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第25話 決断

本日、エピローグまでの3話を投稿します。

 空に陰が落ち始める時間、研究所を守る見張り塔の兵士が大きな欠伸を隠しもせずに口を開けていた。


「指定の位置に4隊9隊を確認」


 兵士はつまらなそうに塔の縁で頬杖をつく。その一挙手一同が見られていることを知らずに。


「作戦開始。貫通2、上方7.3」

「狙撃用意」

「中心」


 見張り塔の兵士の頭が血飛沫を上げながら後ろへと吹き飛ぶ。照準術具を戻した頃には、その姿はもうなかった。


「命中」

「みてみて、4隊のやつすげぇ顔、うける。うちのトウリを舐めるなよー」

「まぁ、正直驚く気持ちは分からないでもないけどね」

「4隊9隊の侵入を確認。ほら、馬鹿話してないで我々もさっさと行くぞ」

「あいよー」「はーい」「了解」


 黒夜4隊と9隊と顔合わせをした時に、トウリは黒夜部隊の雰囲気は割とそれぞれで違いがあり、そしてどうやら自分たちの13隊は中でも特に緩いことを知った。イリスの元教官らしい9隊隊長が笑いながらそのことを指摘していたし、なぜかそれを誇らしげにするイリスを4隊隊長は呆れて見ていたので、多分間違いないのだろう。

 とはいえ、その緩さが問題になったこともなければ、他の隊長もそれを問題視する様子もなかった。しっかりやることやってくれればそれでいい。

 実力主義の側面だけは、どの部隊でも共通してあるらしい。トウリとしてはこの緩さのおかげで緊張もほぐれるので、特に問題があるとも思わなかった。


「裏を回る感じでいいよな?」

「そうだな、その方が見つかるリスクが低い。逆側の脱出ポイントと研究所の入り口を見張れる場所を目指す。詳細なルート取りは任せる」

「速く着いた方が良いよね」

「まだしばらく4隊も9隊も隠れて調査に徹するだろうから焦らずともいいが、時間制約があるのは確かだな」

「うーん、じゃあラっちペース速めにするよ」

「えーまぁいいけど、ちょっと隠伏荒くなるよ」

「じゃあもうちょい研究所から離れる、それでもその方が早く着くと思う」

「エラ、大丈夫そうか?」

「なんとかする」

「頼む」

「じゃあ行くぞー」


 こういう小さな確認は怠らないよねとトウリは改めて感心しながら、イリスとエラに挟まれながらシークの先導に続いた。

 決戦兵器研究所は深い森の中を隠れるように佇んでいた。実際この場所捜索を行った黒夜は見つけるのにかなり苦労したようだが、今のトウリたちにとってこの木々による陰はむしろ有利に働いてくれている。

 時折建物の形が辛うじて隠れ見えるぐらい離れた道取りで、4人は慣れたように木々の合間を縫って歩く。


 夕暮れの空が少しずつ夜の装いを着始める。夜で視界が閉ざされる前にと少しばかりの焦りを誤魔化しながら足を速めていると、突然シークがピタリと足を止めた。

 クンクンと鼻を少し動かしたかと思えば、彼はパッと音もなく木の上へと飛び乗り前方を睨んだ。


「何を見つけた」


 木から降りてきたシークに、イリスは声を潜めて訊いた。


「11時に3人。油断してる、こっちに気づいてない」

「エラは隠伏を強化。シーク、回避できるルートは」

「戻って回り道になる」

「時間がないな。とりあえず視認できる位置に移動する」

「あいよ」


 突然の接敵にトウリはふと自分が慣れという油断を持っていたことに気づく。緩い雰囲気を保つのと油断するのは違うと分かっていたはずだが、まだまだ学ぶことは多い。

 気を引き締めなおすように術銃を握り込み、ゆっくりとシークとイリスの背中を追う。


 鬱蒼とした森の中にふとうねるように奥へと続くひらけた空間が姿を現した。それは獣道と呼ぶにはあまりに広く、しかし道と呼ぶには研究所まで続くわけでもなく、あまりにも何もないところが始発点としている場所だった。

