第一章 十話 その土地の価値観
その町の門番たちは俺たちを止めることなくすんなり通してくれた。
俺たちがまだ年若いからであろうか。
別に何の監査も疑いもない。
俺が懐に黄金で装飾された重要な文書を持っているなんて、彼らは思いもよらないのだろう。
そこは小さな町だった。
人口はスートラの六分の一ほどである。
俺は一応次に行く町の地図を確認しておいた。
この町のすぐ奥手には山が二つ並ってそびえ、その谷間をこれから進んでいくようだ。
その二つの山を挟んだ反対側に次の町があるらしく、比較的距離が近い。
もしかしたら、この町とあちら側の町で何かやり取りをしているかもしれないくらい。
そのまま俺は地図の先を目で追う。
しかし、その先はカノンさん特製のルートらしく全く町の通過点が見当たらない。
「次の町もあの山越えたらすぐだから、色々と補給したら、次の町目指すぞ〜」
初めて違う町に来たからか、俺も内心は、スートラの街とここがどう違っているのか、探してみたくなっている。
そこまでの寄り道をするつもりはないがざっと、武器屋、道具屋、市場を見て回った。
町並みや景観。
通り過ぎる人々に、売られている商品。
確かにスートラとは雰囲気が違っているが、スートラの方が色々と勝っている気がする。
品数。質。活気。麗美。
そもそも、昼を少し過ぎた頃であり、通りは活気の真っ盛りなはずであるが、ここではスートラに比べて、見かける人の数も声を張り上げる商人たちの数も、少ないような気がする。
「ダイコンにレンコン、ミーカンにリニゴ、安いし新鮮だよ。さあ、いらっしゃ……ごほっぎゃほっ、ごほっっ!!」
気づくと周りの人もなぜか咳き込んでいる。
武器屋を営んでいる、いかついおっちゃんでさえ。
「ねえ、フィリー。なんかこの街の人可笑しくない?」
もしかして、ここはそういう町なのかもしれないと思ったが、スートラとは違った光景に俺も状況処理能力が追いついていない。
「確かに可笑しいぞ。もしかしたら、俺たちをからかってんじゃね?」
ライアンすら、怪しいと思っている。
だがまだ何も知らないのに、自分の中で勝手にここの人々をおかしいと決めつけるのは早計というものだ。
「あのー、スミマセン。この町には、先程入ったばかりなんですが……何か特産品はありますか?」
試しに話し掛けてみる。
「おおー、それは嬉しい。君たち、違う街から来た人だね。ええっと…、ダイコンと……。ごほっごほっ…ごはっ!」
商人が手に持っていたダイコンを落として咳き込む。
「えっと……大丈夫ですか?」
商人たちは口にスカーフらしきものを巻いているからいいものの、商人自ら、商品につばをつけるなんてことがあったらその気を疑う。
と思ったのだが、実際は商品を地面に落としていた。
やっぱり俺はこの商人の気を疑うことにした。
「すまんね、見苦しいところをお見せして……。では、気を取り直し…………、ギャホ、ぎゃほっ」
全然気を取り直せていない。
やはりおかしいと感じた俺たちは、
「これが、町の風習とかですか?」
その瞬間、その商人が沈黙する。
俺たちの質問の意味が理解できていないらしかった。
もしかしたら、自分の町の風習なんて、知らないうちに身についているもので、普段から意識なんていていないということなのだろうか。
では、質問を変えよう。
「その咳って、何か特別な意味があるんですか?」
再びその瞬間、商人の顔から血の気が引いていくような。
「ふふふ」
そして、その商人は自嘲ぎみに笑いだした。
「はははは。まさか、町の外の人からそんなふうに思われてたなんて…………」
少し顔面が青白い。
「どういうことですか?」
ルカが途端に弱々しくなり始めた商人に問う。
「ははは。前は、こんなふうじゃなかったんだけどなあ。こんな町に旅の人が来るなんて久しぶりだから。俺たちは別に自分たちのことを気にしてなかったのかな。まあいいや、まずはじめに、領主さんのところへ行ってきなよ。俺たちよりもずっとこの町に詳しいだろうから、多分色々と教えてくれるよ」
予想通り変な商人だ。
物を売るよりも、俺たちを領主に合わせるのを先にするなんて。
町に入ってからは、結界の内側だからなのか、空気に新鮮味がなく、淀んでいる気がする。
言われた通りに領主のところへ行った。
領主は前もって誰かから聞いていたのか、俺達が来ることを知っており、気軽に話しかけてくれた。
「ようこそ、このメターバードへ。歓迎するよ。……ごほっ。君たちみたいな若い子が旅をしているなんてびっくりしたよ。旅の疲れをゆっくりここで癒やしていってね〜」
年は、三十代前半であろう、気さくな男性だった。
細身な体で戦闘よりは町の管理をするほうが得意そうな感じ。
実際まだ全然旅をしていないわけだから、そこまで疲れは溜まっていないのだけれど……。
おっと、ついでにあのことを伝えたほうがいいのかな?
