第24話 標的
「本日も異常なしっと」
男はコルデ砦の壁に凭れかけながら、ぼうっとハルプス回廊を眺めていた。
「だらしな」
「お前もすれば?」
「するわ」
同僚も彼と同じように壁へと凭れかかった。
「時々思い出すんだよな、ここが戦地だって」
「忘れんなよ」
「しかも最前線だって」
「だから忘れんなって」
「逆にこれでどう思えって言うんだよ!」
大げさにバッと広げられた男の腕を迎えたのは、チュンチュンと鳴く鳥と彼らと同じく雑談をする兵士の声。同僚の呆れた視線を一身に受けながら、男は何かをやり遂げたような満足そうな顔で再び壁へと凭れかかった。
「まぁ暇なのは良いんだけどさ」
ブオオオオオ!
そんな2人のだらけきった空気は鳴り響いた大きな角笛の音によって終わりが告げられた。「警戒態勢!」の掛け声に、2人は慣れたように定位置へと移動し始めた。
「おいもうこれお前のせいでいいだろ」
「はぁ?」
「余計なことを言うから」
「はぁ? あぁもう、フォルロットのクソどもめ、最近は動きねぇなって思ってたのに」
戦争開始からおよそ2年、当時は激しかった戦況が膠着状態に陥ってから、もうすぐ1年が経とうとしていた。時折勃発する衝突も、互いに被害の少ない小競り合いばかり。
そして今日もまた、そんないつも通りの戦いだろうと、誰もが思った。
「うん? なんだ?」
男は、視界の端で赤い閃光を捉えた気がした。
それは、見たことのない光。疑心を持つには充分な違和感。
だが、彼がそれについて言及することはなかった。その光こそが、彼の最後に見た光景となったのだから。
「先週の昼過ぎに、コルデ砦が墜ちた」
王城から帰ってきたイリスはそんな衝撃的な情報を抱えて戻ってきた。
「コルデ砦駐在の第4師団のおよそ3分の2が死傷。師団長含め生き残った兵士は撤退、現在はバルト砦で再編成中」
「何やってんだよ、大惨敗じゃん」
「一体何があったの? 黒夜の目を盗んで大軍をどうやって動かしたの」
「攻撃したフォルロットの数は、およそ20人だ」
「はぁ!?」
「20……」
「それはいくら何でもそれは少なすぎるよイリちゃん!」
「最後まで聞け。内5人は兵士の格好をしておらず、緑のローブを見に纏っていた」
声を上げたシークも、目を丸くさせていたトウリも、瞠目してイリスに確認を取ったエラも、あまりに聞き覚えのある特徴にピタッと動きを止めた。
「黒夜の報告によると、彼らは砦から離れた位置で馬車4台分はある大きさの術具を展開。そこから赤い閃光が放たれ、コルデ砦で爆発が発生。これによりコルデ砦は半壊、外で警戒に当たっていた兵士は全滅した」
誰かが唾を飲み込む音がした。イリスに集まった3人の視線は、次に発せられる言葉を待ちながらも、何を言うのかをはっきりと予想できていた。
「コルデ砦を襲った兵器を、トウリの村を襲った兵器と同じものだと推定される」
トウリはブワッと身の毛のよだつ感覚がした。トウリしか見たことがなかったその兵器が、ついに実践に投入されたのだ。
「おい俺らが報告したのどんだけ前だと思ってんだよ、何まんまとやられてんだよ」
「馬車4台もある大きさの術兵器を、黒夜はなんで直前まで気づけなかったの」
「は、雑魚かよ」
「シーク!」
「事実だろうがよ」
怒りや驚きを通り越して、シークは呆れたように背もたれに体重を預けた。そんなシークに噛みついたエラも、いつものような勢いはない。
そんな中、トウリは1人逡巡していた。
「あの時、シュトローム撃ってれば……」
零された言葉に、沈黙が訪れた。それに一欠片も同意しないとは、誰も言えなかった。
撃っていたとしても、結果が変わっていたかどうかは分からない。
だが、術兵器開発のトップと思われる人物を、あそこで屠っていたら。例え一瞬だとしても、そんな考えが全員の頭を過った。
「……それでも、私は止めていた」
そんな沈黙を打ち破ったのは、イリスだった。
「確かに、あの場で行動していれば、結果は変わっていたかもしれない。だが、当時私は情報収集に徹することを決めた。ならば、最後までその判断の責任を負うつもりだ」
そう言葉を紡ぐイリスの姿はひどく凜々しかった。
「それが、シークとエラからリーダーを託された時に、私が背負うと決めた覚悟だ。私は彼らをどこまでも信頼している。だからこそ、私はこの覚悟に誇りを持てる。そしてトウリ、それは私たちの仲間になってくれた君にも言えることだ。どうかその責任と信頼を、私に託してほしい」
