第一章 九話 旅立ちの使者
騎士団の人が街中を駆け巡り、住人たちに避難指示を呼びかける。
皆パニックを起こすかと思いきや、時々を笑顔が垣間見えるような冷静な感じで行動していた。
彼らは結界が強固な場所へと向かっている。
多分この街の騎士団の強さを皆が知っているから、そこまで慌てていないのだろう。
街の至るところで騎士団の用意した、木車を引く人親竜と呼ばれる小型のトカゲがいた。
彼らは人懐っこく、そしてすばしっこい。
俺らもそれで王都まで行けばいいのだが、そもそも操竜技術のある者が一台に一人は必要であり、俺たちには彼らの扱い方が分からない。
それに俺たちはカノンさんのみが知る王都短縮裏ルートを伝授してもらうことになっている。
なぜ彼女のみがその道を知っているのかと気になってはいるものの、何度聞いてもカノンさんは教えてくれなかった。
その道は竜車では通れないらしく、彼らを連れていけないらしい。
つまりは道中ずっと徒歩である。
「おいジジィ、会議中に言っていた『邪翼のやつら』って何なんだよ? あの場で初めて耳にしたんだけど…」
「あれ、領主様じゃなくて今はジジイなんだな? まあ良しとするか…………。えっと『邪翼のやつら』のことだったがな? 俺も完全に理解しているわけじゃないし、説明するのが面倒だ! ガハハハハ。だがな、王都へ行けば必ず、嫌でも耳に聞く言葉だ。王都の彼らは奴らについてけっこう調べているからな。俺の持っている情報よりも詳しいはずだ。だから王都につくまで我慢しとれ」
(もし、俺らが王都へ着けなかったら……)
なんて一言も思っていなかったし、フラグが立つようなことを敢えていう度胸もなかった。
「それにしても、兄貴は見送りには来ないんだな?」
「まあしょうがないんじゃないの? フィリーのお兄さんって一応隊長として、団員をまとめてるわけでしょ。仕事している方がかっこいいじゃん」
ルカが俺をフォローしたのか、俺の兄を褒めたのか、よく分からないことを言う。
「まさか、お前……」
「はっ。そんなわけ無いじゃん。フィリーの兄としてカッコイイ」
この場にいないが勝手に振られてしまった兄貴、どんまいですっ!!
「リムちゃんはいなくても、わたしならいるよ〜ーー」
どこからともなく、気づくとカノンさんが俺のすぐ隣にいた。
「あ〜ーーー。おどろいた〜? わたしはいちおう、のるまがおわったから………みおくりにきたよ〜ーー!!」
こう見えてもこの人は街で一、二を争うほどの魔道士だ。
「ええっと〜ーー。御みおくりだったよね~ー。みんなにたびのこううんとか、そのへんもろもろのじゅもんかけてあげるねえ〜ーーー。わたししじょうのなかでも、わたくとくせいのとくべつなやつだよ〜ーーーーー!! それーーえい!!」
すると、俺たちの足元が光り始める。なんだか、心に温かいものを感じた。
「こっちのにんむもかんりょ〜ーー。じゃあ、がんばってきてねえ〜ーーー」
そして、俺の横を通り過ぎていく。
ちょうど俺の耳のもとに来た時、彼女は少し背伸びをしてーーもしかしたら少し宙を浮いていたかもしれないがーー俺の首筋に軽く手で触れた。
すると、何か光るものが俺の首に巻き付いた。
「フィーちゃん。これ、大事にしてね? いろいろと気をつけて行ってくるんだよ〜ーー。よい旅でありますように……!!」
そういって、カノンさんは去っていった。
見ると首に星型のペンダントが掛かっていた。
形ある贈り物は嬉しい。
どうやら、ルカやライアンたちには聞こえないように喋ったようだった。
兄貴よりも姉貴がほしかったな。
「じゃあ、俺もそろそろ行くぞ。『団長』としての務めがあるからな。ガハハハハ。まあ、気楽に行ってこいや」
そう言って、見送りに来たの人の最後であるジジイが戻っていった。
「さあ、こっからが勝負だな。ガハハハハハ」
「ライアン、ルカ。遂にこの時が来たんだ。俺たちが外の世界を見て回れる日。そうそう、早く戻ってくる気はないから、この街の風景をしっかり見ておけよ」
