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後日談:魔法使いの弟子(竜)と黄金の犬

 お師匠様が帰ってきてから数日が過ぎた。


 今まで住んでた家は焼けてしまったので、お師匠様もしばらくウルスの巣穴に間借りすることになった。この洞窟は思ったよりも奥に広がっているらしい……というよりも、ウルスがたまに掘り広げているようでもある。いつの間にか森に住む小人の職人とも話を付けていて、たまに訪ねてくる小人たちに、洞窟にどう手を入れるかについて話していることもある。ウルスはこの洞窟を住みやすくすることに余念がないようだ。

 そしてお師匠様が間借りすることと引き換えに、なぜかウルスがお師匠様の弟子になった。「魔法をちゃんと習ったことないんだ」と言って。お師匠様は「まさかこの歳になって竜の弟子を取ることになるとはね」と驚き呆れていたが、「弟弟子の面倒はお前が見ておやり」とわたしに申し渡すと、またいつもの調子に戻った。

 ウルスはなぜか「弟弟子」という言葉を嬉しそうに繰り返し、わたしにあれこれと魔法のことを質問してくるようになった。たぶん、わたしよりもウルスのほうが魔法について詳しいと思うのだけど、自分は魔法使いとしては下位でしかないからと、彼は言うのだ。

 ともかく、もうひとりでないというのはとても嬉しい。お師匠様も戻って、ようやく事件の前のような日常を取り戻せたような気がする。


 ……そして今日、犬が現れた。

 紛うことなき犬だ。

 金色の、毛が長くて体の大きな、この辺りではよく水鳥の猟をする猟師が連れてる犬。水が大好きで泳ぎが得意で、猟犬のわりに性格は穏やかで人懐こくて、子供が近寄っても危なくないという犬種だ。

 その金の猟犬が、洞窟に迷い込んできた。

「ウルス、犬です、もふもふです!」

 尻尾を振りながら駆け寄ってきた犬を抱き抱えて撫で回し、首回りの毛をもふもふと掻き回して顔を埋めながらそう言うと、なぜかウルスは渋面で、「そうだね」と返してきた。

「人懐こい犬ですね。どこの犬なんでしょうか。主人からはぐれてしまったんでしょうね」

 犬のお腹を撫でながらそう話していると、ウルスは憮然とした顔のままわたしと犬のようすを眺めていた。

「……こういうこと、よくあるの?」

「たまにです。主人に何かあったり獲物を追うのに夢中になったりで、はぐれる猟犬がいるんです。この犬種は初めてですけど。普通は湖での水鳥の猟に連れていく犬ですから」

「へえ?」

 すごくもふもふです、と犬の身体中撫で回しながら答えても、ウルスはどことなく気の無い返事を返す。ウルスはあまり犬が好きではないのだろうか。

「いつもなら、だいたい、町の猟師の組合に連れて行けば主人に返すことができるんですが……」

 続けて話しながら、そういえばあの事件からまだ何日も経っていないことを思い出す。日常を取り戻したと思っていたけど、今、犬を連れて町に戻ったらどんな目にあうだろうか。つい考え込んでしまったところで、犬にぺろぺろと顔を舐めまわされて我に返った。くすぐったいです、と笑ったら、ウルスは「そのくらいでお終いにしておいてね」と犬とわたしを引き剥がしてしまった。

「ああ、もふもふなのに」

「……僕も毛を生やそうかな」

「え?」

 急に何を言い出すのかとウルスを見上げると、彼は「早く犬を返しにいかないとね」とにっこり笑った。

「でも……事件があったばかりですし」

「お師匠様に相談してみたら? 僕は結構大丈夫なんじゃないかって思うけど。僕もついていくし」

「そうですか? ……そうですね、お師匠様に、相談してみます」

「うん、そうしたほうがいいよ。早く主人に犬を返さないとね」

 やっぱりウルスは犬があまり好きではないのだろうか。


「そうね、いつまでもここに置いておけないから、お前、返しに行っておいで」

 お師匠様に話をすると、あっさりとそう頷いた。

「でも、お師匠様、事件があったばかりなのに、わたしが行ったら……」

「たぶん大丈夫だよ……と私が言っても、お前は納得しないだろう? だからお前が自分で行って確かめて、それでこれからどうするかを考えておいで。そろそろ、なんでも私が言うことを鵜呑みにするのはやめないとね」

 でも、と心配するわたしに、お師匠様は「お前には強い味方が付いてるだろう?」と笑う。ウルスと一緒なら心配することなんてないよ、と。

 ……お師匠様がそう言うのなら、たぶんそうなんだろう。まだ捕まっていた時のことを思い出して少し怖いけれど、ウルスとふたり、犬を返しに町へ行くことに決めた。


「角は隠しちゃだめだよ?」

「どうしてですか?」

「かわいいのに、隠すのはもったいないから。代わりに僕がお揃いにするから、絶対そのままだからね」

 洞窟を出る前になぜかそう言って、ウルスは自分まで角や目を変えず、人型なのに竜のときと同じままにした。まるで金色の魔族のような外見だ。

「犬を返しに行くだけなのに」

「いいんだよ。僕がそうしたいんだから」

 おまけに、どう考えても必要以上にわたしの身支度を整えまくった。いったいどこで覚えてきたのか、わたしの短い髪をとても器用に纏めてリボンや花で飾り、あの竜のコレクション箱から衣服を取り出してわたしに着せ付けたのだ。

