閑話:チョコレートの日
バレンタインデーギリギリに活動報告に載せたのを、非表示に変えたのでこっちに転載。
「ウルス、チョコレートです」
町へ行ってたソーニャが、帰宅するなりぐいと箱を差し出した。綺麗にラッピングされ、リボンが掛けられた箱だ。ウルスは驚いた顔で受け取りつつ、首を傾げる。
「突然、どうしたの?」
「今日は日頃お世話になってるひとや大切なひとにチョコレートをあげる、チョコレートの日なんだそうです。だからウルスに買ってきました……竜はチョコレートは大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないかな。大抵のものは平気だし」
何が心配なのかよくわからないが、竜はわりとなんでも平気で食べてしまう生き物だ。もちろんチョコレートなんて普通に食べられるだろう。ウルスなら、その気になれば石だって食べられるのだ。
「よかったです。
実は、教会で犬にもあげようとしたら、犬にチョコレートは毒になるんだって怒られちゃったんですよ」
「えっ……僕より先に、犬に……」
失敗でしたと笑うソーニャに、どうして犬なんかに、とウルスは少し俯いて小さく呟く。やっぱり、やっぱり……。
「やっぱり、毛を生やさないとダメなんだ……」
「何を言ってるんですか? あ、ウルス用のチョコレートは特別なんですよ」
「──特別なの!?」
にっこりとソーニャがそう言うと、とたんにウルスはぱあっと顔を明るくした。
「はい。宿屋のお嬢さんが、本命には絶対これだって教えてくれたんです」
「本当に? 僕のは特別なの!? 僕本命なの!?」
「はい、もちろんです」
「うわあ……」
ウルスはじっと前足に乗せたチョコレートの箱を見つめたまますくっと立ち上がり、部屋の片隅に置いてあるコレクション箱へと向かった。
「ちょっと待ってくださいウルス、どうしてコレクション箱の蓋を開けてるんですか?」
「だって、宝物は大切にしまっておかないと……」
止めるソーニャを振り返り、当然のことを何故かと不思議そうにウルスが言うと、ソーニャは強く首を振る。
「食べ物でそれをやるのはやめてください!」
「保存の魔法をちゃんとかけるよ?」
「ダメです。虫が湧きます。ちゃんと食べてください。食べてもらうのに買ってきたんですよ」
どうしても取っておきたいウルスに、ソーニャは断固として譲らない。蟻程度ならともかく、あの黒い害虫なんかが湧き出してしまったら、冗談じゃ済まない。
「……だって」
「だってじゃないです。そんなにじっと見てもだめです。──もしかして、食べたくないんですか? チョコレート、好きじゃなかったですか?」
「えっ! だって、ソーニャがくれたものなのに、食べたらなくなっちゃうよ……?」
眉尻を下げるソーニャに、ウルスは慌てて言い訳を並べ始めた。その必死な様子にソーニャはつい噴き出してしまう。
「なんだ……食べ物だから、食べて欲しくて買ってきたんです。だからちゃんと食べてください。それに、これだけじゃなくて、これから毎年ちゃんとあげます。だからちゃんと食べてくださいね」
「……わかった」
ウルスは慎重に包みを開けて最初に食べるひとつをじっくり選ぶと、ぱくりと口に入れた。そうしてもごもごと口の中で溶けていくチョコレートをじっくり味わいながら、目を細めて笑みを浮かべる。
「苦くて、甘くて、おいしいね」
そう言って、いつものようにソーニャの髪に鼻先を突っ込むと、ぐりぐりと擦り付けた。





