第一章 八話 緊急騎団会議
今、俺たちは会議の最中にいる。
しかもこの街の猛者である騎士団の方々が同じ空間にわんさかいる状態だった。
俺たちはまだ何も喋っていなかった。
ジジィや出席者がしゃべっているのをほとんど傍観しているだけではある…………。
あれからジジィは騎士団員たちに緊急招集をかけた。
思った以上に重要な案件らしい。
屋敷の会議用の一室では多くの団員が集まっている。
若い人でも自分たちよりは年が多く、若干数、年配の方々もいる。
ちなみに前の方には四人の隊長のうち、三人がいた。
兄貴のリムレイン。
それにレイノンさんとカノンさん。
茶に蒼に紫。
三人とも髪の色が違って、相当目立っている。
しかし、実力的にも自身が持つ雰囲気的にも目立っているのはいつものことだ。
こんな状況にも動じない三人からは覇気というか、威厳すら感じる。
実はもう一人隊長がいるらしいが、まだ実際に会ったことはない。
一人の団員がシャネル・アーカイムの名を持つ男に近づく。
「団長、報告します。四班隊長のコルステは、現在、近隣の村や街を転々と旅しているらしく、連絡がつきません」
旅っ?!
多分、リムレインとは別のタイプの青年っぽい。
「ああ、分かった。あの野郎、こんな重要な時にいないなんて……。まあよい、では騎団会議を始めよう」
横から肩を突かれる。
「フィリー、あんた、父さんが団長だったって知ってたの?」
小声でルカが訊いて来る。
みると、ライアンも驚いているようだ。
「モチのロン」
俺は笑って答える。
パシッ。
笑って済まされないくらい、軽くない力で叩かれた。
いてえ。
いやでも、領主も団長も肩書がほぼ同じでしょ。
「まず己らに重要なことがある。今朝フィルセたちが向こうの山から緋色の閃弾が上がったのを確認したらしい。このことが表す意味が分かるか? 敵が来たことを示す『紺』でもなく、救援要請の『黃』でもなく、一番危険度の高い、避難勧告の『緋』だ。流石に山を超えてくるので、あちら側からここまで最低で四日、さらにまだ今現在戦闘状態であると考えて、この街に奴らが来るとしたら、六日以上の猶予があると考えている」
「ということは俺たちが今まで備えてきた『邪翼のやつら』…………、が攻めてきたと考えていいのですか?」
リムレインがそう訊ねる。
「ああ、そうだ。しかし、奴らの棟梁が死んでからは、奴らのなかで統制が取れていないという噂もあるがな」
ツンつんつん。
再び肩を突かれる。
「『邪翼のやつら』って何? 初耳なんですけど……」
「すまん、俺も分からん」
ジジィの意向でこの会議に参加してはいるが、早くも話の内容についていけなくなっていた。
「では、我々はやつらを向かい撃つということですね」
「そうだ。そこでまず計画通りリムレイン班に偵察に行ってもらう。カノン班は街の、結界の強化……。出来ればレイノン班は、王都へ救援要請に行ってくれぬかな?」
「異議ありっ!!」
可愛げな声が会議室に響き渡る。
ジジイといえども、実力者だ。
そんなやつに即答で異議を申し立てるなんて……。
みるとレイノンさんだった。
「それって、私は今まで一緒に訓練してきたリムレインやカノンとは別行動ってことですよね? 訓練の成果を出すところなくないですか? 私の剣の腕が疼いているのにですか? …………、それに王都って、ものや人がごちゃごちゃしていて行きたくないですっ!!」
「ーー!!。しかしコルステがいない今、誰が王都へ行こうがそれほど大差がないが、お主は王との面識もあり、五大明騎士のとも会ったことがあるのであろう? それに道中、魔獣に遭遇しないとも限らん。お主は強いしささっと行って、彼らに王都から出てきて駆けつけてもらうだけで良い。お主は責任ある仕事は好きだろう?」
「うぐぐぅーー。しかし、救援を求めに王都へ行くということは、ここらが戦乱の巷と化すかもしれないと分かっていながらこの場を去るということになります。そんな心配になるようなこと、私にはできませんし、私の武士道に反します!!!」
