すれ違い
最後に話したのはいつだっただろうか。
今ではもう画面に文字をめったに映すことがなくなった携帯を手に、
ベッドに寝転がる。
(ああ、自分なんで生きてるんだろう)
ここのところ何度それを思っただろう。
何度思っても、考え付く理由は浮かばなかった。
幸せだったあのころ、毎日顔には笑顔があった。
一日24時間というのが凄く短く感じた。
何をしても、何があっても前向きに、ただひたすら前を向いていた。
なのに今は。
何をしても、やる気も出ず毎日が苦痛だった。
(ねえ、どこに行っちゃったの?)
楽しかったあの頃のあなたの顔を思い浮かべる。
まさかあの時は、こうやって一人になるなんて思いもしなかった。
ずっと一緒にいれる。
その考えが、幸せとかでもなく、当たり前の考えとして私の中にいた。
思い出せば思い出すほど胸が締め付けられる。
顔を涙が伝っていく。
枕にどんどん染みが出来ていった。
(あんなこと言わなければ、あの一言さえなければ)
後悔してももう遅かった。
自分が重い女だってことは今までの恋愛で分かっていたはずなのに。
それだけは知られてしまったらいけないと鍵をかけていたはずなのに。
彼に甘えすぎていた。
彼が嘘ついて出かけているのを知った私は、我慢が出来なかった。
帰ってきた彼に私は言ってしまった。
「どこに何をしに行ってたの?」
固まる彼の表情で確信へと変わった。
別にどこでもいいだろう。
そういう彼を私は許すことが出来なかった。
私は私の横をすり抜けようとした彼の腕をつかみ、
「なんで隠し事をしたの?ねえ?」
そういって彼を問い詰めた。
「うるさい、お前に関係ないだろう」
気づいた時、彼はもういなかった。
あれから1か月。
毎日後悔しかしていない。
もう自分に生きていく価値なんてない。
そうとしか思えなかった。
目の前の机にたまたま転がっていた剃刀の刃。
血がこびりついていた。
今までは何度も躊躇してしまったけど、なぜか今日は気が楽だ。
「こんな女で、こんな重い私を、少しの期間だったけど愛してくれてありがとう」
相手の留守電にそう言葉を残すと、
最後の気力で、一気に喉を掻っ切った。
「ただいま!」
一か月ぶりに家に帰った。
俺が彼女に内緒で遊んだことを、彼女に問い詰められ、
ついかっとなって出て行ってしまった。
彼女が重いことぐらい昔から気づいていた。
でもそれを我慢してくれていることもわかった。
なのに、あんな暴言を吐いて出てしまい、一か月実家で考えた結果、
あいつがいないと生きていけないと思い帰ってきた。
ドアは空いていた。
靴を脱ぐのももどかしく、急いでリビングへと走った。
「ほんとに俺が悪かった。ごめん」
そう言いつつ入ったところには誰もいなかった。
ふと、寝室のドアが開いていることに気が付いた。
俺は荷物を置くなりその部屋に向かった。
すると、そこに彼女は横になっていた。
「寝てるのか?」
そう言いながら部屋へと足を踏み入れた。
その時、ツンとした生臭いにおいが匂ってきた。
俺は反射的にベッドに駆け寄った。
「おい!おい!しっかりしろ!おい!」
彼女の首からは骨が見えていた。
俺はすぐに救急車を呼ぶ。
そしてずっと彼女の名前を呼んだ。
涙があとからあとから流れてくる。
いくら一般人でももう目が明かないのは分かっていた。
ただただ、ただただ、名前を呼ぶしかなかった。
外で赤い光が見えた。
サイレンが近くで止まる。
遠くから人々の声が聞こえてきた。
(ああなんで自分は生きてるんだろう)