拾《解》
本郷は、黙り込んで息を飲んだ。
「…一体、なんなのですか」
いきなり、神聖な場所へと引きずり込まれたような気分になった本郷は瞬きを繰り返す。
「私たちが崇拝する、姫巫女様。頭が高いわ、本郷」
そういうと、本郷は慌てて頭を下げる。本郷は、こういったキャラだったっけ?と思いつつ、本郷と同じように頭を下げた。
「弥代ちゃん」
名前を呼ばれ、すっと顔をあげるとそこには変わらず神々しさを湛えた美しい顔に笑みを浮かべた女性が私を見据えていた。彼女は、和服…一般的な巫女服とは違ってはいるけれど似た感じのモノを着込みしずしずと歩み寄った。
「お久しぶりでございます、姫巫女様」
「堅苦しいのは、無しで。弥代ちゃん、どうしていわなかったの?辛かったでしょう?」
姫巫女様に背を撫でて貰い感極まり涙を溢しそうだった。
「報せを受けて驚いたよ、直ぐ様新幹線のチケットを取ろうとして異界から行った方が早いことに気づいて、ここにいるけれど」
笑みを深めた彼女は、私の頭をぽんぽんする。
「大丈夫、うん…これなら…」
「あの、姫巫女様。申し訳ございません…手間をかけました」
「なに、大丈夫。すぐに言って欲しかったけれど、もうそれは仕方ないことにしておいて」
起き上がった私に、寝てと言って姫巫女様は懐から紙を取り出した。本郷は、彼女の一挙一動にびくりびくりと反応する。
そんな本郷をチラリと見たあと、姫巫女様はそっと耳打ちをした。
「彼は、どうしたの?あまりにもびくびくしていて気が散っちゃう」
「申し訳ございません、……本郷。ごめん、外へ出ていて」
「そ、それはいけません!弥代様をお守りしろと、木暮様の言伝てですから!」
「…ふう、なら仕方ないのかな?いいや、少し静かにしていて」
そう言うやいなや、取り出しておいた紙に文字を記して行く。
『永きに渡るる、時守よ。我が名において命ず、此方にかけられし戒めを解き放たん。』
フッと消え去った、身体の怠さにほっと息を吐いた。そっと、見上げれば姫巫女様が微笑みをくれた。
「これで、大丈夫。あと、これ。」
ガサリと音をたてて、白い紙を広げられた。
「紫の、金平糖?」
「見つけたから、この金平糖が目印ね」
そっと、金平糖を包んだ紙ごと手のひらに乗せられた。
「弥代ちゃん、覚悟はいい?彼は、狭間にいるみたい。私が通った異界の狭間よりもっと、危険な所にいる。私の加護を付けておくけれど、油断はしちゃダメ」
真剣な目で見据えられ、こくりと頷いた。
「ありがとうございます」
「地に咲く花よ、此方に道を。闇に咲く花よ、夜を照す灯を」
彼女が口を動かすたびに大地が歓喜する。
鳥が歌うように囀り、風がうなる。そして、姫巫女様は御札を口元へ運び、ふっと息を吹き掛けた。それを、私へと渡す。
「さて、私は帰らないと。弥代ちゃん、無理は」
「もうしません。ありがとうございました、姫巫女様。」
クスリ、笑ってヒラヒラ手を振る姫巫女様にお辞儀を返した。それを見て、姫巫女様は唐突に現れた赤色の鳥居の真ん中を通って消えた。と、同時に鳥居も跡形もなく消えた。
それを見送り終わり、姫巫女様に先程貰った、御札にそっと触れた。
「本郷、気を抜いてもいいよ」
「はっ、……あの、」
「分かってる、力を分かる人しか感じ得ない絶対的頂点に立つ人、だったでしょう?」
本郷は、苦しげに頷いた。初めて、会ったとき苦しくなるほどの圧力をかけられる。姫巫女様は無意識だけれど、その力を示しているのだ。その力に慣れれば、なんてことなくて心地好さを感じるのだが本郷はよっぽど圧力を感じたのだろう。
「木暮様が、小さく思えました。」
「ふふ、そうよ。だって、神様なのだから」
そう言って、本郷を置き去りにして私は準備を始めた。
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