「はいはい。逆に、フィリーが途中で引き返したいっていっても、絶対に戻らないつもりだからねっ!!」
ルカが杖を振り回して言う。
「しっかり見たって、すぐに忘れるだろ? だから俺は、振り返らねぇー」
いつも通りの脳天気なやつだ。
俺は門の外へ続く道を見通す。
ちょうどその時、雲の切れ間から太陽が出てきて、正面から俺たちを照らした。
三人とも振り返らない。
それぞれの決意が胸のうちにあった。
三人は、いつ戻るかは分からないスートラの街の外へと、同時に一歩を踏み出した。
未知の世界と言っても、王都へは以前サバイバルマッチをしていた森を通り過ぎてからだ。
「なんか拍子抜けだな」
ライアンは通常運転中。
「やっぱりこの森にも魔獣いないようだね?」
「言われてみればそれもそうだぜ」
ライアンがあたりを見渡す。
「違うでしょ? フィリーとライアンが『魔獣狩り』とか称して倒しまくっていたからでしょ」
それはある。
そもそも、俺たちがこの森の魔獣を狩り尽くしたんだった。
歩き慣れた山道を進む。
「そういえば、ルカは畑仕事してたけど、大丈夫なのか?」
「おう、フィリー。真っ先に心残りを思い出させるようなこと言わないでよ。…………、でも大丈夫!! ちゃんと契約書付きで、女将さんに託したから」
ケイヤクショ…………?
「契約書ってなんだ?」
ライアンも同じことを思ったようだった。
「ええっとー。内容は、[私の畑を不毛の地へと変えられましたから、補償金としてあなたの全財産の10%を貰います]だったかな」
「畑仕事を忘れて、酒場を繁盛させればされるほど罰金が増えるなんて……。ルカってやっぱり手堅い!!」
「そっ、ありがと!」
ルカが片手をほっぺに当てる。
契約させられるほうは契約内容から悪意しか感じない。
ルカには女将さんに対する人情というものがないのだろうか。
先日、ライアンが荒れ地とした場所も二葉が生え、草木を取り戻そうとしている。
「やっぱり自然の力はすげーぜ」
本人は全く悪びれていないようだった。
やっと森のハズレまで来た。
幾度も走り回ってきたこの森には、どこか安心感があった。
この森から出たら正真正銘の未知の世界だ。
「この森から出たら。やっと私たちの旅が始まるのよね?」
「うん、そうだな!!」
「俺もなんだかワクワクしてきた」
「ジジィの話によると、隣町までも結構距離があるらしいよ」
「じゃあ、早く向かおうよ〜」
俺たちにとっては初めての違う街だ。
「俺はいいけど、ルカの回復魔法がないとフィリーが危険だせ〜」
なんで、お前は安全なんだよ?
「じゃあ、ライアンはフィリーを守ってあげてね」
そう言って、ルカがウインクした。
その仕草は可愛かったけれども、言われたことが全然嬉しくねえーー。
三人はやっと、未慣れた森を抜ける。
森を出ると周りが急に開けた。
目がまだこの光景に慣れていないような感じがする。
そこは、地表をむき出しにした砂利道が続いている。
ズゴオオオオオオオオ
後ろの方から音がする気が……。
振り返ってみる。
いや、何もいない。
静かな森の小道だ。
安心して前をむこうとする。
その動作の最中に気づいてしまった。
音の正体に。
右斜め後ろのやや遠くから、砂煙がこちら近づいてきている。
俺たちは立ち止まってよくみると、茶色の肌に赤や朱色のトサカ、一見すると四足歩行しているトカゲのような体の生物だった。
「あれは、多分、陽蜉竜だよ」
ルカがそう言うが、俺たち二人にはそれが何なのかわからない。
「あの数はふっ飛ばし甲斐があるを通り越して、やばくねーか」
ライアンが至極まっとうなことを言う。
「大丈夫。あの赤いやつが群れを率いているボス的なやつだから、確かあれを倒せばいいと思う」
ルカがそう言うなら…………、というか、信じる他にない。
「じゃあ、あの赤いやつを狙えばいいんだな?」
「そう。じゃあ私は防御魔法つかっておくからね」
