死の櫻
私は、死ぬつもりは微塵もございません。私は帝国軍のために奉公するのだから。
母上、悲しんではいけません。悲しんではいませんよね。至極当然のことを聞いても仕方ないですね。申し訳ございません。
もし、お伝えできたらお伝えください。父上、いつも叱咤激励を送っていただき、ありがとうございました。あなたのお陰で私は、決意を持ちお勤めに躊躇いもなく、志願することが叶いました。再会したならば、またあなたとキャッチボールをしたいです。わがままな申し入れ、ご容赦ください。
母上、私に生を与えてくださり誠にありがとうございます。あなたから分け与えられたこの血と肉により、これまで1つも欠かすことなく生を謳歌してきました。それは、あなたが私を常に想い、常にみてくれていた賜物に他ありません。
親孝行な息子でなく申し訳ございません。何一つ奉公できなくて申し訳ございません。しかし、私は今からようやくあなたの望む、誇れる息子となりに行って参ります。あなたにも直接見せてあげたかった。みて欲しかった。お勤めを立派にこなしてきますので、もう一度お会いできたら、私を褒めてください。
ーーーー行きたくありません。母さんの温かいご飯を食べたいです。私は逝きたくありません。あなたの誇れる息子になりたい。あなたたちと笑顔で過ごしたい。わたしは、 死にたくありません。
あの子からの手紙の片隅には血判が押されている。私は誇らしくなかったと思うことはなに一つないというのに…。
いつの日になるだろうか、早く自室の布団で眠りたい。ラッパに妨げられない…ねむり…を。
「っ痛て!?」
深い海底から引きずりあげられた魚の気持ちが今なら分かるかもしれない。
日がちょうど真上を回り、砂色の彼方が目に映る。
「いつまで気絶してるんですか、佐上一等兵。もうすぐ基地に召集なんで、はやく食料買って戻りましょう。」
非常にまずい、急がねばならない。
体を素早く起こし、市場へと駆けていく。決められた時刻にいないというのは言語道断。何を言われようと、何をされようと文句の句の字も出してはいけない。
こんなことになるなら、お菓子を賭けて相撲なんてとるんじゃなかった。
肩を落としながら用事を済ませ、宿舎へと直行する。
ーーーー
「佐上一等兵帰還いたしました。」
「よし、よかろう。自分の宿舎へと戻れ。」
上官殿は本日も末恐ろしいことこの上ない。あれ程、顔を近づけなくてもよいではないか、接吻をされるかと思ったぞ。
基地の教場で点呼が済み、宿舎への帰還が許された我々だが戻ってもやることが何もない。娯楽が限られてるこの場で時間がありあまることが、何より拷問に近い。
いつもより、訓練は早く終わるのだな。珍しいこともあるのだな。
時間もあるし、珠部にこっそり春画でも紙に描いて貰おうかな。あっ、でもこの間、手塚君が見つかって指導されてたっけ。今はやめとくか…今度描いて貰おう。それこそ、この戦いが終わったらいくらでも描いて貰うか。
宿舎へ帰ると先に戻っていた十数人が食堂に集まっていた。なにやら、騒がしい。あんなに騒ぐといつ上官が怒鳴り込みにくるか分からんというのに。
「佐上一等兵!!こっちへ来てくれ。」
僕に用があるのか君たちは。どれどれ、この訓練場において傑物と自負している僕が直々に見てあげようではない…か…。
彼らが囲む机上の紙を思わず直視することを躊躇った。見たくはなかった。見ざるをえなかった。これがまだ夢の中であって欲しかった。あって欲しい。
その日、歪だった歯車が音をあげ飛散した。
ーーー明日の未明に、訓練兵56名全員をミレイ戦線へ投入するため護送する。身支度を済ませ、身を休めるよう命じる。ーーー
心ばかしの寄せ集めた食べ物で、我々はこの地を発つこととなる。我々ために…とても、ありがたいことである。
「佐上一等兵、こっちで一緒に枕投げしましょ。」
「おう、珠部一等兵!!上等じゃ、僕が圧倒してやる。」
この夜は暴れ明かす、一生に一度のみんなとの枕投げかもしれない…いや、これが二度あってたまるものか。
ただ今は、少しでも気を紛らわせていたかった。
虫の囀ずりを横に我々の夜は更けていく。
ーーーー
激戦地、ミレイ戦線へ移動してからはや7日。明日絶つかもしれない命を手に今日も勤めを果たすのだ。
「佐上一等兵…すまん、少し漬物分けてくれぬか…。」
「おう、見つかんないようにな…。」
そう言うと珠部一等兵は会釈をし、漬物1つを自分の器に移す。これが上官どのに見つかれば…いや、今はそんなことどうだっていい。自分は足りてるのだから、必要としている者に分けるのが一番だろう。
また1つ拠点が墜ちたそうだ。ここもいつまで持つかもわからない。この空の果てで母は無事なのだろうか。家は無事なのだろうか。今はそれどころではないけれど、思わずにはいられない。
口に物を運びながら私の意識はここにはなく、空で繋がる国にむけられるのだった。
明日も生きていけるのだろうか。
小銃を手に今日も戦線へと向かう。澄んだ空がとても眩しい。
その夜、私は告げられる。 『貴殿は、明日から聡明な帝国軍の部品としての任が与えられる。』と…。
上官は私の肩を抑え俯きながら伝えていただいた。
あなたがそんな顔をする必要ないですよ。それがあなたの職務であり、負わなくてはならない責任なのだから。数ヶ月、同じ釜の飯をたべただけの関係の人間にそんな感情をみせるようでは保ちませんよ…上官どの。
静かに受け入れ、私は宿舎へと戻る。外の灯が今日は一際煌めいて見えた。照らされた蜜柑色の薔薇のように煌めいて見えたんだ。
私の願いは早くも叶いそうだな。形は違えど…叶いそうだ。
揺らめくろうそくを背に皆より早く床へつく。
明日もガンバロウ
と
ご高覧いただき、誠にありがとうございます。
本作は現在連載中の『のっぺらぼう-秘匿事件特別捜査係-』の前日譚として執筆いたしました。
逃れられない運命の中で、彼らが何を想い、誰の幸せを願って立ち回っていたのか。ただの「記録」に過ぎない彼らの生身の感情を、どうしても書き残しておきたいという思いから生まれたお話です。
※本作はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。




