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探偵・明智真紅

作者: 相戯陽大

私の名前は明智真紅、ここ「西入高校」で美術の教師をしている。エルキュールポアロが大好きで、子供の頃はポアロの絵を何枚も描いてはお母さんに見せていたほどだ。もちろんお母さんには「そんな小太りのおじさんよりシャーロックホームズの方がかっこいいのに。」と言われていた。


今日も私は仕事を終えると、2階の職員室から1階の図書室へ行ってポアロを読む。この学校の図書室は本がとても多く、図書室の窓の外に本が山積みになっているほどだ。そんなたくさんの本の中でポアロはいつも私を物語に引き込んでくれる。ポアロのどんなに奇怪な事件でも冷静に謎解いていく姿は、他のどんな小説の探偵よりも魅力的なのだ。しかし今日は勝手が違った。図書室のドアを開けた瞬間、私とポアロとの間を裂くように窓の外からドスンという『大きな音』がしたのだ。


窓を開け外を覗く。そこらに開きっぱなしで置いてあった本が強風で勢いよくパラパラとめくれる。窓の外には小説の挿絵でしか見たことのないものが転がっていた。血まみれで倒れている人間だ、それも教え子、「井上大」の。


「うわあぁぁ!!」


職員室からだろうか、叫び声が聞こえる。他の先生もこの死体に気づいたのだろう。私も叫びたいのはやまやまだったけれど、必死でこらえた。ここで叫んでしまっては次からどんな顔をしてポアロに顔を向ければいいかわからないからだ。


「先生方、落ち着いてください!119番と110番をお願いします!」


私は叫んだ。一瞬風が止み、辺りはしんと静まり返る。



数分後、救急と警察が来た。刑事の1人、かなりのベテランと見える刑事が私たち教師に事情聴取を始めた。


「桂敬司です。生徒さんがあんなことになって…心中お察しいまします。失礼ながら、その『大きな音』がしたときに皆さんどこにいたのかお聞きしても?」


「ほとんどの教職員は職員室におりました。見えなかった職員は美術の明智真紅先生と音楽の小林慧音先生だけです。あと、4階の家庭科室で生徒が1人居残りをするというのは職員全員が聞いておりました。」


教職員の代表で篠崎皇朝校長が答える。


「生徒というのは井上くんとはまた別に?」


「はい、倉井椋さんです。かなりショックを受けていて今は保健室におりますが…」


「そうですか。ちなみに、明智さんはそのときどこで何を?」


桂刑事は事件性を疑っているらしい。しかし私がいたのは1階だ、人を突き落とすことなんてできない。


「私は図書室に本を読みに行っていましたよ。読み始める前に例の『大きな音』がしたので少しも読み進めてはいませんけれど。」


「それを証明できる方は誰か?」


「井上くんを発見したときに私が図書室から大声で救急と警察に連絡するよう叫んだので、職員室にいた他の先生は図書室の窓から乗り出している私を見ていると思いますよ。」


「篠崎さん、それは確かですか?」


「はい、明智先生は間違いなく図書室におりました。明智先生がいなければ教職員はみなパニックになっていたところです。助かりました。」


実はポアロのことしか考えていなかったなんて言えるわけもなく、「恐縮です」とだけ答えた。私の疑いはとりあえず晴れたようで、桂刑事は音楽の小林先生に視点を変える。


「なるほど。では、小林さんはそのときどこに?」


「僕は音楽室でピアノを弾いていました。なんせ防音壁なもので、大きな音とやらは聞こえませんでしたな。でも何か大きなものが落ちているのが窓から見えたような気がして職員室に行ってみたんですわ。そしたら案の定大騒ぎと。」


「それを証明できる方は?」


「いませんな。音楽室に僕1人でしたから。でも音楽室は楽器を保管する都合上窓は数センチしか開かんのですよ。人を突き落とすことなんてできやしません。」


小林先生はこれで自分の潔白を証明したつもりかもしれないけれど、そこにいたみんなが思っただろう。そもそも音楽室にいたという証拠がなければ意味がないと。


「は、はあ。なるほど。では倉井さんはどこで何を?」


篠崎校長が口を開く。


「4階の家庭科室で裁縫をしておりました。家庭科室の窓際で気を失っていたのを私が発見したので間違いございません。」


そこへ桂刑事の部下であろう人が走ってきて、桂刑事に1枚の写真を渡し、耳打ちをした。桂刑事は軽くうなづくと、私たちにこう告げた。


「屋上に上履きが置いてあったそうです。この写真なのですが、井上くんのもので?」


「生徒一人一人の上履きは確認しておりませんが、保護者の方に聞けば間違いないかと思います。ああ、井上くんは父子家庭なので、お父さんの職場に電話しないと連絡が取れませんよ。」


