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第3話 激情

 木の幹へと倒れ込むように寄りかかり、ズルズルと落ちるようにして尻餅をつく。

 どれだけの時間が経っただろうか。

 腰の水筒を手に取り、飲み干す。まだ落ち着きそうにない荒い息のまま、トウリは空を見上げた。


 太陽は天辺を少し過ぎたぐらいの位置。体感としてはずいぶん長く走っていたつもりが、どうやらそうでもなかったらしい。

 嫌気が差すぐらい青々とした空を見上げながら、もう一度水筒を傾ける。

 だが飲み干したばかりで水滴も出るはずもない。投げやりに水筒を下ろす。


 これからどうしよう。泣き疲れた後はひどく冷静になると実感しながら、トウリはゆったりと流れる雲を呆然と眺めた。


 ……エルトワに行かなきゃ。


 今トウリが持っている唯一の指針は、母が最期に遺してくれた言葉。

 とはいえ、地図などはもってないし、行ったこともない。ここからどれくらい遠いのか、どう行けばたどり着けるのか、全く知らない。

 唯一知っているのは、母の地理の授業で教わった、南の隣国ということだけ。


 それでも、行かなきゃ。それが、母の最後の願いだったのだから。


 とりあえず、水と、食べるもの。

 まだ何も喉を通る気はしなかったが、トウリは結局昼にありつけなかった腹からは多少の抗議を感じた。今更ながら今日狩った鳥を置いてきてしまったのを少し悔やんだが、わざわざ引き返してまで取りに戻ろうとは思えなかった。


 寄りかかっていた木の幹を頼りに立ち上がり、改めて持ち物を確認する。

 腰のベルトに結んだままだった水筒と短剣。

 辛うじてポケットに突っ込んでいた観測術具。

 そして何よりも大事な、肩にかけた術銃。

 これから何日になるかも分からないサバイバルには不十分な装備だが、何にも代えがたい術銃をしっかり持っていることが唯一の救いだった。



 南という方角だけを頼りに歩いていると、微かな川のせせらぎが聞こえてきた。木の枝を避けながら、音の方へと進んでいく。

 川だ。清涼な開けた空間を見つけ足を進める。


 だがその手前で、トウリはふと足を止めた。

 川辺に、鳥がいる。羽を休めているのだろうか、油断した様子で毛繕いをしていた。

 トウリはゆっくりと木の陰に身を隠し、音を立てないよう静かに術銃に手をかける。一気に水も食料も手に入りそうだ。


 術銃に術力を流し込む。術式とつながる。術銃を構える。

 距離は100もない。風もない。貫通力もいらないぐらいだが、まっすぐ飛ぶ弾で良い。


 ゆっくりと息を吸う。循環する術力に触れる。

 息を吐き出す。術銃の先に集中する。弾を生成する。先端が少し丸いが、これぐらいなら大丈夫だろう。


 再び息を吸い込む。照準をぴったり合わせる。

 息を吐き出す。そして、発射術式に意識を移す。


「お、川あるじゃん」


 バサバサと鳥が飛び立つ。突然聞こえてきた声にトウリは思わず身体を硬直させてしまい、術の展開をやめた。

 2人の人物が森から出てくる。少しだけ距離が離れているおかげか、トウリに気づいた様子はない。


「おい、まだ任務中だぞ」

「良いじゃん、休憩休憩」


 川辺で背伸びをする男と、面倒くさそうにその後ろを続く男。どちらも似たような剣を帯同しており、同じ軽装を身にまとっている。間違いなく仲間だろう。


 兵士、かな。


 トウリの村はかなり辺境ということもあり、彼は狩人以外の武装した人などほとんど見たことがない。希に領主の私兵と名乗る人物なら辛うじて見たことはあるが、それも遠目に見る程度でしかない。

 そのため、トウリは彼ら2人の正体を正確に把握することができなかった。

 このまま隠れていよう。今は誰を信用していいのかが分からない、隠れてやり過ごすのがいいだろう。そう判断し、トウリはそのまま木の陰で息を潜めることにした。


「つうか、いつまでこんな森ん中捜索すんの?」

「さぁな、所長殿が納得するまでだろうな」

「めんどくせぇ!」


 捜索という言葉に、トウリは反射的にその小さな体をさらに小さくした。何か、もしくは誰かを探しているのだろうか。今すぐ立ち去りたい気持ちを抑え込め、2人が去るのを待つ。


「つうかそもそもなんで捜索してる訳?」

「念のためだそうだ」

「念のためって。2発もぶち込んだんだから、いるわけねぇじゃん」


 トウリは、自分の瞼が大きく広がるのを感じた。今、なんて言った。


「まぁ、あの破壊力じゃ、そうだな」

「だろ? 生き残りなんかいねぇって」


 2人の会話が耳の奥で反響するかのように繰り返される。

 2発もぶち込んだ。あの破壊力。生き残り。

 鼓動が早くなる。視界がぼやける。


 頭の理解が、追いつかない。


「しっかし派手だったよなぁ! もう何もかもをぶっ壊しちまってさ」

「研究者たちも大喜びだったな。実験は大成功だって」


 2人の男たちの会話は続く。だがトウリはそれをそれ以上聞く余裕などなかった。

 2発と言った。破壊したと言った。実験と言った。


 思い出すのは母の言葉。


 人為的な爆発。自然のものではない。

 爆発は2回起きた。2発ぶち込んだと言った。


 未だ談笑する男たちに視線を向ける。

 点と点がつながる。ーー全てを、理解してしまう。


 村を壊したのは、あいつらか。

 父さんと母さんを殺したのは、あいつらなのか。


 呼吸が浅くなる。思考が混濁する。

 ーー理性が、抜け落ちる。ドス黒い激情が、頭を支配する。

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