 そこで3人の兵士が暇そうに寛いでいた。


「トウリ、一番奥の真ん中にいるやつを狙えるか?」

「出来る、近いから外さない」

「よし、ならエラはトウリと残り隠伏継続。シーク、隠伏なしでも行けるな?」


 挑発するように放たれたイリスの言葉は、シークの獰猛な笑みで返された。


「だぁれにもの言ってんの。村は出ても部族の誇りまで捨てたつもりはねぇ。イリスこそ、俺について来れるのかぁ?」

「フッ、善処するさ。それじゃあトウリ、真ん中のやつを頼む。300秒後に」

「200」

「……200秒後に私とシークも配置に着く。タイミングはトウリに任せる、こちらが合わせる」

「分かった」


 そうトウリが言い終わると、イリスとシークが視界から消える。慣れないことといえばこの気配ごと突然消えるところだよねと苦笑いを浮かべる。


「なんかこういう時、本当に私の隠伏いるのかなって思うよね」

「……僕は助かってるよ?」

「ありがとうトウリ、トウリだけが味方だよ」


 ぐすんぐすんと嘘泣きするエラを放って、トウリは術銃に術力を込めた。


 久しぶりの観測手なしでの狙撃。だが不思議と、独りとは感じなかった。

 焦点を合わせる。距離は近いが、割と装備は厚いか。貫通3ぐらいで確実に。


 ふと、そういえば後何秒だろうかという疑問が浮かぶ。2人の動きにこちらが合わせることは出来ない。全体を見渡せる位置に居るのにも関わらず、その姿がまるで見当たらないのだから。


「残り100」


 だがその懸念は当たり前のように数えていたエラのおかげでかき消えた。少し上がった口角から力を抜き、トウリは狙撃に集中することにした。


 ゆっくりと呼吸をコントロールする。循環する術力を感じながら弾を生成。

 木に寄りかかって船をこぐ頭に、照準をピッタリと合わせる。


「いつでもどうぞ」


 瞬間、1人の兵士の頭がはじけ飛ぶ。

 だが、その仲間の2人は突然の異音に反応する時間も与えられなかった。


「はいおわりー」


 自慢の片手斧から血を払いながら、シークは開けた空間へと歩き出した。

 すぐに逆側から短剣を鞘に仕舞うイリスの姿があった。


「全くお前は、トウリの狙撃が着弾する前にはもう動いていただろ」

「あ、バレた? トウリなら今ぐらいに撃つかなーって」

「えぇ……」


 さすがに少し引いた。顔を少し引きつらせながら、トウリはエラと一緒に合流を果たす。


「それで、ここなに」

「キモい発言とまともな発言の差がすごい」

「えへへ、ありがとうラっち」

「褒めてない」


 照れたように頭かくシークを流しながら、エラはしきりに何かを探すように地面を見ていた。


「ラっち?」

「……」

「あダメだ、世界に入ったわ」


 突然過集中したエラにシークは肩をすくめた。

 こうなった時のエラはちょっとやそっとじゃ反応しない。ただ大抵それは何かの発見や知見に繋がることがあるので、危険がない時は放っておくことが部隊内の暗黙の了解となっている。