「えっと、私たちは、スートラの西の方に敵が攻めてきたらしいので、それを王都へ伝えに行こうとしてるんです」
「ほー、奴らが動き出したのか」
やっぱり領主なるもの、この人も何か知っていたか。
「ほーじゃないよおじさん。おじさんたちも避難したほうがいいかもよ」
まだ、お兄さんと呼ばれてもおかしくないような方なのに、おじさんと呼ばれたことに少し顔を渋くした。
「いいや、まだ必要ない!」
「なんでー? じゃあおじさんが戦うの?」
彼が再度顔をしかめる。
「そんなことできないぞ。なぜならこの町に戦力になりそうな者なんてほとんどいないのだからな。私も含めて」
「じゃあ、なんでおじさんは動かないの?」
「君たちは多分知らされてないのだろうから言っておくけど……、『緋色』の閃弾が、スートラの街から打ち上げられた時、私たちは逃げる。しかし、スートラの街から何らかの合図が出ないと行動できないことになっているんだよ。この町から出ることも……。それがこの国の決まりなんだね! 町から町へ情報を伝達するための」
ルカが食って掛かるも、なんともないかのように反応する領主。
「おっさん、この町の人みんな、くしゃみしてんぞ。あれはこの街の風習なのか?」
彼はライアンの言葉に再び、一瞬驚き、そして顔をしかめる。
くしゃみの光景を異様だと思ったのと同じくらい、彼の変顔もインパクトが強いものだった。
「そんな訳ないじゃないですか。…………ごほっ。つい先月まではこんな事はなかったのです。この町は自治もしっかりしているはずですし、あの山の隣町とも貿易で上手く行っている。そんな変な風習のふの字すら、感じないごく普通の平和な町でありますよ」
半ば怒るように言ってきた。
ちょうどその時だった。
『パンパカパーン、パッパッパ、パンパカパーン!!』
どこからか金属質な音色が聞こえてきた。
みると領主が随分とルカたちに浮かべたのとは比べ物にならないほどに、嫌そうな顔をしていた。
「そうです。この音が聞こえてくるようになったのも先月からだったはず。しかも不定期で聞こえてきます。朝早いときもあれば、昼下がり、はてには夜中にだってこともありましたね。今までこんな音を耳にしたことすらなかったのですが…………。五月蝿すぎるだと思います。一体この音を発している方は五月蝿くないのか、ってくらい。何を考えてるんでしょうか」
この領主から沸々と湧き上がる怒りは向かう方向を変え、そして行き場を失ったかのように、この場にいない誰かにぶつかる。
確かにこんな大音量の音を間近で聞いたら狂いそうだ。
「でも、このあたりに他の人がいるとしたら、山の向こうの町しかないんじゃないの?」
「そうなのですよ。だから、旅の方々、王都へ向かわれるのなら、あの町を通るはずです。一体何を考えているのか見てきてくれませんか?」
あの山を越えていくのだから、彼の言うとおり、あの町を通ることになる。
初めからそう頼もうと思っていたのか。
「いやでも、おじさんたちが自分で隣町と話し合えばいいじゃん」
「それは、もっともなのですが、……関係する町だけで話し合うということは、絶対にどちらの町に、自分の町に有利な事を優先して隣町のことなんて二の次にするはずです。それに、隣のハイデバードが一方的にこっちに害を与えていることをしているのは、明らかです。私たちを敵対しているのかもしれません。理由は分かりませんが…………。だから、第三者である君たちが、彼らがやっていることで、迷惑を受けている人々がいることを分からせてほしいんです」