「……ウルスは、いったいどこでこんなにいろいろ覚えたり集めたりしたんですか?」

「集めるのは僕の趣味なんだ。覚えるのはねえ、面白そうだったし、何かの役に立つかなって思ったからだけど、今、役に立ったね」

 竜はいろいろな宝物やきれいなものを集める習性があると聞いたことがあったけど、やっぱりあの箱は全部ウルスのコレクション箱なのか。身支度はグルーミングの一環なんだろうか。


 犬に綱をつけてようやく準備ができたところで、町へと出発した。幸い、この洞窟から町はそれほど離れてない。一時を少し超えるくらいで着くだろう。

 ふんふんとあたりを嗅ぎまわりながらついてくる犬を眺めながら歩いていると、ウルスがぐいとこちらを振り返った。町に行くならこっちのほうがいいだろうと、今は竜の姿だ。

「ソーニャは、まだ町が怖い?」

「ええと……」

 急に質問されて、少し困ってしまう。

「少しだけ……でも、あれは、魔物と誤解のせいだったし」

「──僕は、本当はまだ、許せないんだ。ソーニャが魔族だから悪いって決めつけて、だから酷い目に合わせてもいいなんて、理解できない」

 しかもあんなにかわいい角まで折るなんて、と憤るウルスに、ついくすりと笑ってしまう。竜にとって、角は並々ならぬ思い入れの対象なのか。

「なんで笑うの」

「わたしは、そうやってウルスが怒ってくれるのは、ちょっとだけ困るけど嬉しいです。ええと、わたしが魔族だって知っても平気なのは、今までお師匠様と……迷い犬だけでしたし」

「……もう、ソーニャはどうしてそうなんだろう」

 わたしがへらっと笑ってみせると、ウルスは呆れたように溜息をついて、鼻先をわたしの頭に押し当てた。

「だからね、ソーニャがそんな顔しなくてもいいように、僕ががんばるからね」

「がんばるって、何をですか?」

 首を傾げるわたしに、ウルスは目を細めてにいっと笑うだけだった。


 町に近づくと、既に大騒ぎが始まっていた。この前突然現れた太陽と正義の神の御使いの竜と、処刑されるところだった魔族が、一緒に仲良く並んでやってきたのだから無理もないだろう。

 何人も警備兵が出てきてこちらを警戒しているようすが見えるのに、ウルスは立ち止まることもなく堂々と町の門へと近づいていった。

「……太陽と正義の神の名にかけて、これはいったいどういうことか」

 へ? と間抜けな声をあげて振り仰ぐと、ウルスが目を眇めて町の警備兵たちを見つめていた。神様なんて会ったこともないと言ってたのに? 慌てるわたしの手を、横に座った犬がぺろりと舐める。目をやると、この竜に任せておけばいいんじゃない、という顔をしているように見えた。


 それから町の者たちは大慌てでウルスとわたしを教会の聖堂に通し、ゆったり寛ぐウルスを平身低頭の勢いで下にも置かないほどにもてなした。わたしはその間ずっと、翼に抱き込まれるようにしてウルスに寄り添ったままだ。……ちなみに犬は、ウルスがさっさと教会のひとに預けてしまった。

 さらには領主自身までがやってきて、あの事件は魔物の仕業によるもので、わたしとウルスのおかげで町が救われたのだと口添えし、その結果なぜかわたしまでが“太陽と正義の神がお認めになった善き者”という扱いになっていた。

 ありえない展開に、わたしはただただぽかんと呆気に取られているだけだ。

 ウルスはそんな町のひとたちの態度を当然だというように頷き、「これからも我とこのものがいる限り、この町に太陽の加護があるだろう」なんて鷹揚に、物々しく言ってのけた。

 ありえない。ほんとにありえない。


 帰り道、ウルスの背に揺られながら、「あんなこと言っちゃっていいんですか」と聞くと、「どうせいるかどうかわからないんだし、だったらおおいに僕の役に立ってもらおうと思ってさ。大丈夫、罰なんか当たらないよ。だって、ソーニャに酷いことしたやつに罰を当ててないんだからね」と、にいっと笑った。


 その後、また機会があって町へ行くと、あの金の猟犬が、太陽と正義の神の教会で「神の御使いに授けられた犬」として大事に飼われていた。

 犬はわたしたちに気付いて尻尾を振ったけど、ウルスは「犬はまた今度ね」と触らせてくれなかった。やっぱりウルスはあまり犬が好きじゃないようだ。

「ああ、もふもふなのに……」

「やっぱり僕も毛を生やしたほうがいいのかな」

「へ?」

「なんでもない」

 ウルスは「さ、お師匠様が待ってるから早く帰ろうか」と、にっこり笑った。


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