第23話 信頼
「憲兵団を陽動として利用し、集落を探る。シークとエラは集落へ向かってくれ。目標はフォルロットがなぜこの廃坑にいるのかの解明。憲兵にも盗賊にも見つからないように情報を抑える」
「あいよ」「分かった」
意見の対立があっても引きずらないのは、プロ精神なのか培った関係性故か。シークとエラはすぐにイリスの指示に頷いた。
「トウリと私はここから狙撃による援護」
「了解」
「隠伏なくなるけど大丈夫?」
「設置型の隠伏は」
「あるけど、まだ試作段階」
「構わない、利用できるものは利用しよう」
エラは四角錐の術道具を取り出して、カバンで術銃の固定をするトウリの横へと置く。術力を込めると、四角錐の頂点から隠伏と同じようなベールが出るのが見えた。
「これは私の隠伏よりも範囲狭いし、効果もいつもよりは数段階下だと思って。しかもすごく繊細だから、道具を触らないように。でも逆に触りさえすれば効果は切れるから、離脱するときは回収だけしてね」
「すまない、面倒をかける」
「エラ、ありがとう」
少しはにかむエラの背中をシークが叩くと、2人は言い合いをしながら集落へと降りていった。
「さて、私も準備をしよう」
イリスはソニアからもらった折りたたみ式の三脚と観測術具を取り出し、狙撃体制のトウリの後ろに観測術具を固定する。
「イリス、憲兵が盗賊と接触した」
「始まったか」
眼下に広がる喧噪の火蓋は盗賊の奇襲によって切られた。
憲兵も2度目の制圧作戦だからなのか、ある程度対応出来ているように見える。
だが、やはり勢いがあるのは盗賊の方か、彼らはなだれ込むように憲兵たちへと襲いかかってきた。
「これこのまま憲兵勝てるかな」
「勝ってもらわないと困るが、かといって情報をシークとエラが確保する前に制圧されても困る」
「贅沢」
「それを実現するための我々だ」
不敵な笑みを浮かべるイリスに、トウリはふと浮かんだ疑問を口にした。
「そういえば、どうやってシークとエラの位置を把握するの? 隠伏で見えなくない?」
「あぁ、大丈夫だ、2人が集落に着いたら分かるようになる」
「え?」
「と言っている間に着いたようだぞ。集落の一番右下にある家の右側を見てみるといい」
盛大にハテナを浮かべながら、トウリは集落の入り口で入り乱れる戦場から視線を外し、術銃の照準術具だけ起動してイリスの言う家の方を見る。
すると、そこには陰に隠れながらこちらへと手を振るシークと、目を血走らせながら四角い術道具を握りしめるエラがいた。
「エラはかなり器用でね、ああやって隠伏を方向によって効果を薄めたり強化したりすることが出来る。本人としてはあまり好まないことではあるけど、他の部隊と連携するときなどは必要になるからな」
「すっごい顔だけど」
「隠伏の精密操作中は他のことが手につかないのを良いことに、シークが何かしたのだろうな」
もはやどんな状況でも変わらずエラをおちょくるシークに尊敬すら覚えてきた。
驚きなのか呆れなのかよく分からない感情を抱きながら、トウリは家の陰から陰へと移る2人を視線で追った。
「トウリ、2人の10時にいる奴が邪魔になるかもしれない。見えるか?」
イリスの言葉にトウリはすぐに思考を切り替え、術銃に術力を流し込み照準術具を覗き込んだ。
「赤い布を頭に巻いてるやつ? ちょっと曲がった剣を腰からぶら下げたままで壁にもたれかかってる男。サボってるのかな、戦場から隠れるように陰にいる。そいつの8時には屋根が少しへこんでいる家がある」
「あぁそいつだ。2人の位置からは死角にいる、このまま行くとかち合う。焦点調整と点測をしてくれ」
「分かった」
訓練で慣れ始めたイリスの指示に従い、トウリは狙撃の準備を進める。
「1.4」
「うん、私もそうだと思う。よし、貫通は2で行こう、上方修正は10.4にしよう」
ゆっくりと身体の力を抜きながら、弾を生成していく。
シークとエラが標的とかち合う前に、だが確実に当たるように、深呼吸する。
「狙撃準備完了」
「右に1.4」
イリスの言葉と共に、狙撃術式を放つ。
「命中」
ブレた照準を戻すと、男のいた壁は血で汚れている。
照準術具の視野を広げると、ちょうどシークとエラが男の居た位置へと辿り着くのが見えた。
シークは倒れている男に気づくと、こちらに向かって親指を立てた。見えていないだろうが、こちらも親指を返した。
「トウリはシークに似なくて良いからな」
「え?」
一体何のことだろうか。
トウリは疑問を浮かべながらも前へと進むシークとエラから視線を外さない。そして2人は複数ある家の中の1つを選んだのか、気づかれないように窓代わりの木枠から侵入していくのが見えた。