「私たち、そんなことできないかもよ?」
ルカが至極まっとうなことを言う。
「そうかもしれません。しかし、第三者が意見することで説得力が出ます。それにです。この街がこれからのハイデバードとの関わり、に大きく影響する可能性も一番少ないはずです。…………何より、他の街の人の意見っと言うだけで、一般性があるというか……舐められずに済むんですよ」
一体この人は何を怖がっているのだろうか。
ただ、この街に長居するつもりはない。
「…………分かったよおじさん。で、この街の特産物ってなんだ?」
「ありがとうございます。そうですね……。野菜全般はこの町の特産だ。米や麦や果物は、あの町からの取引が多いが、それ以外のものは、大抵この町で作っている。少し前までは、ここでも米を作っていたのですが、ハイデバードからのお値打ちな米の出荷量が増えたためにやめてしまったんですよ」
流石、領主様だ。
自分の町のPRができている。
「それってどうやって、隣町と取引しているの?」
ルカが訊ねる。
「そんなこと、なんてことありませんよ。売りたいものを相手の町に運んで、役所に行って代金をもらうんです」
『ドガアアーーーーーン!!!!』
またもや、大きな音が響く。
今度も向こうの町が何やらしたのかと俺は思った。
だが、今回は違うようだった。
少し地鳴りもした。
空を見ると山の向こうは、暗く、暗雲が溜まっていて、雨や雷を降らしているようだ。
「そうそう、山の麓は、風の急な上昇気流などで、天気が変わりやすいんです。でも心配ありませんよ、あんなのは、一時的ですから」
俺ら三人、唖然としていた。
雷なんて滅多に見たことがない。
「でも、雷は、危ないんじゃ……?」
「そうですけど。それに伴った雨の恩恵は大きいですよ。米や果物なんて、水が多く、豊かな土壌にしか育ちません。けっこうあることです。だから、にわか雨とか突風とかには、ここらに住む人には馴れてるんです」
「ふ〜ん。やっぱり世界にはいろんな人がいるだな。俺たちの街は、そんなに雨とか降らないけどちゃんと違うもん栽培して自給自足してるからな」
そう、スートラは隣街と取引なんてしていないから。
「じゃあ、おじさん。私たちがくしゃみとかの原因を解決したら、なんか報酬用意しといてよ」
ルカさんよ。俺らはまだ、前のゴブリンのおかげで、そこまでお金には困っていないのだが……。
「おう、いいですよ。若い旅の方々、期待していますよ」
そういって、領主は明るく笑っていた。
ここは山の麓の平地に家が連なってできている町だ。
赤レンガなので、遠くから見たらこの町は山の一部感を醸し出している。
食料調達のため、再び市場へ戻ってくる。
「おじさん。そこらへんの野菜、一つずつちょうだい」
「へいっ。まいどー、あ(っぐほっ)りー」
いつの間にか空は一面、晴れ渡っていた。
時間は四時頃。
「じゃあそろそろ、次の町に向かおうか。夜までには、つけるはずだから」
「おれも、もういいぞっっっ、くしゅっ!」
ライアンが小さなくしゃみをした。
突っ込んでやりたいのも山々だが、後ででいいや。
「じゃあ、おじさんたちバイバーイ」
ルカが笑って手を振る。
しかし町の人は鼻が詰まっているためか、キレイに笑えていなかった。
山へ出る門へ向かう。
メターバード。
第一印象は、くしゃみの多い町であり、人々の苦しそうな顔している、になってしまった。
