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第6話 国境

 トウリは今日もまた、南へと足を進ませていた。ただし、今までと違う点が一つ。


 道だ。


 森の先には馬車が数台通れるほどの、明らかに人工的に作られた大きな道があった。そしてそれは、確かに南西の方角へと向かっていた。


 この道を辿れば、もしかして。


 微かな期待がトウリの中で芽吹く。渇ききった心に、僅かな潤いが落とされる。

 道に出るほどの勇気はない。だが、無視するほどの胆力もない。

 トウリは未だ森の中だが、地面に刻まれた道標を辿り、前へと進んだ。


「城……砦?」


 道を辿った先にあったのは、人の通行を拒む大きな建物だった。観測術具を取り出し、様子を窺う。

 見張りなのか、建物の上の何カ所かに人の姿が見える。格好からして、兵士とみて間違いないだろう。しかも、森で見た奴らの装備と似ている。

 胸の奥から、何かが湧き上がってくるのを感じる。肩に力が入る。

だが、すぐに頭を振って感情を霧散させる。どう考えても、あまりに無謀だ。

 

 それにと、トウリはこの先へと考えを飛ばす。

 この建物がなんなのか、彼は正しく理解することができていない。そもそもこれを砦と推測し警戒できたのはあくまで母との授業の賜物であり、トウリはこれほど大きな建物をこの時初めて見た。

 それでも一つだけ、彼には確信に近い予想があった。根拠はなく願望に近い、しかしそう以外には考えられない盲信とも言える勘。

 この先に、エルトワがある。


 建物の入り口を見る。大きな門は固く閉ざされており、人の出入りも全くと言って良いほどない。人の動きや馬車などに紛れて通るのは無理のようだ。

 辺りを見回す。横に広がる柵や壁はない。代わりに、その両脇には木々の生い茂る山がそびえている。まるで自然そのものが壁の役割を担っているかのようで、砦は谷間の入り口を塞ぐ場所に建っていた。


 だが、その自然の壁は軍の進行などを妨げても、1人の逃避行を防ぐには足りない。山を登り切らずとも、山の森を通って迂回すれば、砦の横を通り抜けそうだ。

 決して楽な行程ではないが、兵士に見つかるよりずっと良い。


 そうして大きく迂回して砦を避けようと歩き出すも、ほどなくしてトウリは元の場所へと引き返していた。それも大粒の汗をかきながら、全速力で。


 迂回経路で見つけたのは、大きくなぎ倒された木々と、未だ延焼の続く焦げた爪痕。間違いなく、かなり大きな動物が生息している。このまま進むのは、あまりにも危険。


 術銃の性質上、大抵は1発目気づかれずに放てる。小動物であればそれだけで即死に至らせる自信はあるので、よく狩りの対象として鳥を選ぶ。

 だが、大きな動物になると、ほとんどは1発だけで即死させるのは難しい。

 当然、撃たれた動物は気が立つし、こちらにも気づく。そのまま逃げるなら、その間に2発目で仕留めれば良いのだが、多くの場合はこちらへと襲いかかってくる。しかも、術を使って。

 草食の鹿でさえ雷を放ってくるのだ。トウリは他の人と一緒でなければ、大型の動物を狩ろうなどとは到底思えなかった。


「絶対、無理」


 見つけた跡から察するに、爪に火系統の術を纏わせられる、木をもなぎ倒せる動物がいると見て間違いはないだろう。そんな危険生物の生息域に、とてもじゃないが1人で突っ込む気にはなれない。


 大きく肩を揺らしながら、息を整える。

 迂回はできない。道を渡って、逆側から進んでみるという手もある。だが、あまりにも視界の開けた道路を渡りきるのは危険に思えた。

 1度砦から離れて渡ったとしても、渡った先の逆側が安全だという保証もない。むしろ、こちら側と状況が違うと想定するのは、あまりにも楽観だろう。あちらにも何かしらが生息していると考えた方が無難。

 それでこそ、この砦が自然の要塞としてここに鎮座していると理解ができる。


 ならばと、視線を上げて砦を見つめる。どうにかして、見つからずに真横を通り抜けられなければならない。


 改めて砦を観察する。石造りの砦には二つの塔があり、この先にエルトワがあると仮定するのであれば、どちらもエルトワ側を面して建てられている。

 壁には幾つかの窓代わりの穴が空いており、観測術具で覗けば人の動きが確認できた。何人いるのかは分からないが、建物の大きさからして、間違いなくトウリ1人でどうにかなる人数でないことは分かる。


 中の人の動きや屋上にいる見張りを観察する。

 ふと、違和感を覚える。

 その立派な作りの割には、あまりに兵士たちが緩んでいるように思えた。

 門は閉ざされているが、別に門の前や周りに兵士がいるわけでもない。砦の屋上や塔に居る見張りも、警戒しているというよりも、談笑しているようだった。


 トウリは、この空気を知っていた。

 それは、村でくつろぐ犬や猫が放つ陽気な空気。父との狩りで見た、日向ぼっこする狩られる前の獲物。川を見つけた時の2人の男が纏っていたものと、同じ空気。


 それは、油断。


 トウリが大きく息を吸い込み、大きく息を吐く。これならば、なんとかなるかもしれない。


「あそこなら」


 そうして見つけたのは、茂みと木の陰に隠れながら進む、砦の横を通る道。あまりにも砦に近いが、屋上の見張りからは死角にある。建物の窓からは見えるが、観察した限り窓から外を見る者はいない。

 それに、茂みや木をうまく使えば見られることはないはずだ。大人であれば隠れるには小さすぎる茂みでも、成長途中のトウリであれば立派な隠れ蓑となる。


 決して安全とは言えない道。夜が来るまで待つべきだろうか。いや、夜になってしまえば、進行方向も見えなくなる可能性がある。今は影で見えづらくなっている場所が、夜に灯されると思われる砦の明かりで陰のままだとも限らない。

 それにと、トウリは再び笑い声を上げる見張りへ目を向ける。

 あの油断が、いつまでも続くとは限らない。


 これは賭けだ。間違いなく、危なすぎる橋。だがトウリは既に、後戻りできない場所まで来ていた。

 村は破壊され、両親は殺された。もう帰る場所はない。

 唯一の頼りは、母の言葉。


 やるしかない。母の最後の願いを叶えるために。エルトワへと逃げるために。

 何が何でも、生き残るために。


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