遠い君の背中を追って
その日―――彼女が俺の前から姿を消した。
「貴方では役不足だった」という言葉が書かれた、置き手紙を残して………
それから数週間、頭の中でその言葉がリピートされ続ける。
そして、心の中で疑問がぐるぐると渦を巻き続ける。
(役不足ってなんなんだよ……俺の何がダメなんだよ……)
出口があるのかすら分からない迷路の中を迷い続けた結果、決断した。
彼女に直接会って、その真意を問いただすことにした。
まず、彼女と知り合うきっかけになった共通の友人から話を聞くことにする。
バイト先の同僚であるその友人と彼女は共に鹿児島の生まれであり、上京してまもなく知り合っていろいろ話す内に意気投合したらしく、その結果、親友という間柄になったという。
そんな友人なら、彼女の行方を知っているはずだ。
よく行くファミレスで友人と会った俺は、いきなり彼女の行方を訊ねるのは良くないと思い、まずは当たり障りのない話から入り、少し経ってから彼女の話題を切り出す。
その友人の話では、彼女は鹿児島に帰ってしまったらしい。その理由について友人も訊ねてみたらしいが、ただ一言だけ「試してみたいから」という言葉が帰ってきただけだった。
彼女が秘密主義であり、自分の心の内を語りたがらない性格なのをよく知ってる友人は、それ以上は追求しなかったという。
「いきなり地元に帰った彼女に何か思うことはないか?」と問うと友人は―――
「特にないかな。今でもLINEとか送れば返ってくるし。それに、あの子が深く考えた上で帰ったのなら、私がとやかく言うことじゃないしね」
この友人には一生勝てないような気がした。
そしてLINEという手段があることに気がついた俺は、話し終わって別れたあとにメッセージを送ってみることにした。
数日経っても既読にすらなかなかった。
それから2週間後、俺は彼女と友人の故郷である鹿児島へと飛んだ。
鹿児島市からずっと北西へと進んだ先にある長島という大きな島が、彼女の生まれ故郷だというのは本人から聞いている。
典型的な田舎の風景に目をやりつつ、道行く人に彼女の実家がどこにあるのか訊ねる。見るからに農家という格好のおばあさんは丁寧に教えてくれた。
実家にたどり着き、インターホンを押すと50代の女性が出てきた。彼女の母親だ。
彼女の彼氏だった者であることを伝えると、彼女の母親は困惑した様子も見せずに俺を今へと通してくれた。
出されたお茶を飲みつつ、彼女について訊ねる。
母親によると、彼女が実家に居たのは少しの間だけで、今はもういないという。
今、彼女はどこにいるのかと訊ねると、想像を絶する言葉が帰ってきた。
「あの子なら、今はアメリカに居るはずよ」
彼女が姿を消してから約7ヶ月後。俺は、アメリカ西海岸のロサンゼルスにいた。
最初、彼女の母親から「アメリカに居る」という話を聞いた時はほぼ諦めていた。アメリカへ行くにはそれこそお金がかかるし、彼女の後を追って海外まで行くのはあまりにやりすぎだと思っていたからだ。
しかし、俺は今こうしてアメリカの土を踏んでいる。
きっかけは、東京に戻ったあとにバイト先で鹿児島行きの顛末を話した時のあの友人の一言だった。
「関門海峡超えちゃったならさ、いっそのこと太平洋も超えちゃったら?もしかしたら、あの子もそれを望んでるかもよ?」
その一言に背中を押されてしまった俺は、バイト代を貯めてそれを渡米代に当てることで太平洋を越えてアメリカへとやってきた。
彼女の母親から聞いた話によると、彼女はロサンゼルスの中心部から南に数キロ行ったところにあるリンウッドというところに住んでいるらしい。
切符売り場で苦戦しながらもどうにか切符を買い、電車でリンウッドの最寄駅へ。そこから彼女の母親から聞いた住所の場所へと向かう。
(今度こそ会えるか………)
鹿児島で会えずじまいだったことで、心の中は不安で埋め尽くされそうだった。
もしもまたダメだったら、今度こそ終わりかもしれない……そんな思いに支配されつつ道を歩き、ついに住所の場所へとつく。
深呼吸して心を無理やり落ち着かせてから、ドアとコンコンとノックする。
錯覚であまりに長すぎると感じられるほどの時間が過ぎたあと、ドアが開き、中から―――
「あっ」
見覚えのある顔が出てきた。
あまり表情を変えないタイプなので、驚き固まる姿を見て一瞬別人かと思ったが、目の前の人物はどう見ても彼女だった。
数秒ほど固まっていた彼女は、また珍しい表情を見せた。
小さく微笑んだあと、ほんの少しだけ嬉しそうな声色で―――
「いらっしゃい」
ただ一言だけそう言って、家の中へと招いてくれた。
この半年間でずいぶん振り回されて、まだ本来の目的を果たせていないが、
彼女と再会できたことで、俺は心を休ませることができたのだった。