俺たちは戦闘態勢に入った。
街から出てきて初めての敵だが、まだ距離があるせいか、全然恐怖を感じない。
ざっと15匹ぐらいだろうか。
初めはその巨体と数に驚かされたが、あの真ん中の赤いやつ一体ならなんてことない。
真ん中にいるそいつだけ、トサカをつけていやがる。
目立つ。
俺たちに狙われに来たかってくらい。
陽蜉竜たちは、俺たちを見つけても全くスピードを落とそうとしない。
奴らの目が一斉にこちらを捕捉した。
そのことに俺たちは一瞬気圧されかけるが、対等する覚悟をつける。
陽陽竜は進路を変えず、俺たちとぶつかる気だ。
いよいよ、戦いになる。
かと思いきや、陽蜉竜たちがそれぞれ、俺たちの頭上を軽々と飛び越えて、そのまま進路を変えず走り去っていった。
「ーー??」
俺たちとお互い衝突することはなかった。
「ちぇっ。俺は、サラマンダーの一匹ぐらい捕まえて、背に乗せておらもうと思っていたのになあ」
ライアンのジョークに笑う者は一人もいなかった。
奴らの熱風で俺たちは立っているのが精一杯。
地鳴りがまだ体の感覚を狂わせている。
「まあ、ゆっくりいこうかー」
合図をかける。
一気に気が抜けた。
少し休憩してから歩き出す。
再び森や川、砂漠地帯を通り抜け、日が天頂に到達する頃には隣の街が見え始めていた。
しかし、一向に魔獣に遭遇しないものだった。
「隣町が見え始めているけど、お昼ごはんにしない? こう見えても一応、食材を持ってきたんだ〜」
「まだ街までは少し距離がありそうだし、いいんじゃないか」
「俺は賛成ー!!」
ライアンが異論なし、とやけに清々しい顔をしてやがる。
早速ルカが準備を始める。
俺たちは魔法で起こした火を持続させるための薪を探した。
極力、魔力の消費を防ぐために仕方のないことだった。
本日のメニューは地元特産の野菜やら肉やらの詰まった味噌煮込み鍋だった。
しかも、三人で一つの鍋を食らう。
鍋一つに取皿三つという、なんとも洗い物が手軽であり、かつ料理もそれほど時間が掛からなかった。
ルカ曰く、『ルカ流サバイバル飯』らしい。
一見すると具材をただ多々放り込んで煮込んでいるように見えるが、そうではないらしい。
そのことを味が何よりも物語っている。
「今回も美味いなあ〜」
ライアンが山で取ってきたシータケを頬張りながら呟く。
「今まで修行してきた成果じゃん」
俺も同意する。
「そんなことないよ。多分あれだよ、あれ……ピクニック効果!!!!」
「バリうま〜〜!!」
まさかのこの旅をルカはピクニック感覚で来ているのか。
やはり、この二人の肝は計り知れない。
三人であっという間に完食した。
多分食べた量はライアンが一番多かっただろう。
気を取り直して、目の前に見える比較的小さな街へ歩く。
スートラの街からけっこうな距離を歩いてきた気がするが、昼飯を食べたあとも、まだ距離はあった。
しだいに周りは草が生い茂げ始める。
不毛な黄色土の土地から、しだいに黒土へと土の色が変わる。
午後も三分の一程たって、やっと隣町が見え始める。
町が小さい分、魔獣避けの小さな結界は強固に造られているらしい。
街に近づくに連れて、魔獣が現れる危険も薄くなる。
空腹が満たされ、朝から張り詰めていた気持ちが徐々に緩まる。
街から出て初めての別の町。
心の何処かが踊っているような感じがする。
ルカやライアンも歩行スピードが無意識に上がっていた。
「カノンさんの地図によると『メターバード』という町らしい。うん、大丈夫。俺たちは地図通り来れてる。……じゃあ、行こうか」
「うっしゃー」
そう言ってライアンは先に行こうとするが、それに負けじと俺とルカも速度を上げる。
三人は町の中へ入る小さな門を目指した。
スートラの街編は一旦、区切りです。
街の少年少女たちは、少し後に活躍してもらう予定です。
ここから少し、この二つの小さな町についてやります。
さて、どんな出会いがあるのやら。
次回予告 「その土地の価値観」