レイノンさんはリムレインと一緒に戦っていたいのだろう。
ふと思ったのだが、この会議に出席しているということは俺たちも戦いに参加できるということなのだろうか。
人々の怒りや悲しみ、喜びや興奮の渦巻いたあの場所に今、自分が足を踏み入れては行けないような気がする。
ましてや魔法の使えないこと俺だ。
足手まといなる可能性は五分を越えて、十分にある。
それに、あの声や感情、そもそも大きな魔力が溢れていた向こう側のこと、そして、なぜ俺は魔力に感知することができるのか、わからないことが自分にとっての脅威に感じる。
人が溢れ、まだ見ぬ世界が広がっていそうな王都も気にはなる。
ならば、ここは………………。
「あのっ!!」
俺は手を上げた。
この場で影の薄かった俺が急な行動にみな、ビックリしたご様子だ。
「あの、レイノンさんと領主様。俺に王都への務めを任せてくれませんか?」
多くの人がいるため、改まって言葉を選ぶ。
考えることは好きだ。
そして、それは言葉にまとめるのも。
「フィルセ、待て。お前はこの街から出たことがないんだし、王都にも行ったことがない。そんなやつに使いを任せられるはずがな………」
バタン!!
会議室の扉が勢い良く開かれる。
「団長、門番より報告があります。一瞬、西の空が真っ赤に光ったそうです。それと、いつも雲が流れる西の方向とは逆の、東の空から、暗雲が接近し、本来東へ向かう白雲が衝突。すぐさま暗雲が白雲を呑み込んだそうです!!」
「ーーーー」
それが何を意味しているのか俺には分からなかったが、騎士団には分かったようだ。
皆、誰もが団長の支持をあおいでいる。
「ーー分かった。フィルセ、お前が王都へ行ってこい。でも、王都へついたら一ヶ月間は帰ってくるなよ。俺たちにお前の顔を見ている余裕はない。お前は遣いとしての任務を果たしたらそれで十分だ。…………、そうと決まったら、お前はこの会議から出て行け。今からの話はお前とは関係ない。実際の戦術や編成についての話をするからな」
そう言ってジジイはニカっと笑う。
その笑いがどういう意味を持っていたのか、今の俺には分からなかった。
初めて街から出れるということでどこか浮つきつつも、キリッと引き締まった気持ちで会議室を出た。
廊下へ出ると、ライアンとルカも一緒についてきていた。
「お前ら何でついてきてるんだよ?」
「なんでって、私たちがフィリーと一緒に行動するなんて当たり前じゃん」
ルカが何言ってんのよ、といった顔をしている。
「騎士団の班長たちと共闘できるっていうのは少し誘惑があったけど、お前が一人で王都へ行って勝手に強くなって帰ってくるのは困るしな」
ライアンは結局自分のためか。
この返答にルカはクスリと笑った。
三人での旅となると、俄然やる気が出てくる。
「でも、ジジィは何で一ヶ月間は帰ってくるなっていったんだろう?」
「それは多分ね、安全なところで待機していてほしいっていう親の気持ちなんじゃないのかな? 案外フィリーってみんなに好かれているよね?」
「ジジィにだけは……………。やっぱり嬉しくねぇーーー!!!」
廊下から外へ出る道を歩く。
「さっきの会議を聞いて思ったけど、俺たちって全然世界のことを知らないんだよな?」
「あー俺もそう思った。騎士団が誰と戦うかすら分かんなかったし……」
「もしかしたら、この旅で色々わかるかもよ?」
ルカが、ほのめかしたように言う。
「俺もなんか楽しみだなあ〜」
ライアンも、つぶやく。
気づけば、玄関口も前まで来ていた。
「そうと決まれば、早速身支度をしないとな。流石に持ってくものとか準備がいるよな?」
「当たり前じゃん」 「俺は別に」
当たり前なのか、そうじゃないのかは分からないのだが…………。
「じゃあ、一時間後ぐらいにまたこの場所で!!」
そう言って、三人とも各々の目的の地への途へついた。