 果たして敵地のど真ん中にいながら危険がないと称して良いのかは別として。


「やっぱり道?」

「道じゃない?」

「しかし、ならばどこかへ通ずるべきではあるが」

「建設中?」

「道具ないよ?」

「途中で飽きた?」

「え」

「そんな訳ないだろ、トウリをあまり揶揄うな」

「あった」

 3人がなんとなしに話していると、エラが思考の海からの帰還を果たした。

「ここ、術刻印がある」

「どこだ」

「行き止まりの端っこ」


 エラはしゃがみ込んだまま、指で四角を描くようにしてその場所を示す。


「なんもねぇぞ」

「術でものすごく見えにくいだけ。イリちゃん、解除して良い?」

「待て、何の刻印か先に教えてくれ」

「あ、ごめん。私の隠伏と同系統の術がかけられている、恐らく何かを隠すための術」

「つまりここに何かがある?」


 コクリと頷いたエラに、イリスは少し悩む。だがすぐに、エラに解除の許可を出した。


「シークは森の警戒。トウリはこの道の先を警戒」

「おう」「了解」


 エラは先のとがったペンのような術具を手に取り、地面に記号を書き込み始める。

 数式の計算をするようにつらつらと書いては消して、直しては先ほど指さした場所へと繋げるように術力を込める。

 そうしてゆっくりと、エラは解を求めるようにして術を相殺していき、数分後には徐々に隠された物の姿が露わになった。


「地面に扉が」

「お、何々」

「え、警戒は」

「大丈夫、なんもないから」


 いつの間にかシークは我慢できずエラの肩から覗き込むような位置に居た。イリスは仕方なさそうに溜息を漏らしていたが、咎めるような発言はない。

 ならば本当に大丈夫なのだろうと結論づけ、トウリも気になる気持ちを正直に表すようにイリスの横で扉を見た。


「開けるよ」


 はやる気持ちのまま、エラは地面に埋め込まれた隠し扉に手をかける。

 ズズズと土埃を巻き上げながらゆっくりと扉が開くと、そこには暗闇へと続く木のはしごがあった。


「地下道だ!」

「これ、方角としては研究所だよね」

「研究所に続いてる?」

「その可能性は高いよね」

「イリス、確認しようぜ」


 まさかの発見にはしゃぐ3人とは違い、イリスは冷静に首を横に振った。


「えぇー」

「イリちゃん、これでも裏口かも知れないよ」

「そうかも知れない。だがな」


 そしてイリスは太陽が地平線へと隠れた空を指さした。


「もう時間がない」


 オレンジの地平線だけを残して、空が藍色に染まっていく。

 いつの間にそれだけ時間が経ったのだろうか。早めの行動をしていたのが、今ではむしろ4隊9隊の脱出に間に合うギリギリの時間になりつつあった。

 だが、それでもトウリは思い浮かんだ可能性を口に出せずには居られなかった。


「ここから、シュトロームが出てくる可能性は?」


 イリスの眉間の皺が深まる。まさしくその可能性を、彼女は懸念していた。


 13隊に与えられた任務は2つ。

 1つ目は4隊9隊の援護。侵入の援護を終え、後は彼らの脱出地点と脱出ルートの安全を術銃で確保すれば任務完了。

 そして2つ目の任務は、シュトロームの暗殺。しかしながらシュトロームは自身の研究室内で引き篭もっている上に、彼の研究室へ行ける人間は極々限られていることが確認されている。4隊や9隊による暗殺は不可能に近かった。


 ならばと白羽の矢が立ったのが13隊、トウリたちだ。

 作戦は、4隊9隊が行う破壊工作で研究所内に混乱を招き、他の研究者と共にシュトロームを外へおびき出して狙撃するというもの。

 それは、彼が安全圏から出てくる類い希なる瞬間を狙ったもの。そんなチャンスは、逃せば2度と訪れない可能性が充分にある。


 そんな2つの任務を同時に遂行するために、トウリたちは研究所の正門と脱出地点が見える地点へと向かっていた。

 事前の調査で、4隊や9隊がしたような異常なルートを取らない限り、研究者達とシュトロームは正門から避難するだろうと考えられていた。

 だが、ここに来て、新たな可能性が浮上した。


「ラっち、なんか確認するための術ないの?」

「くっ、あるって言いたいけどない」

「シーク、トウリ、ここも正門も脱出地点も見張れる地点に心当たりは」

「あの山とか」

「遠すぎる、時間に間に合わない。トウリもその距離からの狙撃は」

「頑張るけど、1発で当てられるかどうか」


 イリスが目を閉じ、眉間に深い皺をつけたまま天を仰いだ。


「イリス、ここと脱出地点見れる場所なら分かる」

「イリちゃん、私が言うことじゃないかもだけど、時間がもう」

「おいイリス」

「イリちゃん!」


 いずれの声にも、イリスの反応はない。先ほどのエラのように思考の海へと落ちていったようだ。

 通常であれば、エラと同じようにそのまま考えに浸らせる。大抵それで物事が上手くいくからだ。

 エラの術学院を卒業した頭脳を差し置いて、彼女がリーダーを務めているだけの理由の一端は、イリス自身の考察力と判断力にある。


 しかしながら、現在は浸らせるだけの時間の猶予がない。エラの時と違い、全員が差し迫る時間を認識したばかりだ。

 それでも、イリスはシークの呼びかけにも、エラの呼びかけにも、未だ反応を示さない。彼女自身、時間がないことぐらいは重々承知だろう。

 それでも悩む。悩まざるを得ない。


 この決断によって、この判断によって、未来が大きく変わる。


 次第に押し黙るシークとエラの横で、トウリは考えていた。

 果たして、そんな重大な悩みを、重責を、イリス1人に背負わせて良いのだろうか。

 確かに、この判断はリーダーがすべきものかも知れない。


 だが、果たして1人の仲間として、それは正解と言えるのだろうか。

 それならば、その問いであれば、答えられる。


「イリス」


 トウリはイリスの手を掴んで、腕を思いっきり引っ張った。

 力でも技術でも劣るトウリが、イリスの意思に反して体幹を崩すなど通常ではあり得ない。

 だが、この瞬間においては、その力関係は覆った。突然引っ張られた腕に驚き、イリスは体勢を崩す。


 何が起きたのか理解できず、イリスは咄嗟に顔を上げる。

 そして、彼女の目が、トウリの目と合う。

 それはまるで全てを見透かすような、美しい赤い目。

 イリスの意識が、その赤に引きずり込まれる。そしてそれに気づくと、その目はふっと細められた。


「イリスが決めたことなら、どんな未来になろうとも、僕は信じるよ」


 それは、ひどく暖かく、優しい目だった。

 イリスは大きく目を見開いた。

 あぁ、そうだ。私が彼に言ったんじゃないか。

 肩から少し力が抜けるのを感じる。トウリの後ろへと視線を移せば、心配そうに、だが同時にトウリの言葉に強く同意するように、シークとエラがこちらを見ている。イリスは、やっと届いたその言葉に笑みを零した。


 トウリがいつもしているように、大きく深呼吸をする。考えが、明瞭になる。

 海が、晴れていく。


「決めた」


 イリスはトウリの頭に手を乗せ、礼を言う。

 そして、彼女は迷いのない目で、決断を下す。

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