも、さっきの話を聞いているようだと、宿屋にも非はあるとか?」
その瞬間、隣からの力が弱まり、しかし逆にキラキラしたものが見え始めた気がする。
まあ、それも無視しておいて。
「もしや、あなた方は今しがたこの街に来たばかりですね? その子は、いつも何か問題を起こさないと気が済まないってある意味有名な子なんですよ? この前なんて、ここで大男相手に言い争って、しまいには腕力勝負して、投げ飛ばされてましたし」
「ああ、そんなこともありました。ただあれは私じゃなくて、先に喧嘩をふっかけてきたのは、デカブツの方だったし。私は正常な判断でした。…………、それよりも、ここのテーブルが壊れたからって、貧しい私にお金を請求してきたあなたの方がよっぽど、頭がどうかしてますね」
こいつは、俺の陰に隠れて好き放題言うつもりらしい。
これでは、俺も何かに巻き込まれかねない…………。
「私は今日は何もやってないのに、金がなったんですよ。さあ、知らんぷりは辞めて、返してください。そうじゃなかったら、今夜この宿屋に魔法をお見舞いしますよ?」
「あなたもご存知の通り。そんなこと日常茶飯事でしょ。それにあなたがこの宿を壊したら、もう誰もあなたを泊めてくれませんよ」
隣の彼女は、うぐっ、と意表をつかれた表情をしている。
どうやら、諦めがついたようだった。
よかった、と俺は思い、ライアンたちに視線を向けようとしたときだった。
俺は誰かに手を握られる。
「お兄さん、こんな状況の私を見て、可愛そうだな、助けてあげたいな、って思いませんか? なんなら、そんな私に十ゴールドでも…………」
「ないな!!!」
話の途中で俺は即答する。
急に彼女から笑みが消え、頬が緊張を失ったかのように緩み、俺の手を握ったまま、しかし視線を俺から外して下を向く。
その目に若干の涙が浮かんでいるように見えた。
流石に即答は、やりすぎたかな…………。
「私、今本当に困ってるんです。私は持つべき仲間もいません。それに比べて、お兄さんはお仲間さんがいるようなのに、人情がまるでない。貯めていたお金がなくなり、私はこれからどうすればいいのか分かりません。ほんの少しでも、恵んでくだされば……………」
ったく、どいつもこいつもしょうがねえな。
「俺がお金を渡しても、君が盗られた分には全然届かないだろうし、…………まあ、あれなら。……俺たちが犯人探しなら、手伝ってあげようか?」
その瞬間、少女は顔上げて、パッと瞳を輝かせた。
受付のお姉さんは、こちらに向かって微笑み、安堵の表情……、というか厄介ごとから解放されてなんだか嬉しそうだ。
俺は厄介事に巻き込まれた気分なのだが…………。
「俺も手伝うぜ」
「しょうがないなあー。でも、報酬はキッチリ取らせていただくからね」
『チッ』
なんか今、俺の隣から舌打ちが聞こえなかったか?
