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侵香  作者: 華流羅
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第1章

果てる事なんてないって思っていたモノが果てた時

世界が終わって

総てには限りがあるって知ったんだ。

あの日あの時に

世界は終わって

世界が始まった。


第1章 -コエカクシ カナリアサガシ マチツヅケ-


皆が忙しく手を動かしている音がする。

『やはり此処もか…』

黒くて少し大きな帽子で顔を隠し、コンパクトで鼻と口が隠れるだけの防塵マスクと黒のトレンチタイプのボタンやジップの山程付いたロングコート、黒の細身のパンツに先の尖った黒のブーツを履き死体でも運べそうなトランクを持った黒尽くめの男は誰に向ける訳でもなく小さく誰かに語るでもなく呟いた。


砂塵舞う街

1つ前の街は森に被われた美しい街だっただけに此処はやけに殺風景に見えてしまうが、世界はあの日大地の8割程度をこうしてしまった。

つまりは普通の姿にすぎないという現実があった。


やはり此処にも話し声は響かない。

皆手振り身振りらしきコミュニケーション方法で会話らしきものをしている。


1人の男が近付いてきた。

荷物を持たせてくれと手振りで伝えてきたが首を横に振り足早にその場を離れた。

旅人達の荷物持ちをして収入を得る

または

そのまま持ち去る

というのがよくある手だ。

自分の命を守るには荷物も命も人に預けてはいけない。

またその逆もしてはならない。

男の右手の親指と人差し指と中指の義指がそれを忘れない様にと警告してくる。


何かの機械音と人の動く音の中を真っ直ぐ延びた道を真っ直ぐ歩く。

物乞いや物売りの類が忙しく寄せては返す中でどれ1つ相手にする事なく只1カ所だけを目指して歩く。


果物や野菜等の露天を幾つか通り過ぎた時に、綺麗ではあるが地面の色と同じ色で壁迄塗られた目立たない、遠くからだと完全に背景に溶け込んでいる店が一軒静かに佇み、看板には『灰色のショップ』とやっと読める位に文字が残る。


『本当にあったんだ』

男は今回は声には出さずに心で呟いた。


店の扉には『只今準備中、この先もずっと準備中』と随分前に書かれた文字の薄くなった札が掛かっていた。

『準備中しかないのか』と今度は誰一人として聞き取る事の出来ない様な小さな声で言う。


暫く扉の前に立つが何か変化のある気配はないので扉をノックすると、少しの間の後、ドアの下側の隙間から一枚の紙が出てきた。

そこには『金糸雀を待つ者ならば建物の横より裏へ回り再び扉をノックせよ』

と書いてある。


人1人もキツい位の細い路地…というよりは隙間といった感じの場所をやっとの事で躯とトランクを壁に擦る様にしながら通り抜けて裏へ回ると、さっき迄が嘘の様な静けさとなり、眼前の建物にのみ他の建物にはない裏口の様な扉が付いているのが見て取れた。


表の扉よりも更に用心深く古ぼけ忘れられていたであろう扉のすぐ横の壁に体をピタリと寄せ奇襲的な銃撃等に対しての基本姿勢で軽くノックしてみる。

すると、まるで生き返った時に骨が軋む様なギシギシとミシミシの中間の音を立てながらゆっくりと扉が開かれた。

ゆっくりと覗いたショップの内部は薄暗く、マスクをしていなければ埃と黴の馨が酷い事は観ただけで解り、何かを売ろうという意思は一切感じられない。

『攻撃性は感じないな…』と安心すると同時に『防塵マスクは外せないか…』と男は少し残念に思ったが、さほど期待もしていなかったので大したショックはない。


開いた扉の内側に立っていた小柄な男性とも女性ともつかない様な顔を持つ人物に筆談で『金糸雀は此処に?』と訪ねる。

その人物は『店主は二階にいる。この奥の階段で二階に上がればすぐに解る』と筆談にて返事を返す。


両脇にある訳の解らない書物や造形物が置かれた棚の間に偶然出来たのか必然的に出来たのか解らない細い通路の様なショップ内を裏口に回った時と大して変わらない姿勢で大きな変わった形のトランクを慎重に引きずり直進して行くと、やがて薄明かりの中に白く浮かび上がるコンクリート製の様な、通路よりも細い階段が現れた。

階段の裏側がどうやら街の方に向けられている扉の様ではあるが、その7割程は階段により塞がれている。

少しだけ見える扉の片鱗部分の下方より紙を出してきたと考えられる。

その階段の先は天井で、行き止まりに見える…

が、よく見ると平面に見える天井が小さなフックや指を一本だけ引っかけられるような形状になっている事に気付く。


男は静かに左手の人差し指を入れ、そっと引く…

小さな扉の様なものは全く動かない。

『この形状である以上押すことは考えがたい』と心で想い、右に少しスライドさせる様に力を込めた瞬間に、驚く程あっさりとその蓋の様に見えていた扉は開いた。

少々男が驚き、思考力と判断力が一時停止していると見えない場所から『早ク入ッテクレ』というネジ式の様な声が聞こえる。

その声に更に驚きながらも階段の頂上へと歩を進めると『早ク扉ヲ閉メテクレ』という声がした。

それは紛れもなく、目の前の老人から放たれていた。

上半身だけを起こせるようにリクライニングされた下のショップとは真逆の清潔そうな白いベッドに目を閉じ身を預けていた。

『オ前サンモ、金糸雀ナンダロ?』

と問われ戸惑ったが、男は黙ったまま頷く。

『私モ老イテシマッテ今ハ振音機デシカ話セハシナイガ、金糸雀ダヨ』

と言うと、右手に持つ喉の部分にあてがっていた銀色の小型マイクの様な物を少しこちらに見せた。

そして、

『私ハアノ時不思議ト目ヲ持ッテ行カレテ、コウシテ声ハ遺リ金糸雀ニナッタ』

とも付け加えた。

老人は防塵マスクをしていない。

此処場所ではどうやらマスクは要らないらしい。

そう悟り外そうとした時に

『止メタ方ガ良イ、弱クハナッテイルトハ言エ安全デハナイ』

と老人が止めに入り男は留まった。

『名前ハ?』

と聞かれ、男は戸惑った表情の後に

『…文鳥…』

と出し方さえ忘れそうになる声で答えた。

『…貴方は?』

と聞き返すと老人は

『鶺鴒ト呼ンデクレ』

と答えた。


鶺鴒は初老で、白髪の髪が少し長めで、閉じた目は切れ長気味で、その風貌は若い頃は女性には困らなかったに違いないと感じさせるに充分な程である。



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