砂礫の街を離れて…
○●○●
『オ前サンガアノ時ニ何ヲ失ッタノカ等ハドウデモヨイ。大切ナノハ何ガ残リ何ヲ得タカナノダカラ』
と文鳥と名乗る男に告げ、
『シカシ、視界ヲ失ッタ時ハ諦メカケタガ、ソレデモ今デハオ前サンガ何処ニ居テドンナ表情ナノカサエ解ッテシマウ』
と、続けた。
文鳥が不思議そうな表情を浮かべていると、鶺鴒が軽く笑った後に
『不思議ソウナ顔ヲシテイルナ?目ナド見エヤシナイガ、視界等ハ感覚ノ補助ニ過ギナイ。ソシテソレハ時ニ邪魔ニサエナル。空気ノ流レヤ、雰囲気ト呼バレルモノヲ第六感ヲ通ジ感ジルニハ邪魔ナダケナンダ。』
と言うのを聞き終わると被せる様にして
『…他の金糸雀について何か知っている事は…?』
と問う。
『残念ナガラ詳シクハ知ランガ風ノ便リニヨレバ、此ノ世界ニハ金糸雀ト呼バレルモノガ少ナクテモ5人ハ居ルト言ウ。此処ニ2人居ルトイウ事ハ後3人居ル。』
と、言うと顔を持ち上げ文鳥の方を瞳を閉じたまま見つめた。
正確には文鳥が見つめられていると感じた。
『世界ガコンナ姿ニナッタ後ニ一度ダケ金糸雀ニ逢ッタ事ガアル。』
過去を探る様に鶺鴒が想いを巡らしていくのが見て取れたので問いたい気持ちを抑えて文鳥は待っていた。
『オ前サンハ「朱ノ砦」ト呼バレル街ヲ知ッテイルカナ?』
文鳥が首を振る間もなく鶺鴒は語る。
『コノ街ヲ抜ケタラバ、陽ノ沈ミユク方向ヘト向カエ。遠クハアルガ、ソノ街ガ今ノオ前サンガ辿リ着ケル唯一ノ場所ダカラ。此ノ場デ学ンダ事ヲ忘レナケレバ大丈夫ダロウ。』
と、言った。
何を学んだのか見当もつかない文鳥に
『人ガ人ニ出逢ウ事ハ何カヲ得ル事。金糸雀ガ金糸雀ニ出逢ウ事ハソレ以上ニ、何カヲ学ビ羽根ヲ紡グ事。忘レルデナイ。オ前サンガ此処デ何ヲ得テイルノカ?ハ何レ嫌デモ解ル。』
気付かなかったが、鶺鴒の言葉に耳を傾ける内に随分な時間が過ぎていた様で、陽も大分傾いてきていた。
四方に窓があるこの部屋では太陽の動きが手に取る様に解る。
どうやら鶺鴒は頭を北に脚を南にして寝ているらしかった。
文鳥が深く頭を下げ床にある扉に手をのばそうとした瞬間に床の扉が自動的にスライドし開く。
文鳥が驚き戸惑っていると、その扉からマスクをしていない女性が1人上がってきた。
歳の頃は文鳥と変わらない位、この国の人達よりもうっすらと黒い肌色をした目鼻立ちのはっきりとした端正な顔をした女性。美しい姿をしている。
文鳥に向かい軽い会釈をすると扉をゆっくりと閉じた後に、折り畳まれたビニールシートの様な物体を床に置き掌に乗りそうな機械をその傍らに置いた。
その機械は、大きさの割には大きなモーターの様な音をさせ始め、その瞬間一気にビニールシートの様な物体が膨らむと簡易のベッドが出来上がった。
その光景を初めて観る文鳥は呆気にとられていたが、その表情を観て女性が美しく微笑んだ。が、その笑みに声はない。
『孫ノ揚羽ダ。金糸雀デハ無イカラ声ヲ出ス事ハ叶ワナイ。ダガ、気ノ利ク良イ子ジャゾ。』
と、割れた音声で笑う。
『今日ハ陽ノ堕チ逝ク方向ダケヲ良ク確認シテオケ。夜明ケ迄休ミ出発シタラ良イ。』
その言葉に甘える事にして、文鳥は
『ありがたい。明日朝迄此処に居させて貰う。』
というと、声無く揚羽が又微笑む。
大きなトランクを横たえ中を開ける必要はないままに、昼間とは打って変わる静寂の中静かに月を見つめながら眠りについた。