「2人とも家に入ったな。誰も近づかないように警戒しよう」
「といっても、ほとんど誰も家の周り居ないけど」
「まぁ戦闘の位置は少し離れているからな。いや待て、2人の入った家から8時」
そしてイリスとトウリはまたサボっている盗賊を見つけては狙撃した。そんな中シークとエラは素早く家の中を調べては違う家に入るのを繰り返していた。
そして3軒目で目当てのものを見つけたのか、集落から離脱した。
「シークとエラが安全圏まで離脱したのを確認。後は憲兵に盗賊たちを制圧してもらいたいんだが」
「苦戦してる」
開戦からしばらく時間が経った今、憲兵たちはまだ村の入り口から奥へと進めずにいた。
軍の指揮については門外漢のトウリには、装備が潤沢な憲兵が装備も練度も劣る盗賊たちを倒しきれずにいる状況が不思議でならなかった。
「ふむ、盗賊側というよりもフォルロットの指揮官が憲兵の指揮官よりもかなり優秀だな。場数の違いだろう。仕方ない、憲兵を少しだけ援護しよう」
「てきとうに盗賊を撃つ?」
「いや、指揮官を狙う」
そう言ってイリスは戦場を睨んだ。トウリもイリスに見習ってそれらしき人を探す。
だが、入り乱れる戦場で一体どういった特徴の人物を探せば良いのか見当もつかなかい。一進一退を繰り返す憲兵と彼らを食らわんとする大きな獣のように動く盗賊たち。
このまま進めば、憲兵は食われるのではないか。そんな考えを打ち消したのは標的を見つけたイリスの声だった。
「シークとエラが出た家から5時に10点。目視出来るか」
「集団の最後尾にいるやつが見える」
「照準起動してくれ」
トウリは再び照準術具を覗き込んだ。
イリスにその最後尾にいる人物の特徴を伝えながら、果たして本当にこの人物が指揮官なのだろうかと疑問を抱く。確かに他の盗賊よりも背筋が伸びていたり、フォルロットの兵士と言われればそうは思うものの、トウリには彼が指揮官であることを見破れる自信はない。もしかしてイリスが見ている人と違う人を見ているのだろうか。
そんな疑問を否定するかのように、イリスがトウリの言葉を遮った。
「そいつが指揮官だ。焦点調整と点測をしてくれ」
トウリはこの時、初めて考えるのをやめた。
今までは狩りだろうと訓練や任務だろうと、トウリはある程度の意思決定を自分でしながら標的を撃ってきた。イリスが観測手を務めていようと、あくまで自分もイリスの意見に同意して、自分の意思で選んだ標的だと思って撃ってきた。
それは、命奪う者のせめてもの責任だと思ってきた。
「1.9」
「貫通3、上方修正は9.8」
だが、今回はその意思決定を放棄した。
せざるを得ないと思った。なぜならば、今狙っている男が指揮官であると、トウリに看過することは出来なかったし、指定された今でも出来ない。
ならば出来ることはただ1つ。
トウリはゆっくりと深呼吸をした。
彼女の判断が正しいかどうか判断がつかない。
けれどイリスなら、彼女の判断なのであれば。それは決して、責任の放棄ではないように思えた。
その判断を委ねた上で命を奪う責任を負えるほどに、信頼できると決めた。
「トウリ? 大丈夫か?」
心配する声に、トウリの口がフッと弛んだ。
「狙撃準備」
トウリは不思議な感覚へと陥った。
今までよりもずっと明瞭に、術力の循環を感じる。
全ての感覚が、先端に生成された弾に吸い寄せられるような。
余計な情報が聴覚からも視覚からも消えるような、ただ狙うべき一点にだけ意識が注ぎ込まれていく。
全てが静止した空間の中を、揺蕩う。
数秒、数瞬にも満たない時間が、永遠のように思えた。
そして、そんな世界に再び色をつけるように届いた声。
「右に0.6」
トウリは、1つの線が形成されていくのが見えた気がした。
気づけば、狙撃術式を放っていた。
まるで呼吸するかのように、自然と放たれた弾がブレる照準でも弧を描くのが見えた気がした。
「命中。撤退準備を始めよう」
トウリは若干の放心のまま、言われた通りに移動する準備を進める。
ふと、戦場の喧噪へと目を向けた。倒れた指揮官に群がる人々や、徐々に動きが乱れる盗賊たちと、そしてこのチャンスを逃すまいと一気に勢いの増す憲兵団。
トウリは頷いた。自分の判断が、イリスを信じたのが、間違っていなかったと知る。
そのまま戦場を眺めていると、頭に手が乗せられたのを感じる。
振り返ると、そこには準備を終えたイリスが柔らかく微笑んでいた。
「さぁ行くぞトウリ」
この日、トウリはようやく狩人から狙撃手になれた気がした。




