終わりの魔術師、再び生を受ける
僕の名前は、アルス。いや、前世では違う名前だったが、今はもうどうでもいい。
前の僕は、世界でただ一人の、そして最強の賢者だった。
魔術の頂点に立ち、あらゆる魔法を極め、いつしか「終わりの魔術師」と呼ばれていた。
なぜかって? 決まった死因がなくて、周囲の人間が先にくたばっていったからだ。
不老不死ではない。ただ、魔力で身体を常に最高の状態に保ち、どんな攻撃を受けても回復する。
結果、何百年も生きるうちに、僕は退屈に飽き飽きしていた。
ああ、早く死んで、あの世でゆっくり眠りたい……。
そんな僕の願いが叶ったのは、千年を生きたある日のことだった。
ついに、僕の寿命が尽きる日が来た。
僕は、ただ静かに、魔力を循環させるのをやめ、訪れる死を受け入れた。
そして、今。
僕は、赤ん坊になって、新しい人生を歩み始めていた。
「あら、この子、笑ってるわ。可愛い!」
女性の優しい声が、僕の耳に届く。
彼女は、僕の母親になるらしい。
僕を抱きかかえる腕は温かく、くすぐったい。
だが、僕の意識は、それよりも別のことに向かっていた。
(……なんだ、この魔力の奔流は?)
僕の身体に、とてつもない魔力が流れ込んでいる。
それも、僕が千年間かけて培った魔力とは比べ物にならないほどの、桁違いの魔力量。
前世で、僕は「この世界の魔力の総量を全て手に入れたら、一体どれだけ強くなるんだろう」と考えたことがある。
今、この身体に流れ込んでいる魔力は、まさにそれだった。
僕は、この世界に生まれた瞬間、この世界の魔力の全てを吸収してしまったらしい。
(……まじか。また最強になってしまった)
僕は、がっくりと肩を落とした。
赤ん坊の身体なので、物理的に肩を落とすことはできないが、僕の魂は深くため息をついた。
もう面倒なことはごめんだ。
今度こそ、平凡な人生を送り、穏やかに死にたい。
そう思っていたのに、まさか生まれた瞬間に最強チートを手に入れてしまうとは。
僕は、母親の腕の中で、そっと魔力をコントロールしようと試みる。
途方もない魔力量だが、千年の経験が僕にはある。
僕がほんの少し魔力を動かすと、部屋の中の空気が一変した。
まるで嵐の後の凪のような、不気味なほどの静けさ。
それに気づいた両親は、顔を見合わせる。
「……なんか、急に空気が静かになったわね」
「ああ、気のせいかと思ったが……」
僕は、そっと魔法を唱える。
心の中で、だ。
声に出さなくても、僕は魔法を使える。
前世では、そんな芸当は当たり前だった。
赤ん坊の喉では、まともな発音もできない。
だから、心の中で魔法を唱える。
『レベル、チェック』
僕の前に、半透明のウィンドウが現れる。
それは、この世界のステータスウィンドウと呼ばれるものだ。
僕は、前世でこの世界の魔法を解析したときに、その存在を知った。
しかし、見たのは初めてだ。
アルス
年齢: 0歳
レベル: 999
職業: 賢者(無限)
(……無限? まさか、上限がないのか?)
僕は、ステータスウィンドウに表示された文字に驚愕する。
前世の僕でさえ、レベルの上限は999だった。
無限とは、いったいどういうことだ。
そして、僕は、もう一つのスキルに目を留めた。
それは、この世界には存在しない、僕だけが持つスキル。
『無の魔力』
効果: あらゆる魔力を無に還す。
備考: 最強の魔術師が作り上げた、世界を滅ぼすための禁忌の魔法。
(……なんで、こんなものが)
僕は、前世でこの魔法を開発した。
だが、そのあまりにも危険すぎる力に、使用することなく封印したはずだ。
それが、なぜか僕のスキルとして付与されている。
最強の魔力。
無限のレベル。
そして、世界を滅ぼすための禁忌の魔法。
僕は、赤ん坊の身体で、すべてを悟った。
今世も、どうやら平凡な人生とは縁遠いらしい。
僕は、再びため息をついた。
そして、ニヤリと笑う。
最強なら、最強でいいか。
どうせなら、最強のまま、この世界を遊んでやろう。
僕は、前世ではできなかった、普通の赤ん坊の真似をすることにした。
「うー、あー」
僕は、意味のない声を出す。
母親は、僕が笑っていると勘違いし、さらに嬉しそうに僕を抱きしめた。
この世界のゲームは、攻略済みだ。
だが、僕にはまだ、やり残したことがある。
それは、前世では手に入れられなかった、平穏な日々だ。
僕は、最強の力を隠し、この世界で、最強のまま、静かに生きていくことにする。




