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第19話 学院長

「まずはお時間を頂きありがとうございます。本日は横におりますトウリのことでお話を伺いたく、参りました。トウリ、話してもいいね?」


 名前を呼ばれてトウリは思わずピッと背を伸ばし、頷いた。


「こちらにおりますのはフォルロット王国からエルトワへと亡命したトウリでございます。彼がハルプス回廊を通っているときに我が部隊が見つけ、保護しました。そして話を聞いたところ、故郷を逃げる際に彼の母がソニア教授の名を出して頼るように言われたと申しております。そのことについてソニア教授が何かご存じかを確認したく、本日は参りました」

「説明をありがとうございます。トウリ君と直接お話しても?」

「どうぞ」


 そういってソニアはトウリへと視線を合わせ、優しく話しかけた。


「初めましてトウリ君。私はソニアで、この学校で先生をしているの。よろしくね」

「あ、はい、トウリです。よろしくお願いします」

「フフ、礼儀正しいのね、どうもありがとう。トウリ君はフォルロット王国から来たっていう話だけど、どうしてこのエルトワまで来たのか、教えてくれるかな」

「は、はい。あの、僕はフォルロットの端にある村から来ました。それで、その村が、破壊されました。それで、村の中で僕だけが残って、逃げてきました」


 そっとイリスが背中をさするのを感じる。トウリは大きく深呼吸をして、話を続けた。


「逃げる直前に、母さんが、エルトワに留学したことがあると言ってて、それで逃げるのはエルトワ方へ逃げて、ソニア教授っていう人を頼ってって、言ってました」


 ソニアはゆっくりとした動きで頷き、優しくトウリを見つめた。


「そうだったのね、話してくれてありがとう。1人でこの国まで来たの?」

「はい、そうです」

「そう。それはまた随分と大変な旅をしてきたのだね」


 ゆったりとした話すソニアの言葉で、トウリは再び込みあがっていた緊張が解けていくのを感じた。


「それで、君のお母様のお名前を、教えてくれるかい」

「はい。ハンナです。知っていますか?」


 その名前を聞くと、ソニアは目を伏せた。それはただ思い出そうとしているのか、それとも、何か別のことを考えているのか。トウリにはわからなかった。

 そして、ゆっくりとソニアが視線を上げ、言葉を紡いだ。


「ええ、よく知っているわ」


 トウリの目が、大きく見開かれる。母さんの知り合いが、本当にいた。


「トウリ君はフォルロットの村出身ということで、間違いないかな」

「はい、そうです。クルズ村という場所です」

「そうなのね。では、お母様に姓があったのは、知っているかな」

「姓、ですか?」

「ソニア教授、ちょっと待っていただけますか」


 聞くことに徹していたイリスが、思わず話を中断させた。


「ソニア教授がご存じのハンナさんは、貴族の方でしょうか」

「えぇ、その通りです。名前はハンナ・ストック。フォルロット王国からこの術学院へ留学しに来た術道具士です」


 イリスは不思議そうに眉を寄せ、ちらっとトウリの方を見た。

 だが当のトウリも困惑していた。母は確かに術道具士だった。術道具も術も教えてくれたのだから、そこはきっと間違いない。しかし、ストックという名前に聞き覚えはなかった。


「失礼ですが、トウリが貴族の子息であることを把握しておりません。同名の別の人物という可能性はないのでしょうか」


 そんなイリスの当然の疑問に対して、ソニアはすぐに首を振って否定した。


「いいえ、同一人物です」

「……なぜ、断言できるのでしょうか」

「その術銃です」


 ゆっくりと微笑むソニアの言葉に、トウリは驚いたように自分の術銃へと視線を向けた。


「トウリ君、その術銃はお母様が作られたものなのかな」

「はい、そうです」

「少し見せて頂くことってできないかしら」


 トウリはそれに頷き、術銃を肩から外しテーブルの上へと置いた。ソニアは「ありがとう」とお礼を言うと、術銃の端から端まで、ゆっくりと観察し始める。


「イリスさんは、術道具を作られたことはありますか?」

「いいえ、そういった経験はありません」

「トウリ君は、あるかな」

「はい、母から教わりました」

「そうだったのね。じゃあ術道具の作り方や術式は、実は人それぞれ少しずつ違う、という話を聞いたことあるかな」

「あ、母が言ってました」

「そうなのですか?」


 イリスはそう訊くとトウリはコクリと頷き、ソニアは説明をした。


「人間、誰しも言葉選びや筆跡に違いがあります。同じ意味の文章でも、言い回しや書き方は人によって少しずつ変わっていきます。術式も同じで、どうしても術道具士の癖やよくする書き方などがあるものなのです」


 なるほどとイリスは理解したように頷くも、まだ少し怪訝そうにソニアを見ていた。


「それで、その術銃の作り方や術式がソニア教授の知るハンナさんと一致すると」

「ええ、同じです。ハンナさんはまだ留学が珍しかった頃にこの術学院に来たのもあって、良く覚えております」

「ですが、さすがに筆跡や言葉選びだけで同一人物だと断定するのは、難しいのでは」


 ソニア教授がフフフと笑うと、術銃から視線を外しイリスへと向いた。


「それでは、この術銃というものを、ハンナさんが当学院で初めて作られたものだとしたら、どうでしょうか」

「え!?」

「……それは、事実ですか」


 トウリが驚きで声を上げる中、イリスはさらに眉間の皺を寄せてソニアに確認をした。


「ええ、事実ですよ。彼女は護衛でいらしていた方と一緒にこの術銃を作り上げていました。その護衛の方は元々術さえも扱えなかったのですが、ハンナさんが卒業する頃にはこと術銃に置いてはなかなかの腕前でしたよ」


 トウリはふと思いつき、ソニアに訊いてみる。


「その護衛の名前を覚えていますか?」

「ええ覚えていますよ。確か、リヨウという名前でした」

「父さんだ……」

「あら、そうだったのね。じゃあ、あの2人が。そうですか、ふふふ」


 ソニアが笑みを深め頷き、トウリが衝撃の事実に驚く中で、イリスは小さくため息をついて再び紅茶に手を付けた。


「さてイリスさん。これで私の知るハンナ・ストックさんとトウリ君のお母様が同一人物だと十分言えるかと存じますが、いかがでしょうか」

「ええ、おっしゃる通りかと。不躾な真似を大変失礼いたしました」

「いいえ、貴方の仕事上正しいことかと」


 ふとイリスが硬直したように見えた。不思議そうにトウリがイリスの方を向くと、彼女はゆっくりと伏せていた視線をソニアと合わせ、疑問を口にした。


「もしかして、エラを紹介したのは」

「はい、私です。これでも国が運営する術学院の学院長ですので、開示されている情報もそれなりあります。それに、貴方の上官、実は私の教え子なのですよ。未だに相談なんかもされるのですよ」

「……それは、大変失礼致しました」


 イリスはまるで糸が切れたかのようにがっくりとしながら、彼女は椅子の上でうなだれていた。エラの変貌を超える、間違いなく今日一番の衝撃。

 そんな爆弾を投じたにも関わらずソニアはふふふと穏やかに笑っていた。


「トウリ君、良かったらご両親の話を、聞かせてくれないかな」

「はい!」


 そしてしばらくは再起動しそうにないイリスの横で、トウリは父と母を知るソニア教授と花を咲かせていた。

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