第4話 空っぽ
気づけば、抱えたままの術銃に、術力を流し込んでいた。
ーー返せよ。
術銃に刻まれた術式を起動する。
ーー父さんと母さんを、返せ。
木に寄りかかって術銃を安定させて構える。鳥よりもずいぶんと大きい的だ。
ーー殺してやる。
陽気に笑う男に照準を合わせる。鋭く、重たい弾を生成する。
ーー許さない。許さない。
この距離なら、ど真ん中でいい。絶対に、外さない。
殺す!
「ああああああああああああ!」
言葉にならない叫びをあげながら、発射術式を発動する。2人の男は、突然の奇声に振り向き、剣に手を伸ばす。
だがその剣に手が届く前に、氷の弾が男の身体を、貫く。
「おい! どうした!」
撃たれた男は、衝撃で後ろへと吹き飛ぶ。
もう1人は何が起きたのか理解できず、撃たれた男へ視線を移す。彼の目に映ったのは、胸に穴を空けドクドクと血を流す仲間の姿。
「おい……なんなんだよこれ」
トウリは肩で息をしていた。
目は照準器から外れ、倒れた男を捉えていた。ドクドクと流れる血を見て、弾が命中したと知る。
途端に、指の先から熱が奪われていくのを感じる。
何度も狩猟ならしてきたはずなのに、何度も術銃を撃ってきたはずなのに。
知らない感覚に襲われる。頭を支配していた黒が、薄れていく。
力が、抜け落ちる。動揺で目の焦点が合わなくなる。
それでもドクドクと流れる赤だけは、はっきりと脳裏に焼き付いた。
息が、さらに、荒くなる。頭から、血が引いていく。
早く、次の弾を。
辛うじて動いた思考を頼りに、再び術銃を握り直す。
だが構えようとした瞬間、自分の手がひどく震えていることに気がつく。心臓の音が、一層うるさく感じる。
「クソがァアアアアアア!」
トウリは肩を跳ね上げてしまう。男の叫びが、鼓膜を突き刺す。
「クソガキ、ぶっ殺してやる!」
向けられたのは、明確な殺意。身の毛がよだつのを感じる。黒から変貌した色の名前を理解する。
これは、恐怖だ。死の、恐怖だ。
「あ、あ」
男が剣を抜く。
「うおおおおおおおお!」
走ってくる男に、トウリはようやく気づく。やらなければ、やられる。
術式を展開する。うまく術力が動いてくれない。男との距離が縮まる。
術式を展開する。弾を生成する。先ほどの鋭利さはない。男がさらに近づく。
発射術式を発動する。外れる。
もう一度弾を用意する。男はもう、目の前だ。
「死ねェえええ!」
「うわあああああああ!」
男が剣を振り上げるのと同時に、トウリが目をつむって未完成の弾を発射する。
「グッアアア!」
男が痛みにもだえ、剣を手放し、後ろへと倒れ込む。
「ガァッハ」
男の軽装に、血が滲み出す。
「クソッ、ガァ!」
だがそれは男の憎しみを止めるに足るものではなかった。殺意はまだ、トウリを貫いていた。
そこからは反射だった。トウリは自分の短剣に手を伸ばし、馬乗りになるように、男にまたがる。
男の顔が痛みに歪む。だが、目の気迫に、衰えはなかった。
トウリが腰の短剣を抜く。男が落とした剣へと手を伸ばす。
僅かに、手が届かない。
短剣を振り上げる。男の拳が、横腹にめり込む。
だがもう、トウリにその痛みを感じる余裕はなかった。
「クソガキィイイイイイイ!」
「あああああああああああああ!」
短剣を、男の喉に深く、突き刺す。
大きな血管を、断ち切るように、振り抜く。
熱を持った血が、顔を濡らす。
もう一度短剣を振り上げて、刺す。
振り上げて、刺す。
一心不乱に、刺す。
そして男の抵抗は徐々に弱まり、動きを止める。だがその視線は、トウリを射貫くその視線だけは、弱まることはなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
血に濡れた自分の手が目に入る。思わず、短剣を落としてしまう。ドクドクと血が流れ出て、中の肉が露わになっている男の喉が見える。
「ヒュッ」
目をそらすように上にずれた視線が、男の顔を捉える。絶命したはずの男は、未だに鋭い眼光で放っていた。排除したはずの脅威に、トウリは思わず後退った。
「うっ」
瞬間、何かがこみ上がってくる。口を手で抑えようとするが、抑えきれず、茂みへと顔を突っ込む。
「うっ、おぇっ」
そしてトウリは胃の中も、感情も、自分の中身が全て空っぽになるぐらい、吐いた。




