第一章 十一話 祭囃子の渦の外
門にはところどころ松明が灯り、静けさを醸し出していた。
が、それをぶち壊したかのように門は開いたまんまである。
門番すらいない。
ぴーしゃららん、ぴーしゃららん
町の中心部から笛の音が聞こえてくる。
どうやら祭りのようなことをやってるようだ。
「このまま入っちゃう?」
スートラもさっきのメターバードも門番がいたため、このような状況に混乱するのは、よくわかる。
「門に誰もいないなら、別に好きに入ればいいんじゃなねえか?」
「そうかもな、俺もいいと思う。でも、まずはメターバードの町の人たちと、この人たちに、何か関係があるのか調べてみようぜ」
ひとまず、声がする方向へ。
賑やかなところへ向かう。
町の中心部は、特に明るく、人で賑わいを見せていた。
「おっ、そこの旅人さん。焼きリニゴはどうだい? えっ、代金なんて要らないよっ」
受け取っておこう。
メターバードとは違って、くしゃみなんか全然合わないくらい元気な露天の店主だった。
気前もいい。
「今日はなんの日ですか?」
「君たち知らずにこの町にきたんだね。それは運がいい。今日は久しぶりの祭りの日だよーーー!!」
そう言いながら、この人は通りゆく人々に焼きリニゴを配っている。
「一体何を祝ってるですか?」
スートラは、あまり祭りというものをしたことがなかった。
「そりゃー豊作に決まってるでしょ!!! いつもの時期よりも倍ぐらい採れたんだから!!」
「おめでたいですね」
「だから、今日は住民でも旅人でも関係なく騒ぎ遊べばいいのさ」
周りは誰も彼もグラスを片手に馬鹿騒ぎし、町の中は盛り上がりを見せていた。
踊ったり、楽器を演奏したり、早食い競争をしていたり……。
メターバードとは、真逆な雰囲気。
地理的にも気象学的にも、いかにも似通っている町に、こんなにも差がありそうなことに驚いた。
まあ、どちらの町も子どもたちは無邪気に駆け回っているが……。
だがこちらの町のほうが、祭りの中でより楽しそうに見えた。
俺たちも祭りに参加して、色々と店を回ることにした。
初めての旅の初日を祝い事をして過ごすなんて、どこか夢のようだ。
俺たちのために行われているのではないことは分かっていても、俺たちは嬉しかったし、楽しかった。
とはいえ、メターバードの領主と、ここの町の陰謀を解くと約束したので、ある程度、祭りを楽しんだあと、少し遠目にこの祭りの様子を見てみることにした。
「ほんとに、この町がなんか企んでるのか?」
みるとライアンは唐揚げを口に頬張り、チョコナナバを両手に持って待機させている。
そんなこと聞かれても、俺にわかることなんてお前とそんなに大差はないぞ。
「さあな」
と、俺が言いかけてやめる。
今俺たちは祭りの熱狂、中心部の通りの店に入って、その二階外テラスから祭りの様子を眺めていた。
そして、今日あったことや思ったことを話し合っていたそのときだった。
目の前の祭りの中から一歩引いて、道の脇からそんな人々を見ている一人の人がいることに俺は気づいた。
濃い茶のコートにフード付き。
いかにもさすらいの旅人って感じだ。
俺はこの人に話を聞いてみようと思った。
急いで二階から階段を降りて、その人物に近づいていく。
その人物はまだ、俺たちに気づいていなかったが、気づいたとしてもこの祭りムードの中、もし怪しげな人物だったとしても下手な行動なしないだろうと踏んでのことだった。
「こんにちわ。今日祭りがあるなんてびっくりしました。あなた、この町の外の人……ですよね?」
いきなり見も知らぬ他人に馴れ馴れしいかも、と思ったが祭りの雰囲気に呑まれて別に何も変だとは思われなかったらしい。
よくみると、彼は腰に剣を下げている。
「ああ、そうだよ。そういう君たちも旅の人だね」
笑いながら応えてきた。
そして青年はフードをおもむろに脱ぐと、深い緑色をしたショートとロングの中間のような、パーマの掛かった髪が現れた。
「どうして、私にお声を?」
「祭りを外から眺めてるなんて、旅人かもしれないと思ったので、少し話を聞きたいなあと」
この人ならこの町のことを何か知っているかもしれない。
