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第18話 術学院

 術学院。

 それはエルトワ王国によって建てられた、国立の術の学び舎。まだ謎多き術の研究に特化した術の研究機関と違い、術学院で研究だけでなく術教育にも力を入れている。

 入学するためにはある一定レベルの術能力が求められ、必然的に基礎的な術教育を受けやすい貴族の子供が多く在籍する。

 エラも子供の頃から術教育を受けており術学院に入学。そして数年前に卒業したものの、教授の1人と仲良くなり暇を見つけてはその人に会いに行っているという。


「その人が、ソニア教授だったわけだ」

「そうなの。まさかお世話になっている先生の名前が出るなんて思ってなかった」

「私こそ、まさかエラが学院長と仲がいいだなんて想像もつかなかった」

「あの人忙しいくせに不定期で授業するの結構好きで、それに通い詰めてたら覚えてもらったの」


 そう軽く言うエラだが、彼女はエルトワにおける術の権威である術学院の学院長のところへ遊びに行く、というのが如何に異常なことかを自覚していない。

 イリスはそんなズレたエラの認識に気づきながらも、楽しそうだからいいかとそれを棚にあげた。


「ようこそ術学院へ! ここが私の母校だよ」


 そんなエラの案内で4人は術学院の門をくぐった。通常は関係者以外立ち入り禁止のはずなのだが、卒業したにもかかわらず入り浸るエラの姿を見て、門番はニコニコしながら通してくれた。

 入校許可証をもちろん見せたが、それよりもエラがいるおかげで通れた状況に、イリスは若干の苦笑いを浮かべていた。


「でそのソニアって人どこ?」

「忙しい人だけど、いるなら校舎の3階にいるはずだけど……なんでシークもいるの」

「イリスーエラがのけ者にするー」

「だってあんた術とか全然知らないでしょ」

「うん知らん」


 がっくりとしながら案内を続けるエラとケラケラと笑うシークの茶番を横に、トウリはキョロキョロと辺りを見回していた。

 今の時間帯はまだ授業が行われているようで、幾人もの生徒の姿が見える。建物の中で授業を受けている姿、校庭で何か集団で練習をしている姿。そして、生徒たちが持つ、色んな形の見たことのない術道具たち。

 辺境の村で母から術を学んだトウリにとって、術の学び舎があること自体が衝撃的だったのに、これほどまでに大規模とは。

 トウリは窓から見える術式を見たり、すれ違う生徒の術道具を見たりと、興味津々といった様子だった。


「フフ、エラが2人に増えたみたいだ」


 微笑ましそうに笑うイリスの言葉に、トウリは初めて自分の行動に気づく。少し顔が熱い。


「ええやだやだ、トウリは術バカにならないで!」

「ちょっとシークどういうこと!」


 覆い被さるようにトウリに抱きついたシークを、エラが引き剥がす。そんな言い合いも校舎に入る手前には止まっていた。


 コンコン。


 エラは慣れた様子で「学院長室」と札のかかった部屋の前で足を止め、扉を叩いた。すると程なくしてから「どうぞ」と女性の声がした。


「失礼致します」


 一瞬別人かと思ってエラを見たのはトウリだけではなかった。

 いつもよりも数段落ち着いたトーンのエラが扉を開け、中へと入る。


「先生こんにちは」

「エラさん、こんにちは。王都に帰られていたのですね」

「はい、昨晩に」


 全く知らない上品なエラの様子に、トウリの直前まであった緊張はどこかへ吹き飛んでしまった。

 あのエラに似てる人誰、という疑問を口に出さなかっただけでも褒めて欲しいとすら思える豹変ぶり。

 さすがにこの不可解な状況の説明が欲しい。そう思いトウリは横を見る。するとそこにはまるで石化したように硬直したシークがいた。


「先生、実は今日ご紹介したい友人が、3……2人おりまして」


 そんなシークの様子に気づき、エラは思わず彼を友人と言う枠から外した。


「おいラっち!」

「うわ」


 そしてシークが突然再起動したかと思えばズンズンとエラの横へと並び、じっとエラの顔を覗き込んだ。


「ち、近い」

「おまえ、何か変なものでも食ったか? 体調悪いなら寝てたほうがいいぞ」


 シークは盛大にエラの心配をした。そして何を言われているのかを理解したエラによって綺麗にアッパーを決められていた。


「ごめんなさい先生ちょっと失礼致しますね! ゴミを燃やして参ります!」


 そう言ってエラはシークを引きずりながら部屋を出た。良かったやっぱりエラだと安心したことを、トウリは心の奥に秘めようと決意した。


「フフフ、エラさんが元気そうで何よりです」


 気づけばその場にはトウリとイリス、そして先生と呼ばれたほのほのと笑う女性だけになってしまった。

 淡い青の薄手のロングコートを身に着けた老齢の女性はゆったりと椅子から立ち上がり、「どうぞお入りください」と 2 人を部屋に招いた。


「失礼致します」


 どうやらイリスも相当驚いていたようで、声をかけられて少しはっとしていた。しかしすぐに切り替えて、彼女は小さくお辞儀をして部屋へと入る。

 トウリもイリスの真似をして後に続いた。


「突然の訪問を失礼致します。お初にお目にかかります、私はエラさんと同じ部隊に所属しております、第 6 師団のイリス・ミルレイと申します」

「王城の使者から伺っております。初めまして、当術学院で学院長を拝命しております、ソニア・ハルゼントです。気軽にソニアと呼んでくださいね」


 トウリは一瞬、フフフと笑うソニアを母の笑う姿と重ねていた。はっとそれに気づき思考を振り払うと、ソニアと目が合った。

 そして彼女は不思議そうにするトウリに柔らかく眼を細め、再びイリスへと視線を向けて応対用のソファーへと2人を促した。


「今お茶をお出ししますので、少々お待ちくださいね」


 ソファーへと座った2人にそう伝えると、彼女はどこかへ行くでもなく反対側のソファーへと腰かけトントンと間の机を優しく触れた。

 すると部屋の隅からスーっと棚が壁から外れ、机の横へと移動してきた。

 トウリもイリスも驚いたようにその棚を見ていると、棚の中からコップ3つが現れる。ゆっくりと浮かび上がると、正確に3人の前に静かに置かれていく。

 茶器の中にはすでに湯気が柔らかく立ち上る紅茶が注がれており、一仕事を終えたかのように棚は元の位置へと戻っていった。


「フフフ、ごめんなさいね、先にお伝えすべきでした」


 ソニアは驚いた 2 人にいたずらが成功したかのように楽しく笑いながら謝罪した。


「いえ、とんでもございません。さすがは術学院というべきでしょうか、非常に面白いものも

ありますね」

「楽しんでいただけたのなら何よりです」


 どうぞと促され慣れた様子で紅茶を飲む 2 人の横で、トウリは真似をするするようにたどたどしく紅茶に口をつけ、まだちょっと熱いとビクッと肩を跳ね上げていた。


「今日はどういったご用件でいらしたのか、改めてお伺いしてもよろしいでしょうか」


 ソニアが落ち着いた様子で問いかけると、イリスは一度紅茶を置き、トウリも真似をするようにフーフーと紅茶を冷ますのをやめて紅茶を置いた。

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