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第26話 狙撃

「火事だ!」

「おい誰だよ実験失敗したやつは!」

「誰か水の術!」

「おい馬鹿そんなことしたらデータが狂う!」

「その前に全部燃えるだろうが!」

「私の実験が!」

「いいからさっさと避難しろ!」


 研究所内は、阿鼻叫喚の様相をなしていた。

 緑のローブを纏った研究者たちの誰もが思い思いに叫び散らかしながら避難していた。

 我先にと逃げる者もいれば、大量の紙や道具を抱えて走る者、自分の机にしがみつき他の研究員によって引っぺがされている者も居た。

 だがいずれにしても、彼らは研究所の正門へと向かっていた。

 地下室の階段で押し合いながら、2階から降りる階段でも押し合いながら、大渋滞を経てなんとか研究所から脱出する。


 だがそんな研究者たちの中で、違う動きをする者たちが居た。


「師よ、地下実験室で火災が発生致しました。実験の失敗によって発生した炎が燃え移ってしまったようです」

「早く避難を。正門まで御案内致します」

「研究所の火災が起きた際の対策も起動してあります。多少の実験はやり直す必要が出ますが、大筋は大丈夫かと」

「一時避難を。今は師の身の安全を」


 その者たちは、シュトロームの研究室へ立ち入りを許されている、助手と認められた限られたメンバー。

 彼らは熟考する師と仰ぐシュトロームの説得を行っていた。


「違う」


 だがそんな彼らの必死の説得も、師によって否定される。


「ですが師よ、対策があるとはいえここでは師に万が一のことが」

「師よ!」

「うるさい、最後まで聞け!」


 シュトロームが怒鳴ると、助手たちは一斉に口を閉ざす。


「私が否定しているのはそれではない」


 シュトロームは鼻で笑いながら立ち上がる。


「これがただの実験失敗による火災だと? 笑わせる。確かにやつらは無能だ、だがそこまでの馬鹿ではない。これは工作だ愚図ども」


 助手の誰か、もしくは全員が息をのんだ。まさかそんなことが。

 誰もが思いつかなかった可能性、誰もが至れなかった結論。そこへ難なく辿り着き確信を持って示したシュトロームに、彼らは師への尊敬を強くするばかりだった。


「裏口へ」

「「「「は!」」」」


 だが彼らもまた、シュトロームの助手を務められるほどに優秀な者たち。

 彼らはすぐにシュトロームの四方を囲むように立ち、師を裏口へと案内した。


「全く忌々しい。誰かの嫉妬による謀策か、それとも外国の邪魔立てか」

「師に隠れてここまでのことの出来る者がまだ我が国にいるとは考えにくいです」

「外国でしたら、我が国は現在東の国と南の国と戦争中にございますので、いずれかかと」

「数日前に軍は我々の新兵器で南へと攻勢に出ました、その国の可能性はあるかと」

「南の国はエルトワ王国でございます」

「エルトワの馬鹿どもか」


 一同は秘匿された扉から暗い地下道へと踏み入れる。

 先頭の助手は光の術具で灯りを照らしながら案内する。

 長い通路はひんやりと冷たく、先ほどまで火災の近くに居たことを忘れさせる。


「そもそも国は何やすやすと侵入されている。いくらお膳立てしてやったと思っているのだ、あの馬鹿王め」

「エルトワの動きもあまりに速すぎます。攻撃してから1ヶ月も経ちません、新兵器の存在を知ったのも早くてその時かと」

「……いや待て。あの村から誰か逃げたって報告あったはずだ」

「あの村と申しますと」

「ほら、あのハンナの馬鹿が居た村だ」

「シュトローム様の同期の」


 シュトロームはそう口走った助手を躊躇なく殴りつけた。

 助手は衝撃で壁にあたって悶えるも、歩調を変えないシュトロームたちへ追いつくべくなんとか立ち上がり走った。


「クルズ村でしょうか。確かに2人の兵士が殺されているのが発見されております」