実際、当事者よりも、まさにこの人のように、一歩下がって物事を見る人の方が変化に敏感であろう。
「話というと……?」
やはり、困惑するのは必然だったか。
初対面の人との、最初の絡みは難しいな。
「俺はフィルセと言います。俺たちはあまり、外のことを知らないので、あなたが見たり、聞いたりしたことを知りたいなあと」
「へえーー。勤勉だね。私はミスト。そうだな、私の出身はここから少しばかり遠い土地だから、君たちの聞きたいことが言えるかどうか」
ライアンは相変わらず、物を食べながら俺たちのやり取りを聞いている。
「ミストさんの町では、祭りとかあったんですか?」
ルカが訊ねる。
「そうだね。このような祭りとは少し違うけど、祭りの催しとして、決闘なんてものがあったな。その年の勝者を決めるような」
「ぞれっで、どんなやづなんだ?」
口の中のものを飲み込んでから、喋ってほしい。
「そうだなあ。確か、魔法は使っちゃだめだったかな。純粋に己と己の技のぶつかり合い的な」
何それ、凄くその町に行きたい。
魔法のない決闘なんて、俺のためにあるようなもんだと自負できる。
俺はそのことについて、さらに突っ込んだ質問をしようと思ったのだが、ルカが俺に喋らせてくれない。
「それと、ミストさんがここに来たときも、この町ってこんな祭りムードだったんですか?」
ルカは、ミストさんの祭りの話は、前座程度だと思っているのかもしれないが、俺にとってはそっちが本題でも構わない。
俺はルカの後頭部を苦々しげに見つめる。
「いいや、皆農業をやっていた気がするな。…………確か、明日の飯も確実じゃないってくらい皆忙しそうだったかな。あと、敬語は使わなくていいよ……全然。」
「じゃあ、私たちって本当にラッキーってこと? ミストさんはいつからこの町に来てたの?」
ルカの口調の軽さに俺は驚く。
しかしミストさんはそっちの方がいい、というように頷いた。
「丁度一ヶ月とちょっとぐらい前かな」
「一ヶ月ぐらいで、そんなに生活が変わって、祭りを行えるくらいになるのかな〜? あっ、私はルカね」
ルカが可愛らしく訊く。
さすが、看板娘。コミュ力が高い。
「そりゃー暮らしにゆとりができたからだろうね」
「あなたは一週間前くらいからここにいて、ずっと見てただけ?」
「そうだけど……? なんか疑問でもあるの? 旅人が町の仕事を手伝うなんて可笑しくないかな?」
ミストさんが困惑している。
この反応は正しい。
ルカはいったい何を聞きたがってるんだ?
「ーーーあっと。私たち、隣町からさっき来たんだけど、隣町が、"先月"から風邪のような人が増えたって言ってたの。だから、この町になんか原因があるのかな〜って思って!!」
作った笑顔ですぐさま言う。
流石に自分の質問が可笑しかったことに自分でも気づいたようだった。
それにしてもーールカって作り笑い下手だなあ〜。
慌てた様子のルカに、ミストと呼ばれた青年は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにもとの顔に戻った。
どこか笑っているような感じ……。
「やっぱり若者は好奇心だよね。それだけで博学。物事の異変は、まず疑うことからだ、って私の師匠がよく言っていたよ。大丈夫。私は見ていただけど、別に何もしていないし、ここ一ヶ月間で、何も変わったことは起きていないと思う。変わったことといえば、この町の人たちが育ててきた作物が収穫時期に入ったってことぐらい。それに、私が来たときからこの町の人たちをずっと見てきたけど、人が嫌がるようなことをあえてするような人じゃない気がするね。まあ、これはあくまで私の主観だけど……」
「あんたがそう思うなら、多分俺たちもそう思うようになると思うぜ。まあ、だけどこいつら意志硬いから、一応自分の目で確かめる必要があるけど!!」
ライアンが一番まとめの部分を言う。
こいつはこういうときに一番粋がる。
「ああ、そうしてくれるとありがたい」
俺たちの選択は間違ってはいないとばかりに、ミストさんはそう言ってくれた。
夏といえば、祭りって感じですか?
とか言いつつも、祭りって言われてあんま何やってるか思いつかない…………。
次回予告 「情報交換」