しかし、この町も市場や武器屋、ギルドなど生活していく上で不便のない町だった。
通りにも時折子どもたちがはしゃぎ周り、愉快な空気を作り出していた。
俺たちはこの町のほんの一部分しか見ていないと思う。
だから、王都から帰ってきた時はこの町本来の風景を見てみたいと思った。
「この町のものを買って下さりありがとうございました。またの訪問も楽しみにしております」
この町から出る直前、門番が挨拶をした。
実に律儀な町だった。
町を出ると、しばらく道なりだった。
行く方角は目に見えている。
周りには木々が生い茂り、目の前には二つの山がそびえ立つ。
しかし、目の前に山があるとは言え、その山には登らずに、その谷間を通り過ぎていくため、怖くはなかった。
道中には山に住んでいる魔獣がいた。
昆虫を巨大化させたような甲殻類に節足動物。
好戦的な連中。
ちゃんとこちらと戦う意志があり、旅に出てやっと本格的な戦闘だった。
体力も魔力も有り余っていたため、それほどの強敵ではなかったが…………。
谷間には清流があり、山魚が泳いでいるのが見えた。
釣りをする時間は惜しかったのでスルーしたが……。
実に美味しいのだろうな、とちょっぴり思った。
確かにちょうど左右を山に囲まれた谷間は、突風が吹き荒れていた。
しかし、あの時の風に比べたらなんともない。
「ここの魔獣は、しっかり戦ってくれて良かったな。俺の炎も今日は好調だし」
「自然を燃やさない程度にな。でもさすがに、魔獣にいなくなられたり、逃げられたりしたら、なんか少し凹む」
「それでも、今朝の陽蜉竜の群れは、私の防御魔法でも多分無理だったよ。もしあのスピードでぶつかったら、私たちとぶつかっていたら、私たちマジでヤバかったかもしれないよ?」
ルカの意外な告白に、俺は先程までの威勢がなくなる。
「あの超ジャンプをするって分かっていたなら、魔法で無防備な腹を狙ったんだけどなあ〜」
ライアンはそうでもなかった。
「もし次同じようなことがあっても、あの数相手に攻撃するなよ!!」
ライアンが起こした行動は、俺たちみんなに危険が及ぶ。
本当にこいつはそれを自覚しているのだろうか。
「あれ? フィリーは少し凹むとか言っておいて、自分からは仕掛けないんだね〜」
ルカがなんか意味有りげな微笑みを浮かべていた。
山には食材も生えていた。
ルカの経験から食べられるものを歩きながら、採取していく。
「今夜の夕食も楽しみだな」
「ねえ、フィリー。次の町を過ぎたら、もう寄る街が少ないんでしょ?」
「そうだけど…?」
「じゃあ、今夜は、町でなんか食べようよっ!! だから、今日手に入った食材は、貯蓄〜!!」
やっぱり、倹約家だった。
それでもって、その仕草には愛嬌がある。
迷うことなく道を進んできたからか、日が暮れる前に次の町につくことができた。
その街町には独特の雰囲気がある。
俺たちはまだ一つしか訪れていないが、スートラとは違っていた。
だから、きっと次の町もそうなのだろう。
今思うとスートラは、安全で、住みやすく、わりかしまともな街だったと思う。
そのことを次の町、メターバードと関わりの深い町、ハイデバードの門の前についたとき、既に実感していた。
初めて来た場所が、自分の常識と違うような風習があったら、すごい驚きますよね。
でも、だからこそ、自国の文化について、良く分かる。と言うような内容の評論文を最近読みました。
次回予告 「祭囃子の渦の外」
さて、次はどんな町でしょうか