「ですが、あれから逃れるとは考えにくく、当時は動物によって殺されたのだろうと結論に」

「もし本当に誰かが逃れていたのなら」

「それでしたらこの動きの速さに納得も出来ます」

「忌々しい、クソどもめ!」


 シュトロームは顔に青筋を立てながら叫ぶ。


「師よ、もうすぐ出口でございます」

「出たらすぐに馬車を用意……いや、こちらから馬車へと向かう」

「は!」


 そして助手の1人は先にはしごへ手をかけ、シュトロームがその後に次ぐ。

 そのまま5人ではしごを登り切ると、先頭の助手はゆっくりと隠された扉を押し開ける。


「師、お手を」

「エルトワめ、絶対に許さん!」


 そして助手は先に誰も居ないことを確認すると外へ出て、シュトロームを引っ張り上げる。ここまで来れば安心だろう。そう助手たちが胸をなで下ろした。


 だが、その慢心はすぐに打ち砕かれた。


「ガァああああ」


 シュトロームは地面を踏みしめた瞬間、苦痛に叫びながら倒れた。




「胴体に命中!」

「よっしゃ!」

「シーク静かに!」

「ラっちもうるせぇ!」


 イリスたちは、賭けに勝った。既に4隊と9隊の脱出の確認は取れている。

 後は、隠されていた通路からシュトロームが現れるかの勝負だった。

 それに、彼らは見事勝利した。


 だが、トウリだけはまだ、喜んでいなかった。


「イリス、2発目、頭を狙う」


 トウリの言葉にイリスは押し黙り、再び観測術具を覗き込んだ。


「4人の緑ローブに囲まれているが、頭は狙えるな」

「見える」

「貫通2」

「いや、5」

「いけるのか」

「やってみせる」

「貫通5、上方12.9」


 トウリは、自分がひどく冷静だということに気づいた。

 復讐とは、もっと激情をはらむものだと思っていた。少なくとも、最初に殺めた2人の兵士に対しては、そのどす黒い感情は明確にあった。


 だが、どうもそういったものが浮かび上がらないなと思う。

 いや、すぐにこれも少し違うことに気がつく。自分の中に、確かに燃えるような激情がある。

 だが、今この瞬間において、それすらも思考を研ぎ澄ませているように感じる。


 シュトロームの苦悶が見える。その目の中の恐怖の色さえも見える。

 弾を、生成する。全てを貫く弾を。

 確実に、届くための弾を。

 明確な殺意を込めた、弾を。


「狙撃用意」


 自分の息も、術力も、身体を循環する血でさえも、全てを理解したような感覚。

 照準は、あっさりと、ピッタリと、狙った位置に合う。

 これから飛ぶ軌道も見えるような気がした。

 絶対に、当たる。


「右0.8」


 ふと、シュトロームがこちらを見た気がした。血走った目は、一体何を見つけたのか。

 トウリの過集中で自然と開いてしまった口から、フッと笑みが零れる。


「さようなら」


 狙撃術式を放つ。

 反動で照準術具がブレる。

 だが、はっきりと弾の軌道が見えた。


 緩やかな弧を描き、真っ直ぐ飛んで行く。

 風に飛ばされるも、それすらも予定通り。

 鋭く太い氷の弾が、空気を切り裂く。

 そして、まるで吸い寄せられるかのように、その弾がシュトロームの頭を、貫く。


「頭に命中。シュトロームの死亡を確認」


 シークとエラは今度こそはしゃぎまくった。

 シークはトウリへと飛びかかるようにしてもみくちゃにし、エラはイリスに抱きつくようにして喜んだ。

 シークに頭をボサボサにされながら、トウリはイリスの方へと目を向けた。

 その視線に気づいてか、はたまた偶然か、イリスの視線とかち合う。

 トウリは誇らしげに、口を開いた。


「ほらね」


 ニッと笑ってみせれば、イリスもフッと表情を緩めた。

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