それに、この少女が俺の腕にしがみつく力が強くなったような気もするし……。
「じゃあ、早速その現場に行きたいんだけど…………」
「えっ、私の部屋?」
「何かまずかったか?」
「お兄さん、何言ってるんですか? いいに決まってるじゃないですか。あっと、私は、ユーリです。名前で呼んでくれて構いませんよ? …………やっぱり、私の部屋、散らかっているけど、それでもいいなら……」
名前で呼んでくれて構わない、とか言われても名前で呼ぶしかないだろ。
だって、名字とか教えてくれてないし。
ユーリのやけに色っぽい態度に気に障ったのか、ルカが俺たち二人に向かって指を指すと、
「男子が女の子の部屋に踏み込んではいいわけないじゃん。ここは、女子同士、このわ・た・しが見てくるから、フィリーたちはここで待っていて!!」
と、宣告した。
「皆さんで証拠なり、なんなりと探したほうがいいと、私は思うんですけど…………」
「イイから」
ルカに手を取られるようにして、ユーリは階段の方へと消えていった。
俺たち普通にルカの部屋に入ったことあるけどなあ……。
あれから二十分かそこら……。
俺たちが酒場でドリンクを注文して、暇を持て余していると、
「フィリー、こいつのお金、全部は盗まれていなかったよ。まあ、生活していく上では少しキツイかもだけど……。あと、こいつの部屋の窓の鍵、壊れて使えなかったよ!!」
そう言われると、ユーリは、やっちまった、とばかりに、チラッと舌を見せた。
「だから、窓から侵入されたってことなんだな? すげーなそいつ」
「なんか、感心するとこ違いません? ていうか、あれ、フィリーさんたちってこの街のこと、全然知りませんか?」
あれ、俺、この子の前で名乗って覚えないんですけど……。
「ああ、そうだけど……?」
「じゃあ、説明しますね。と、ひとまずフィリーさんたちの目的ってなんですか?」
三人で、顔を見合わせる。
「王都へ行く?」
「やっぱりですか。そう、大半の人がそれ。しかし、その王都へ行くというか、王都へ入るのに通行料がいるんです。言っちゃえば、王都はセレブしか入れない街。で、その街に入りたくても入れない多くの人が王都手前のこの街で盗みを行って、通行料を稼いでいるってわけですよっ」
今、多くって言わなかったか、多くって……。
ユーリは何故か、そこまでない胸を張って、ほこらしげだ。
「で、なんで盗みにあった張本人が誇らしげなんだ?」
ライアンが訊ねる。
「あなたはまだ、名前が分かんないので、「あなた」でいかせてもらいますが、あなたからはこう見えても実は私は、昔にスリをやってたんですよ。って、昔の話ですよ、昔の……」
ユーリは誇らしげに言うが。
ライアンは、突然杖を構えた。
多分俺たち、金がなくても入れる気がする。
だって、ジジィがこの親書がどうこういっていたし……。
まあ、そのことは秘密にしておこう。
「案外、何も知らないあなたたちも何か盗まれていたりして〜」
冗談混じりにユーリがライアンの態度に、気にもせず、俺たちを冷やかす。
仕方なく、皆各々に自分の持ち物を調べる。
と、突如ルカの顔が段々と青ざめていった。
「フィリー、ナイアン。あれがない。ヤバイかも……。親書の入った包みがないんだけど……」
「もしかしてあれって、包みが豪華なやつだったっけ?」
金箔とかその他諸々の装飾品。
中身が何なのか知らないのに、それが狙われたのだろう。
「多分そう」
スラレタ。
「ふーん。あなた、ナイアンって言うんですねー? ふっふっふ。……………、報酬の件をなしにして、私と同盟を組みませんか? 命名、激襲スラレタ同盟で!!」
一瞬、激臭だと聞こえたのは俺だけだろうか?
少女が恭しい態度が一変して、途端に態度がでかくなった。
それにしても、ライアンはナイアン。
少しジワる。
俺たち三人で、後ろで小さく固まって、ユーリに聞こえないように、作戦会議をした。
ユーリの堂々とした態度は変わらない。
「多分、あの親書がないと俺たちも王都に入れないと思う。でも、あの親書のことは、まだユーリに言うなよ。ただの紙切れかなんかと言うことにしておこう。ユーリの舐めた態度をどっかでギャフンと言わせるのに使えるかもしれないから」
「それ、すごくいいね。私もあの子の態度は、どこか気に入らないかもなんだけど」
「俺は同盟の名前さえ変えてくれれば、別にいいけどなー」
ライアンは、どうやら自分がナイアンだということに気づいていないようだ。
「じゃあ、ユーリ。まだ、俺たちのこの街のこととか全然分かんないけど、よろしくな。両方の問題が解決するまでということで!!」
「ああ、いいわ。よろしく。で、まず何をしようか?」
ーー、おっと、ノープランなのは、どこへ行っても変わんないな。
王都目前にして、俺たちの旅は前途多難に思えた。
さて、これからユーリが、どんなことをしてくれるのか、書いてる僕も楽しみです。
明日は一話分を、二分割したので、合計分量的にはいつもと変わりませんが、二話投稿致します。
次回予告 「行き当たり」




