シルヴィア、嫁ぐことになる。
「シルヴィア。お前には王の妻となってもらう」
「……はい」
シルヴィアは父の言葉に素直に頷く。
父……ハリス・ブルーメイン伯爵は意外そうに眉を顰めた。
「どうかなさったのですか? 父上」
その反応は心外だ、とでも言うようにシルヴィアは美しい銀髪をサラサラと漉きながら尋ねる。
「……いや。てっきりお前のことだからな。嫌がると思っていた」
「酷いですわ、父上」
シルヴィアは微笑した。
真っ赤な唇を突き出す様は、10代の瑞々しさが溢れ出すようなお茶目さを感じさせ、幼いながらに美しい顔立ちのシルヴィアに酷く似合っていた。
「だって、父上が決めた事ですもの」
「……そうか」
ハリスは嘆息する。
娘がこの結婚をのんでくれるとは思わなかった。
その場合、少々年が離れるが、三女のエメラリアを嫁がせようと思っていた。
ハリスには正妻と、側室合わせて13人の妻が居る。
そして子供は正妻との間に6人。
その他の妻との間に30人ばかりいる。
ただ、全員が全員健康で成人するわけでもなく、子供の中では10歳に満たないまま亡くなった子が7人いた。
此度の件で、ハリスがシルヴィアを推したのには理由があった。
シルヴィアが正妻との娘で、唯一嫁いでいない娘だったからだ。
正妻との長女、アンジェラは24歳。13歳の時に隣の国の皇子と結婚し、今は王太子妃として健在だ。
次女のカトリーヌは21歳で、ハリスの娘としては四女にあたる。
この国の公爵の継室となり、大事にされているそうだ。
……というのも、この子は4歳の時に公爵へ嫁に出すことが決まり、ハリス自身あまり関わりを持っていなかった。
三女のジャスミーナは17歳。こちらはハリスの七女にあたる。
四年前、13歳の時にザクセン家という名門家に嫁いだ。
ハリスと正妻の子供6人のうち、4人が娘だ。
――――――四女の、シルヴィア。
15歳の彼女は幼い頃から国一の美少女として親族からも民からも慕われている。
サラサラとこぼれ落ちんばかりの銀髪は豊かで、きめ細やかで見る人の目を奪う。
碧い瞳も、ナタデココのようにプルンとしている真っ白な肌も、真っ赤な唇も。
女らしい体躯も、人々の視線を集める。
美しい娘ということで、ハリスと正妻は大切に育てた。
それこそ深窓の令嬢のように屋敷に閉じ込めて世間の汚れに触れぬよう、厳重に見張った。
だがそれは無意味で何時からかシルヴィアは屋敷から抜け出すようになっていた。
父が見回りにくる時間には部屋に戻り何事もなかったかのように読書をしていたり、裁縫をしたり、刺繍をしたりしていたので全く気が付かなかったのだ。
しかし、いつまでも黙っていられるわけがない。
案の定、直ぐにバレてシルヴィアは父からキツく……とまではいかないが叱られた。
でも、シルヴィアはけろりとこう言ってのけたのだ。
「民と話し、民の元で民の暮らしを学び、民のことを理解しようとするのはいけないことでしょうか?」
籠の鳥状態に飽き飽きしていたシルヴィアだった。
外から帰ってきたばかりの娘を見てハリスは考えを改めた。
あまりにも生き生きとした表情だったから。
それから、ハリスは兄と一緒であれば自由に村へ行っていいとシルヴィアに告げた。
話は戻り、シルヴィアの婚儀のことだ。
シルヴィアが嫁ぐのはフェルセン・ヨハネ・シャルル。
この国の王だ。
弱冠16歳にして早くに亡くなった叔父の後を継ぎ即位。
人の上に立つために生まれてきたような男で、王になりたての頃に燻っていた争いの火種はあっという間に消え、19歳となる今まで大きな謀反も起こらず、前王よりも慕われる王となっていた。
……だが。
「お前もわかっていると思うが、王には既に7人の妻が居る」
「はい」
「世継ぎもいらっしゃる」
「わかっております」
ハリスがシルヴィアを嫁に出さないとするならば理由はそれだ。
7人も妻が居る男に大事な愛娘を嫁がせて果たして幸せになれるのか、と親バカな彼は毎晩悩んでいた。
だがそれでもこの婚儀の話しを彼女に切出したのは、ブルーメイン家の今後の発展を考えてのことだ。
王家と繋がっておくことは政治を行う身としては非常に大事なポイントだ。
「それでも、お前は嫁ぐというのか……?」
「もう。父上は私を嫁がせたいのですか、嫁がせたくないのですか」
むう、とむくれるシルヴィアにハリスは笑みを零す。
確かに、と思ったのだ。
「そんなの、覚悟出来ております」
シルヴィアはその場に跪いた。
「私は、ブルーメイン家の娘ですもの」
賢い娘だ、とハリスは思う。
15歳にして自分の立場を弁え、家の為に尽くそうとする。
男に生まれていればさぞかし立派な策士となっていただろう。
「……シルヴィア」
「はい、父上」
愛らしい娘を見つめる。
充分過ぎるほどに美しく育ったシルヴィアは、ハリスの誇りだった。
「先ほど言ったように王には既に7人の女が嫁いでいる」
「はい」
「伯爵令嬢、公爵令嬢、王族……身分は似たりよったりだ。だからこそ皆、挙って王の一番を争う」
「……はぁ」
シルヴィアが若干気のない返事をする。
少し早かったかな、とハリスは思う。
「まだ、正妃は決まっていない。ということは、お前にもなれる可能性はある」
その可能性は低いがな、と心の中で呟く。
世継ぎを生んだ女性は高確率で立后し、今回も息子を2人生んだ女がそうなると世間では囁かれていた。
「ブルーメインの為だ。わかってくれるな?」
女達のドロドロとした争いに娘を突っ込むのは躊躇われる。
だが、何百年と続くブルーメインを、先祖に誇れるような家にするのがハリスの夢だ。
そして、一族の娘の立后により、その夢はぐっと可能性が高まる。
「勿論ですわ、父上」
そう答えるシルヴィアには、好奇心旺盛な笑みが刻まれていた。