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想い華  作者: 冴木花霞
3/5

花に触れる


 あの日からずっと、こわい夢を見てる。

 赤い手が、さちの足をつかんできたり、赤い影が追いかけてきたりする夢。


 怖くて、助けてママ! パパ! って言おうとしても、声がでない。

 はっと目がさめたと思うと、目の前に黒い人がいる。


『ゴミムシめ……』


 そういわれて、ビクッとなって、本当に目がさめる。


 汗、びっしょりかいてる。


 ママには言ってない。言えない。

 ママの泣きそうな顔、もう見たくない。さちがだまっていれば、ママ、かなしくないでしょう?


 わたし、良い子でいたい。

 ママとパパにきらわれたくない。


 いまわたしは、ひとりのお部屋だから、こわい夢のこと、ママたちにはバレてないはずなの。


 でも、あの日からずっと、ママとパパはやさしい。

 大声は出さない。テレビの大きさも、チャイムも、前よりずっと小さな音。


 今は春休みだから、学校もない。外に出なくても、なにも言われない。もうさちひとりで、外に出ることはしない。外に出るのは、ママかパパと一緒のときだけ。ママとお買い物にいったり、パパとふらっとお散歩いったりする。


 たまに、ハルくんがひとりで遊んでいるのを見かける。ハルくん、ひとりでも怖くないんだ……。さちはひとりだと、怖くてたまらないのに。


 神社のうらで見た、あのお花。今もまだ、ひとつ。つくえの上にある。

 ひとつしかないのは、あのとき、さちね、あれにさわってみたの。ママが置いたのかなって、思ったから。だって、さち知らないし。


 でもあれ、さわったら、パッて黒いお花になって、パチパチって消えちゃったの。

 ソーダがはじけるみたいに、パチパチって。


 怖くなった。あの夢を、見てるみたいで。

 はやくどっかいけって、思ってるのに、ぜんぜんいなくならないの。


「爽知ー、お散歩いこう!」


 パパにさそわれて、ふたりでおさんぽに出かける。


「パパ、爽知。帰ってくるときでいいから、おしょうゆ買ってきてくれる?」


 ママがにっこりして頼んできたから、パパと一緒にうなずいて、手をつないで、玄関を出た。そしたらそこで、ハルくんとハルくんのママがいた。めずらしく、ふたりでお出かけしたのかな。


「こんにちは、さっちゃん」

「……こんにちは」


 ごあいさつをしたら、ハルくんとパパが、なぜかハイタッチしてじゃれてる。それを見てるさちに、ハルくんのママが、頭をなでなでしてくれた。


「さっちゃん、心を強くしてね! 負けちゃダメだよ」


 さちと目を合わせて、やさしく言ってくれた。


 さちにはなんのことか分からなかったけど、パパとハルくんには分かってるみたいだった。

 ぼけっとしてるさちをよそに、ハルくんたちはパパに頭を下げて、おうちに帰っていった。


 さちがいつまでもハルくんたちを振り返っていたら、パパに声をかけられた。


「いこう、爽知」


 歩きながら、聞く。


「パパ、心を強くって、どうやるの?」


 パパ、さちの手をぎゅってにぎった。パパ、ちょっといたいです。


「そうだなぁ。爽知に荒療治はキツいだろうからなぁ。いくつか方法はあるんだけど……」

「じゃあ、どうやってハルくんは強くなったの?」

「うーん。パパはハルくんにも聞いてないから分からないけど、一つだけ」

「なに?」

「ハルくんは、パパやママを信じて、殻を破ったんだろうね」


 ???

 カラを破るのはよくわからない。でも、パパやママを信じるって言うのは、ちょっとだけわかった気がする。

 でも、それって……。


「あ、爽知が僕らを信じてくれてないとは思ってないよ? 爽知は信じてくれているけど、それだけじゃまだ、殻は破れない。爽知が、自分の見たい景色を見るためには、自分の力で扉を開けなくちゃいけないんだよ」

「むずかしい……よくわかんない」


 パパの顔を見上げられない。上を向くの、こわい。


「こわいと思い続けていたら、何も見えなくなっちゃうからね」


 ……さち、今声出してたっけ?


「パパは、何でもわかるんだね」


 パパの方を見ないで言ったけど、パパは腕を大きく振った。嬉しいときに、よくやってるやつだ。


「パパも分かるけど、ママだって分かってるよ」


 ……ママ。


 さちはこわい夢を見るようになってから、あんまりママの顔を見てない。ママ、すごく痛そうな、泣きそうな顔をしてるの。そんなママを見てたら、さちも泣きそうになっちゃうから……。


「爽知、パパとママにとって、爽知は宝物なんだ。爽知にはこれからたくさんの景色を見て欲しいし、パパたちと一緒に見て欲しいと思う。だから、困っているなら、教えてね」


 とぼとぼ歩いてたら、パパが急にさちの前にしゃがんだ。さちの顔を見て、しんけんに、そう言ってくれた。

 さちのあたまをなでながら、今度はにっこりする。


「まだまだ手をやきたいねぇ。爽知は周りを気にかける優しい子だけど、自分にも優しくしようね」


 そういって、また手をつないで歩く。

 さち、パパの言葉に何も返せなかったけど、今じゃなくてもいいよって、言われた気がした。


おうちを出て、ぐるーって一周して、公園の前を通る。


「わぁ、桜吹雪だねぇ」


 ピンクのお花は、一枚一枚が風に乗って、思い思いの場所へいく。流れるように、唄うように。公園内は、誰もいなくて、天国みたいだった。


 話そうって、思ってなかったのに、勝手に口が動いた。


「パパ……さちね、」

「うん」

「ずっと、こわい夢を見てるの……」

「うん」

「ママにも言えなかったんだけどね……」

「うん」

「黒い人に、追いかけられてるの……」

「……うん」

「どうしたら、いいの?」


 うーんと、パパがうなる。


「今日はパパと一緒のベッドで寝ようか! パパが追い払う!」


 にかっと、パパが笑う。そんなパパを見てたら、本当に追い払ってくれるかも! って思えた。


 パパの言葉が、嬉しかった。


 お花のことは言えなかったけど、なんだかちょっとだけスッキリできた。

 そうだ。パパと一緒なら、こわくないもん。もっと早く言えばよかった。



 おうちに帰ったら、ママにおしょうゆ……って言われた。

 今、パパがひとりで買いにいった。


 

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