それを聞くと桂刑事の部下は走っていった。桂刑事はその場を立ち去り誰かに電話をかける。


もし上履きが井上くんのものなら、小林先生の疑いも晴れる。この時間の校舎は静かで足音がとても響いてしまう。もし屋井上くんを屋上で無理やり上履きを脱がせて突き落としたなら屋上から2階の職員室に行く間に4階にいる倉井さんに見つかる。3階で突き落としても、自殺に見せかけるために屋上へ上履きを持っていかなければならないからやはり倉井さんに見つかる。するとアリバイがないのは倉井さんだけ。そうは言っても自殺の可能性が一番大きいけれど。


桂刑事が電話を終える。


「井上くんは一命を取りとめたそうです。図書室の外に置いてあった本の山がいくらか衝撃を抑えてくれたのでしょう。骨折もなく、頭のケガが治れば学校には行けるそうです。」


教職員一同胸をなでおろした。しかし、桂刑事の表情は穏やかではなかった。


「…そうです。屋上から飛び降りたにしては骨折がないのは不自然だと。そもそも突き落とされていないという可能性も考えなくては。」


桂刑事が私を見つめる。


「そうでしょう、明智さん?」


私を疑っているのだろうか。それとも、私を疑うように見せることで犯人の尻尾を掴むことができる方法でもあるのだろうか。


「まず、犯人は被害者と同じくらい重さ『60キロ程度の錘』を屋上へ持って行き、下に落ちるか落ちないかのギリギリの場所に置いた。錘がバランスを崩したときに図書室の前に本が落ちるようにしてね。」


桂刑事は教職員や他の警察を前に淡々と持論を語る。


「錘に目立たない細い糸を結びつけ、図書室の窓の前に垂らす。こうすれば飛び降りたときの『大きな音』を立てる装置の出来上がり、というわけだ。」


間違いない。桂刑事は私を疑っている。いや、犯人だと確信している。


「その後、犯人は鈍器で被害者の頭部を殴り図書室の前に運び本の山に被害者を隠し、上履きを『60キロ程度の錘』と一緒に屋上に置いた。」


桂刑事が再び私に目を向ける。


「時間を見計らって図書室へ行き、被害者を本の中から出す。そのあと屋上から垂れ下がっている糸を引っ張る。糸に繋がれた『60キロ程度の錘』が『大きな音』を立てて図書室の前に落ち、そこに倒れていた被害者を目の当たりにすればあたかも飛び降りたように見える。こういうことですよね、明智さん?」


冗談じゃない、そんな根拠のない理屈で犯人にされてたまるか。


「刑事さんは私を犯人だと疑っているようですが、私ではありません。それに、『60キロ程度の錘』に繋ぐ糸の長さを変えれば図書室からじゃなくても、例え窓が数センチしか開かない音楽室からでも『大きな音』を立てられますよね。」


「確かに、『大きな音』を立てるのには図書室である必要はありません。しかし、図書室にいないとできないことがあるんですよ。」


桂刑事は一呼吸おいてこう続けた。


「人と同じくらいの重さのものを他の先生方に見られる前に素早く処分できるでしょうか?」


「そんなの…できるわけ…!」


「これができるんですよね。『60キロ程度の錘』の正体が大量の本を束ねたものだったとしたら。そう、本を錘にすれば錘を動かさずに済む。しかし、本を束ねた糸を誰にも悟られずに解かないといけない。逆に本を束ねなければ屋上から落ちる間に本がバラバラになり圧力が分散され、大きな音が出ない可能性がある。これを素早くするには本が落ちたときすでに1階にいなければなりませんよね?」


私は焦っていた。もうポアロに顔向けできないな、なんてこんなときにもポアロのことばかり考えていた。私はそれほどポアロが好きなのだ。


「ここにある本を鑑識に回せばどれが屋上から落とされたものかなんてすぐにわかると思いますが、お調べいたしましょうか?」


「…結構ですよ、刑事さん。いつから私が犯人だと疑っていたんですか?」


「最初からです。生徒が飛び降りているのに110番は必要ありませんからね。それに、今日は風が強い。屋上の出入りなんてすれば校舎の誰かがに風の音を聞いているでしょう。だから自殺ではないとは確信していました。」


私は負けた。ポアロにも、桂刑事にも。そもそも授業を崩壊させたからと言って生徒を本で殴る時点で人間として負けだけれど。その後私は2年の懲役刑を受けた。井上くんと井上くんのお父さん、そして学校の関係者…心からのたくさんの謝罪をした。おかげで今では私を許してくれる人も少なくない。それでも私はまだ心が汚れていくあの嫌な感覚からは逃げ切れてはいない。

推理ものってすごく時間がかかりますね。いろんな可能性を考えていかないとすぐ推理に穴が出てきちゃいます。

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