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玖《呪》



「弥代!」

飛び込んできた男に驚いた拍子にずれたメガネをもとの位置に戻して本郷は一礼してから挨拶をした。

乎代やしろ様、ご無沙汰しております」

「あ?矢蔓家の秘書サマがなぜこんなところに?」

怒りを顕にした綺麗な顔の男、彼は静かに本郷を見下ろした。興が冷めた、かのように静かに。

「申し訳ございません、お預りしていました弥代様がお倒れになられたのは矢蔓家の責任でございます」

「は?弥代の婿はどうした?漸く、離縁か?ざまぁねぇな」

「それは、……」

「乎代、騒ぐな。弥代が、眠っているだろう?」

「父、けれども腹の虫がおさまらん」

本郷はピリピリと感じる、弥代が言っていた神気であろう気配に震えが止まらなかった。初めて、この百々依の家を訪れたときも何度か弥代を迎えに来たときにも感じなかったソレ、は本郷にとって恐怖でしかない。

「乎代、駄々漏れですよ。おさめなさい」

黒髪の美しい女性が現れ、乎代にそう言う。乎代は、彼女の言い分を聞き入れたのか怒りを納め、本郷を怯えさせていた気配をおとした。

「母、弥代がこんな風になっているのは」

「乎代、それだから弥代にシスコンだと言われてしまうのよ」

「ええ、シスコンで結構です。可愛いのですから、仕方がないでしょう?」

弥代も、乎代も母に似て美しい顔の造りだ。本郷は、その美しい母にじっくりと見られていると知りつつも顔をあげる勇気がでなかった。

「本郷さん、すみませんね。うちのバカ息子が失礼しましたわ。けれど、どうして弥代に呪がかけられているのかしら?今まで、気づきませんでしたがこれは随分と長い間かけられているものよね?」

その美しい顔は、静かに怒ると余計に恐ろしさを増すのだ。

「申し訳ございません、弥代様と木暮様の婚姻する前からのものでございます。木暮様が、上手く術をかけ発動せぬよう抑えてきましたもので……それが何故か…」


「姉様ー!!」

本郷の言葉を遮るように部屋に飛び込んできた少女は、布団で眠る弥代に駆け寄る。

「どうして、姉様が?!呪は、だれがかけたの?!私が、倍返しにしてやるわ!」

「……妃代ひしろ、静かにしろ」

「兄様、そんなこと言ってどうせ兄様も騒いだくせに」

そう言う、少女も母に似て美少女だ。綺麗な造りの顔は、ドヤ顔を決め込み兄である乎代を見る。

「なぜ、バレた!?」

「兄様の行動パターンは、1通りしかないからよ!」

「うるさいなぁ、もう。久々の怠さにイライラしてるんだから」

不機嫌を顕にした私が、のそりと起き上がると皆が心配そうに視線を寄越す。

「心配、かけまいと黙ってたのになぁ…でも、大丈夫だって。本郷、式紙が消えたということは術が届かない場所にいるのがかくていしている、なら私にかけた術が消えるのもおかしくはないでしょう?」

失念、していたのは私もだ。あの男がかけた術が消えるのもおかしくはないことを、すっかり考えから抜けていた。式紙が消えた、私の護りも消えた、なら呪を抑える術が消えないなんてあり得ない。逃げて、と言ったくせにそこは忘れていたのねあの男!呪のせいで、倒れたじゃないか!

あの男に向けて、怒りを覚えてイライラが増した。

「そ、そうですね。その可能性を全く考えていませんでした」

申し訳なさそうに言う本郷にため息を吐いた。本郷が悔やむ必要は、ないのだから。



「……!」

本郷以外の全員がいきなり立ち上がり驚いた本郷は瞬きをした。あ、忘れていた。私、呪のせいできついこと。

「弥代様っ?!」

なんとか、兄と妹に支えられ本郷も慌てて立ち上がり支えようとするが妹が威嚇した。

「触らないで!」

「っ!」

父と、母は先に部屋を出てしまった。その後を追おうとして、声が聞こえた。

『無理をしてはダメ』

その声は、頭の中で響いて私はそれに従い座り込んだ。

「ごめん、私抜きで出迎えて」

そう言えば、兄と妹は渋々部屋を出ていった。

「あの、弥代様…一体なにがあったんです?」

「すぐ、分かるから」


そう言って、私は口をつぐんだ。


本郷は、ピクリと今までに感じたことがないそれに動揺した。

「な、んです?この、気配…は、」

そう呟いた、本郷に私は口角を上げた。


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