俺がまっさきに向かったのは武器屋だった。
レイノンさんからの長剣だけでなく他にも、火薬や縄、万が一のための回復薬が必要だと思っていた。
それからは、必要なものをナップサックに詰めて酒場へ向かった。
騎士団は屋敷に招集され、まだ飯時でもないからか、やけに人が少ない寂しい感じ。
そこで以前からコツコツと彫り続けてきた今の作品、木の置物のようなものを完成させるつもりだった。
俺も別に準備することなんて、武器ぐらいしかなかった。
集中力を高めるという目的もあったが、今回のモデルはルカとライアンだった。
今まで以上に丹念に作業をする。
日々の合間に作り続けて、はや一ヶ月ほど立っているクオリティーの高い作品だった。
そんな作品も今や着色の段階である。
人をモデルにするなんて、初めてだった。
そもそもあらゆる起伏の部分が未知数だ。
彼らには内緒にするために彼らのいないところで今までずっと作ってきたが、一度も止まったり、迷ったりすることなく手が滑らかに動いた。
それもそのはずで、毎日彼らと一緒に過ごし、よく見てきたからである。
遂にこの日作り上げると結晶の箱の中に入れた。
結晶は硬く、どんなものからも守ってくれるからである。
鍵を大事に胸ポケットにしまっておく。
「これは王都から帰ってきたときに渡そう!!」
そう心に刻んで、箱を酒場の倉庫の使われていない一室に隠した。
屋敷へ戻ると、ライアンとルカもちょうど今来たところのようだった。
騎団会議はすでに終わっている。
団員たちが各々の任務のために動き回っていた。
団長であるジジィは俺たちを見つけると、歩み寄ってきた。
「せいぜい道中は気をつけろよ。コレをだ、持ってけ。コレが今の現状と頼みを書いた『親書』ってやつだ。シェレンベルクのやつに渡しといてくれ。……ああ、この国の王のことな。今どんなやつになったかは知らんが、以前のやつは少し頭のおかしなやつだったから、もしかするとこれをなくしたら王都へすら入れないかもしれないぞ。ガハハハハ。絶対なくすなや。あっと…………俺は以前やつと共闘したこともあるから、お前たちも暇だったら手合わせしてもらえ。もしそれを拒否してきたら、俺の名前を出してくれていいからな。ついでに頭の切れるやつでもあったな。まあまあ。こっちのことはなんも心配するなや」
そう言って『親書』を手渡してくる。
親書が包んでいる筒型もものには金の装飾が施され、手軽には持っていられないほどの豪華さだった。
今度は誰かが少し離れたところから駆け寄ってくる。
「リムレインの弟く〜ん。はあ、はあ、……さっきは本当にありがとう。やっぱり君は………優しいね。えっと、その、あっ、これあげるよ。えっ、これは何かって? えっとこれは、なんだっけ? ええーと、ちょっと待って…………。そうそう『くない』っていう武器だよ。魔獣でも人でもどんなやつでも傷を与えられる優れ物。珍しいものだから、多分見たことないよね?」
首を縦に振る。
「あっ、やっぱり。えっと、まあざっくりいうと投げたり、穴を掘ったり、壁を登ったりする武器ねっ」
そう言って、『くない』というものを五本手渡された。
武器には見えない感じだし、これを使っている者なんて聞いたこともない。
一体どこからこんな武器を見つけてきたのだろう。
「私も君のおかげでここに残ったんだから、それに見合う働きができるように頑張るね。ともに健闘を祈ってるよ」
そう言ってレイノンさんは軽くガッツポーズをした。
その瞬間、風になびいて蒼髪が揺れる。
強さの中にも優雅さが見え隠れしてしている。
それでいて、少し天然が混ざっているのはなんということだろう。
それがこのレイノンさん、という人物の魅力なのだろうか。
やっぱり兄貴にやるには惜しいな、と心から思った。
第一章は、二十話の予定です。
まだ、この三人組でのやり取りが多いのですが、そのうち増える気がしますね。
次回予告 「旅立ちの使者」
お楽しみに〜