先ほどまでやるせない顔つきをしていたシークとエラが、珍しく照れたような顔をしていた。トウリもそんな2人に釣られ少し頬を赤く染めながら、イリスに向き直った。
「ごめん、変なこと言った。元よりそのつもりだよ、リーダー」
「フッ、ありがとう」
「イリスはこういう所ずるいんだよなぁ」
「イリちゃんは本気でそういうこと言えちゃうからね」
今度はイリスが少し目を瞬かせた。しかしすぐにまた変なことを言っている、と理解を横に置いた。
それに気づいたシークとエラが呆れたような視線を向けたのは言うまでもない。
「それにだ。反撃の機会なら、ある」
そんなイリスの発言に、全員が少し前のめりになった。
「先日の廃坑、覚えているな」
「憲兵から情報盗んだやつだろ」
「言い方」
ケラケラと笑いつつも、シークはイリスに話の続きを促していた。
「あの後2人が持ち帰った情報を精査した所、あそこで奴らはどうやら鉱脈を見つけて、エルトワあの目を盗んでせっせと掘ってフォルロットへ送っていたらしい」
「あれ、廃坑じゃなかったの」
「廃坑だとも。少なくともエルトワからしてみれば、そうだった。どうやらあそこにはフォルロットの欲しがる鉱石があったみたいだが、我が国はその鉱石を使い道がないとして、ただの石として認識していたらしい。故に、あそこはエルトワから見れば廃坑、だがフォルロットからしてみれば放置された宝の山だった」
話が見えないとシークとトウリは首を傾けるなか、エラは何かを察したように眉間に皺を寄せていた。
「……その石って調べたの?」
「もちろん。後日ソニア教授の協力の下で調査を行ったという話だ。現状では、その石は確かに未知の鉱石であることを認めつつも、未だその全容を解明できずにいる」
「いや分かってねぇのかよ」
「シーク静かに」
エラの気迫に、シークは珍しく大人しく従った。
「でもこれを話題に出すだけの、相応の理由があると考えて良いのよね?」
「あぁ、その通りだ。実はその鉱石の調査を行う中で、ある不可解な現象が1度だけ偶然発生した」
エラが続きを急かすように前屈みになる中、イリスは構わずゆっくりと言葉を続けた。
「鉱石の一部が、突然熱を持ったらしい」
エラ1人だけが瞠目した。だがシークとトウリは相変わらず理解できずに居た。
「で、どういうこと?」
「すまない、2人にはもう一つの情報を先に伝えた方が分かりやすかったか。さっきこの鉱石がフォルロット王国へと送られていたと言ったな」
ブツブツと独り言を続けるエラを放って、イリスは2人へと向いた。
「その場所は、とある研究所だった。名は、フォルロット王国国立・決戦兵器研究所。我々の情報によればそこは、緑のローブたちの居城、そしてシュトロームが所長を務める研究所で間違いない」
「やっぱり」
「それって、つまり」
「あの鉱石は砦を襲った術兵器の素材の一部だと」
エラの予想にイリスは頷いた。
「少なくとも、上層部はそう認識している」
シークは苦虫を噛みつぶしたように顔を顰める。
「まんまと鼻の下から盗まれた上に、それでやられてんのか俺ら」
「他にも似たケースあるかもしれないよね」
「現在国内の鉱山および廃坑を調査中だ」
「うぜぇええ」
「これからの流入を止めたとしても、あくまでエルトワからのだから決定打とは言えない」
切迫した様子で話し合うシークとエラ。そんな2人の会話に参加するでもなくただ傍観するイリスに、トウリは違和感を覚えた。
もしかして。
「その研究所の場所って、分かってるの?」
トウリの質問に、シークとエラの会話が止まる。そしてイリスは、フッと不敵な笑みを零した。
「黒夜による長い調査の結果、研究所の場所は先日特定された。そして上層部は昨日のコルデ砦への攻撃を受けて、決戦兵器研究所を最重要目標と指定した」
イリスは小さく咳払いをした。
「上層部より指令。黒夜4隊、9隊、13隊による合同作戦を発令。4隊9隊は決戦兵器研究所の調査及び重要施設の破壊工作。黒夜13隊は研究所外から両隊の援護、並びに対象の狙撃による暗殺」
イリスは目を閉じ一度言葉を切った。そしてゆっくりと目を開け、不敵に笑った。
「暗殺対象、兵器開発責任者シュトローム・ハルデボワ」
視界の端で、シークとエラが挑発的な笑みを浮かべていた。きっと自分も似たような表情なのだろうと、トウリは悟った。
「やられっぱなしは我々の信条に反する。今度はこちらの番だ。準備でき次第、すぐに出発する。黒夜13隊、行くぞ!」
「「「了解!」」」




