漆《辞》
「なにをした!」
「なにって、正当防衛?」
男が叫んだので、ぞろぞろと人が集まってくる。いまだに紙吹雪が舞い私を守る。
「なにをしている、これは一体…」
才の無い分家の男と、一般人の嫁。その認識のせいか周りは現状を把握できていない。
「はぁ、私を殺そうとする前にあなたがたが崇拝する木暮サマを助けたらどうなの」
溜め息混じりに言うと、皆が動揺する。
「その前にカミングアウトすると、私はただの一般人ではないから」
右手の平を上に向けて呟く。
『集え』
紙吹雪がゆるやかに私の右手の平に集まる。
「我、崇拝する神依国の姫巫女様。此方に力をお貸しくださいませ」
ふわり、柔らかな光が手に集まっていく様は蛍が集うようで美しい。
「僅な灯を、」
ふぅ、と息をはく。すると集まった紙がひらひらと地に落ちて行きながら形が作られて行く。先ほどまでと同じように、犬の形になる。その様子を固唾を飲み見ていた一族に、笑う。
「こういうこと。でもこれ、初めてにしては上出来じゃない?…私は、姫巫女様に仕える一族の後継、あぁ姫巫女様は神と同格というより神様だから。私を殺すこと、それは即ち神を害することと同じだね。」
ポケットから紫色の金平糖を取り出して、目の前に掲げる。
「勿体無い、けど……」
それを誰もが見覚えがあった。紫色の金平糖だけが入ったプラスチックの容器はいつだってちまちまと食べていたそれは見たことがない人間はこの家にはいない。
それを空に向かって放る、弧を描いて地に落ちる寸前に弾けた。
「手を貸してください、ね」
光の粒になった金平糖に向けてそう言って、屋敷から出る。
「み、弥代様っ!」
「あれ?」
メガネ標準装備の旦那さんの秘書がそこには立っていた。なにやら慌てていて、いつもの冷静さが消えている。
「何処へ行くのですか?それに、今の光は?、」
「本郷、メガネずれてる」
慌てて位置を直すと、もう一度同じ質問をする。
「取り敢えずアレは、金平糖」
「はい?」
「だから金平糖だってば」
「なぜ、金平糖が光を帯びて各地へ飛ぶんですか。それに、本当に弥代様ですか」
本郷は食い入るように私を見る。でしょうね、私は思わず笑う。
「やめたの、偽ることを。というよりは本格的に命がヤバかったから。事情は中の人間に聞いて。取り敢えず言っておくけど私は、あなたがたが思っている一般人とは別だから」
そう言うと本郷の目付きが変わった。
「木暮様に楯突くとは、なんと愚かな。……しかし、その感じたことがない気配」
「私、人、でありながら神、である尊い姫巫女様に仕える者。漂うのは神気でしょうね、そうだねぇ。本郷、神に会ったことある?」
「いいえ」
「姫巫女様は、凄まじく美しい。息が止まるほど魅入ってしまうほどに」
本郷が固唾を飲んだ。
「私は、姫巫女様にずっと仕えるとその時思った。だからそろそろ、家に戻ろうと思って。旦那さんに署名してもらわないと」
ひらり、紙をみせる本郷に。すると本郷は、目を見開き慌てる。
「ま、まってください。それは、離婚届じゃないですか!?」
「口止めのための婚姻は、まるっきりムダだったんだ。でもまあ。私のことをあまり知られるわけにはいかなかった」
「なら、どうして婚姻を受諾したんです?」
「私の素性を知って、利用しようとしているのか探るために。結婚する気は全くなかったけれど、結構粘るししつこいのが嫌だった。」
「でも、すぐに気づいた。私の素性を全く気づいていないことに、ならなんで私なのかと探るために結婚生活を続けたけど全く分からなかったけどもういいかなって」
本郷が頭を抱えた。
「……木暮様、全く伝わっていないじゃないですか…。」
本郷はぶつぶつ呟くのを脇に、私は歩き出す。
「ま、まってください。どちらに向かわれるのですか?!」
「ああ、取り敢えず実家に帰ってから旦那さんの所かな」
「へ?」
「だーかーらー、このままじゃ丸腰すぎでしょ?」
それにハッとした本郷は、車に乗ってくださいと言う。
「えー嫌。この、家の人間は信用しないことに決めたの。それに近いし」
いつだって、一人のときは矢蔓家の車を使わなかった。
「分かりました、なら私もお供させてください」
それに、なやんで1つ頷いた。
「そうね、男手が少しでもあった方がいいかもねぇ」
ニヤリ、笑って本郷の同行を認める。
「ただいま戻りましたー、父ーどこですー?」
実家に戻ってそうそうに、私は父を探すのだった。
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