終
巣穴に戻ると、ウルスはこれでもかというくらいわたしに癒しの魔法をかけた。ひたすら何度も何度も癒しの魔法を重ね、どうにか納得ができるくらいわたしの傷を治したところで、ようやく笑顔になる。その達成感に溢れた表情に、つい、ぷっと噴き出してしまった。
「なんで笑うのさ」
竜が不満げに口を尖らせる顔なんて、なかなか見られないんじゃないだろうか。くすくす笑いながら「ありがとう」と言うと、「でも、どうしても角が元通りにできないんだ」とウルスはしょんぼりと項垂れる。
「痛くないし、大丈夫ですよ」
「でも、こんなにかわいい角なのに、片方ぽっきり折れちゃってて……」
「……角にかわいいとかあるんですか?」
「あるよ、決まってるじゃないか!」
竜に人型の美醜がわからないように、わたしにも竜の美醜はわからない。わからないが、どうやら角は重要なポイントらしい。
「ええと、その前に、まずきれいにしたいです……」
「そうだね。髪の毛も整えないとね」
ウルスはまたにっこり笑い、わたしを抱え上げて洞窟の奥へと連れ込んだ。まさか、まさかと思いながら、「自分で、自分でできますから」と言うも、ウルスは「僕が全部やってあげるよ」と引かない。
……結局、わたしは竜に丸洗いされた。全部。さすがに自分以外に全部洗われるとか初めてだ。ウルスが竜型だったのは幸いなのだろうか。髪も短いながら整えられ、何故か着替えまで、ほんとうに何もかもの世話を焼かれ……たところで、ようやくわかった。さすがに気がついた。
これはグルーミングなんだろう。
どうしてここまで世話を焼くのか、グルーミングなんだと思えば納得はできる。さらに給餌までとか、竜って……竜って……。
──あと、納得と許容は別だ。後々、少し話し合わないといけないだろうな。
ともかく、ふかふかの毛布にぐるぐる巻かれてウルスのお腹に寄りかかり、ようやく人心地ついたところで気になっていたことを尋ねてみる。
「……ウルスは、太陽と正義の神の御使いなんですか?」
「え? 何それ、初めて聞いたよ?」
「町のひとたちが、なんだかそんなことを言ってました。他にも、善き者の守護者とか」
「知らないよ。僕はただの竜だし、神様なんてあったこともないよ」
きょとんと首を傾げるウルスに、ああなるほど、教会が適当なことを言ったのかな、なんて考える。
「じゃあ、勝手に見た目でそういうことにされたんですね」
皆、結構印象と思い込みで勝手に決めちゃうしな。
「それと、お師匠様と領主は、やっぱり魔物に殺されちゃったんでしょうか」
「それはどうだろう?」
「どうしてですか?」
殺さない理由が思いつかないんだけど。
「だって、あの時、魔物は僕らに手を出さなかったじゃないか。いくら君に名前を抑えられてたんだとしても、何もしようとしなかっただろう? たぶん禁じられてたからじゃないかな」
「禁じられてた?」
ぽかんとするわたしに、ウルスは頷く。
「ひとに魔物が直接危害を加えることを、かな。どこだっけ、初代の日記に、それらしいことが書いてあったよ」
ウルスは思い出すように、宙を見やりながら頷く。
「あの魔物は、たぶん魔神だろうね。どうやってこっちに来たのかはわからないけど、魔神なら生き物の死とか苦しみとかから力を得るはずだよ。でも、禁じられてたせいで、手っ取り早く自分で殺して補給できないから、領主に化けて、命令していろいろやらせてたんじゃないかな」
「なるほど……」
たしかに、いくらウルスがいたとしても、あんなにふらふらでやっと立ってたわたし相手に、手を出しあぐねるということはないだろう。初代様々だ。
「じゃあ、じゃあ……お師匠様は、無事なんですね」
「さすがに居場所まではわからないけど、きっと無事だよ。どこかに閉じ込められてるんだとしても、魔物はいなくなったし、魔法も消えるんじゃないかな」
はあ、と息を吐く。
「よかった……」
ほんとによかった。お師匠様にはまだまだ教えて欲しいことがたくさんあるのだ。
ウルスは、もう安心だよと、ぽんぽんとわたしの背中を優しく叩いて、翼でくるりと抱き込んだ。
お師匠様が帰ってきたのは、それから3日後のことだった。いったい今までどこにと思ったら、なんと小さなトカゲに変えられていたのだという。領主もまた然り。おふたりとも、鳥や動物に食べられたりしなくてほんとうに良かった。
お師匠様に竜と名前を交換したと話したらものすごく呆れられたけれど、お前がいいと思うならいいんだろうと納得していた。
結局、わたしは「名前を交換」の意味が今ひとつわからないまま今に至っているけれど、まあいいかと思う。
「とある種族がなんだか、わかった?」
なんやかやがようやく全部落ち着いたある日、人型になっていつものようにわたしの髪を梳きながら、ウルスが尋ねてきた。とある……ああ、いつか話していた、元が竜だって言われる種族か。
「ええと……妖精ですか?」
全然自信がなくて少し上目遣いにそう返すと、「……なんで、妖精だと思うの?」とウルスはものすごく驚いた顔になった。
「だって、竜も妖精も、きれいじゃないですか」
「……ソーニャはどうしてそこに行くのかな」
ウルスは、はあ、と溜息を吐いてから、わたしの頭をくしゃくしゃ掻き混ぜた。せっかくきれいに梳いていたのに。
「あのさ、僕と君、共通点多いと思わない?」
「は?」
「角はあるし、瞳孔は細長いし、魔力はたくさんあるし、真名持ちだし、寿命だってたぶん同じくらい長いし……」
「……へ?」
「それ全部、竜だった頃の名残なんだっていうよ。僕ら、種族としてはいとこ同士みたいなものなんだって」
つまり、とある種族は魔族のことなのか?
「だって、竜みたいにきれいじゃないのに……」
「きれいだよ。わかってないの? 髪の毛だって柔らかいし、角だってこんなにかわいいのに」
ウルスは「もう、ソーニャはしょうがないな」と笑い、わたしの髪に顔を埋めてぐりぐりと鼻を擦り付けた。
わたしを抱きすくめてぐりぐり擦り付けながら、ウルスは「種族も近いし、何も問題ないよね」と嬉しそうにまた笑った。