第22話 廃坑
それからの日々は駆け足で過ぎ去った。
長かったが早かった。
イリスとの訓練や部隊としての4人の連携、そして黒夜としての訓練。終えたかと思えばすぐに実践とばかりに課された任務の連続。
狙撃手というのが軍として初の試みもあってか、最初はあまりトウリが役に立てないような任務もあった。だが最近では上層部も狙撃の強みを認識し始め、遠くからの情報収集や狙撃の任務が増えていった。
とはいえ変わらず部隊4人で行動するので、トウリから不平が出ることはなかった。
「本日の任務は廃坑を拠点とする盗賊に関する情報収集だ」
そんなトウリだが、今日は少し複雑な気持ちで任務内容を聞いていた。
「本来はこういったことは我々ではなく街の衛兵や憲兵の取り扱う事案だが、少し事情が重なって我々に回ってきた」
王都から北へと進んだ街で荷馬車を降りた後、4人は森の中を歩いていた。
相変わらず緊張感のない緩んだ空気で進む中、トウリだけが少し顔を顰めながらイリスの話を聞いていた。
「1つ目の理由は、既にこの廃鉱に居座る盗賊の制圧は一度失敗していること。そして2つ目は」
イリスは一旦言葉を句切ってちらっと心配するようにトウリへ視線を移し、話を続ける。
「先日の護衛任務で逃げた襲撃犯の1人が、この辺りにいることが確認された」
「うっ」
苦いものをかみつぶしたような表情で、トウリは少しうつむいた。
そう、まさしくこれがトウリの顔を歪ませる理由だった。
先日護衛任務でイリスたちは2人の不審者を見つけ、トウリは弓矢を構えた瞬間の1人を撃ち抜き、襲撃を未然に防いだ。
だがそのもう1人は仲間が倒されるのを見るやいなや、見捨てるように逃げ出した。トウリは右往左往と逃げる犯人を捉えきれず弾を外してしまい、結果逃げられてしまった。
護衛任務としては襲撃を未然に防ぎ、成功と言えよう。だが、最善とは言えない。そんななんとも言えない結果に終わってしまったことを、トウリは悔いていた。
「わ」
「ニシシ」
そんなトウリの様子に気づき、シークは肩を組むようにして寄りかかる。
「トウリー、気にすんなって、あれはお前だけのせいじゃないしさ」
「でも」
「そうだぞトウリ」
シークの言葉に同調するように、イリスがトウリの言葉を遮る。
「あそこから撃つよう指示したのが私だ。責任なら私にある。それに、私たちはもう同じ部隊の仲間だ」
そうしてイリスはトウリの頭を撫でながら、柔らかく笑う。
「1人で背負い込むな。私たちにも背負わせてくれ」
「そうだぞ! 独り占めはずるいぞ!」
「トウリ君、今度は逃さないように一緒に頑張ろう」
わぁとかけられる言葉の数々に、トウリは少し胸が軽くなるのを感じた。
「それに、今回は運が味方をしてくれた。奴が逃走時に奪った馬と同じ特徴に乗った、我々が見たのと同じ格好の人物が近くの街で目撃されている」
「でもイリちゃん、それと今回の廃坑と関係あるの?」
イリスは緩んだ空気を少し引き締めるように咳払いをする。
「不可解な点が2つ。なぜただの盗賊相手に制圧作戦を行った憲兵が後れを取ったのか。そして、なぜフォルロットの刺客がわざわざこの近辺に留まっているのか」
「ちょっと待ってイリちゃん、フォルロットの刺客?」
エラが瞠目する横で、トウリは自分の目がキューッと細くなるのを感じた。
「トウリが撃ち抜いた者から、フォルロットとの繋がりを示す物が見つかった。となると、そいつと一緒にいた逃亡者もフォルロットと繋がりがあるとみて間違いはないだろう。そして、奴が最後に確認されたのはこの地だ。もちろん、ただ単に逃亡者が一枚上手で奴を見失った、という可能性は捨てきれない。だが、憲兵を上回る集団のいる地でフォルロットの刺客が消息を絶った。少なくとも、これだけで我々が調査する理由には充分だろう」
「そら確かにケンペーには重いわ」
顰め面のトウリの顔をピンと指で弾きながら、シークが覗き込むように前方にある山に視線を向けた。
「あれか?」
「見つけたか」
「なんか建物みたいなのがあるんだけど」
「どれだ」
「ほら谷みたいになってるとこ」
「え、待って隠伏かける」
そうして何の前触れもなく作戦が始まった。エラの術のベールに包まれることを確認して、4人は木の陰から視線の先にある集落のように連なる家々を見る。
「イリちゃん、廃坑って話だよね」
「そのはずだ。位置も間違っていない」
「廃坑が使われてた時の村とか」
「その可能性はあるな」
「入ってみるか?」
「いや、もう少し様子を見たい。トウリ、敵が現れたらこの位置から撃てるか?」
「遠くてもいいからもっと高い場所が良い。ここからだと射線の邪魔になるものが多い」
「ならあそこ行ってみる?」
シークが集落の向かいにある崖のように突き出た山を指さす。
「それよりもそのちょっと下に段差みたいになってる場所が良い」
「どこどこ」
今度はトウリが指をさす。
「ちょっと暗いところ見える?」
「あぁー、分かったかも」
