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3.森の魔法使い

 お師匠様の地下収納庫から回収した書物は、どうやらどれも日記のようだった。それも、代々“森の魔法使い”と呼ばれた、この森に住む魔法使いたちの遺した日記だ。

 そういえば、この森に住む魔法使いは代々弟子を取って自分の後継にするのだと、お師匠様が言ってたことを思い出した。わたしが正式な弟子になるときにも後継になる意志はあるのかと聞かれたっけ。わたしはお師匠様に、ここにずっと住んでいられるかわからない、だから後継になれるかわからないと答えたんだ。

「ソーニャ、たぶん、これが初代の日記だと思う」

 今は人間の青年の姿で頁をめくっていたウルスが、一冊の書物を差し出した。

 この書物の山が日記だと気づいてから、ウルスと二人掛かりで最初の日記を探していたのだ。


 お師匠様が行方知れずになったことも、家が襲撃されたことも、すべて封印のせいだとしたら、お師匠様が昔言っていた“後継”のことだって封印がらみだと考えることが自然だ。代々の“森の魔法使い”が封印を守るために弟子を取って後継を育ててるのだとすれば、最初の“森の魔法使い”がその封印を作ったのではないか。

 ふたり手分けして、日記に書かれた日付けや出来事を手掛かりにあちこちひっくり返し、ようやく最初の魔法使いの日記らしきものを見つけることができた。ウルスに手伝ってもらえたおかげで、思ったよりも早かった。本当によかった。これで、何か手掛かりがわかればいいのだけど。


 日記に書かれた内容や日付からすると、たぶんもう書かれてから300年は経っているのだろうか。

 ウルスのような竜なら少し前のことなのかもしれないが、人間なら何代も何十代も前の、遙か昔の出来事だ。こうして記録を残さなければ、後に伝えられず消えて無くなってしまうだろう。だから、“森の魔法使い”はこうして代々の日記を大切に保管してきたのだろうな。

 ぱらぱらと頁をめくりながら、できるだけ急いで斜め読み気味に進めていくが……それらしき箇所はあるのに、いまひとつ要領を得ない。


「なんだかすごく曖昧に書いてあります。言い回しとか表現とか、婉曲すぎるくらいに婉曲で、どうしてこんなに儀礼的に修飾してるのかも不思議です。何か……何だろう、何かすごくよくないものを封印したように書いてあるけど、何かの部分が回りくど過ぎて、それがいったい何なのかがはっきりしません」

「……わざと、かもね」

 考え込むように眉根を寄せて、ウルスが言う。

「わざと?」

「僕がまだ親元にいたころに聞いた話だけどね」

 こくりと頷く。親元にいたころっていうと、どのくらい前なんだろうか。竜の年齢なんてさっぱりわからない。

「──ちなみに、僕は生まれてからまだほんの50年くらいしか経ってない、ほんとに若造なんだよ。ようやく独り立ちしたばかりだしね」

 ふ、と微笑みながら話すウルスに、なんでわたしの疑問がわかったのだろうと不思議に思う。そんなにわかりやすく顔に出ていたのだろうかと、つい目を泳がせてしまう。

「そういうソーニャはいくつなの?」

「……春が来たら、17です」

「おどろいた。ほんとにまだ幼いんだね」

「幼いって……人間なら、もう成人している年齢なんですが」

 なぜか目を丸くして驚いた顔をするウルスに少しだけ憮然としながら言い返すと、「なら、僕たち同じくらいの年頃だってことだね。よかった」とにこにこ頷いた。


「話を戻すけど、ある特定の魔物……真名を持つような魔物は、うかつにその名前を口に出すと、自分の名前が呼ばれたことに気付いてしまうんだっていうよ。だから、わざとわからないよう曖昧に伝えるんだって。強い力を持つ魔物も感覚が鋭いから、ちらりとそいつのことを口に上らせるだけで、自分のことを言っているやつがいるって気付くことがあるそうなんだ。どれくらい力が強かったら、そんなふうになるのかはわからないんだけど」

「つまり、封印で封じられていたものは、そういう力がある魔物じゃないかってことですか?」

「そうじゃないかなって思ったんだ。だって、ちょっと不自然なくらいぼかしてるだろう? これを書いた魔法使いなら、もっと端的に的確に、きちんと書くこともできるはずじゃないかな」

