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「僕の可愛い奥さん、おかえりのちゅーがないよ?」

眉目秀麗、頭脳明晰、運動神経抜群、高収入、神の贔屓でできたような極上の男。そんな男が満面の笑みを浮かべ、すらりと長い両手を広げて玄関口に立っている。

玄関戸がガラリと音をたて開けられたのは、かれこれ30分も前で。開けたのは、この男だと分かっていたので放置していた。なにせ、大抵この時間に戸を開けるのはこの男で、とある事情により別の誰か、これまた不審な人間なんかは開けるはずもないからだ。

しかし、30分も上がってくる気配が全くないので不審に思い玄関の方へと顔を出す。寒そうに腕をこすっていた男を目にして、この男は一体なにがしたいのだろうか?と思っていた所、男と目があった。すると瞬く間に満面の笑みを浮かべた男から冒頭の言葉を賜った。



その瞬間、私のあらゆる筋肉たちが死滅した。あの、男の言葉のせいで。

つまるところ、現在の私は無表情で男を見ていた。なにせ、表情筋が死滅しているので。

そんな私に痺れを切らした男は、そそくさと靴を脱ぎさって私に近寄り抱き締めてくる。

逃れる時間は、あった。だが、現在の私は表情筋だけではなく手足の筋肉たちが死滅しているのである。つまり、動けなかった。

そのまま抱き潰されん勢いの男に身を任せるしかないのだ。顔を寄せ、軽くキスをするとまた抱き締めてくる男に、今度は私が痺れを切らした。

「やめて、べたべたすんな」

冷たく言い放ったが、男はなんのその。

「んー、僕の奥さんはやっぱり可愛い!」

「うざい」


抱きしめてくる前に私は男は引き摺りながら歩みを進める。

「寒い、」

ここは寒い、そう思うと余計に寒く感じてしまう。

「ごめんね、冷えちゃったね!でも大丈夫、僕が温めてあ、げ「うざい」

そう言うと男は腕の力を緩め、自分の足で歩き出した男に離せばいいのにと思うが敢えて口に出さない。これも口に出せばきっと、面倒になる。そう思ったからだ。

というか、こういうところがムカつく。離せばスタスタと動けるんですけど?!



長い廊下を渡る途中、たくさんの和服の使用人さんたちが頭を下げる。私を抱き締めているこの男、不本意だがこの男が時期当主であるからだ。

「木暮様、お帰りなさいませ」

ほんの少し前までは、坊っちゃんと呼ばれていそうだといつも思う。

「あーただいま」

適当に返しながら進む、その途中。男は私の耳元に顔を寄せ、囁いた。

「僕の奥さんは、おかえりも言ってくれないんだね?」

ふっと、最後に耳に息を吹きかけられぞわぞわとする。

「うわ、きもい!」

本気でいうと、男は脱力した。そのため、身体に重みが増して、うっと唸った。

「奥さん、僕傷付いた!慰めてよ!」

「勝手に言ってて。もう知らない」

「ごめんね、もうしないから!」

「離せ、そうしたら考える」

「嫌だね、絶対に」

こんなやり取りをしていると、使用人さんたちの温かな目が寄せられて居たたまれなくなる。

急に黙った私に、不振がった男は顔を覗きこんでくる。それを手のひらで顔面を掴むと、痛いといいつつ笑う男にイラッとした私は強く掴む。

「痛いっ!」

本気で痛がる男を呼ぶ声が聞こえて私は手を離した。

「木暮様、」

私には関係のない話だと目に見えているので、そのまま進もうとすると男の手が邪魔をした。バランスを崩して後ろに倒れかかり、男の胸にぽすり、ぶつかった。地味に痛い、頭を擦り睨む。男は、食えない笑みを浮かべていた。……なんだ、めちゃくちゃイラッと来るんですけど?!


「で、なに?」

男は振り返り、そう言うとメガネが標準装備の秘書っぽい男がメガネをクイッとさせそこにいた。そして、私をちらりと一瞥して男へと視線を戻す。秘書っぽい、というか男の正真正銘の秘書なのだが。でも、大学生の身分である男に、秘書なんか普通つくだろうか?そこんとこは、一般階級とは違うのだ。

「私、温まりたいから居間に行く」

そう言って、さっとしゃがんで腕から逃れた。男から不穏なオーラが発せられたが、気づいていないことにしてスタスタ進む。やっぱり一人で歩くほうがいい。

不貞腐れる男と、秘書を置いて他の使用人さんたちと居間に進む。


「なんなの、別にいいよ。知ってるから、結婚してるわけだし」

男はそういいつつ、男の書斎へと踵を返す。不機嫌な声を背で聞きながら、私はそ知らぬ顔をして居間に入った。

「しかし、かといえ一般のお方。巻き込みすぎるのもどうかと…」

「分かっているよ、そのくらい」

その言葉と同時に書斎の戸が閉まるのを聞いた。


「一般、……ねぇ」

使用人の一人にお茶を頼んで、和風な部屋には少し不釣り合いなソファーに座る。その瞬間、ぞろぞろといた使用人さんたちはそれぞれの場所へと捌けていき、居間には私一人となる。一人ごちて、ポケットにいつも忍ばせている小さなプラスチックのケースを開ける。

色鮮やかな小さな星のような形の金平糖をひとつ摘まみ口に頬る。優しい仄かな砂糖の甘みが口に広がり、知らず微笑みがこぼれる。

「それは、どうかな」



もうひとつ。金平糖を口にしたとき、使用人さんが熱々のお茶を持ってきてくれた。ちびちび飲んでいると、不機嫌な男が居間に顔を出した。

「…おかえり」

そう呟くと、みるみるうちに笑顔になった男が飛び付いてきた。

「ただいま、奥さん。それと、お土産」

そう言って、私の手のひらに小さな小瓶を置いた。

美しい色の、金平糖。

「金平糖、好きでしょ?」

「ありが」

お礼を言っている途中、唇を奪われ思わず頭を叩いてしまったが私は絶対に悪くないと思う。




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