「それならトウリとシークで道案内をしてくれ、私は集落を警戒しながら殿を務めよう」
「りょーかい」「分かった」
4人は急斜面や岩場を乗り越えて、トウリの見つけた場所へと辿り着く。
「ここバレたらやばいな、逃げ場少な過ぎ」
「でも影であっちからは見えづらいだと思う。あっちから来るときここ暗かったでしょ」
「あぁ、確かに?」
「ふむ、どちらも一理あるな。とはいえ警戒しすぎに越したことはないだろう」
「場所変える?」
「いや、術に頼ろう。エラ、ここからは隠伏に集中してくれ」
「分かった。シークあんま動くと術解けるからね」
「そんぐらいカバーしろよー」
「術を理解してからものを言え」
「シークも何か違和感を覚えたら言ってくれ。私の目よりもお前の方が先に気づくだろう」
「そん時はさすがに動いていい?」
「急を要するなら構わない」
「うぇーい」
「なに勝ち誇ったみたいな顔してんのよ!」
聞き慣れたやり取りの横で、トウリが術銃をいつでも撃てるように準備を進める。
「トウリ、ここなら問題なさそうか?」
「うん、いける」
少し見下ろせば、先ほどは見えなかった集落の全体像がつかめた。
山の側面に開けられた大きな穴の周りに複数の古い家が建っており、恐らくこれらは過去に鉱山工たちの家として使われた集落の跡だと思われる。
そして、それらの家々の間と周りには暇を弄ぶように居座る多くのごろつきがいた。
中には先の憲兵から奪ったのであろう装備を楽しそうに振り回す者もいる。彼らが件の盗賊集団と見て間違いはないだろう。
しかしそんな中、トウリたちの視線を集めたのは別の箇所だった。
「なんかさ、あいつらおかしくね。盗賊のくせに装備が潤沢すぎ」
例えば、何かの弾みで良い装備を手に入れたとしよう。戦いに身を置く兵士であればそれを大事に使うが、盗賊に限って言えばそれはない。
彼らはそれを装備ではなく盗品として扱い、さっさと金に換える。彼らが使う装備というのは上等なものではなく、金にはならないが充分役に立ってくれる最低限のものだ。
家出してからの旅の中で一時盗賊と行動していたシークは、それを経験則として知っていた。
「しかも術道具とかもあるし。ほらあれとか、憲兵ってああいうの持ち歩かないよね。ならあいつらが元々持ってたものじゃないかな」
シークと違い盗賊の常識を知らないエラだが、彼女も似たような結論に達した。そんな2人の意見に傾けながら、イリスは眉間に皺を寄せながら盗賊の集団を睨んだ。
「トウリ、何か気づいたことはあるか」
「えっと、家かな。補修されてる」
「あ、ほんとだ。でもあいつら使ってねぇな」
「それか、他に使っている者がいる、とか」
「フォルロットか」
イリスの言葉に、部隊の弛んでいた空気が引き締まる。
「あの家とかの中に、フォルロットの人間がいるってこと?」
「分からないが、フォルロットが裏にいると思えば装備の良さも裏付ける。さらに、もしそれが指揮能力のあるフォルロット軍の者であれば、あの盗賊どもが憲兵を撃退したのも頷ける」
「待って、あそこ」
話を遮るように、シークが集落から少し離れた谷間の道を指さす。
「別の集団が近づいてる」
その指先にいたのは、同じ制服に身を包んだ兵士たちの姿。彼らは盗賊たちと同程度の人数でゆっくりと集落へと向かっていた。そんな彼らを見て、イリスは眉間の皺をさらに深めた。
「この地の憲兵たちだ」
「なんでいるの。なんか聞いてる?」
「いや、そもそも憲兵団には軍が到着するまで待つよう指示が出ているはずだ。そして軍が到着したという報告も受けていない」
「え、勝手に動いた?」
「国が動く前に手柄を、とでも領主が思ったのだろうな」
「馬鹿すぎ」
「面倒なことになったね」
「待って、誰か家から出てきた、集落の方」
トウリの言葉で、再び視線は集落の方へと向けられる。そこでは家の中から明らかに他の盗賊よりも装備の良い男が出てきた。
そして、彼のことを、トウリは知っていた。
「あいつだ」
「あいつって、逃げた奴?」
「うん、同じ顔」
「ならば、決まりだな。あそこを占拠しているのはただのごろつきではなく、フォルロットの指揮下に盗賊だ」
そうイリスが結論する中、同じくフォルロットの人間だろうか、複数の人物が家々から出てきて盗賊達に指示を出すのが見えた。
彼らの言葉に従うように、盗賊たちは面倒くさそうに憲兵団を迎え撃つ準備を始めていた。
「イリちゃん、私たちはどうする。憲兵団と盗賊の同数の戦いなら憲兵団が勝つと思うけど、フォルロットに支援を受け統率の取れている盗賊の相手は、荷が重すぎると思う」
「でも勝手に動いてんのあっちだし、負けても自業自得じゃね?」
貴族出身で良い子に育てられたエラと戦いの中に常に身を置いて育ったシークの違いは、こういったところで顕著に出る。
「……いや、我々は我々で動こう」
そう静かに告げたイリスの視線は、着々と戦闘準備が進められている眼下を冷静に見据えていた。