 なるほど、それならこの曖昧な書き方も納得がいく。けれど……。

「でも、それじゃそいつの正体とか弱点とか、そういうものがわかりませんよ」

「どこかにヒントになることが書いてないかな。魔法使いなら、そういうの得意だろう?」

「そうかもしれないですけど、わたしはまだ見習いでしかないですし……」

 ほう、と溜息を吐く。さらにここに書いてあることをじっくり読み解いて、推理しないといけないということなのか。

「まあ、怪しいところに印をつけてふたりで考えよう。ひとりじゃないんだし、なんとかなるよきっと」

「だといいんですが」

 それにしても……。

「真名、か」

 封印されてたのが真名持ちの魔物で、その真名がわかった……とかなら話が早いのに。真名を掴んだ魔物が相手ならたぶん難しくない。たとえ見習いの魔法使いでも、さほど困難もなく、どうにかできるだろう……たぶん、だけど。

「ウルスがいてくれて、本当に良かったと思います」

 微笑みを浮かべたまま、ウルスが首を傾げる。

「わたしひとりだったら、家を襲撃されて以降今日まで生きていられたか、疑問です」

 ウルスが笑みを深めて、わたしの縺れてくしゃくしゃになった黒髪を、さらにわしゃわしゃと掻き回す……掻き回しておいて、ふと首を傾げる。

「前から思ってたけど、ソーニャの頭は鳥の巣みたいだ」

「……酷い癖っ毛なんです。どうにもまとまらないから、そのままにほっといたら、こんなふうになってしまいました。もう今じゃ自分でもどうしようもなくて」

 ちょっと困ったように笑ってみせると、さらに縺れてわけがわからなくなったわたしの黒髪を、ウルスは丁寧に解き始めた。

「顔も上半分隠れちゃって目もよく見えないし、もう少しなんとかしたほうがいいね」

「それは、別にこのままでいいんです」

「どうして? 僕はちゃんと顔が見えるほうがいいと思うな」

「……ええと、その、色が良くないし、別に美人というわけでもないですし」

「そう? 美醜はさすがによくわからないけど……目は、今みたいにちらりと見えるのも焦らされてるみたいでいいけど、やっぱりちゃんと見えるほうがいいよ。せっかく綺麗な紅なんだし」

「……」

 ウルスの言葉に思わず俯いてしまう。わたしがほとんど町へは行かない理由……わたしがこの色である理由。

「ウルス……」

「なに?」

 髪を解きながら、ウルスが返事をする。

「ウルスは、もしかして、わたしを人間だと思っているんですか?」

「急に、どうしたの?」

 目をぱちくりと瞬いて、ウルスは驚いたような表情になる。

「ウルスは竜だから、外見が似通ってる種族の見分けがあまりつかないんでしょうか」

「そんなことはない、と思うけど?」

 いつの間にか取り出した櫛で本格的にわたしの髪の縺れを解しながら、ウルスはやっぱり首を傾げる。

 どことなく居たたまれなく感じて、さっきまでめくっていた初代の日記の頁を再びめくり始めると、ウルスがまたふっと笑う気配がした。

 竜がこんなに笑う生き物だなんて、知らなかった。

「君たちの間じゃ、伝わってないのかな」

「何が、ですか?」

「竜と、とある種族がとっても近いっていう伝承」

「とある種族?」

 思わずウルスを見上げると、彼は面白そうににいっと口の端を釣り上げる。

「そう。もう、竜にとっても大昔で、実際どうだかを知ってる竜もいないんじゃないかな。なんせ、神話の時代の出来事だっていうし」

「それは……ただの言い伝えなんじゃないですか?」

「そうかな? 僕は案外本当なんじゃないかって思ってるんだけど」

 くすくす笑いながら、ウルスは言葉を続ける。

「神話の時代、まだ竜がたくさんいた頃にね、人型になったまま、ひとに紛れて生きてくことを選んだ竜がいるんだって」

「へえ? どうしてまた、そんなことを考えたんでしょう」

「さあ? 変わり者だったんじゃないかな?」

 首を捻るわたしに、ウルスは肩を竦めてみせる。

「ともかく、その竜は二度と竜の姿には戻らず、人型のまま何代も代を重ねたんだそうだよ。それで、今じゃすっかりもとが竜であったことを忘れたし、竜に戻ることもできなくなって、もともと人型の種族だったと思って生きてるんだってさ」

「……人型の種族っていうといくつかありますけど、どの種族なんでしょうね」

 ウルスは笑みを深めて、「どの種族だと思う?」とわたしに尋ねる。さっぱり想像がつかず、頭を振ると、ウルスはぽんぽんとわたしの頭を軽く叩いた。まさか妖精がそうなんじゃないだろうか。竜もきれいな生き物だけど、妖精もきれいだし。

「教えてあげるのはまた今度ね。それまで、考えてみなよ」

 くすくすと笑いながらウルスは根気よく縺れた髪を解き続け、とうとう「できた」と手を叩いた。

 わたしは、久しぶりに邪魔なものがなくなった視界に違和感しか感じず、どうしたものかと考えていた。


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